どうも、作者です。
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以上。
窓から差し込んでくる朝日に目を覚まし、体を起こす。真冬の寒さに冷え切った部屋の中ふと隣へと目を向けて見るも、そこにいつも感じていた温もりは無かった。
ケガレの大量発生から二日が経過した。あれから百鬼は一度もその姿を見せていない。
部屋を出て居間へと向かう。イワレの使用に伴う体の痛みも既に引いていて、普通に生活する分には問題は無くなっている。先日のケガレの大量発生による死傷者はおらず、こうして戻って来た平穏は、けれどいつも通りと言うには些か心に蔓延る虚しさは大きすぎた。
ずしりと重たい胸の内を引きずりながら廊下を進んでいると、向かい側から歩いてくる狐の顔をしたシキガミに気が付く。
「…神狐。」
『おお、透よ。おはようなのじゃ。』
シキガミへと声を掛ければシキガミの顔は動かないままに神狐のそんな声が返ってくる。神狐自身は今なおイヅモ神社に居るのだが、大神がこちらに一度戻るに伴って彼女も先日からこうしてシキガミ越しではあるがシラカミ神社に滞在していた。
『体の調子はどうかの?』
「お陰様で、もう痛みも感じない。」
『うむ、ならば良かったのじゃ。』
肩を回して無事をアピールすれば、神狐も満足そうに頷く。
大神がシラカミ神社に一度戻ったのは俺の状態の経過を見るためだ。命は助かったとは言え、その他に影響が出ないとも限らない。故に、大神と神狐も現在はシラカミ神社にいる。
だが、そうなると一つ懸念が浮かび上がる。
「イヅモ神社の事は大丈夫なのか?何かやることがあって大神もそっちに行ってたんだろ。」
ケガレの大量発生という緊急事態の為に帰ってきていたが、元々大神は用事があってシラカミ神社を離れていた。
何をしているのか詳しくは聞いていないが、ひと月も掛かるのだからそれなりに大事ではある筈だ。そう思い確認してみるも、けれど神狐はあっさりとした様子で口を開く。
『む、その事なら心配はいらぬ。このくらい融通の利く範囲内じゃ。時間もまだ残っておることじゃしな。』
「そっか。」
神狐がこう言うのなら心配はいらないのだろう。
『それよりも、じゃ。』
すると、先の言葉に続ける形で神狐のそんな声が聞こえてくる。ふと気が付けばシキガミの双眸がじっとこちらへ向けられていた。
『心配するべきは、むしろ主の方ではないかの?』
「っ…。」
まるで全てを見透かされている様な心地になり、思わず言葉に詰まる。いや、実際に見透かされているのだろう。そう思わせる程に神狐の声は確信に満ちている。
「…そんなに分かり易いか。」
『見るからに気にしておる風じゃからな、妾でなくとも気が付く。無論あの二人も同じじゃ。』
あの二人、とは白上と大神の事だろう。神狐が一目見て気づくのなら、確かにそうなるのも自然か。
「そうだな、…やっぱりいつも通りにはいかないみたいだ。」
あれきり帰ってこない百鬼に、そしてあの日黒上から聞いた真実。どうしてもそればかりに思考が偏ってしまい、答えの出ない堂々巡りを繰り返している。
『…ミオとフブキから多少の事情は聴いておる。その上で言うがの、あまり考えすぎぬ事じゃ。主とあの鬼の娘とでは身の上が異なりすぎる。』
そんな神狐の言葉を聞いて心がざわつく。
「…やけに訳知り顔だな。もしかして、神狐は百鬼について何か知ってるのか?」
『さての。他人の身の上話を勝手にするほど、落ちぶれてはおらぬつもりじゃよ。』
それだけ答えるとシキガミはと廊下をスライドするようにして何処かへと去って行ってしまう。遠ざかっていくその背には、あくまで教える気は無いという明確な意思が宿っていた。
「くそっ…。」
やるせない感情のままについた悪態は静けさに満ちた廊下へ消えていった。
何となくそのまま居間に入る気にもなれず、素通りして誰も居ない縁側に一人腰掛ける。
冷たい風にさらされ思わず体が震えた。
以前にも同じようにここに座って時間を過ごしたことがあったが、その時は百鬼が一緒で寒さなど感じはしなかった。
「何処に行ったんだよ、百鬼…。」
