【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも作者です。
誤用報告、感謝。
以上。


個別:百鬼 17

 

 シラカミ神社の廊下を白い狐の少女がその綺麗な毛並みの尻尾を揺らして歩く。彼女が向かっているのはつい先日、占めて十日ぶりに帰ってきた二人の同居人の部屋である。

 キョウノミヤコで何があったのかは少女も知るところだ。そして、二人がその件で心を痛めている事も知っている。実際に昨夜遅くに帰って来た二人の表情は少し暗かった。失った悲しみに暮れるそんな二人に、けれど自分が今は明るく接して支えてあげるべきなのだと、歩きながら少女は意を固めていた。

 そうしてたどり着いた部屋の前。まずは手前側にある透の部屋からだ。

 「こんこーん、入りますよー。」

 軽くノックをして襖を開ければ、未だに布団に包まったままの透の姿が目に入る。窓の外では既に日が昇っており、いつもなら日が昇る前から鍛錬に出る彼からしてみればこれは異常事態で、それだけ彼が弱っている証左でもあるのだろう。

 少女の瞳が一瞬悲痛に揺らぐも、彼女は雑念を振り払うようにぎゅっと目を瞑り、彼を包む布団へと手をかけた。

 「透さん、もう朝ですよ。そろそろ起きてくださーいっ!」

 声を掛けながら少女が一気に布団を引きはがせば、ばさりと主から離された掛け布団が宙に舞う。

 「全くもう、白上より寝坊助さんになるとは何事ですか。そんなことでは、ミオが帰って来たと…き…。」

 腰に手を当て、現在はここに居ない狼の少女の容赦ない起こし方をされる透の姿を思い浮かべてにやりと笑う狐の少女であったが、しかし次の瞬間飛び込んできた目の前の光景に言葉は尻すぼみに小さくなって行き、やがて消えていった。

 「…ん…あぁ、白上か。」

 「…フブキちゃん…?おはよー…。」

 布団をはぎ取られた衝撃でようやく目を覚ました二人が体を起こし寝ぼけ眼を擦る。一人は想像通り透、けれどもう一人はこの後起こしに行く予定だった鬼の少女、あやめである。

 ぽかんとして目を丸く白い狐の少女、フブキを前に、二人は至って自然とそこに居た。

 「な…な…。」

 「…あれ、白上?」

 「フブキちゃん、どうしたの?」

 やがてわなわなと震えだしたフブキに透とあやめが首を傾げて疑問の声を上げると、遂に彼女は感情を爆発させた。

 「何で一緒に寝てるんですかー!!」

 真っ赤に染まった顔でそれだけ言い残すと、フブキは即座にその場を撤退したのであった。

 

 

 今起こったことを端的に言い表せば、白上がいきなり部屋に来て、布団を引きはがしたかと思えば急に顔を赤くして出て行ってしまった、以上である。

 「…なんだったんだ。」

 「余も分かんない。」

 彼女の意図が理解できずにぽつりと零すように言えば、隣の百鬼からもあくび混じりで同意の声が飛んでくる。窓の外を見てみれば既に太陽は空に浮かんでおり、完全に朝を寝て過ごしたことを知らせてくれる。いつもなら焦燥感を感じているのだろうが、けれど、今日は鍛錬をする気には到底なれはしなかった。

 天井も壁も、窓から見える景色も、全てが見慣れたシラカミ神社のモノで、あの小さな空き家のモノではない。部屋の中を見渡していれば、自然と傍にいる百鬼へと視線が移る。彼女を見るとここ数日の記憶が鮮明に思い起こされ、同時に途方も無い喪失感と無力感に襲われる。 

 だがそれは俺一人だけでは無く、共有できる百鬼という存在が居る。その事実が何よりも俺を支えてくれていた。だから、ケンジの事もちゃんと向き合うことが出来る。

 「おはよう、百鬼。」

 「おはよう、透くん。」

 お決まりの挨拶を口にして、互いに笑みを浮かべ合う。

 ケンジもいつまでも悲しまれることを望んではいないだろう。悲しむよりも、笑っている方が良いに決まっているのだから。

 

 

 

 

 

