【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも、作者です。


個別:百鬼 13

 

 窓から差し込んで来る朝日に目を覚まして体を起こす。いつもは冷え込んでいる部屋は打って変わって暖かさに包まれていて、部屋の隅には二つの布団が畳まれて置かれている。

 紛れも無い人の気配に、自然と口角が少し上がった。

 肩に小鳥を乗せたまま部屋を出て微かに話し声の漏れている居間の扉を開ければ、そこにはずっと望んでいた光景が広がっている。

 「ん、ケンジ君、今朝はぐっすりだったな。」

 「おはよう、ケンジくん。朝ごはん出来てるよ。」

 こちらへ向けられる二人の視線、声、笑顔、その全てが優しさに満ちていた。それを理解して、目頭がかっと熱くなる。けどもう泣いたりはしない。だって、泣くよりも笑っている方が幸せなのだから。

 「おはよう、にぃちゃん、ねぇちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、にぃちゃん、ねぇちゃん!」

 居間に入り元気よく声を上げたケンジ君は上機嫌に笑みを浮かべている。その肩の上には相変わらず出たままの小鳥のシキガミの姿。

 「すっかり懐いてるな。ケンジ君、良かったらしばらくちゅん助の事頼めるか。そいつも俺が言ったところで戻らないだろうし。」

 先程から目は合っている筈なのだが、ちゅん助はぷいとそっぽを向いてしまっている。無理やり戻されることを警戒しているのだろう。見た所ケンジ君もちゅん助の事は気に入っているようだし、嫌がっている様子も無い。それならちゅん助のやりたいようにさせておいた方が良いとの判断だ。

 「おれが?…うん、頼まれた!」

 幸いケンジ君も軽く了承してくれる。ケンジ君とちゅん助は嬉しそうに互いに顔を寄せあった。どうやらこの判断に間違いは無かったらしい。

 「ケンジくん、朝ごはんパン何枚にする?」

 「じゃあ、一枚で!」

 微笑ましくその光景を見守っていると、立ち上がった百鬼に問われてケンジ君は元気よく答えた。百鬼がキッチンへと向かい居間を出た後、気になってケンジ君に声を掛けてみる。

 「今日はなんだか上機嫌だな。何か良いことでもあったか?」

 「ん?んー、色々とあるけど…。…やっぱりにぃちゃんには内緒な。」

 「それは残念だ。」

 悪戯に笑うケンジ君にこちらもまた笑みが浮かぶ。本当に楽しそうだ。何が理由なのか聞いてみたさはあるが、この様子では教えて貰えそうにない。

 間も無く、百鬼が朝食を乗せた盆を持って戻ってきた。

 「お待たせー。今日はパンに合わせてコーンスープとスクランブルエッグにしてみた。」

 「ありがとう、ねぇちゃん。美味そー!」

 テーブルに盆が置かれると同時にケンジ君は椅子へと座り歓声を上げる。待ちきれないとばかりに手を合わせて、焼き立てのパンにかぶりつくとその顔を綻ばせる。

 「そのスクランブルエッグね、透くんが作ったんだよ?」

 「え、にぃちゃんが?卵焼き焦がしてたのにこれは焦げてない…。」

 そんなケンジ君の様子を見て薄く笑みを浮かべた百鬼が言えば、ケンジ君は目を丸くして皿の上の焦げ目一つなく焼かれたスクランブルエッグを見やる。

 「透くん、誰かと一緒に料理すると失敗しないみたいでね、それについてさっきまで話してたの。」

 「シラカミ神社ではそれなりに出来る様になってたから、どちらかというと昨日が異常だったんだ。一人になると途端に料理ができなくなる呪いでも掛かってるんじゃないかと自分を疑ってる。」

 呪いでも無ければここまで差が生じるはずがない、何かしらの要因があるとしか思えなかった。とは言え、ただの言い訳にしか聞こえないのだから、素直に料理が下手だと受け入れた方が良いのかもしれない。

 ケンジ君はしげしげとスクランブルエッグを見ていたかと思うと、おもむろにフォークですくい上げ、ぱくりと口に入れた。そして、次の瞬間、ぱっとその顔が輝いた。

 「これ美味しい、にぃちゃんが作ったとは思えないくらいだ!」

 「ありがとう。褒められてるはずなんだが、素直に喜べないな…。」

 そんな彼の様子に昨日の自らが作った卵焼きを思い出し苦笑する。百鬼もツボにでも入ったのか、手で顔を隠しながらくすくすと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「にぃちゃん、剣術教えて欲しいんだけど、良いかな。」