ぽつりと零したその言葉に返事は無い。ぽっかりと胸に穴が開いてしまったかのような虚脱感。今はただひたすらに、彼女に会いたかった。
どれだけの時間、そうしていただろう。
「そんなところに居ると風邪引きますよ。」
不意に近づいてくる足音を耳が捉えた。そして聞こえてくる優しく穏やかな声。振り返れば白い狐の少女が立ってこちらを見下ろしていた。
「白上。…あぁ、その内切り上げる。」
「もう、そう言ってずっとここに居るつもりじゃないですか。」
お見通しですよ、と言わんばかりにぴょこぴょこと耳を動かす白上。何故俺の周囲はこうも鋭いのだろうか。
「…透さん、良ければ久しぶりに白上とゲームでもしませんか?」
心の中でぼやいていると、白上はそんな風に言葉を続けた。
ゲーム。そういえばセイヤ祭以降は百鬼と行動を共にしていて、白上とゲームをする機会もめっきり無くなってしまっていた。
「あぁ…良いな、それ。」
言いながら立ち上がる。
久しぶりにゲームをしたいという気持ちが無いわけではないが、それ以上に何か別の事に集中していれば気を逸らせるだろうという打算の方が大きかった。
「そう来なくては。じゃあ早速、白上の部屋に急ぎましょう。」
「おい、押すなって。」
ぱっと顔を輝かせる白上にぐいぐいと背中を押されて、俺は彼女の部屋へと足を向けた。
「さ、どうぞ入って下さい。」
そんな白上の言葉に促されて踏み入った白上の部屋は当たり前だが、その様相は以前とほとんど変わっていなかった。しかし、変わっていないが故に変化したごく一部に自然と目が行く。
「…ゲームのソフト増えてないか?」
白上の部屋に置いてあるディスプレイ、その横にあたかも雑木林の様に陳列しているソフトの塔。前に訪れた時はこんなもの無かったはずだ、けれど目の前の現実は易々とその考えを否定する。
「そうですか?…でもそうですね、もしかすると透さんとやろうと思っていたゲームが着々と溜まっていった結果なのかもしれませんね。」
暗に一緒にゲームしてくれなかったじゃないですかと言われたようで、ぐさりと彼女の言葉に隠された棘に胸を刺される。
言い返そうにも白上と最近ゲームをしていなかったのは事実な為何も言い返せない。それを感じ取ってか、白上も満足げにに薄く笑みを浮かべていた。
「そ、それより、どのゲームをやるか決めよう。」
「はい、こちらのゲームとかはどうでしょう。あ、でもこれも…。」
動揺しつつ話題を逸らせば、白上もそれ以上追及してくることも無くソフトを両手に持て唸り声を上げる。
暫くそうして二人どれをプレイするかを吟味し、議論の末決まったソフトをゲーム機に入れ、ディスプレイを前に並びコントローラーを手に持つ。部屋に入ってからこの状態に至るまで小一時間程経過していた。
それ程までに彼女の積んでいたゲームの数は多かったのだ。
「…なぁ、白上。まさかとは思うんだが、これ全部を一緒にやるつもりか?。」
「勿論です。」
起動するのを待ちつつ、恐る恐ると問いかければ「それが何か?」と白上はあっさりと答える。あまりにも当然の様に応えるものだから驚きを超えて戦慄すら覚えてしまった。
「毎日やっても軽く年単位で時間かかるだろ。普通に無理だと思うんだが。」
「えー、でもそれなら数年もあれば全部クリア出来るじゃないですか。」
返された言葉に正気かと白上へと視線を送るも、キラキラと輝く何処までも純粋な彼女の瞳と目が合うのみである。
どうやら白上は本気であるらしい。
心なしか今後が不安になってきたところで起動も完了し、本格的にゲームを開始した。コントローラーでキャラクターを操作して二人で協力しながら敵を倒していく。
「こんなに難しかったっけか。」
思うように操作が出来ず感覚が乱れる。久々に触れるゲームとはここまで難しいものだったのか。
「長い事やってなかったから当然ですよ。見てください、この白上の連続アクションを。」
「おぉ、指の動きどうなってんだそれ。」
そうしてわいわいと喋りながらステージを進めていく。
久々のゲームはそれはもう楽しかった。難関ステージをクリアすれば手を合わせて喜び合ったり、変なミスをしては笑い合ったりもした。
