【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも作者です。
早いもので、総話数130話目となります。
以上。


個別:百鬼 27

 

 『ごめんね、あやめ。』

 よくそう言って頭を撫でられたのを覚えている。撫でられるのは好きだけど、そう言う時に限って悲しそうに顔を歪めていて素直に喜べなかった。そんなに痛ましい顔をしなくても、別に泣いたり怒ったりしないのに。

 こうなったのは誰のせいでもない。そのことはよく理解していたし、それで誰かを責めようとも思わなかった。

 『イワレの上手い扱い方を教えてあげよう。』

 強大な力を持て余していれば、村で一番のイワレの使い手がそう言ってイワレの扱い方を教えてくれた。

 『なら私は剣術を。』

 次に刀の振り方に苦戦していれば、憧れだったお姉さんが剣術を教えてくれた。

 『ワシは体術を。』

 それらを総括して支えるための体術を、道場のお爺さんが教えてくれた。

 『このワザを、お前に伝授する。』

 時間が経つ事に増していく力を完全に制御できるようになると、最期に村長が代々伝わる誰も使えなかったシキガミの降霊術を教えてくれた。

 みんなのおかげで沢山の力を手に入れた、沢山の技術も手に入れた。この力で大勢の人を救えると思ったし、実際に沢山の人を救うことが出来た。

 山で猪に襲われている子供を助けた。病に苦しむ人の為に、誰も取りに行けないような薬の材料を取りに行ったこともあった。

 『あやめちゃんは凄いね。私憧れちゃう。』

 『えへへ、ありがとう。』

 昔、友人にそう褒められたこともあった。

 何人も何人も何人も何人も助けた、命を救った。けれど、その中には助けられない人もいた。知らない場所で、対処法の無い病で、力が及ばない事もたくさんあった。

 その度に絶望してどうしようもない程に悲しくなる。でも、何よりも悲しいのは見送った後に嫌でも突きつけられる、とある事実だった。

 これは救えなかった時だけに限らずに、救えた人達が天寿を全うした時も同様で、親しい人たちを見送った後に残された事を理解した瞬間、自分が他の人達とは違うのだと言う異端性に心を蝕まれる。

 例え救えたとしても救えなかったとしても行き着く先は同じ。誰もいない世界の中でただ独り、思い出という枯れた花を愛でるだけ。

 どんなに優しかった人でも、どんなに強かった人でも、どんなに格好良くて可愛かった人でも関係なく、咲かせた花は最期には枯れてしまう。

 その事実が泣き叫びたくなる程に悲しくて、逃げ出したくなる程に残酷で。毎夜毎夜眠るたびに夢にまで出て来て、心が休まる時なんて一時として無かった。だから、多分この半月は正に悪夢の途中に見る居心地の良い夢のような瞬間だったんだ。

 初めて悲しみを共有できた。どんなに力を持っていても救えない悲しみ、見送る悲しみを始めて。共有して貰える事の安心感、生じる仲間意識。心地よいそれらにずぶずぶと沈んで、都合の悪いことからは目を逸らしてきた。

 透くんはカクリヨの中でも上位の力を持ってる。けれど、カミじゃない。同じ時間を生きることは出来ない。でもしばらくは一緒に居れると思っていた。心地よい夢はまだ続けられると思っていた。

 

 

 けれど、そんな希望は目の前で横たわる透の姿に簡単に打ち砕かれた。

 「透くん…!起きて…、お願い、目を覚まして…!」

 あやめが何度呼びかけても呼吸も心臓の鼓動も既に止まっている透から返事は返ってこない。優れた知覚を持つあやめがそれに気づかない筈も無く、それでも尚彼女が呼びかけるのは目の前の現実を受け入れたくない、受け入れられないからだ。

 空から降り注ぐ日光に照らされて、ぼろぼろと滂沱の如く涙を零しながら何度も何度もあやめは目の前の現実を否定し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば見知らぬ場所に居た。

 見渡す限りの草原。吹き付ける風に揺れる草花。ここが何処なのか、そもそも夢か現かすら曖昧な感覚の中呆然として立ち尽くす。

 「にぃちゃん。」

 直近の記憶を思い出そうと頭を悩ませていると、不意に横合いから声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に恐る恐る振り返れば、こちらを見上げるケンジと目が合った。