 朝食を食べ終わった後、今日はどうしようかとのんびり考えていると、不意にケンジ君が目を輝かせながら頼み込んできた。

 「剣術って、俺にか?」

 あまりに唐突な申し出に目を瞬かせながら問い返せば、ケンジ君は勢いよく首肯する。

 「うん、おれずっと憧れててさ。にぃちゃんみたいに強くなりたい!」

 「あぁ、教えるのは良いんだが…、俺よりは百鬼の方が適任だと思うぞ?何せ俺が刀の扱いを教わったのは百鬼からだし。」

 それに刀を扱えると言っても学び始めてまだ二か月程度だ。それなら百鬼が教えた方が良いとその辺りの説明をしながら彼女へと目を向けて見るが、百鬼はその顔を横に振ってから耳元に寄ってきてこそりと耳打ちをする。

 「透くんなら教えられるくらいの技量はあると思うよ。それにケンジくんは透くんに教えて貰いたいの。余じゃなくて、憧れのお兄ちゃんに。」

 「…?そんなもんか?」

 上手く理解できずに困惑しつつ改めてケンジ君を見てみれば、彼はジッと期待するような視線を向けてきている。良く分からないが、しかしなるほど、これは断れない。

 「…良し、分かった。けど体調が悪くなったら早めに言ってくれよ。」

 「っ!うん、ありがとうにぃちゃん!」

 一応ケンジ君の体調には常に気遣っている。なにせ寿命が後数日なのだ、体に何かしらの影響が出てないとも限らない。百鬼が言うにはその辺りはまだあまり心配はいらないとのことだが、万が一があるため怠ることは無い。

 「おれ先に外に行ってるから!」

 元気よく言うと、ケンジ君はそのまま駆けて行ってしまう。俺もその背を追いかけようと立ち上がった所で、百鬼から声を掛けられる。

 「透くん、余はちょっと出かけてくるからケンジくんの事よろしくね。」

 「あぁ、そっちの事は任せた。」

 会話はそれだけ。今度こそ、俺はケンジ君を追って居間を出るのであった。

 

 路地裏のさらに奥にある家の前の通りは人通りも少なく、ある程度広さも確保されている。そんな訳でこの場所で目の前でケンジ君は木刀を構えていた。まだ筋力が足りないのか、その切っ先は小刻みに揺れている。

 「…大丈夫か?」

 「大丈夫、にぃちゃん、続けてくれ。」

 若干心配に思いつつも持ち方次第である程度楽になりもするだろうと、促されるがままに次の段階へと進む。

 「じゃあ、そのままこっち側の指で持つんだ。それでもう一方の手と少し離すように手の位置を調整して…。」

 「はい。」

 説明していけば、ケンジ君は素直にその指示に従い自らの持ち方を調整する。刀を振るという事に憧れていたこともあるのだろうが、ケンジ君は予想以上にまじめに取り組んでいた。

 暫く刀の握り方を教えていればそろそろ腕が疲れてきたようで、ケンジ君の頬に一筋の汗が流れる。

 「よし、じゃあいったん休憩するか。その後に余裕がありそうなら実際に振ってみよう。」

 「はい。はー…疲れたー…。」

 声を掛ければケンジ君はゆっくり木刀を降ろしながら息を吐いた。

 「なぁ、にぃちゃんは木刀を持つのは辛くないのか?」

 休憩の最中、不意にケンジ君に問われる。

 「ん、まぁ慣れてるし特に辛くは無い。」

 「そっか…にぃちゃん力持ちだもんな…。」

 そう言うとケンジ君は自らの、まだ細い腕へと目を落とす。子供の彼はまだ体が出来上がっていない。それ故に筋力が無いのも当然で、それは成長していく過程で得ていくものだ。

 「…っと、それよりさ、ちょっと振ってみてよ。おれ、にぃちゃんが刀振ってる所見てみたい。」

 何やら考え込んでいたケンジ君は笑みを浮かべると、話題を変えるようにそんなお願いを口にする。

 「勿論、危ないから近づかないようにな。」

 「やった!」

 無論快諾して、俺は木刀を持ちケンジ君の傍から少しだけ離れた。

 