けれど、時間が経過していくにつれて自然と互いの口数も少なくなっていき、部屋の中にはカチャカチャとコントローラーを動かす音だけが響くようになっていた。
その理由は俺も白上も何となく理解できている。心の底から今の時間を満喫できないのは、お互い心のどこかに引っ掛かりがあるからだ。
だから幾ら楽しい時間を過ごしていても、ふとした瞬間にそのことを考えてしまう。
「…透さん。」
「なんだ?」
画面の中のキャラクターを操作しながら白上がそう話を切りだし、俺も同様にして返す。
「黒ちゃんの言ったことでしたらあまり気にしないで下さい。黒ちゃん、結構言葉足らずな所があるんです。」
「…。」
続けられた彼女の言葉に一瞬コントローラーを動かす手が止まるも、すぐにその手を再開させながら口を開いた。
「疑問ではないんだな。」
「はい、透さんは分かり易いですから。」
「…それ、よく言われてるよ。最近は特に。」
いや、言われ過ぎている。ケンジに引き続いて会う人の悉くに言われている気さえするのだからこれはもう重症だ。
それから白上はまるで俺の次の言葉を待つようにじっと黙り込む。部屋には静寂が満ちるが、圧力は感じない。多分俺がこのまま何も話さなくても、彼女は何も強制したりはしないのだろう。
それが分かるからこそ、俺は…。
「…気にしてないって言ったら、嘘になる。当たり前だろ。あの状況でお前は依存されているんだって言われて、そのまま平然と出来る奴なんてそうはいないし、実際にその通りだって思えた。」
あの場で俺は何か言い返すどころか、むしろ納得してしまったのだ。それまでの百鬼の行動に辻褄があってしまったから。
白上はただ黙って聞いてくれる。だからだろうか、一度話し始めてしまえば止めようにも勝手に次から次へ言葉が出てくる。
「黒上から聞いてから俺も自分なりに考えたよ。それでさ、気づいたんだ。」
幸いあれから考える時間は豊富にあったため、自分で自分が嫌になる程考えた。そうして、俺は一つの答えに辿り着いた。
「百鬼が俺に依存してたっていうのなら、俺も百鬼に依存してた。」
百鬼が居てくれたから、俺は今まで普通に過ごせた。
百鬼のおかげで俺はケンジの死に一時は折り合いを付けれた。もし彼女が居なければ、俺はもっと引きずっていた筈だ。
それを聞いて、次は白上が動かす手を止めた。しかしその手が再開されることは無く、続いて俺も同様にコントローラーを動かす手を止めた。
「けど、俺と違って百鬼はそれに自分で気が付いて、そして俺から離れて行った。」
画面の中では動きを止めたキャラクターに敵が群がりHPがどんどんと削れていく。
詰まることろ百鬼は自分で依存という糸を断ち切ったのだ。それに比べて俺はただ彼女に会いたいと思ってしまっている。
「俺に、百鬼を追いかける資格は無い。」
何度も考えた。大神に無理やり場所を聞き出せばと、ヤマトを駆けまわってでも百鬼を探しだそうとも。けれど、考えるたびにあまりの浅ましさに自己嫌悪に陥る。
自分の意思を貫いた百鬼と未だ迷いの中に居る自らとの差を思い知った。俺は百鬼が言ってくれた程『強く』なんてないんだ。
話を終えて、再び部屋の中に静寂が戻る。いつの間にかゲームオーバーと表示される画面。
すると、唐突にふぁさりと膝の上に柔らかな感触を覚えた。視線を落として見てみれば、そこには白く先に行くにつれて黒くなっている白上の尻尾があった。
「…尻尾、触りますか?」
顔を向け合わせぬまま、白上はそんな事を言う。
「…恥ずかしいんじゃなかったのか?」
「はい、今も顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしいです。けど…。」
手入れの行き届いた白上の尻尾が彼女の言葉に連動して柔らかく揺れる。
「透さんなら、良いですよ。」
「…なら…。」
彼女がそう言ってくれるならと、ゆっくりと膝上にある魅力的な尻尾へと手を伸ばす。しかし、そうしながらも何故か感じる既視感に内心首を傾げていた。
前にもこんなことがあった様な気がする。一体いつの事だったのか…。
『透くんなら、触っても良いよ。』
「あ…。」
