どうも、作者です。
異変について女性から話を聞いた後、俺と百鬼はがやがやと騒がしい人混みの中を共に歩いていた。
不思議なもので、いくら都市と言えどもこの街の大きさはキョウノミヤコとは比べ物にならないのに街を行き交う住人の多さはキョウノミヤコに勝るとも劣らない。
それ程までにこの街は今、活気づいているのだ。
「なぁ、百鬼。キョウノミヤコとは結構違ってるけど、この街って普段からこんな感じなのか?」
聞けば、百鬼はチラリと辺りへと視線を巡らせた。
「うーん、前来た時はここまでじゃなかったから、やっぱりケガレが発生してないのが大きいんだと思う。この辺りはフブキちゃんみたいにケガレを祓って回るカミも居ないし…。」
「そっか、自分達で対処しなくちゃならないもんな。」
ケガレを取り祓うには同量かそれ以上のイワレを注いで打ち消すか、ケガレ自体を何らかの方法で引きはがすかの二通りに方法は分けられる。
後者はイワレやケガレを捉える結界などが挙げられるも、これはかなり例外的な方法だと言う。ならば方法は自ずと前者に限定されるが、これには莫大なイワレが必要とされる。
「わざわざオツトメになるくらいだから、余裕を持って祓って回れるのもカミくらいか。」
「うん、だから普通は時間をかけてゆっくり中和していくの。」
考えてみれば至極当然の事だ。
カミはこのヤマトに数えるほどしかいない。それ故に全ての街がその恩恵にあずかれる道理は無い。そもそもカミにそんな義務がある訳でも無いため、白上のオツトメもかなり珍しい部類に入るのだろう。
「それなら、この盛り上がり様も納得だな。」
言うなれば長年悩まされてきた風土病が一時的とはいえ姿をくらましたのだ。街をあげて祭りの一つでも開かれてもおかしくない。
しかしカミなら余裕を持って祓える、アヤカシなら時間をかけて祓うか。
「じゃあ、ケガレを祓うのには俺も結構時間がかかるって事になるんだよな…。」
俺は一応結界も使えるが、現状ではそれを扱えそうも無い。それにケンジのケガレを取り去った際にもケガレ自体は残ったままで、俺のワザでは対象から取り除くまでしか出来ず、中和はまた別に必要となった。
そうぼやくも、しかしその考えはすぐに覆る事となる。
「そうでも無いよ?透くんイワレの量はカミに近いし…なんでそんなに多いの?」
「いや、俺に聞かれてもな。…というか、俺ってイワレの量だけならカミに近いのか?」
何食わぬ顔で明かされた割と衝撃的な事実に一拍遅れて聞き返せばこくりとキョトンとした顔の百鬼は頷いてあっさりと肯定されてしまった。
「キョウノミヤコから帰ってから凄い増えてるから余ちょっと驚いてた。」
「増えてるって…あー、不安定になった原因確実にそれだな。」
イワレを使おうとすると痛みが走る、原理としては単純で膨大なイワレに体がついて来ないのだろう。
元々ウツシヨの出身でイワレに対応した身体ではないのだ、扱う技術があればまた話は別なのだろうが生憎とそんなものは微塵たりとも持っていない。
「イワレってそんな簡単に増えるものなのか?」
「人によって違うけど…透くんのイワレを獲得する比率が高いとか。」
「…そっか、確かに0から現状になるまで2か月半だもんな。」
そうとだけ答えて、青く晴れ渡った空を見上げる。
皮肉なものだ、ケンジを救えなかった俺が正の高比率だとは。そんな生まれつきではなく皆が同じ比率であれば、どれ程良かったことだろう。そうであれば少なくともケンジはまだ生きていた筈だ。
「…透くん、顔怖い。」
声を掛けられてパッとそちらへ視線を向ければ、百鬼が心配そうにこちらを見上げていた。
「え?あ、悪い。ちょっと考え事しててな。」
誤魔化すように笑うが、流石にこれで騙されるような百鬼でも無い。なおも気遣い気にこちらを見つめる彼女であったが、最終的には引き下がってくれた。
「それより聞き込みの続きだ、帰るまでに何かしら原因の手掛かりくらい掴めれば良いな。」
「ね、余も頑張る!」
心機一転とまでは行かないが幾らか空気を切り替えるように話を戻し、俺と百鬼は街を巡るのであった。
しかし、いくらキョウノミヤコよりは規模が小さいとはいえ都市は都市だ。相応の大きさを持つこの街を回り切るには一日では時間が足りない。
