どうも、作者です。
総文字数70万突破です。
以上。
温かな日差しの降り注ぐ縁側に腰かけぼんやりとシラカミ神社を覆っている森林へと目を向ける。虫や動物の気配のないそれは葉の落ちた細い枝がただ風に揺れるのみであったがその静けさは心地よく、最近はついぞ感じることのなかった、何も無い穏やかな時間が流れていた。
以前ならこんな空いた時間には走り込みや木刀の素振りなど自己研鑽に時間を費やしていたのだろうが、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。
「透くん、何してるの?」
「ん?あぁ、百鬼か。ちょっとボーっとしてただけだ。」
後ろから聞こえてきた声に振り返れば、丁度通りかかった百鬼と目が合った。彼女の問いにそれだけ返して、再び立ち並ぶ木々へと視線を戻す。
「…今日こそは鍛錬をしようと思ってたんだが、どうにもやる気が出なくてな。」
ため息交じりにそう零す。燃え尽き症候群とでも言えば良いのか、以前まで感じていたモチベーションが今は一切湧いてこないのだ。その為に、何をするでもなくここに座っている。
「それ、余もよくある。そういうのは時間が解決してくれるから、今は無理に動かなくても良いと思うよ。」
それだけ口にすると百鬼も同じように隣に腰かけた。
「やけに詳しそうだな。」
思わぬところから具体的なアドバイスを貰い面食らいながらそう問いかければ、百鬼は自慢げに胸を張って口を開いた。
「だって余千年以上生きてるから。」
千年。おおよそ聞き慣れないその単位に、思わず隣に座る鬼の少女へと目を向ける。初耳という訳ではない。けれど改めて聞くとやはり自らの尺度を軽く超えるそれに先ほど以上の驚きが胸中を満たす。
「全然そうは見えないんだけどな…。」
ぽつりと本音が零れた瞬間、それを聞いた百鬼の表情が凍り付いた。
「…透くん、それ余が子供っぽいっていう意味?」
「いやまさかそんな。」
咄嗟に否定して顔を背けるが流石にあからさま過ぎたようで隣から鋭い視線が飛んで来ているのが分かる。実際普段の彼女と接していて千年も生きていると感じる事は殆ど無い。寧ろ表情が豊かで、百鬼の言う通り幼さを感じる事の方が多いくらいだ。
それを俺は欠点だとは思わないし、そんなところも好ましいとすら思っている。けれど彼女自身はそうは思わないようで、拗ねたようにその頬を膨らませていた。
「…良いもん、余は子供だもん。」
そう言うと百鬼は体を横に倒し、ごろりとこちら側へと寝転がった。彼女の頭は俺の膝の上へと置かれて、いわゆる膝枕の状態になる。
「あ、おい…。」
「子供だから、こうやって甘えても許してくれるよね。」
堪らずに声を掛けるが、百鬼は仰向けになりながら悪戯な笑みを浮かべた。あまりにも無防備なその姿に、くらりと眩暈を感じる。
「…。」
「?」
唐突に黙り込んだ俺の様子を、百鬼は不思議そうに見上げてくる。そんな仕草一つでさらに心が乱れるのだから、恋というものは厄介極まりない。そして不思議なもので、許容量を超えてくると無性に腹が立ってくる。
「透くん?」
呼びかけてくる百鬼。そんな彼女の頭に向かってそっと手を伸ばし乱雑にわしゃわしゃと撫でる様に髪を乱せば、「きゃーっ!」と、甲高い百鬼の悲鳴が上がる。しかし、その悲鳴とは裏腹に彼女の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「何で嬉しそうなんだよ。普通怒るか嫌がるところじゃないか?」
「えー、だって余別に嫌じゃないし…。」
思わず手を止めて突っ込み気味に問いかけるも、特に気分を害した様子の無い百鬼は軽々とそう答えてくる。
「それにね、透くん雑っぽくても髪は引っ張らないようにしてくれてるから。余、透くんのそういう所好き。」