ふと頭の中に流れたその声にぴたりと白上の尻尾に伸ばしていた手が停止する。そうだ、百鬼だ。以前に彼女とも同じような事があった。その時、俺は…。
ゆっくりと落としていた視線を上げていき、隣に座る白上を見れば、彼女は余程恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めてぎゅっと目を瞑ってプルプルと小さく震えていた。
(白上…。)
そんな彼女の姿を見て、ガツンと頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を覚えた。それと同時に、ポロリと心の引っ掛かりが取れるような感覚。
「…あの、透さんまだですか…?」
「…いや、やっぱり遠慮しとくよ。」
目を閉じたまま聞いてくる白上にハッキリとそう返せば、ぱちくりと驚いたように目を開いて丸くする彼女と視線が交差する。
「気を使ってくれたんだよな…ありがとう、白上。もう大丈夫だ。」
「透さん…。」
白上には頭が上がらない。立ち上がりながら礼を言うと彼女はぽかんとこちらを見つめ、そしてすぐにその顔に笑みを浮かべる。
「本当ですよ、あんな悩み方をする透さんは格好よくないですから。」
拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向く白上に、つい苦笑いが浮かんだ。
「それは…悪かった。けど、あのまま尻尾を触ってたら、白上はどうするつもりだったんだ?」
問いかけられた白上は、一瞬考える様に視線を宙に漂わせて「そうですね…。」と言葉を続ける。
「その時は、白上が責任を持って透さんを生涯甘やかすつもりでした。」
予想の斜め上を行く白上の返答に驚き、思わず言葉に詰まる。本当に、彼女には敵わない。
「…それは…、面白い、冗談だな。」
「はい、勿論冗談です。だって、白上は透さんの事を信じてますから。」
何とか形にしたその言葉を聞いた白上は笑いながらほっとしているようで、けれど何処か悲し気に見えた。
『悪い、白上。少しやることができた。』
それだけ言い残して、詫びながら透はフブキの部屋を後にした。そんな彼の背を見送って、フブキはそっと一つ息を零す。
『…お節介だな。』
そんな言葉と共に、フブキの肩へと白い狐のシキガミが姿を現した。
こうなる事を分かったうえでフブキは行動したのだから、彼女の顔に後悔は無い。
「良いじゃないですか、友人の背中を押すのも、友人としての役目ですよ。…というか、黒ちゃんが言葉足らずなのがいけないんじゃないですか。ちょっとは自覚してください。」
『別に間違いでも無いんだから良いだろ。』
いつもの小言を言われる雰囲気を察知した黒上は面倒くさそうにフブキへと返す。黒上とてワザとでは無いのだが、どうにも誤解を生んでしまうようだ。
そんなフブキから離れる様にぴょんと床へ降り立つと、黒上はつい先ほどまで透の座っていた場所に移動していく。
『…おい、早くコンティニューしろ。』
「あれ、黒ちゃんもゲームするんですか?」
コントローラーの前に座った黒上を見て、フブキは滅多にゲームをしようとしない彼女がどういう風の吹き回しだろうと目を瞬かせる。けれど、すぐにフブキも黒上の意図を察して、コントローラを手に持った。
「よーしっ!それじゃあ、明日の朝までゲーム三昧と行きましょうか!」
『…眠くなったらあたしは寝るからな。』
そうして画面は動き出し、コントローラーを握る一人と一匹の姿が彼女たちの背後の壁に影として映し出された。
白上の部屋を後にした俺は、シラカミ神社の廊下を一人歩いていた。
ゲームをすると言っていた白上にはまた今度埋め合わせをする約束もして、今はただ一つの事に集中する。
目的地は大神の部屋。恐らくそこに居るであろう神狐の操るシキガミの元へと急ぐ。
「…大神、神狐、居るか?」
『うむ。』
部屋をノックして呼びかければ、部屋の中からそんな神狐の声が聞こえて来る。襖を開ければ、予想通りのシキガミの姿。
大神はいない様だが、むしろそちらの方が都合が良かった。
「神狐、少し話がある。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。