どうも、作者です。
誤字報告ありがとうございます。
以上。
物心がついた時からずっと暗い場所に居た。空なんか見えなくて、ただ怖い人たちに囲まれて。このままずっと死ぬまでこれが続くと思っていた。
『貴方には利用価値があります。本当に、生まれてきてくれてありがとう。』
にやりと邪悪に笑うシルクハットを被ったそいつにそんな事を言われても、ちっとも嬉しく無かった。ただ周りの大人よりもただ一人のそいつが何よりも怖かった。
それからしばらくして、転機が訪れた。シルクハットの男が急に周りの大人たちを斬りだしたのだ。辺りに血しぶきが舞い、その空間はすぐに混乱に包まれた。その混乱に乗じて、おれは逃げ出した。幸い凶刃が届くことは無く、無事に地上へと這い上がることが出来た。
そうして生まれて初めてみた雲一つない青々とした空を前にして、けれど心はちっとも晴れはしなかった。
それはとある日の事。
キョウノミヤコへと繰り出していると、なにやら街の一角が異様に騒がしい。不思議に思い三人で見に行ってみれば、小規模ながらもそれなりに人の集まった広場に辿り着いた。
どうやら何かイベントが開催されるようだ。
「前にセイヤ祭があったばかりだけど、こういう小規模の祭りもあるにはあるんだな。」
とはいえ、それ程キョウノミヤコについて知っている訳でも無い。今まで見なかったのは時期的な問題もあるのだろう。隣の二人へと視線を向けて見れば、百鬼も物珍しいものを見る様に目を丸くしている。
「余も初耳、ケンジくんは知ってた?」
「うん、ひと月くらい前に一回見かけたけど結構盛り上がってたよ。」
百鬼の問いかえに答えると、ケンジ君はその時の事を思い出しているのか少し遠くを見つめた。
物見遊山気分で広場の様子を見ていれば、間も無くイベントの主催者らしき人物が台へと上がる。
「えー、お集りの皆さま。これより本日のイベントお父さん大会の説明をさせていただきます。ルールは簡単。出題するお題に対して答えて貰い、それを我々が審査する形でポイントを獲得し最も獲得ポイントの多いお父さんが優勝となります。」
説明がひと段落したところで、奥から何やら布を被せた台が出てくる。目立つ位置まで来ると、主催者はその布を取り中身を露わにした。
「そして、こちらが今回の賞品のカメラでございます。些細な時間を切り取り保存したいと思うことはこれから先も多くある事でしょう。皆さん、奮ってご参加ください。」
説明が終わると同時に当たりから歓声が上がる。その熱狂ぶりからこのイベントが中々熾烈を極める事は容易に想像できる。
「面白そうだな、どうせなら見ていくか?」
丁度始まり際に来たのだ、観戦していくのも悪くないと思いつつ二人に声を掛ける。しかしいくら待てども返事が返ってこない。不思議に思い二人の方へ視線を向けて見る。その先ではケンジ君は食い入るように台の上にある賞品のカメラへと視線を注いでいて、そんなケンジ君のその様子を見て百鬼は何事か考え込む様に目を伏せていた。
「ケンジ君?百鬼?」
改めて声を掛ければ二人ともはっとして顔を上げる。すると次の瞬間、ケンジ君は少し興奮気味にこちらを見上げた。
「な、にぃちゃん、あのカメラって。写真が撮れるやつだよな!」
「え、あぁ。…もしかして欲しいのか?」
ふと思い至って聞いてみると、ケンジ君はこくこくと頷いて肯定を示す。カメラを欲しがるとは突然どうしたのだろう。そんなことを考えていると、ふと横から服の裾を引かれて視線を向ければ、百鬼がケンジ君同様にこちらを見上げていた。
「透くん、余もあのカメラ欲しいな。」
満面の笑みで百鬼に言われ、思わず苦笑いが浮かぶ。
「百鬼もか?けど、あれは賞品で…。」
そう返しかけた所でふと言葉を区切った。そうだ何故二人とも俺にお願いする。当然件のカメラが賞品であるからで、そしてこのイベントは…。