 二人揃って居間へと降りてみると、先ほど部屋に来ていた白上が警戒するように椅子の裏へ隠れており、その白い獣耳のみが椅子から生えていた。

 「…白上、何やってるんだ?」

 声を掛けた瞬間、それに反応するように獣耳がピクリと揺れる。束の間の静寂の後、白上は観念するように潤んだその瞳をこちらへと覗かせた。

 「だ、だって、透さんとあやめちゃんが一緒に寝て…!!」

 カーッと顏を赤くしながら抗議するように言ってくる白上に、思わず百鬼と目を見合わせる。

 思い返してみれば昨夜は自然と同じ部屋で布団に入った気がする。最近に至ってはそれが普通になっていたため特に何も疑問に思わなかったが、それ以前からは考えられない事だ。

 「言われてみればそうだな。」

 「余も、気づかなかった。」

 たった十日、されど十日。それだけの時間でこうも順応するとは、自分たちの順応力には驚かされるばかりだ。ぱちくりと目を瞬かせていれば、そんな俺と百鬼を見て白上は呆れたように息を吐いた。

 「もう…勘弁してくださいよ。白上もびっくりしたんですから。とにかく、お二人はこれから別々に寝てくださいね。」

 朝から疲労感を隠せない白上が締めようとするが、しかしそうは問屋が卸さない。

 「え?余は今のままでも良いよ?透くんと一緒だと安心するし。」

 「へ?」

 完全に話が終わったものだと思っていたのか、純粋な顔で言う百鬼に、白上は間の抜けた声を上げる。

 「まぁ、今更だし。寧ろ百鬼が居た方が俺も寝やすいんだよな。」

 「な…。」

 既に百鬼が居る事が当たり前になっている今、いきなり別々と言われてもそれはそれで違和感を感じるものだ。百鬼と口をそろえて同意の声を上げれば、それを聞いた白上は顔を俯かせてプルプルと震えだしそのままばっと顔を上げて口を開く。

 「だから、何でそうなるんですか!!」

 久しぶりに迎えたシラカミ神社の朝に白上の哀れな叫び声が響きわたる。そんな彼女を見て、改めてシラカミ神社に帰って来たのだという実感が湧いた。

 

 

 

 

 

 全員起きてきたことだし、そろそろ朝食にしようと準備に取り掛かる。白上も朝食はまだだったようで、三人揃ってキッチンへと入る。意気揚々と腕まくりをする俺と百鬼であったが、しかしここでその意気込みを打ち破る大事件が発生した。

 「食材が…。」

 「無いね…。」

 食材の保管している棚を開け、呆然とその中を見ながら俺と百鬼は率直に浮かんだ言葉をリレーさせる。棚の中には野菜も肉も果物も何一つその姿は見受けられず、代わりにひしめいているのはうどん、うどん、うどん。最早狂気的なまであるその光景を前に、二人して開いた口が塞がらなかった。

 「…フブキちゃん、うどん以外全部食べちゃったの?」

 恐ろしいものを見るような視線を白上へと向ける百鬼。未だにうどん塗れの棚を眺める俺も、その気持ちは同様だった。しかし、白上は「失敬な」とその口を尖らせる。

 「そんな偏食みたいなことしませんよ。ミオが用意してくれた食材が全部うどんだっただけです。」

 「つまり今までうどんだけで生活してきたと。一応それも偏食ではあるけどよく飽き…ないよな、白上は。」

 一つの食材だけでよく今まで耐えられたものだと感心しかけたが、思えば白上のうどんへの情熱は波のものでは無かったと苦笑いで呆れたように言えば、白上は自慢げに胸を張った。

 「勿論、うどんは白上のソウルフードですから。」

 大神もその辺りを理解してうどんを用意したのだろう。しかし、それも白上一人であることが前提であって。

 「余もうどんは好きだけど…。」

 「流石にそれだけってのはな…。」

 言いよどむ百鬼の後を継ぐように口を開く。うどんのみで生活できる白上が特別なだけで、俺や百鬼は恐らく三日で飽きが来る。それに栄養バランスも偏りが出る、せめて野菜だけでも欲しい所だ。

 「取り合えず、食料の調達に行くのは決まりだな。」

 思わぬ予定が出来てしまったが、どちらにせよキョウノミヤコには行く予定だったためさほど影響は無い。

 (にしても、うどんだけの生活で体は壊さないのか?)

