どうも、作者です。
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名探偵シラーカッミ・フーブキの朝は早い。どれだけ早いかというと、起床した時間にはまだ太陽が山の向こうに隠れているくらいに早い。これは普段遅くまで眠っていることの多い彼女にとっては異例の事であった。
ならば、何がそんな彼女を突き動かしているのか。それはシラカミ神社で共に暮らす二人の同居人に深く関連していた。
「名探偵たるもの、常に冷静沈着に…。」
物音を立てないように抜き足差し足忍び足で移動する名探偵。しかし残念ながらその姿は名探偵ではなくコソ泥にしか見えない。名探偵フーブキが目指すは早朝に唯一明かりのついているキッチン。フーブキは入り口の手前に座り込むと、その中から聞こえてくる話し声にそっと白い獣耳を立てた。
「百鬼、野菜の仕込み終わったぞ。」
「ありがと、透くん。余もお米の準備終わったけど、今日は早めに作る?」
「そうだな、白上も最近は早めに起きて来るし。」
そんな会話を交わしながら二人、透とあやめはてきぱきと手慣れた様子で朝食の準備を進めていく。その姿はフブキから見ても驚くほどに自然であった。その様子を二人に、特にあやめに勘づかれないようにフブキは細心の注意を払いつつしげしげと眺める。
『…こんな朝っぱらから何をしてるんだ、お前は。』
「…っ!?」
突如として隣から聞こえてきた呆れ声にフブキは肩を跳ねさせて、上げそうになった悲鳴を押し殺す。フブキが慌てて声の出所へと目を向ければ、そこにはちょこんと地面に座る白い狐のシキガミの姿。
「もう、黒ちゃん!驚かせないで下さいよ!」
フブキはシキガミに、正確にはそれを操る黒上へと声量を抑えて抗議の声を上げるが、黒上は素知らぬ顔でキッチンの中へと目を向ける。
「あれを見るためにわざわざ早起きとは…。なんだ、透に嫉妬でもしてるのか?」
揶揄うように言ってくる黒上に、けれどフブキは憮然とした様子で「違いますよ。」とはっきりと否定する。
「キョウノミヤコから帰ってきてから二人の距離が以前に比べて近くなっている気がしたので、その調査をしてるんです。」
そう言うフブキを見て、黒上は疑うようにその目を細める。フブキと黒上も長い付き合いだ、一目見れば互いの嘘など見抜いてしまう。そして、どうやら嘘をついているわけでは無いようだと結論付けると、黒上は静かに息を吐いた。
『…つまり、その珍妙な帽子とおもちゃの煙管も調査とやらの一環という訳だ。』
いわゆる探偵帽を頭に乗せて、煙をふかすことも出来ない煙管を片手にそれっぽいマントを羽織ったフブキを、黒上は理解できないものを見るような目で見る。
「失礼な、由緒正しき探偵の正装ですよ。中々の着こなしだと思うんですけど、どうです?」
『あーはいはい、似合ってる似合ってる。』
「もう、適当じゃないですか。」
ぞんざいな黒上の物言いにフブキは不服そうに唇を尖らせる。黒上としては素直に似合っていると言うのも良いのだが、それはそれで調子づかせて面倒くさいことになる為こうしておくのが一番楽なのだ。
「…それにしても、黒ちゃん最近はよく出て来てくれますよね。前までは呼んでも眠いからって出て来てくれなかったじゃないですか。」
『…それは…。』
フブキの問いかけに黒上はそこで言葉を区切ると、ぴょんとフブキの頭の上へと飛び乗る。疑問に思いながらもフブキが頭の上に乗った黒上の動向を伺っていれば、黒上は前足を上げ…。
『何処かの誰かさんが一人になった途端、寂しい寂しいってピーピー泣き喚くからだろう、がっ!』
「あいたっ!?」
そのまま思い切りフブキの頭へと振り下ろした。尚フブキは大げさに痛がっているが、このシキガミは特に戦闘用でも無いため前足を振り下ろす程度では彼女に痛みを与えることなど出来はしない事は互いに承知の上なのだが、やはりこの程度で鬱憤は晴れないようで、その後もてしてしと黒上は執拗にフブキの頭を前足で叩いていた。