それを理解した途端、表情が凍りついた。
「…もしかして俺に出場しろと?」
恐る恐る問いかけると、ケンジ君と百鬼は間髪入れずに強く頷いて見せる。その事実にますます顔が引きつっていく。
「待ってくれ、このイベントは父親限定であって俺は別に父親でもなんでも無いだろ。」
仮に出た所で出題されるお題に太刀打ちできるとは思えない。しかし、そんな事はお構いなしに期待の込められた二対の眼差しが突き刺さる。
「透くん…。」
「にぃちゃん…。」
こちらを見上げるそれらを前に、何とか衝動的にイエスと言ってしまいそうになるのを堪えるが、しかしそれもすぐに限界を迎えた。
「…分かった、出ます。…出るけど期待するなよ。」
両手を上げて了承すれば、二人は喜びに歓声を上げる。どうにも俺はこの手の視線に弱いらしい。自分自身の新たな発見に俺は自嘲気味に息を吐いて、再び苦笑いを浮かべるのであった。
「それでは参加者も集まりましたので、これよりお父さん大会を開催いたします。」
主催者の言葉に歓声が広場を包む中、複雑な心境で参加者側のステージに立つ。周りの住人達と同じように見学をするつもりが、まさか参加側に回ることになるとは思わなかった。
「にぃちゃん、頑張れー!」
大きく手を振って来るケンジ君に苦笑いで手を振り返す。それと同時に周りからの微笑ましい視線を感じた。居たたまれない気分になりつつ、他の参加者へと目を向ける。
十人程の中年の男性や若い男性。年齢層こそばらばらだが、いずれも誰かの父親に当たる。
(本当に俺はここに居ても良いのか…?)
それに比べて、こちらは父親でも何でもない。その事には引け目を感じるが、しかし引き受けたからには全力を尽くそう。例え何が課題になったとしても、出来る限りの事を。
「では、早速ですが最初のお題に参りましょう。」
決意を新たにしていれば、次の展開へと進行する。徐々に増していく緊張感を前に、ごくりと生唾を飲んだ。
「一つ目のお題は…ズバリ、お子さんの長所と欠点を語っていただきます。端のお父さんから順にどうぞ!」
司会に手で示された男性から口々に答えが出てくる。しかし、それを呑気に聞いている余裕は今の俺に無かった。
何を答えよう、現在俺の思考の中はそれに尽きていた。この場面における父親らしい答えとは一体なんだ。しかし、答えが出ることなく、すぐに順番が回って来る。
「はい、ではそこのアヤカシのお兄さん!」
「え、あー…そうだな…。」
声を掛けられて言葉を濁しつつ、手がかりを探すようにケンジ君との日常を思い返す。俺はケンジ君のことをどう思っている。そして、その中でふと思い至った。
「…長所は、年齢の割に大人びた面を見せる事ですかね。しっかりと自分の考えを持っていて、驚かされてばかりで。」
言いながら、こちらを見ているケンジ君へと視線を向ける。
出会った時からそうだった。環境がそうさせたのか、生来の気質か。どちらにせよ、ケンジ君は子供らしくて子供らしくなかった。
「だから短所もその点で、もっと我儘を言って欲しい。頼りないかもしれないけど、遠慮はしなくて良い。まぁ、最近は偶にそういったものを聞けるので、嬉しい限りです。」
例えば今の状況もそうだ。個人的には引け目は感じるが、それでもケンジ君が頼ってくれたことに変わりは無い。ぽかんとしているケンジ君に、若干この場でこんなことを言ってしまった羞恥が遅れて襲い掛かって来る。だがこれは、紛れも無い本心だった。
それからも様々な質問やちょっとしたミニゲームなどを挟みつつ着々とイベントは進んで行った。問われる内容には一応答えてはいるが、正直言って手ごたえは今一つ無い。
そうして、次のお題へと展開は進むため、司会が口を開いた。
