どうも、作者です。
百鬼ルートの文字数は現在15万文字。20万は超えそう。
以上。
それはとある日の事だった。
「お二人とも少し良いですか?」
朝食を終えて今日は何をしようかと百鬼と共にお茶を片手に考えていると、不意に白上が居間へやって来て声を掛けてきた。
「フブキちゃん、どうしたの?」
「何か問題でも起きたか?。」
改まった様子で向かい側に座る白上。そんな彼女からはどこか深刻な雰囲気が感じられる。
「はい、…まぁ問題と言えば目の前にも一つあるんですけど…。」
じとりとこちらに向けられる視線に、白上が今何を思っているのか手に取るように分かった。
彼女の向かい側に座る俺と百鬼。これだけなら何の変哲も無いただの日常的な姿なのだが、問題なのは二人の間の距離だ。具体的には百鬼が俺の肩に頭を乗せられる程の近距離で俺達は座っていた。
「透さんも最初は引き離そうとしてたんですけどね…。」
「あぁ、段々慣れてきてこうじゃないと落ち着かなくなってきた。」
「余も落ち着くー。」
「駄目じゃないですか!」
のほほんと満足げに言ってのける百鬼に、白上はテーブルに身を乗り出すようにして百鬼ではなく俺に抗議してくる。
確かにこれは俺が百鬼に強く言えない事が原因ともいえる。とはいえ、引き離そうとすると百鬼はこちらが罪悪感を抱くほどに悲し気な表情をするのだ。想い人にそんな顔をされては、さしもの俺も心を鬼にすることなど出来はしなかった。
「けどさ、俺も特に迷惑してるわけじゃないし…。」
「その満更でもない顔を見れば分かりますよ。」
何とか宥めようとするも、ぴしゃりとそう白上に言い返されてしまう。顔に出やすい欠点は今も尚健在らしい。
そんな俺と白上のやり取りを聞いて、百鬼は不思議そうにこちらを見上げる。
「透くんは余が近くにいると嬉しい?」
「ん、まぁ割と。」
「そっかー。」
「…白上は一体何を見せつけられてるんでしょうか。」
げんなりとした様子で白上は顎をテーブルに付けて獣耳を小刻みに震わせる。
こうして百鬼との距離が近づきだしたのは、あの夢を見た日からだった。あの日から百鬼はタガが外れたように事あるごとに引っ付いてくるようになり、俺もそんな彼女に釣られるように動揺もしなくなりそれを受け入れていった。
「これは…帰って来たミオが仰天する姿が目に浮かびます。」
ぼやきながら呆れたようにため息をつく白上を横目に、百鬼はこてりと小首を傾げる。
「ミオちゃんが帰って来るまであと半月だっけ。」
「どうだろうな。丁度ひと月で帰って来るならもう少し早くなりそうだな。」
ふと日数を振り返ってみれば、大神がイヅモ神社に出発してから半月以上経過している。たったひと月でこれだけ同居人同士の距離が近くなっていればそれは大神も驚くことだろう。
と、話している内に話が脱線している事に気が付いた。
「それより白上、何か話があったんじゃないのか?」
「へ?…あ、そうでした。」
どうやら本気で忘れていたらしく、白上は一瞬キョトンとした顔をすると、仕切り直すように一つ咳払いをした。
「お二人にきちんと話した事はなかったのですが、実は白上、シラカミ神社の神主として色々とオツトメなどを行っておりまして。」
「そう言えば、前に定期的にケガレを払ってるって言ってたよな。あれもオツトメの一環か?」
以前の事を思い出しながら問えば、白上は肯定するように頷いた。
「はい、他にも普段は参拝に来た方の悩みを聞いたり問題の解決などをしてるんですけど、現在二つのオツトメが被ってしまいまして、透さんとあやめちゃんに手伝いをお願いしたいんです。」
白上が説明し終わると同時に、俺と百鬼は互いに目を合わせる。今までカクリヨの異変の調査を共に行ってきたが、こうして頼られたのは初めてのような気がした。
「あぁ、勿論だ。」
「余も手伝うよ。」