 ふと思い立ってチラリと白上を見てみるが、特に健康面で問題があるようには見えない。寧ろ以前よりも活き活きとしている様にすら見えた。うどんを食べただけで何故こうなる。本当に彼女の身体は一体どうなっているのだろう。

 「…。」

 「ん?」

 何ともなしにそのままジッと白上を見ていると、不意に服の裾を引っ張られる。何かと思えば百鬼がこちらを見上げており、彼女は耳元へ手を当ててくると内緒話をするよう顔を寄せてきた。

 「あのね、透くん。久しぶりでフブキちゃんの尻尾が気になるのは分かるけど、あんまり露骨に見過ぎるとバレちゃうよ。」

 そして、こそりと言われたその言葉に思考が一瞬停止する。というか何を言われたのか理解するのに時間がかかった。尻尾が気になる、俺が白上を見ていたことをそのように捉えてしまったらしい。

 「…待ってくれ、それは違う。」

 理解するが早いか、即座に否定する。不名誉であるし、割と白上との仲に関わるためその辺りの誤解は解いておきたい。

 「でも透くんフブキちゃんの事ずっと見てたから。」

 「そうだけど、別に尻尾を見てたわけじゃ…。」

 「あの、聞こえてるんですけど…。」

 百鬼へ弁明していれば、横合いから気まずそうな白上の声が聞こえてくる。ぎこちない動作でそちらへ目を向けて見れば、彼女は心なしか自らの尻尾を隠すようにしており、その様子から一番聞かれたくなかった部分を聞かれたことを察する。

 「透さんが尻尾が好きな事は知ってますけど…その、触られるのは恥ずかしいので…。」

 「だから違うって…知ってる?」

 百鬼と同様に弁明しようとするも、聞き捨てならない単語に思わず意識を持っていかれてそちらについて問いかける。この時点で既に感じる嫌な予感に冷や汗が頬を伝った。

 「はい、偶に見られてるなーとは…。」

 そんな予感を裏付ける様に白上はこくりと頷いて軽々と肯定する。まさかの事態に衝撃を受けがくりと膝をついた。

 「あ、別に嫌ではないですからね!?でも見られるのと触られるのとではかなり違うのでそれだけ…!」

 「白上、気を使わないでくれ。そっちの方が辛い。」

 慌ててフォローを入れてくる白上。けれど、現状ではいっその事罵られた方がまだマシだった。彼女の優しさに胸を痛めつつ、何とか立ち上がる。

 「…ちなみに、いつから?」

 ここまで来たからには後に引けない。ここからどんな事実が出てこようがもう変わりないという事で、更に足を踏み入れた質問をする。

 「…出会った頃からです。」

 が、目を逸らす白上からはたまた予想外の事実が発覚して今一度膝が折れそうになった。出会った頃というと本当に最初からそうだったらしい。しかし、今度は耐えきることに成功した。

 「…そっか、それは悪かった…気を付ける。」

 「いえ、こちらこそ。」

 そう言ってお互いに頭を下げ合い、何とも気まずい空気が流れる。藪を叩いたら蛇が出てくるように叩けば叩くだけ発覚して欲しくない真実が発覚した。時間の問題ではあったのだろうが、こんな日常的な会話の中で出てこなくても良いだろうに。

 「よし、うどん茹でるか!丁度久しぶりにうどんが食べたい気分だったんだ。」

 「あ、開き直りましたね。」

 無理にテンションを上げて言えば、白上は目を丸くする。当然だ、こんなもの開き直りでもしなければやってはいられない。

 「百鬼も食べるよな。何玉茹でる?」

 「…。」

 若干蚊帳の外気味だった百鬼に声を掛けるが、しかし彼女は無言のまま何処かぼーっとしていて返事は返ってこない。

 「百鬼?」

 「え?あ、ごめん、余何も聞いてなかった。」

 再度声を掛けてようやく気が付いたのか百鬼は笑いながら後頭部に手をやる。そんな彼女の様子に思わず白上と共に苦笑いが浮かんだ。

 「あやめちゃんらしいですね。」

 「あぁ、百鬼はうどん何玉にする?」

 「うーん、じゃあ余は一玉にしよっかな。」

 改めての問いに明るく答えると、百鬼はニコリと一つ笑みを浮かべた。

 それから三人でうどんの調理に取り掛かった。いくら料理が下手と言っても湯を沸かすくらいできる。その為一応白上の監修の元で俺はうどんを茹で、百鬼にはその間に出汁の準備などを進めて貰っていた。