「どうする、二手に分かれるか?」
今更ながらに隣を歩く百鬼へ問いかければ、彼女は。
「んー、でも街の人も原因は知らないみたいだし…。それに…。」
「クラウンの例もあるからな…。」
引き継ぐように百鬼に続いて口を開く。以前にあったカクリヨにおける異変の首謀者も彼であった。クラウンの様に襲い掛かって来るとも限らないが、関連性がある以上警戒はしておいた方が良い。
「今の透くんだとそのまま斬られちゃうね。」
「あぁ、その辺は百鬼に守って貰うしかない。俺の命は百鬼の手に掛かってるから、その時は頼んだぞ。」
正直腕っぷしで百鬼に敵う者が居るとは思えない。問題なのはイワレの不安定になっている俺の方だ。
「透くんの…、なんか、余変な扉開きそう。」
「それはしっかり閉じておいてくれ。」
頬を赤らめて妙な方向へと向かおうとする百鬼を方向修正して、話を纏めるように手叩く。
「取り合えず、二人で回れるところまで回る方針で行くか。」
今日が本調査という訳でもなく、様子を見れただけでも既に今日の目的は果たせている。仮にケガレが蔓延していたのなら対応に回っていただろうが、むしろケガレが発生しなくなったこれは嬉しい異変だ。そこまで緊急性も無い。
「という事で、護衛は任せた。」
「任された!」
元気の良い返事に安心感を覚えつつ、つい小さく笑みが浮かんだ。
街を歩きながら改めて街を眺めてみると、キョウノミヤコと同様に露店がずらりと立ち並んでいる。これがカクリヨの文化なのだろうと何ともなしに眺めつつ思う。
そんな街並みの中、場所を移して聞き込みを続けるが聞く人全員から得られたのは殆ど同じ情報のみで、目新しい情報は何一つとして得られなかった。
「やっぱり、街の人もこれ以上の情報は持って無さそうだな。」
「ね、発覚したの自体が結構最近みたいだし。」
最初の時点でそんな気はしていたが、複数人から聞いて確信に変わった。
「百鬼、さっきの話だけどこうクラウンみたいに襲い掛かってきそうな奴の気配とかあったか?」
首謀者から話を聞くのが一番手っ取り早い解決策だ。一応とばかりに聞いてみるも、案の定百鬼は首を横に振る。
「んー、それが全然。敵意とかも特に感じなかったから襲われる心配は無いと思う。」
「そっか、まぁ駄目元だしな。」
しかし、そうなると街の住人に話を聞くだけでは同じ結果になってしまう。せめて聞く相手をある程度絞った方が良いのだろうが、始めてきた街という事でその辺りも見当がつかない。
「有志で調査してる人達ってどこに居るんだろ。」
既にそれなりの人数に聞き込みはしているが、その中には誰一人調査に携わっている人はいなかった。一応何処にいるのか聞いてみたものの、そちらも手ごたえは無しだ。
「一人も居ないって事は街を離れてるか、偶々会わないだけなのか…。」
「少し、よろしいか。」
不意に横合いからそんな声がかけられて思わず言葉が途切れる。声の出所へと振り返ってみれば、そこには一人の老人が立ってこちらを見ていた。
「はい、どうされました?」
「もしやと思いまして、あなた方は異変の調査に来たのでしょう。」
図星を突かれて思わず百鬼と目を合わせる。
「えっと…。」
「先ほど会話が少し聞こえてきましてな。申し遅れましたが、自分はこの街の代表をしておるものでして、何かお力になれればと。」
そう言って老人は柔和な笑みを浮かべる。なんとも人懐っこそうな屈託のない笑顔で、如何にも人に慕われそうな人物に思えた。
折角こう言ってくれているのだ、ここは厚意に甘えようと質問を口にする。
「それでは、有志でケガレの調査を行っている人たちの居場所をご存じですか?」
「有志の…、あぁ、あのアヤカシ連中ですな。確か今朝にキョウノミヤコへ情報を集めに行くと言っていましたので、恐らくこの街には残っておりませぬな。」
「あ、だから誰も知らなかったんだ。」
やけに見つからないと思っていたが、どうやらすれ違いになっていたらしい。道中はシキガミの手に乗って移動していた為に出くわすことも無かった訳だ。
あちらから見れば、巨大な鎧武者が平野を走っているという中々の衝撃的な事象に出くわしている事だろう。
「という事は、この街に異変に関する情報を持っている人は…。」
「おらんでしょうな。帰って来るにしても一日後か、それよりも後になるやも。」