 

 

 

 暫くしてあらかたの事を教え終えて、無理をしない辺りで切り上げる事にした。ケンジ君も剣術に触れることが出来、かなり満足そうにしている。

 そんな俺達だが、いくら冬とはいえ運動をすれば汗もかく。このままでは体が冷えてしまうため、百鬼が帰るまでの間に二人で銭湯に行くことになった。

 「ところでなんだけどさ、ねぇちゃんは何処に行ったんだ?」

 脱衣所で服を脱ぎながら問われて一瞬だけ答えに迷う。

 「百鬼は…そうだな、ちょっとした野暮用だ。昼には帰って来ると思うぞ。…それじゃあ、俺はお先に。」

 「あ、待ってよにぃちゃん!」

 タオルを腰に巻き、一足先に浴室へと入る。まだ時間が早いとはいえちらほらと人もいるが、それでもかなり少ない。さほど時間も立たずにケンジ君も入ってきて合流する。

 「ねぇちゃんと言えばさ、昨日はちょっと可哀そうだったな。」

 「まぁ、これに関しては一緒に入るわけにもいかないしなー。」

 昨夜、三人でこの銭湯まで足を運んだのだが、当然の如く俺とケンジ君、百鬼の二組に別れる事となった。丁度シラカミ神社での俺と立場が入れ替わった形になる。その為気持ちは痛いほど分かるが、こればかりは諦めてもらう他無い。

 考え込んでいると、不意にケンジ君が俺の背中辺りをじっと見ていることに気が付く。

 「…ん?俺の背中何かついてるか?」

 そこまで見られると流石に気になる。聞けば、ケンジ君はこくりと頷いて見せた。

 「うん、にぃちゃんこの傷痛くないのか?」

 「傷…。」

 はて、そんなものがあったかと背に触れてみるが触覚だけではどうにも分かりづらい。そこで備え付けてある鏡に後ろ向きで立ち確認してみれば、確かにそこには一筋に既に塞がった状態の古傷だろうか、少しだけ周りの皮膚と色の違う傷跡がくっきりと映っていた。

 「こんな傷があったのか。特に痛くは無いな、むしろ言われなかったら気づかなかった。」

 「そうなの?結構傷大きそうだけど、にぃちゃん何があったんだよ。」

 「んー、そう言われてもな…。」

 そもそも、このカクリヨに来てから傷を負う事は数える程度しかない。しかし、その中で背中に傷を負うような事は…。

 「あ。」

 一つだけあった。

 「多分、百鬼と初めて会った時だ。前話したろ?あの時吹っ飛ばされて背中から建物か何かに突っ込んだから…。」

 確かまだイワレを使えない時期だったから、完全に無防備な状態で突っ込んだ。生身の人間がそんなことすれば無事で済むはずも無いし、実際全身に激痛が走っていた。その時の傷の一部だろう。