 「あ…。」

 同時に思い起こされる救えなかった後悔と無力感が心を埋め着くす。思わず伸ばされた手は、けれど幻を掴んだかの如く空を切った。

 「ケンジ、待ってくれ。俺は…。」

 近づこうとしても離されて、追いかけていた筈のケンジの姿は徐々に霞んで行って。やがて、視界に広がっていた光景は全て、霧へと変化して消えて行ってしまう。

 後に残された俺は暗闇の中に取り残されたまま、ただ何も掴めなかった手を空虚な心地で見下ろしていた。

 (何も、意味が無かった。)

 何度同じことを繰り返し思ったことだろう。一度救えなかっただけ、けれどその一回はあまりにも大きく、心へと傷跡を残している。

 自戒の言葉がぐるぐるとめぐる中、いつの間にか見下ろしていた手に誰かの手が重ねられていた。

 思わず目線を上げてみれば白い人影が目の前に立っている。突然の事に驚いている暇もなくその人影に優しく手を引かれて、そして暗闇に満ちていた世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 眩い光に閉じていた瞼をゆっくりと開けば見覚えのある天井が視界に映る。ぼんやりとした意識の中、ここは何処だろうと思考を巡らせれば、すぐにいつか利用した事のあるキョウノミヤコにある宿の一室だと思い至る。

 「何でここに、俺は確か…。…っ!!?」

 悪い夢でも見ていたのか、そんな曖昧な認識に疑問をいだきながら体を起こした瞬間、身体中に耐えがたい程の苦痛が走り抜けた。

 声にならない悲鳴を上げつつ、ようやく意識がはっきりとした。 

 そうだ、俺はキョウノミヤコでケガレを祓っていた筈だ。街全体に結界を張って全てのケガレを封じて、それから…。

 「心臓…。」

 順に出来事を思い返していき、そう呟きながら自らの胸を抑える。あの時、確かに鼓動は止まっていた。けれど抑えた手にはしっかりと心臓の鼓動が伝わって来る。その事実にほっと安堵の息を吐いていれば、すぐ横でもぞりと何かが動く気配がした。

 「…透、くん?」

 ぽつりと零されたその呟きに横へと目を向ければ、百鬼が目を丸くしてこちらを見ていた。その目元は泣きはらしたかの様に仄かに赤く染まっていた。

 「百鬼、あの後って…。」

 どうなった、しかしその言葉は次の瞬間抱き着いてきた百鬼によって遮られた。

 「良かった…!」

 胸元から聞こえてくる声は涙に濡れていて、彼女の肩は小さく震えていた。せめてもう大丈夫だと安心させようと肩に手を置こうとした所で、遅れてやってきた痛みに思わずうめき声が漏れる。

 「あ、ごめん…。」

 「いや、少し痛むだけだから。問題ない。」

 すぐにぱっと離れてしゅんとした顔を浮かべる百鬼にそう伝えるも、何処か彼女の顔は晴れない。その理由は何となく察せられた。

 しばしの間、気まずい沈黙が部屋へと流れる。

 「…それで、あの後どうなった?」

 俺が倒れてからどれくらいの時間が経過したのだろうと窓の外へと目を向けて見ると、上方には煌めく星空が広がっていた。倒れる前はまだ日があったことから少なくとも数時間は経過している事は確かだ。

 「透くんのおかげで街のケガレは全部祓えたよ。今はフブキちゃん達が確認をして回ってる。」

 だから部屋には百鬼一人だったようだ。それを聞いてようやく緊張が解ける。

 「そっか、全部祓えてたか。じゃあ今の所は誰も…?」

 「うん、危なかったのは、透くんだけ。」

 ミイラ取りがミイラになる、まさにその言葉の通りになってしまった訳だ。けれど、誰も犠牲者が出なかったのなら上々だとホッと安堵する俺とは対照的に、百鬼はきっと鋭い目つきでこちらを睨んだ。

 「透くん、本当に死んじゃう所だった。あと少しセツカちゃんとミオちゃんが駆けつけるのが遅れてたら…。」

 「分かってる。けど…。」

 「分かってない…!!」

 声を荒げる百鬼に思わず言葉が途切れる。いつもは笑顔で明るい彼女の初めて見るその姿に驚いたのもある、けれどそれ以上に彼女はぽろぽろと大粒の涙をその瞳から零していた事に狼狽えてしまう。