 「…何といいますか、透さんもあやめちゃんも役割分担までが自然でしたね。」

 「まぁ、ここ最近は一緒に料理してたからな。その辺は何となく意思疎通できるようになった。」

 キョウノミヤコで過ごした十日の内、百鬼と料理をしなかった日は無いくらいで、料理中に彼女の次に取る行動が何となく分かるようになっていた。

 「透くん目を離したらすぐに焦がしちゃうから、余最初大変だった。」

 「それは本当に申し訳ないと思ってる。」

 揶揄うように言ってくる百鬼に、痛い所を突かれたと笑いつつ詫びておく。誰かと共に料理をすればある程度は料理が出来ると一概に言っても定義はあやふやで、ふと百鬼が目を離した途端に料理を焦がすようになったりもした。しかし、これも最初のだけで後々慣れるに連れて百鬼が見ていなくても焦がすことは無くなった。

 「確かに、最初のころは魚も焦がしてましたもんね。あれはあれで美味しかったですけど。」

 「あ、それ余も覚えてる!」

 「よく覚えてるな…、って言ってもまだ二か月前か。」

 過去を思い返すよう宙を見上げて言う白上に百鬼が食い気味に反応する。そんな二人を前に、自らの汚点を掘り返されたような気分になった。とはいえ、一人になった途端同じように焦がしたのだから意外と進歩していなかったりするのかもしれない。

 話をしている内にうどんも茹で上がり、百鬼の用意してくれたうどんのつゆと合わせ器に盛りつけ、それらを盆の上に乗せる。

 「それじゃあ持っていくぞ…あ、百鬼。」

 「うん、お箸は余が持ってくから大丈夫。」

 「頼んだ。」

 盆を持ってから百鬼に声を掛ければすぐに意を汲んだ返事が返ってくる。それを背に受け、そのまま居間へと向かいキッチンを出る。

 「あれ、白上は…。」

 その最中、やることの無くなった狐は少しおろおろとしていた。

 

 

 居間のテーブルにうどんを置いていれば、すぐに白上と百鬼もやって来た。しかし、何故か白上は落ち込んだように耳を垂れさせていた。

 「白上、どうしたんだ?」

 「いえ、何だか白上はいらない子な気がして。」

 理由を聞いてみてもよく分からず首を傾げる。するとふと白上の後ろでゆらゆらと揺れる尻尾が目についた。それは振り子の様に規則的に揺れたかと思えば、今度は不規則に右に偏ったり左に偏ったり。

 「透くん、また見てる。」

 「え、いや待て、今のは完全に白上が意図的に揺らしてて!」

 思わず目で追っていれば、若干ジトリとした視線を向けてくる百鬼に慌てて弁明する。無意識であんな動きをする筈がない、これは白上の仕掛けた罠だったのだ。俺はまんまとその罠に嵌ってしまった訳なのだが。

 「ふふっ、透さんもまだまだ精進が足りませんね。」

 「あぁ、何で悔しさを感じているのか俺にも分からないよ。」

 煽るように言ってくる白上に軽口で返しつつ盆の上のうどんの器を並べ終えると、こつんと何かが後頭部へぶつかった。

 「ん?」

 後ろへと振り返ってみれば、床にちょこんと座っている小さな白い狐のシキガミの姿があった。シキガミはこちらの視線に気が付くと虚空の中へ飛び込む様にその姿を消す。

 「どうかされましたか?」

 「…何でもない、それより早く食べないとうどんが伸びるな。」

 白上のシキガミが勝手に出てきただけかと当たりを付けつつ、不思議そうに聞いてくる白上にそれだけ返して椅子へ座る。白上も同様にささっと席へ着いた。と、その中で一人ポツンと立ち尽くしている百鬼の姿。

 「百鬼?」

 「あ、うん、余も食べるー。」

 声を掛ければすぐに返事が返ってくる。そうして三人テーブルに揃えば、早速手を合わせて俺達は箸を取るのであった。

 

 

 

 

 『ふふっ、透さんもまだまだ精進が足りませんね。』

 『あぁ、何で悔しさを感じてるのか俺にも分からないよ。』

 仲睦まじい様子で笑い合う二人の姿を見て、あやめは自らの心に影が差すのを感じていた。どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも分からないままに。

 「尻尾…。」

 ぽつりと零すようなその呟きは、けれど二人に届くことは無かった。

 





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