続いた百鬼の言葉に、ついには自分の顔が引きつるのを感じた。
こういう形で、バレないと思っていた配慮が本人にバレていたと知った時のえも言えぬ程の羞恥は何よりも耐えがたく、地中に埋まって隠れてしまいたい程の気まずさを感じさせてくれる。
「あー…、勝てる気がしないな。」
「何の事?」
「いや、気にしないでくれ。」
こてりと首を傾げる百鬼にそれだけ返しつつ、改めて彼女へ視線を送る。惚れた方が負けなんて言葉があるが、まさにその通りだ。多分これから先、俺は彼女に一度として勝てはしないのだろう。だが不思議と悪い気はしなかった。
「…そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい。」
「ん、あぁ悪い。」
ジッと見つめ過ぎたようで、百鬼はほんのりと頬を赤く染める。
「透くん、余の顔何かついてる?」
怪訝そうな顔で聞きながら百鬼は自分の顔を拭いだす。ただ、別に何が付いているという訳でも無いため、すぐに「いや。」と否定する。
「百鬼の髪、綺麗だと思ってたんだ。さっき触った時も全然絡まらなかったし。」
そう言って、百鬼の見事なまでの長髪に目を向ける。さらさらとした絹糸のようなその白髪は毛先に向けて赤が混じって行き、グラデーションとなっている。先ほど引っ張らないように配慮したと言ったが、そもそもその必要も無い程に指通しが良かった。
「本当?えへへ、嬉しい。また触ってみる?」
照れ笑いを浮かべる百鬼のそんな申し出に思わず咳き込みそうになった。
「さっき勝手に触っといて言うのもあれだけど、手入れとか大変なんだろ。本当に良いのか?」
「うん、透くんなら良いよ。」
念押しするように聞いてみるが、これもまたあっさりと了承されてしまう。ここまで肯定的だと逆に困惑するのだが、百鬼の様子を見る限り本心からの言葉なのだとは理解できた。
「…じゃあ、遠慮なく…。」
まさか触れようとした瞬間固め技でもかけられるのではないかと、恐る恐る手を伸ばす。今か今かと不安に踊らされるが、それも無用の心配であったようで何事も無く彼女の頭に手が触れた。
触れ心地の良いその白と赤の髪は柔らかく、指を通すだけでするりと流れて行く。
「ん…。」
不意に百鬼が籠った声を上げ、俺はそれを聞いてパッと彼女の頭から手を離す。
「っと、悪い、無遠慮に触りすぎた。」
「ううん、ちょっとくすぐったかっただけ。…だから、もっと撫でて?」
「っ…。」
そんな彼女の言葉に一瞬息を詰まらせつつ、言われるがまま離していた手を彼女の頭の上へと戻す。先ほどと同じように、さらりとした髪に指を通していれば、百鬼の目は気持ちよさそうに細められていた。
「透くん、撫でるの上手。」
「そうか?それは良かった。」
意外と好評であることに安堵する。しかし、こうして膝の上でリラックスしている百鬼の姿を見ていると、どうにも連想されるものが一つ。
「…何と言うか、猫でも撫でているみたいだ。」
ぽつりと呟けば、それを聞いた百鬼はぱちくりと目を瞬かせる。だがそれも束の間で、すぐに彼女はふにゃりと表情を崩した。
「にゃあ。」
そして彼女は一声猫の鳴き真似をする。仮に彼女に尻尾が生えていたのなら、ゆらゆらと上機嫌に揺れていたに違いない。鮮明にその姿が想像できる程に、それは今の状況とミスマッチしていた。実際に偽物とはいえ猫耳と尻尾を付けた彼女を見ているのも、そう見える原因の一つなのだろう。
「耳と尻尾付けようかな…。透くんはどっちが良い?」
そう言ってすっと百鬼が取り出したのは、つい今しがた思い返していた猫耳のカチューシャとクリップで止める尻尾。先ほど外したきり持ったままでいたようだ。
確かにそれらを付けている百鬼も魅力的だとは思う。けれど、俺の答えは変わらない。
「いや、いつも通りで居てくれ。」