 「余は言ったよ、ワザは使わないでって。何が起こるか分からないからって。なのに、あんな無茶な使い方…。」

 激情に駆られてか震える声で百鬼は言う。確かに百鬼にそう忠告されたことは覚えている。

 「…それは、悪かった。けどあれ意外に方法が無かったのも事実だろ。」

 もしあの時ワザを使わなければ、今も尚ケガレの中和作業は続いていただろう。そうなればケガレによる影響も更に増してしまう事は確実であった。

 「そうだけど、透くんが命を危険にさらす必要なんてなかった!」

 「必要だった。少なくともあのままケガレの中和を続けて大勢を危険にさらすよりは何倍もマシだ。」

 「そんなっ…!」

 ばっと百鬼は手を振り上げる。けれどそのまま振り下ろされるかと思われたその手は迷うように動きを止め、力を失ったまま頬へと触れた。

 撫でるような平手打ち。ただ打たれるよりも痛みを伴うそれに彼女の優しさを強く感じて、そうさせた罪悪感が沸き上がって来る。

 分かっているのだ。両方が正しくて両方が間違っていることくらい。

 「それでも、俺は何回同じ場面に陥っても同じ選択をするよ。」

 「なんで…透くんがそこまでする理由なんて無い!」

 「いや、ある。」

 それだけはハッキリと言える。

 「俺はもう、ケンジみたいに命を失う人達を見たくなかったんだ。」

 俺だって進んで命を捨てるような真似はしない。けれど、あの時浮かんだケンジの最期の姿が、今も尚脳裏を離れない。

 「でも、余はその人達よりも透くんの方が…!…っ!」

 言葉の途中で百鬼は咄嗟に自らの口を押える。大きく見開かれて揺れる瞳は彼女の動揺ぶりを如実に表していた。

 「百鬼?」

 「違う…違うの…。」

 豹変した百鬼の様子に呼びかけるも、彼女はまるで叱られる事に怯える子供の様に首を振る。そんな百鬼の瞳に浮かんでいたのは、紛れも無い明確な恐怖であった。

 「っ…!」

 するとそれ以上言葉を交わす間も無く、百鬼は逃げ出すように部屋を飛び出て行く。

 「待ってくれ、何が…ぐっ…!」

 そんな彼女を追いかけようと立ち上がろうとするも、身体を蝕む痛みがそれを許さない。

 「百鬼!」

 視界から消える彼女の背に手を伸ばすがまるで先ほどの夢の様にその手は空を切り、俺はただその場で床に蹲る事しか出来なかった。

 

 

 

 やがて、百鬼と入れ替わるように別の足音が部屋に入って来る。

 「透さん、大丈夫ですか!?」

 床に蹲る俺を見つけてか、驚いたような白上の声が聞こえてきて彼女はそのまま傍へと駆け寄って来る。 

 「あぁ、それより百鬼は…。」

 「あやめちゃんでしたら宿の入り口ですれ違いました。様子がおかしかったですけど、何があったんですか?」

 「それは…。」

 白上も百鬼と丁度鉢合わせたようだ。しかしそう問われるも、俺自身何が百鬼をそうさせたのか理解できていない為答えに迷う。

 「…ひとまず、ベットに戻りましょうか。その状態で床に座り続けるのも体に毒です。」

 そんな俺の様子を見た白上はそうして一度話を逸らした。白上の手を借りて何とか立ち上がり、先ほどまで寝ていたベットへと腰掛ける。

 「白上は、どうしてここに?もう確認は終わったのか?」

 「はい、ケガレの影響を受けた方はもういませんでした。ミオとセツカさんは少し野暮用で、白上だけ一度こちらに戻って来たんです。」

 その言葉を聞いて改めて今一度安堵の息を吐く。ワザの性質上祓い残しがあるとは思わないが、それでも万が一で祓えていない可能性もあった。

 「目が覚めて良かったですよ。透さん、本当に危なかったみたいですから。」

 「あぁ、百鬼から聞いた。大神と神狐が助けてくれたんだってな。」

 今はまだ戻ってきていないみたいだが、帰ってきたら改めて礼は言っておきたい。そう確認するように言うも、けれど白上は首を横に振る。

 「ミオとセツカさんが助けたのは事実ですけど、それが出来たのは、あやめちゃんがそれまで必死に透さんを繋ぎとめていたからなんですよ。」

 「百鬼が?」

 思わず繰り返せば白上はこくりと肯定するよう頷いて、それから俺の丁度横の辺りを指で指示した。そちらへと目線を落として布団を捲ってみれば、そこには百鬼の持つ刀の内の一刀が置かれていた。