『大体一週間や二週間ならまだしもなんだ二日目って。お前はいつから子供に戻ったんだ。』
「だってー!」
あまりの言われように遂にフブキは鳴き声を上げる。ミオはイヅモ神社へ、透とあやめはキョウノミヤコへとそれぞれシラカミ神社を出て行き、一人神社へと残る事となったフブキが孤独に耐えかねるにはそう長い時間は必要では無かった。
これで誰か一人でも残っていたのならまだ耐えられたのかもしれないが、生憎と全員揃って神社を離れてしまった。毎夜枕を涙に濡らすフブキを見かねた黒上が姿を現すようになるのも、半ば自然な流れであった。
『ったく、何であたしがこいつの面倒を見ないといけないんだ。こういうのはあの狼娘の仕事だろ。』
「なんて言いつつ、ちゃんと話し相手になってくれた黒ちゃんなのでした。」
『噛むぞ。』
余計な事を言うフブキに座った眼で小さな口を開けて牙を見せてくる小さなシキガミ姿の黒上。その姿に脅威を感じることは無いが黒上の場合本当に実行してきかねない為、噛まれてはたまらないとフブキも即座に平謝りした。
『それより、調査とやらは良いのか?』
「おっと、そうでした。透さんとあやめちゃんの距離が近づいた原因を突き止めるんでした。」
『…突き止めるも何も、原因はあからさまだろ。』
黒上に指摘されてキッチンの中へと視線を戻そうとするフブキであったが、けれど続く黒上の言葉にぴたりとその動きが止まった。かと思えば、フブキは目を丸くして黒上を見る。
「黒ちゃん、もしかしてもう分かったんですか?」
『そりゃ見たら分かる。…何してるんだお前。』
「いえ、名探偵としての矜持が…。」
逆に何で分からないんだと言わんばかりの黒上に、フブキはがくりと地面に両手をつく。どうやら先に見抜かれたことが相当悔しいようだ。
『そんなの元々無いだろ。あれは…。』
「待ってください、白上もすぐに答えを出しますから!」
黒上が答えを伝えようとするも、フブキはそれを手で制した。如何にも譲れない部分らしく、こういう時のフブキの強情さを知っている黒上は肩をすくめて、おとなしく思考するフブキの上でくつろぐ体制を取った。
やがて、そう時間も掛からずにフブキは閃いたようにポンと手を打った。
「あ、分かりました!透さんとあやめちゃんは恋人同士になったんですよ。そう考えると二人の距離が急に近づいた事にも納得がいきます。」
『…まぁ、確かにそう見えるのも無理はない。』
名推理とばかりに胸を張るフブキに、黒上はあくびをしながら答える。
「え、違うんですか?」
『違う、あれはどちらかと言うと…。』
真相を口にしようとする黒上であったが、言い切るよりも先にキッチンの入り口にある暖簾が上がり中にいたはずの透が顔を覗かせた。
「白上、そんなところで何してるんだ?」
「わひゃあ!?」
キッチンの入り口の傍に座り込んでいた白上へと声を掛ければ、彼女は肩を跳ねさせて悲鳴を上げる。まさかそこまで驚かれるとは思わず、こちらまで驚いてしまう。
「と、透さん、どうして白上の存在が…。」
「いや、入り口から普通に尻尾が見えてたからな?」
戦慄したように聞いてくる白上に、入り口から覗いている白上の尻尾を指さして答える。百鬼と朝食の準備をしていた折、視界の端で何かが動いたかと思い見てみれば見覚えのある尻尾がわっさわっさと動いていたものだからつい様子を見に来てしまったのだ。
「透くん、どうしたの?…あ、フブキちゃんだ、おはよー。」
「あ、あやめちゃん、おはようございます。」
後ろから百鬼もこちらへとやってきて廊下に座り込んでいる白上の姿を見つけると、和やかに声を掛けた。
「…それで、誰かと話してたみたいだけど、大神と通話でもしてたのか?」
そうして改めて白上へと問いかける。何を話しているかまでは聞き取れなかったが、確かに白上の声が聞こえたのだ。通話くらいなら出来ると言われても今更驚かない為、その辺りで当たりを付けたのだが、呆然としていた白上はそう聞かれてはっと声を上げた。