老人の言葉に何となくこれまでの聞き込みが無駄になった気がして、若干の徒労感を軽く胸に抱く。確かに駄目元ではあったのだが、元々情報が無いと言われては流石に応えもする。
「そういう事でしたか、教えていただきありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
おかげで助かったと老人に二人で礼を言えば、謙遜するように老人は手を振る。
「いえいえ、礼を言われるような事では。他に何か聞きたいことはございませんか。」
「いえ、十分すぎる程です。」
「そうですか?でしたら、自分はここで失礼しますね。」
そうして、老人は再び柔和な笑みを浮かべて場を後にしようとする。親切な人だった率直な感想を胸に、手を振りながらその背を見送っていれば、少し離れた場所でふと老人がぴたりと立ち止まった。
「…そちらの、二本角のお嬢さん。」
「余?なんですか?」
唐突に呼びかけられた百鬼は不思議そうに返事をすれば、改まった様子で老人はこちらへと振り返る。
そして、その頭を百鬼へ向けて深々と下げた。
「姉さんの事、ありがとうございました。」
「姉さんって…、あ…。」
一瞬怪訝な顔で首を傾げる百鬼であったが、何か思い至ると驚愕にその瞳は見開かれた。
「もしかして…。」
「伝えられて良かった。僕は之で失礼します。」
身をひるがえす老人を咄嗟に追いかけようとする百鬼だったが、すぐに老人は人込みの中へと姿を消してしまった。
「…知り合い、だったのか?」
足を止め呆然としている百鬼に問いかければ、彼女はぎこちない様子で肯定するよう頷く。
「昔の、友達の弟で…。」
けれどその言葉が続けられることは無く、代わりにとんと彼女の肩が腕に当たる。
まるで縋りつくかのようなその仕草に、それ以上追及すべきではないと理解した。
「…そっか。」
がやがやとした街の喧騒の中、俺達の周りだけは静寂が満ちていた。
「また会えるとは思っていなかった。」
街道を歩く老人。その表情は何処か感慨深げで、少しの満足感が息を潜めていた。
瞼を落とせば今でも鮮明に思い出せる幼き頃の記憶。
『姉さん、何で…!』
年の離れた姉が居た。しっかり者で、世話焼きな姉さん。大好きな自慢の姉さんだった。姉さんには多くの友達がいた。その中でも特に親しくしていたのは、綺麗な角を携えた少女だった。けれど、そんな姉さんは若くしてその生を終えた。
病だった。誰も見たことも聞いたことも無い病。少女は姉さんの為に様々な場所で様々な治療法を探してくれた。けれど、結局治療法が見つかるよりも姉さんの命が尽きる方が早かった。
それは姉さんが春に嫁入りを控えた真冬の事だった。
『ごめん、助けられなくて…。』
『姉さん…。』
本当は感謝を伝えたかった、姉の為に奔走してくれた彼女にせめて感謝を伝えたかった。けれど、幼い自分は目の前の現実を受け止めるのに一杯一杯で涙を零す彼女に何も言えず、気が付いた時には少女はその姿を消していた。
それから長い歳月を経て、僕は街の長となった。長年少女を探し続けてきたが、見つけることが出来ずにこの年まで生き恥をさらしてしまっていた。
だが今日、記憶にある通りの姿で再び少女がこの街に訪れた。その姿を目にした時の感情の高ぶりは、今まで人生の中でも最たるものであった。
「あぁ、本当に、良かった。」
ずっと胸にとどまっていたしこりが無くなり、後に残された僅かばかりの達成感と満足感を抱いて老人は宙を仰いだ。
「透くん、余も一緒なの。」
百鬼が黙り込んでしまってから暫くして、ゆっくりと街を歩きながら彼女は不意にそう言葉にした。
「一緒って、何がだ?」
「キョウノミヤコの高台で言ってた。こんな力あっても意味無いって。」
それを聞いて思わず立ち止まりそうになった。
あぁ、確かに言った。ケンジを見送ったあの日に。あの日から俺は自らの力に意味を見いだせなくなった。
「余は、多分カクリヨの中で誰よりも強い、誰にも負けない。この力でたくさんの人を助けれた。」
事実だ、俺だって誰だって彼女の力を見ればそう思う。百鬼自身、自らの力は自覚している。だけど、その中で彼女は尚も自嘲をその顔に浮かべる。