無論快諾する。断る理由も無いし、何より居候とはいえ俺達もシラカミ神社の一員なのだ。オツトメがあるというのならそれは俺達の務めでもある。
その意思を感じ取ってか、白上も「ありがとうございます。」と、にこやかな笑みを浮かべた。
「それで今回のオツトメって?」
取り合えず了承したが、内容はまだ聞いていなかった。
「えっとですね、お二人にお願いしたいのは北の方にある都市の視察です。最近風の噂でケガレに関する異変が起きてると耳にしまして。」
「…っ。」
ケガレに関する異変、その言葉を聞いて思わず体を硬直させる。軽い動悸、背を伝う冷たい汗の感触。白上が気付いた様子は無いが、恐らくすぐ隣にいる百鬼には俺の動揺は既に伝わっているだろう。
(大丈夫だ。ちゃんと向き合えた筈だ。)
隣の百鬼の温もりを感じつつ心の中で自分に言い聞かせる様に繰り返せば、幾分か心は落ち着きを取り戻していく。
「視察な、分かった。けど北の方って俺は行ったことないんだけど、百鬼はどうだ?」
「うん、余は行ったことあるよ。みんなと出会う前はそっちに居たから、案内できると思う。」
思えば出会う前の百鬼の事は全くと言っていい程聞いていない。どのような生活をしていたのか、改めて気になって来る。
「へぇ、もしかして知り合いとかもいたりしてな。」
「知り合い…。ううん、いないよ。」
答えた百鬼はぽすりと俺の肩へ顔を埋めて、そのままぐりぐりと潜り込む様に動かした。
「そういう事でしたら安心ですね。一応地図なんかも有りますけど必要ですか?」
そう言って白上から差し出された地図には大雑把な都市の名前と川などの地形が書き込まれていた。
「あー、有るなら貰っておきたい。俺は百鬼とはぐれたらにっちもさっちも行かなくなりそうだ。」
「余は透くんから離れたりしないから大丈夫だよ?」
「念のためな。」
別に百鬼を信用していない訳でも無いのだが、うっかり癖のある彼女に置いて行かれ無いと言い切るのはかなり楽観的だと言って過言ではないだろう。とはいえ、現在ぴったりと密着している百鬼の姿を見れば楽観視したくもなる。
そんな事を考えていれば、ふととある懸念に思い至る。
「なぁ、俺と百鬼の二人で行くことが前提になってたけど、白上は一人で大丈夫なのか?」
「?はい、元々一人でやる予定のモノでしたし、一つ一つはそこまで大したことでは…。」
「いや、そうじゃなくて…。」
そこで俺の言わんとしている事に察しがついたようで隣の百鬼がはっと息を呑んだ。
「フブキちゃん、一人で寂しくない…?」
「あ、そっちですか!?」
百鬼が俺の後を継ぐ形で白上に問いかければ、白上もようやく合点がいったようで心外だと驚いたようにピンと耳を立てる。
「あれはただのシキガミじゃなくて黒ちゃんだって何度も言ってるじゃないですか!」
「そう言われてもな…。」
「余達の前で喋ったこと無いし…。」
チラリと、俺と百鬼は揃っていつの間にか白上の横に現れてテーブルの上に座っている狐のシキガミへと目を向ける。
気持ちよさそうに伸びをしていたシキガミは俺達の視線に気が付けば、座り直してこちらを向く。
「黒ちゃん良い所に!さ、今度こそ改めて自己紹介してください。」
『…。』
意気揚々と促す白上であったが、しかしそれも虚しくシキガミは無言のままじっと白上を見つめたかと思えば、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「白上…。」
「やっぱり…。」
そんな彼女へと俺と百鬼の同情的な視線が突き刺さる。
「違うんですってー!」
この後、やはり俺か百鬼のどちらかが白上と一緒に行こうという話し合いに発展したが、白上は頑なとしてそれを受け入れようとはせず、結局元の組み合わせのまま俺達はシラカミ神社を出発した。
シラカミ神社を出て、見慣れたキョウノミヤコとは全くの逆側へと向かう。