「あ、いえ、さっき話してたのは黒ちゃんです。」
「「黒ちゃん?」」
白上の口から出てきた聞き覚えのない名前に、百鬼と揃って首を傾げる。白上もそんな俺達の様子を不思議そうに首を傾げるが、すぐに合点がいったようで慌てた様子で「あ、そうでした」と口にする。
「お二人にはまだ紹介してなかったですよね。こちら白上の同居人の黒上フブキこと、黒ちゃんです。」
「「…。」」
白上は笑顔でそう紹介してくれるのだが、彼女が言いながら両手で抱えて前に掲げたのは白い狐のシキガミで、俺と百鬼はつい無言でそのシキガミを見つめる。
何度見ても、目の前に居るのは紛れも無いシキガミである。白上なりの冗談かとも思ったが、彼女の満面の笑みが易々とその考えを否定する。
「…あー…白上は、この黒ちゃん?とさっきまで話してたのか?」
「?はい、そうですよ?」
恐る恐るシキガミを指さしながら聞いてみるのだが、白上はキョトンとした顔でこくりと頷く。一応、確認の為にシキガミに詳しいであろう百鬼へと目を向けるが、百鬼もふるふると首を横に振っている。
「…あのな、白上。シキガミは喋らないんだぞ?」
気遣う様に声を掛けるも、白上は尚も要領を得ない様で首を傾げている。
「はい、それは知ってますけど…。はっ、そういう…!?」
と、そこでようやく白上は何かに気が付いたのか、あからさまに焦りをその顔に浮かべた。
「ち、違うんです!別に自分のシキガミに話しかけてる訳じゃなくて…!く、黒ちゃん、何でさっきから黙ってるんですか!?早く誤解を…!」
白上はあたふたとしながら弁明しつつ懸命にシキガミへと話しかけるが、当然シキガミが何かを返答する事は無く、俺と百鬼は何故か感じる悲しさを胸に白上の肩をぽんと叩く。
「そうだよな、白上も寂しかったんだよな。」
「フブキちゃん、気づいてあげられなくてごめんね。」
「ちょっ、何ですか。そんな可哀そうなものを見るみたいに…!」
優しく話しかける俺と百鬼を前にして、白上は不本意だと言わんばかりに声を上げる。そうだ、気づいてやれなかった、白上もこの神社に一人で寂しかったのだ。だからこんな結果を招いてしまった。
「そのさ、前に話してたお茶の淹れ方なんだけど、良かったらこの後教えてくれないか?」
「あ、余も教えて欲しいな!フブキちゃん、余も一緒にお願い!」
思えば、帰ってきてからも白上と絡むことは少なかった。その分をこれから取り戻していかなくてはならない。だが、白上は未だ認められないのか、尚も否定しようと必死に言葉を探している。
「そんな同情に満ちた目で白上の事を見ないで下さい!黒ちゃんも、早く何か喋って下さいよ!」
『…。』
白上の悲痛な叫びに、けれどシキガミは我関せずと無言のままあくびをする。そうして、シラカミ神社には限界を迎えた神主の悲鳴が鳴り響いたのであった。
ひたひたと地面へと落ちる水雫が弾けて形を失う。じめじめとした湿気を感じさせる暗闇に満ちた道を、ゆっくりと何者かの足音が進んでいた。
足音の主は一人の男。肩を壁に押し付ける様にして何とか歩いているその男の目は虚ろで、一切の正気を感じさせない。
「帰ろう…、すぐに、帰るから…。」
うわ言の様に繰り返すその言葉は、男の執着する最後の願いの断片だ。何のために帰るのか、何処へ帰るのか、最早それすら分からなくなっても尚、彼はその願いに突き動かされるかのように歩みを止めない。
やがて、男は力尽きてその場に倒れ伏した。彼の周りに人の影は無く、助けなど誰一人として駆けつけはしなかった。
「帰るんだ…帰るんだ…。」
地を這う彼の姿は何処まで行っても救われず、男の意識は闇の中へと沈んでいった。
「茶葉の量はこのくらいで、後は時間も茶葉によって変えるのがミソです。一番分かり易い目安は茶葉の太さですね。」