「さて、これまでお子さんに関する質問でしたがここからは趣向を変えて、家族と言えばお子さんの他にも奥方も忘れてはいけません。無論、現在参加してくださっている方の奥方がいらっしゃっていることも確認済みです。」
司会の言葉に、そう言えばエントリーの際に三人揃って行ったことを思い出す。あの時点で確認は取っていたという事だろう。しかし、奥方。その事版既に嫌な予感しかしなかった。というか、確実に一波乱ある。
「日ごろお父さん達は奥方に愛を伝えているでしょうか!円満な家族関係を築くうえでこれは欠かせません。そんな訳で、次のお題は奥方へ日ごろの愛を伝えていただきます。」
「…。」
当たってほしくない予感が当たってしまい、無言で空を仰ぐ。あぁ、普通の夫婦ならどうという事は無いだろう。当然俺に奥方などいない。しかし、この状況下で誰が奥方として認識されているかと言えば…。
「さ、透さんの奥さん、こちらへどうぞ。」
「え、あ、はい…!」
イベントのスタッフに連れてこられたのは、先ほどまでケンジ君の傍に居た百鬼。彼女も流石にこれは予想外だったのか、若干テンパった様子で動揺が前面に出ている。
目の前まで連れてこられた彼女と向き合い、互いに気まずさから視線を合わせられない。
「えっと、透くん、これって…。」
「あぁ、うん。そういう事だろうな。」
「だよね…あはは。」
そう言って照れ笑いを浮かべる百鬼。お題は愛の言葉と言っていたが、つまるところ彼女を相手に伝える必要があるという事だ。暫くの葛藤。ここで逃げればケンジ君の望みは元から叶わなくなる。せめてチャンスを繋げるためにも、これは必要なことだ。深呼吸をして、先ほどから早鐘の様になる鼓動を宥める。
やがて隣の夫婦がやり取りを終えて、遂に順番が回ってきた。
「それでは次は透さん、お願いします!」
そして広場は一言一句を聞き逃さないためか静寂に包まれた。
顔に熱が籠るのが分かる。心臓が口から飛び出そうな程の緊張、それを押し殺すように決意を固め、緊張に表情を固くしている百鬼へ向けて口を開く。
「あやめ、いつも料理とかありがとう。…その…愛してるよ。」
思っていた以上の羞恥に押しつぶされそうにないながらも、何とか最後まで言い切れば百鬼の顔は熟れた苺の様に赤く染まってしまう。
「うぅ…余も透くんのこと、愛して…。」
聞き取れ合い程にか細い声で百鬼は何とかそう返す。彼女の目が見れない、多分俺も今彼女と同様に顔は赤く染まっていることだろう。
次の瞬間、静寂に包まれていた広間から歓声が上がる。
セイヤ祭にあるジンクスと同様にイベントと称してこういったやり取りを見たいだけなのではないかという気すらしてくる。見ている側は良いのだろうが、当人からしては公開処刑以外の何物でもない。
「穴が有ったら入りたい…。」
「余も一緒に入れて…。」
そんな広間の中心で二人、襲い来る羞恥に耐え続けるのであった。
「では、お待たせしました。名残惜しいですが次が最後でございます。」
こうして山場を越えた所で、ようやく最後のお題へと差し迫る。ただ質問に対して答えていただけの筈なのだが、異様なまでの疲労感を抱えていた。
しかし、もう少しで終わると考えればまだ何とかなる。
「透くん、余もここに居ていいの?」
司会が話す合間にこそりとそう聞いてくるのは隣に立つ百鬼だ。先ほどの質問以降特に案内も無かったため、流れのまま彼女もここに残っていた。
「まぁ他の参加者も同じだし問題は無いだろ。ケンジ君もここから見えるし。」
視線の先にはスタッフと共に居るケンジ君の姿。一人残さないようにと配慮はしてくれているらしい。手でも振ろうかと考えていれば、いよいよ最後のお題が発表されるようで、司会が声を上げる。
「最後のお題は、お子さんに向けて何か一言お願いします!家族円満は対話から始まる。奥さんに限った話ではありません。では、各々ご自由にどうぞ!」