答えを伝えれば、百鬼の笑顔がより一層明るくなった。
「うん、分かった!…んー、でもそれじゃあこれどうしようかな。」
元気よく返事をする百鬼は、猫耳のカチューシャを弄びながら思案する。
「フブキちゃんはもう耳あるから…、ミオちゃんも一緒で…。…あ。」
「へ?」
一瞬宙を揺らいだ百鬼の視線がふとこちらに向けられて固定される。呼応するように声を上げるが、この時点から既に嫌な予感は感じていた。
「えい。」
その予感を裏付ける様に百鬼はおもむろにこちらへとカチューシャを持った手を伸ばすと、俺の頭へとそのカチューシャをセットした。
「ぶふっ…!」
頭に馴染むような感覚が脳に伝わると同時に、膝の上の百鬼が俺から顔を背けて噴き出す。それだけに留まらず、小刻みに揺れるその肩は彼女の意思をありありと映し出していた。
「…楽しそうだな、百鬼。何がそんなに面白いんだ?」
「…だって、透く…、似合わな…!」
百鬼は言葉を途切れ途切れにさせながら、尚もけらけらと笑い声を上げる。そんなに酷いのかと、流石に気になり何か反射するような物は無いか辺りを見渡す。生憎と都合よく見つかりはしなかった、代わりに見つかったのは丁度通りかかったのか呆然とこちらを見つめる白い狐の少女の姿。
「…。」
「…。」
途方もない気まずさの中、無言のまま白上と視線を交差させる。頭の上にはしっかりと付けられたカチューシャの感触があり、到底言い逃れなど出来そうもない。
暫くの間、百鬼の笑い声を背景にそうしていたかと思うと、白上はふいっと視線を逸らすとそのまま歩いて行ってしまった。俗にいう見て見ぬふりをされたという奴だ。
「…。」
それを確認して、俺もゆっくりと視線を正面へと戻す。今のは不幸な事故だ。お互いに何も見なかった、見られなかったことにするのがこれからの生活を考えれば最善の選択であろう事は明白であった。
「ん、あれ、透くん。今フブキちゃんいなかった?」
「いや、誰もいなかった。」
ようやく笑いが収まってきた百鬼が持ち前の鋭い感覚で白上の気配に勘づいたようでそう聞いてくるが、食い気味にそれを否定する。何も起きなかった、不幸な事件など存在しなかったのだ。
「それより、だ。これ外すからな、そして二度と付けない。」
確固たる決意を胸に自らの頭にある猫耳をむしり取れば、百鬼は残念そうに声を漏らした。
「えー、フブキちゃんにも見て貰いたかったのに…。どんな反応したのかな。」
「…さぁ、どうだろう。さっぱり予想がつかないな。」
先の白上の表情を思い出さないようにしながら返答する。白上も今頃必死に忘れようとしているに違いない。
「ほら、これ返す。もう俺に付けようとはしないでくれよ?」
「はーい。…ん、あれ?」
百鬼も割と猫耳関しては満足したようで、素直に返事をしてカチューシャを受け取った。その際何か気にかかるものでも見つけたのか、百鬼はそう言って首を傾げる。
「どうした、何処か壊れてたか?」
猫耳が壊れていたのかと視線を落として確認するが、そういう訳でも無さそうで。どちらかと言えば、百鬼の視線はカチューシャを持つ俺の右手へと注がれていた。
「えっと、透くん。その右手の宝石…。」
「ん、あぁ、色の事か。」
その言葉にようやくピンと来て、百鬼に見やすいように宝石の付いている右手の甲を向ける。
「気づいたのは今朝なんだ。一応聞くけど、百鬼にも赤く見えてるんだよな。」
「うん、凄く綺麗…。」
百鬼は一つ頷くと、ほぅと感嘆の息を吐きキラキラと輝く瞳で宝石を見入る。以前までは見る人によって色を変えていたこの宝石だったが、現在はどうやら一色に統一されていると見ても良さそうだ。
「丁度百鬼の目の色と似てる。」
「余の?…あ、確かに。」
流石に毎日鏡で見慣れているのだろう、似ていると言えば百鬼は一瞬考え込むもすぐに納得したように声を上げた。