 「その刀、シンキらしいですけど。それにあやめちゃんがイワレを流してミオとセツカさんが到着するまで透さんを蘇生できる状態を維持していたんです。 

 あんなに取り乱しているあやめちゃんの姿は、白上も初めて見ました。」

 「…。」

 白上のその説明を聞いて、思わず押し黙る。

 そんな事、百鬼は一言も言っていなかった。いや、百鬼の事を考えればそちらの方が自然なのか。彼女の言い草からてっきり大神と神狐のおかげだと考えていたが、それは百鬼の尽力あっての上で成り立っていたのだと知る。

 「もう一度聞きますね、あやめちゃんとは何があったんですか?」

 「…あぁ、実は…。」

 再度問いかけられて、事の顛末を説明する。言い合いになった事、そして百鬼が見せた怯えたような表情。

 「怯える…ですか。」

 全てを聞いた後、白上はぽつりとそう繰り返した。 

 「何となく理由は分かりましたけど…。」

 「分かるのか!?」

 白上の言葉に思わず食い気味に声を張り上げてしまい、再び痛みに襲われる。痛みが治まるまで耐えてから、改めて白上へと目を向ければ、けれど彼女は困ったように眉を八の字に歪めていた。

 「はい、でもこれは白上が言って良いのか…。」

 『それなら、あたしが話す。』

 何処からともなくそんな声が聞こえてきたかと思えば、不意に白上の横に虚空から白い狐のシキガミが現れる。

 「黒ちゃん…。」

 「黒ちゃんって、もしかしてお前が黒上フブキか?」

 白上が目を丸くして呼んだその名を聞いて、もしやと思い至り問いかければシキガミはこくりと小さな頭を縦に振る。

 『そうだ。『初めまして』になるな、透。』

 そう話すシキガミの表情は動かないが、けれど何処かにやりと笑う姿を幻視した。色々と気になる事はあるが、ひとまず先に言っておきたいことが一つ。

 「…白上、悪かった。おかしくなった訳じゃなかったんだな。」

 「もう、最初からそう言ってるじゃないですか。…まぁ、これに関しては喋ろうとしなかった黒ちゃんに責任があると思いますけど。」

 白上へとそう頭を下げれば、不満げに黒上は唸り声を上げた。

 『人が折角出て来てやったっていうのに散々な言い様だな。』

 とはいえ黒上もそこまで気にしていないのか、弛緩した空気を引き締める様に一つ咳ばらいを入れて話を続ける。

 『あの鬼っ娘が出て行った理由だが…、まぁ一つはあいつが大勢の人間よりもお前を優先してる自分に気が付いたからだ。』

 「百鬼が、俺を?」

 『そうだ。要因の一部なんだろうが、切っ掛けになったのは間違いなくそれだ。細かい所は本人に聞け。』

 投げやりな言い方をする黒上だが、それでも要点は教えてくれた。百鬼が俺を優先した。なる程百鬼の言動の意味もそういう事かと納得は出来る。

 けれど、どうしても解せない。

 「何で、百鬼が俺を優先するんだ。その辺りの分別が付かないって訳でも無いだろ。」

 それに気づいたから百鬼はあんな顔をして逃げる様に何処かへ行ってしまった。だが、そもそも何故そうなったのか。

 「それは、多分あやめちゃんが透さんの事を…。」

 『違うって言ってるだろ。だからあたしがこうやって出てきたんだ。』

 白上が応えようとした所で、黒上が白上の頭を叩いて訂正する。虚を突かれた白上は目をぱちくりとさせて黒上へと目をやる。

 「違うんですか?恋は盲目という事なんじゃ…。」

 『…お前にもまだ伝えてなかったな。あの時の続きだ。』

 恋でも無い。ふと自らの右手の甲へ視線を落とせば、紅に色づいた宝石が窓から差し込む星明かりを反射している。 

 ならば、何だと言うのだ。何が原因になったと…。

 『依存だ。』

 「…は?」

 ぽつりと、零された黒上の一言に思わずそんな声を上げる。困惑する思考の中、けれど黒上は容赦なく現実を突き付けてくる。

 『あいつは、最初からお前という存在に依存してたんだよ。』

 

 

 

 

 

 





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