その内容を聞いて、思わず百鬼と目を見合わせる。これまで指定されていたのに、ここにきて自由にと言われてもそれはそれで困るというものだ。とは言え、相手が居なくては始まらない。
「ケンジ!」
一応今は父親であるため、あえて呼び捨てでケンジ君の名を呼び手招きする。ケンジ君は少し驚いたように目を丸くするが、スタッフに促されてすぐに駆け寄ってくる。
「あー…一言っていっても難しいな。」
何を言おうか、先ほどと同様に思い悩む。しかしいくら考えても良い考えは浮かばない事も分かっている。それなら、難しく考えずに行こう。
「その、俺さケンジと出会えてよかったと思ってる。一緒に話したり、一緒に遊んだりしするのも楽しいと思ってるんだ。だから…。」
こういう時父親が言いそうな事、一つだけ思いついた。そして同時にそれは借り物ではない、本心からそう思える言葉。
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
目の前の少年が残酷な運命を背負わされていることは重々承知している。けれど、だからと言って生まれてきたことまで否定される必要はない、それは祝福されてしかるべき事の筈だ。
「あ…。」
それを聞いたケンジ君はぽつりとそう零すと俯いてしまう。表情も伺えない。その体は小さく震えている。
「ケンジ?」
心配に思い声を掛けようとした次の瞬間、ケンジ君が勢いよく抱き着きついてきた。しがみつくように首に回されたケンジ君の腕には、万力の如く力が込められている。
「…父ちゃん…!!」
そう、微かに聞こえたケンジ君の声は激情を抑えるかの様に震えていた。
「え、もしかして泣いて…。」
「泣いてない…!」
明らかに涙に濡れているその声に、問いかけようとするもすぐにそれは本人に否定されてしまった。
「ちょ…百鬼、ケンジ君が…。」
あまりに唐突の事でこちらまで動揺してしまう。泣かせてしまったと百鬼に助け舟を請うが、けれど彼女は優し気に笑いながら、けれど何処か悲し気に眉をひそめて首を横に振る。
「大丈夫だから…しばらく、そのままで居させてあげて?」
「このまま…。」
百鬼に言われて、困惑しつつ肩に顔をうずめたまま嗚咽を漏らすケンジ君の頭を撫でた。
「百鬼、これ持っていくぞ。」
「うん、お願い!」
そう声を掛けてから、百鬼の作った料理を持って居間へと進む。
結局あの後の表彰で選ばれたのは他の家族で、俺はあのイベントで優勝することは出来なかった。それはそうだ、俺はあくまでケンジ君の父親ではない。それ故にこれは当然の結果ともいえるだろう。
居間に入れば、テーブルに座り何かをじっと眺めているケンジ君の姿。帰ってから変わらずにそこにいるケンジ君に思わず苦笑いが浮かぶ。
「それ、まだ見てたのか。飽きたりしないか?」
「飽きないよ。だって、おれの宝物だから。」
そう言ってケンジ君が揺らして見せるのは、細い鎖につながれた一つのロケット。
余談ではあるが、あのイベントには参加賞があった。カメラこそ手に入らなかったものの、ケンジ君にとって重要だったのはその先にあったのだ。
「ずっと大切にするよ。にぃちゃん、ありがとう。」
「優勝できなかったのは、格好つかないけどな。」
満面の笑みで礼を言うケンジ君に、テーブルに料理を置きながらそう返す。これで優勝、という華々しい結果であれば俺も少しは誇らしく思えるのだが、流石に参加賞ではそうもしていられない。
そんな俺の様子を面白がるように笑うと、ケンジ君は椅子から降りる。
「おれも運ぶの手伝うよ。にぃちゃん、今日は何作ったの?」
「今日は…。」
話しながらキッチンへと向かうケンジ君の首から下げられたロケット。そこにはめ込まれていたのは、三人で撮った一枚の写真であった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。