カクリヨにおけるヤマトという地域は、その中心にキョウノミヤコが位置している。西側ではイヅモ神社があり、こちらは一度訪れたことがあるが北側は足を踏み入れた事すらない。
「目的地まで結構あるな。鬼纏いでささっと行くか。」
「待って。」
新天地へ繰り出すことに何処か高揚感を覚えつつ、自らのイワレへと意識を向けようとした所で不意にそんな言葉と共に引き留めるよう服の裾が引っ張られた。
「ん、どうした?」
「透くん、自分のイワレの事忘れてたでしょ。」
思わず百鬼の方へ振り返れば、頬を膨らませた彼女のジトリとした視線が飛んできた。その瞳は紅の光を放っており、彼女が俺のイワレを見ていたのだと理解した。
どういう訳か今の俺のイワレは不安定になっているらしく、この状態で鬼纏いなどイワレを使用すれば体に痛みが走るのだ。
「そう言えばそうだった…。悪い、止めてくれて助かった。」
正直最近はイワレを使用する機会がめっきり減ったこともあり、自分のことながら完全に頭から離れてしまっていた。
「どういたしまして。それよりどうしよっか、このまま歩いてたら結構時間掛かっちゃうよ?」
「そうなんだよな、白上にもイワレの事は話して無かったし…。」
経路としてはシラカミ神社からずっと北へ進むだけなのだが、地図によると歩いて行くには遠すぎる。ならば身体強化を行った上で走るか。しかし、道中体にガタがくればそこでおしまいだ。
普段通りであれば何ら問題は無いのだが、人生そう上手くは行かないらしい。
「あっ!じゃあ、余が透くんを抱えて走れば良いんじゃない?」
百鬼は名案とばかりに顔を輝かせる。だがそんな彼女とは対照的に俺の顔は若干苦々しく歪んでいた。
「あー…、それはあれだ、最終手段として置いておいて他にも考えてみないか?」
「余なら平気だよ?」
「俺が平気じゃないんだ。」
百鬼との身長差的におんぶは難しい、なら次に来るものと言えば横抱きになる。そして自分が彼女に横抱きにされる光景を想像してみるも、道中羞恥の嵐に巻き込まれる未来しか見えなかった。
「そうだ、移動用のシキガミとか居ないのか?イヅモ神社で見た麒麟みたいな。」
何とか別の案を出さねばと思考をフル回転させていると、ふとカクリヨでの移動手段として利用した事のある麒麟を思い出し、駄目元で百鬼に聞いてみる。
「移動用、うーん、余のシキガミって全員戦闘特化だから…。あ、でも。」
すると百鬼は一瞬考え込んだのち、何か思いついたように手を叩きながら少し離れた場所へ移動した。
「『閻魔』」
一言百鬼が唱えれば、同時に開けた空間へと巨大な鎧武者のシキガミが虚空から姿を現す。
「成程、大きさがあるから肩にでも手にでも乗れるな。」
「でしょ?どう透くん、余偉い?」
「偉い、最高だ。」
得意げに言ってくる百鬼を素直に称賛すれば、彼女の満足げな笑みが返って来た。
移動手段も決まったところで早速出発しようと、百鬼と共にシキガミの手の上へと乗る。俺と百鬼がしっかり座ったことを確認して、シキガミは立ち上がって移動を開始した。
「…予想以上に乗り心地良いな…。」
流石にシキガミもそこまで万能ではないし多少揺れる事はあるだろうと思っていたが、予想に反してシキガミの掌の上は振動も無く快適であった。
「余、ここで寝れそう。」
驚いているのは百鬼も同様で、彼女は目を瞬かせながらシキガミを眺めている。
「同感だ。相変わらず百鬼は予想を超えて来るな…。」
何なら以前乗ったシキガミよりも乗り心地が良いまである。こんなところでまで百鬼の特異性が出てくるとは思わなかった。
この鎧武者のシキガミ、巨大なだけに歩幅も大きく見た目の割にかなり俊敏なため、これならものの数時間と掛からずに目的地へと到着するだろう。
「透くん、到着するまでお話ししてようよ。」
「あぁ、それは良いけど途中で寝ないでくれよ?」
「うん、寝ないためにお話しするの。」
そう言いながらも既に百鬼の瞳は細められていた。これは時間の問題だろうと思いつつ、俺達は他愛ない雑談で道中の時間を潰すのであった。