「じゃあ余達、同じ赤色でお揃いだね。」
言いながら、にっと唇の端を上げて八重歯を覗かせる百鬼。それに同調して自然と同じように笑みが浮かぶ。
「あぁ、何で赤くなったのかは分からないけどな。」
とはいえ現状特に影響も感じないし、無論しばらくは様子を見る必要はあるが、そこまで気にしなくても良いのかもしれない。
「お揃いか…。」
考えている間にも、百鬼は繰り返すように口にしにまにまと笑っている。あまりにも嬉しそうにするものだから、妙に気恥ずかしさを感じてしまう。
「…ところでなんだけどさ、百鬼。」
「なぁに?」
そう改めて声を掛ければ、こちらへ向けられた真紅の瞳と視線が交差する。そこまでは良いのだが、一つ気になるのはその視線が下方向から向けられている点だ。
「この体制、いつまで続けるんだ?」
膝を枕に寝転がる百鬼へと問いかければ、百鬼はキョトンとして口を開いた。
「あ、足痺れてきた?それなら、次は余が膝枕してあげるね。」
そう言って嬉々として体を起こす百鬼だったが、しかし俺が言いたいのはそういう事では無い。
「いや、別にそういう訳じゃないんだが。床に直で寝てるけど寝心地悪くないのか?正直足も筋肉で固いだろ。」
以前百鬼に膝枕をしてもらった時の事を思い出しつつ、あの時と比べて自分の膝枕が寝心地が良いものだとは到底思えなかった。
それを伝えると、百鬼は少し考える様に宙を見上げる。
「んー、余は気にならないよ?透くんの足も固いけど、透くんって感じがするし。」
「どんな感じだ、それ。…まぁ、百鬼が良いなら良いか。」
幾つか気になる点はあるが、彼女が良いというのならこのままで居よう。
「わーい!」
それを聞くが早いか、すぐに百鬼は歓声を上げながら体を倒し膝の上へと舞い戻って来て、思わず苦笑いが浮かぶ。
「俺の膝枕の何がそんなに気に入ったんだよ。」
苦笑交じりに問いかければ、ごろんと寝転がりながら百鬼は悩む様に唸り声を上げる。
「うーん、理由…。やっぱり安心できるからかな…。」
「安心か…。」
最近百鬼の口から聞くことが増えた単語だ。最近といえばケンジの件で一緒にいる時間が増えたが、これが関係しているのだろうか。
とはいえ他にそれらしい要因に心当たりがある訳でも無い為、納得しようとするならこの辺りで妥協点を探す他ない。
「考えても分かるものでも無いか。悪い、変な事聞いたな。」
詫びれば、百鬼は気にしないでとばかりに首を横に振る。それからも軽い雑談を交わしていけば、徐々に百鬼の口数も少なくなっていき、やがて静かな寝息が聞こえてきだす。
「…あれ、百鬼?」
声を掛けてみるも当然返事は無く、穏やかな陽気に包まれた百鬼はすやすやと眠っていた。
「まぁ、確かにこれは眠くなるよな。」
冬に似つかわしくない温かな日差しは眠気を誘うには十分すぎる程で、百鬼はあえなく敗北してしまったようだ。そんな彼女は尚も俺の膝の上に頭を乗せたままであり、俺は自分が下手に動けなくなったことを悟った。とはいえ、特段やることも無いため困ることも無い。
「本当、綺麗だな…。」
百鬼の顔にかかっていた一房の髪を横に寄せながら、そんな感想が口を突いて出る。無防備にさらされている端正なその顔立ち。信頼の証と言えば聞こえはいいが、多少は警戒して欲しいとはどうしても思ってしまう。
先ほどから煩い心臓を宥めながら、鬱憤を晴らすように彼女の頬をつつく。この程度で起きる程浅い眠りでも無いようだが、若干寝苦しそうに歪む顔に溜飲は下がった。
心地よい一陣の風が吹き思わずあくびが出る。そうして、ついぞ後方の襖の合間から覗く白い獣耳に気が付くことは無く、迫りくる眠気にあっという間に意識は沈んでいった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。