「でもね、助けられない事の方が多くって、その度に無力感を感じて、凄く辛くなる。強くなんかなくてもこんな力だったらって、あんな風に使えたらって。」
強くないと助けられない、強くても助けられない。この事実に打ちのめされて、逃れられなくなる。
「透くんが初めてだったの。この感情を共有できたのは、分かち合えたのは今までで透くんだけ。」
百鬼はそう言うと、こちらへ寄り添い腕を抱く。
「だから、透くんは余の中で特別になってる気がする。」
「特別って、具体的には?」
「んー、なんだか甘えたくなっちゃう。」
関連性が分からずになんだそれと笑えば、余も分かんないと百鬼も笑う。
「まぁ、でも、そう言う事なら百鬼も俺の中では特別だよ。」
「透くんもそうなの?」
ぽかんとした顔で百鬼はこちらを見上げてくる。
「透くんも、余に甘えたくなる?」
「あぁ…いや、待て。その言い方は少し語弊がある気がする。」
条件反射で頷いてしまい慌てて訂正しようとするが隣の赤鬼さんは聞いてはいないようで、一人ニマニマと嬉しそうにしていた。
「そっか、透くんも一緒なんだ。」
俺が伝えたいことは他にある。しかし誤解を解こうにも上手く言葉が出てこない。
「だから…、…もうそれでいいや。」
その感情が無いと言えば嘘になる。それを自覚し、あながち間違いでも無いと訂正は諦めた。
「神社に帰ったらいっぱい甘えてね、その代わり余も甘えさせて?」
「あー…、そこは程々でお願いします。」
苦々しく笑って言うも、彼女の様子を見るにどうなるか見当もつかない。
「ね、やっぱり余と透くんって似てるね。」
俺と百鬼が、そう言われるも全くと言っていい程類似点が思い浮かばない。
「似てるって、少なくとも百鬼は記憶はしっかりあるだろ?」
「そっちじゃなくて、境遇が?」
「境遇…。」
一瞬まさか百鬼がウツシヨ出身なのではないかなどと荒唐無稽な考えが思い浮かぶが、そもそもウツシヨにはイワレが無いのだからそれでは彼女の知識と力の説明がつかない。
それに何と言っても彼女は…。
「あ、鬼がいる!」
「まだ節分じゃないのに!」
考えから続くようにそんな高い声が下から聞こえて来る。ふと見てみれば子供が二人こちらを、具体的には百鬼の方を指さしていた。子供らの手には特に豆などは握られておらず、それを見て俺はほっと安堵の息を吐いた。
そして、当の百鬼はというとにっと悪戯な笑みを浮かべて
「がおー、食べちゃうぞー」
などと、子供へ両手を上げて威嚇の構えを取り、それを見た子供らはきゃーっと甲高い悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。
「百鬼、それ鬼っていうより怪獣じゃないか?」
「確かに。」
思わず突っ込んでみれば、はっとした表情を浮かべる。どうやら素で間違えたらしい。鬼が鬼の真似をして間違えるとは、何処かにお笑い話であっても驚かない。
節分といい、ウツシヨとカクリヨの鬼の概念はどうやら一緒の様だ。
(…待て、何かがおかしい。)
そこまで考えて、ふと自分の思考に引っ掛かりを覚えた。
ウツシヨとカクリヨの鬼が一緒、そんなわけが無いだろう。ウツシヨの鬼はあくまで伝承だ。それを前提として現在における節分が生まれた。
だがカクリヨは違う。カクリヨには実際に鬼が居る、百鬼という存在が居る。なら、どうして同じ節分というものが存在する。
「百鬼、ちょっと聞きたいことが…。」
百鬼へ疑問を投げかけようとした、その時だった。突如として何かが空から飛来して目の前に着陸した。
俺と百鬼はその場に足を止め、すぐにその飛来物へと目を向けるも、その姿を見て思わずぽかんと口を開けた。
「…あれ、これって。」
「神狐のシキガミか?」
見覚えのある狐の顔をした人型のシキガミの登場に揃って困惑していると、シキガミが手を掲げて何やら映像のようなものが宙に映し出された。
「あ、ミオちゃん。」
映し出されたのは、半月ぶりに見る大神の姿。けれど普段落ち着いている彼女らしくもなく何処か切羽詰まっているようで、焦燥感を露わに大神は叫ぶように口を開いた。
『透くん、あやめ、すぐに帰ってきて!!キョウノミヤコが…!!』
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。