「「…。」」
目的地に到着してから、俺と百鬼はその街の様子を呆然として入り口に立って眺めていた。
「…なぁ、百鬼。ここが目的地であってるんだよな。」
「…うん、そうだと思う。」
互いに確認するも、やはりここで間違いは無いという結論に至る。
「それでさ、ケガレに関する異変が起きてるって事でここまで来たわけだけど…。」
言いながら、がやがやと街の住人で賑わっている街道を見渡す。街の人々は誰も活気づいていて、到底ケガレの影響を受けているようには見えない。寧ろ、キョウノミヤコよりも活発な街に見える程だ。
「誤情報だったのかな…。」
「取り合えず、ケガレの発生は無さそうだな。」
そこはひとまず一安心という事でほっと息を吐く。ケガレの影響が無いのなら無いに越したことは無い。何処か張り詰めていた緊張の糸がほどけていくのを感じた。
「見た感じ緊急性も無いみたいだが…百鬼はケガレが見えたりしてるか?」
「ううん、何も見えない。普通少しくらい見えるんだけど…、何でだろ。」
腑に落ちないのか百鬼は不思議そうに辺りを見回しては首を傾げている。本当にこの街にはケガレが欠片たりとも存在しないのだろう。
「それはそれで不自然って事か…。何にせよ、事情を聴いて回るしかなさそうだ。」
案外ケガレが発生しないという異変だったりするのかもしれない。
方針も決まったところで、早速街へ足を踏み入れて聞き込みを開始する。ひとまず声を掛けたのは丁度通りかかった中年の女性で、彼女はこちらが声を掛けると少し驚いたように目を丸くしていた。
「あら、お嬢ちゃん気が早いわね。節分はまだ先よ。」
「あ、あははっ…。」
どうやら百鬼の角を見てコスプレか何かかと勘違いしていたらしい。愛想笑いを浮かべて流す百鬼を尻目に、女性へと質問を投げかける。
「すみません、ケガレに関する異変があると聞いて調査に来てるんですけど、何かご存じでないですか?」
「そうだったの。実はこの街でもその話で持ち切りなのよね。この街ね、定期的に自然発生してたケガレがここ二月発生してないのよ。昔から住んでるお爺さんお婆さんもこんな事初めてだって。」
女性の話を聞いてようやく状況が見えてきた。やはり、イワレに関する異変とはケガレが発生しないという事で間違いは無さそうだ。
しかしその原因を突き止めるには至っていないようで、今なお有志の住人で調査を行っているらしい。
「ありがとうございました。」
「良いのよ、ここは良い街だからどうせなら楽しんでいきなさいね。」
去り際にそれだけ言い残して女性は人込みの中へと消えていった。
「陽気な人だったな。」
「うん、ケガレの影響が全く無いから余計に明るくなってるのかも。」
あの人だけじゃなくてこの街全体が。続ける百鬼の言葉に、改めて街を見回す。誰もが笑顔を顔に浮かべている。ケガレが無いだけで、いや、今までケガレがあった分ふり幅が大きくなっているのかもしれない。
「…ちなみになんだけどさ。節分ってあれか?鬼は外、福は内の。」
ウツシヨに関する知識の中に僅かに残っていたこの知識が実際にカクリヨのモノと一致しているのかどうか。実は先程から気になっていたのだ。
「そうだよ、節分の日になると鬼の恰好をした人に豆をまくの。」
聞いてみると百鬼はこくりと頷いて概要を説明してくれる。やはりウツシヨの節分と同様であるらしい。けれど、何か思う所があるのか百鬼の顔は苦々しく歪んでいた。
「…百鬼って、鬼だったよな。」
「うん、節分の日になると街に出ただけで豆を投げられるの。余、豆嫌い。」
余程嫌な目に合ってきたようだ。取り合えず、これから先節分の時期になったら豆を徹底的に排除しておいた方が良さそうだと、ひそかに心に決めるのであった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。