朝食の後、シラカミ神社のキッチンの中で俺と百鬼は白上からお茶淹れ講座を受けていた。実際に教えて貰って分かったが、彼女のお茶に対する熱意は本物で、お茶に関する知識もかなり豊富で。それを俺のような初心者でも理解しやすいように説明してくれている。
「フブキちゃん物知りー。」
「ふふっ、それはもう。お茶だけならミオにだって負けませんよ。」
感心して声を上げる百鬼に、白上は渾身のドヤ顔で胸を張る。裏付ける相応の技術があるのだからそれも当然と言えるだろう。
急須に湯を入れた所で、蒸らすために雑談の時間へと移行する。
「でも本当に凄いよな。白上はいつからお茶を淹れ始めたんだ?」
「初めですか?んー、そうですね…。確かミオと出会ったくらいの頃からですかね。」
俺の問いに、白上は顎に指を当ててふと宙を仰いで答える。白上と大神は長い付き合いだと聞いているし、それだけの期間お茶を淹れているのならこの腕前なのも納得というものだ。
「ミオちゃんって今はイヅモ神社に居るんだっけ。」
話題に出て気になったのか、百鬼が大神について話題に挙げる。思えば赤い宝石の付いた指輪についても聞きに行った筈だが、特に大神から説明は受けていない。
「はい、丁度昨日言伝が届いてたんですけど、まだイヅモ神社でやることがあるみたいです。」
「そっか、今頃何してるんだろうな…。」
手伝おうにも神狐が居るのだからあちらの事で俺達が出来ることも無いだろうし。大神が帰って来るのを待つ他ない。
「でも、ミオちゃん占星術も使えるから、よっぽどの事じゃないと苦労し無さそう。」
「白上も同意見です。それに毎朝色々と占ってるみたいですし、この辺りで異変が起きたらまた連絡が来ると思いますよ。」
「相変わらず万能だな…。」
こうして改めて聞いてみると占星術で対処できる物事の多様さに驚かされる。遠く離れた位置でも関係ない辺り、むしろ何が出来ないのかと聞きたいくらいだ。
「そう言えば透さん、以前出会った明人さんでしたっけ、あの方とはその後は?」
「あー、いや、こまめに連絡を取ってる訳でも無いから最近は全然だ。」
白上に不意に聞かれて、ふと考えてから答える。セイヤ祭の日に出会った切り、明人とは連絡は取っていない。とはいえ、最近はそれどころでは無かったのもあるが、落ち着いた今声を掛けるのも良いかもしれない。
「…あ、そろそろ良い時間なのでお茶を注ぎますね。」
少し経って白上はそう声を掛けると、急須を手にとって慣れた手つきで三つの湯呑にそれぞれ数回に分けてお茶を少しずつ注いでいく。
「「おー…。」」
あまりに綺麗に淹れるものだから、つい百鬼と感嘆の声が被ってしまう。
「…そこまで感心されると流石に照れますね。ではお茶も入ったことですし、お茶菓子を持って今に行きましょっか。透さん、そちらの棚に隠してあるお菓子を持ってきてもらっても良いですか?」
「あぁ、分かった。」
「じゃあ余はお茶運ぶね。」
白上と百鬼は一足先にキッチンを後にした。俺も菓子を持って二人の後を追おうと戸棚を開ける。しかし、指さされたはずの棚の中は空で、菓子の影は何処にもない。
「…隠してるって、何処にだ?」
白上が指さす棚を間違えたのかと考え他の戸棚へと手を伸ばそうとした所で、不意に横から白い狐のシキガミが戸棚へと飛び移って来た。
『…。』
「へ?ここの横か?」
そして、シキガミがとんと戸棚の横の壁部分を叩くので試しにそこへ手を添えて力を込めてみると、壁板が外れて探していた菓子が姿を現した。
「あ、ここに隠してたのか。ありがとう、助かった。」
『…。』
シキガミへと礼を言えば、何処かへとシキガミは去って行った。しかし、シキガミも場所を把握しているとは、白上は常習的にここに菓子を隠しているのだろうか。
そんな事を考えつつ俺は菓子を持って棚の側面を元に戻すと、居間へと足を向けるのであった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。