 「…にぃちゃんとねぇちゃん、本当壮絶な出会い方してるな。」

 呆れたように言われるが、割とその通りであるため何も言い返せない。尤も壮絶に感じたのは俺だけで、百鬼からすればそうでも無いかもしれないが。

 「今はそれなりに仲良いから…結果オーライって事で。」 

 「それなり…?」

 今度はケンジ君が首を傾げる。その何を言っているんだこいつはという目を俺はケンジ君から初めて見たかもしれない。

 「え、違ったのか?仲良くないように見えたか?」

 もしや俺は百鬼とそこまで仲が良くないのではないかと、若干不安が顔を覗かせる。しかし、それは次のケンジ君の言葉で払拭された。

 「逆だよ、にぃちゃんとねぇちゃんはかなり仲良いよ。そうでも無かったらおれだってお似合いだーとか言わないよ。」

 「それもそうか。」

 そんな話をしつつざっと体を流し、湯舟へと身を投じる。

 「大体さ、にぃちゃんは何でそう言う話題を避けようとするんだ?ねぇちゃん綺麗だし、料理もできて気も利いてさ、普通恋するもんじゃないの?」

 「いや、まぁ確かにそうなんだが…。」

 一応目の前に居るのは子供なのだが、それを相手に俺はどうしてこんな話をしているのだろう。そんな疑念もぬぐえないままに自分なりに考えてみる。

 そりゃ、俺だって百鬼の事は可愛いと思う。一緒にいて楽しいし、落ち着く。そんな彼女に恋慕の情を抱かないのは、ケンジ君に関する理由を抜きにすると…。

 「関係が変わるのが怖いから、今一一歩を踏み出せないのかもな。」

 分かる。今ケンジ君がどんな表情を浮かべているのかが、手に取る様に分かる。そっぽを向いて視線を合わさないようにしていると、隣から諦めたように一つため息が聞こえてくる。

 「にぃちゃんって、そういう所ヘタレだよな…。」

 「ヘタレって…いや、うん、そうだな。」

 自分で言っていても分かるほどにヘタレている。なぜこうなってしまったのか、一重にこのカクリヨで初めて出会った友人であることも大きいのだろう。俺にはあの三人以上に付き合いの長い友人が現状いない。故に、必要以上に恐れてしまっているのだ。

 「…でもさ、そんなにぃちゃんだからこうやって一緒に居てくれるのかも。」

 「何言ってんだ、どんな俺でもケンジ君と一緒に居るよ。」

 「…そっか。」

 即答すればケンジ君はそれきり顔を隠してしまう。俺達が湯舟を上がったのはそれから少し経っての事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ、透くんにケンジくん、銭湯行って来たの?」

 銭湯を出て家へと帰れば、丁度百鬼も帰ってきて家の前で出くわす。空を見てみれば既に太陽は頂上へと昇ってしまっている。

 「あぁ、ちょっと汗かいてな。銭湯で少し話し込んでこの時間になった。」

 上がってからも少しゆっくりしたし、時間的には妥当だろう。そうすると、百鬼は話の部分で興味を惹かれたのか少しその瞳を輝かせた。

 「へー、ケンジくん何話したの?」

 「えっと、にぃちゃんがヘタレって話。」

 その答えに、まさか本人にド直球に話すとは思わず一瞬むせ返りそうになった。それを聞いた百鬼はぽかんとしてその頭の上に疑問符を浮かべる。

 「ヘタレ?」

 「ケンジ君、その話はちょっと。」

 「分かってるって、言わないから安心してよ。」

 慌てて止めに入るが、ケンジ君も話す気は無かったようですぐに悪戯な笑みを浮かべた。心臓に悪い冗談は是非ともやめていただきたいものだ。

 「?でも二人とも楽しそう。余も一緒に銭湯入れれば良いのに…。」

 「そこは諦めてくれ。」

 しゅんと落ち込んでいる所悪いのだが、そこだけは仕方ないと考える他ない。少しして百鬼は顔を上げると、ケンジ君へと向かい下げていた小さな紙袋を手渡す。

 「ごめんね、ケンジくん。余、ちょっと透くんに話があるから先に家に入ってこれだけ保管棚に居れて置いて貰っても良い?」

 「ん、うん、分かった。これなに?」

 そう言ってケンジ君が袋の中身を覗けば、香ばしい香りが辺りに広がった。

 「ナンだよ。今日のお昼ご飯に合いそうだったから。」

 「じゃあカレー!?分かった、二人とも早くな!」

 昼の献立にテンションを上げてケンジ君は足早に家の中へと入って行った。それを確認してから、俺は百鬼へと問いかける。

 「…それで、どうだった?」

 「…。」

 その問いかけに、百鬼は無言のまま首を横に振る。予想はしていたが、やはりそう上手くは行かないようだ。

 「…そうだよな、そんな簡単に解決策が見つかる訳無いよな。」

 今まで長年見つからなかったものが、これだけで見つかる筈も無い。けれど、可能性はある筈なのだ。

 「うん、でも余は諦めないから。」

 「あぁ、俺も。諦めるつもりは無い。」

 

 

 

 

 

 

 

 家の中、ケンジはキッチンの奥にある保管棚へと紙袋を収めて居間へと戻れな、椅子に座って今にも涙が零れそうな瞳をごしごしと拭う。

 「バレバレだよ…にぃちゃん、ねぇちゃん。」

 ぽつりと呟いた彼の顔には、心の底からの笑みが浮かんでいた。

 

 






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