どうも、作者です。
話がある。
そう目の前のシキガミ越しに神狐へと切り出せば、少しの間先程まで流暢に聞こえていた神狐の声が一瞬途絶えた。
『…勝手に人の身の上話をするつもりは無いと先に申したはずじゃが?』
部屋を包む静寂に緊張の高まる中、神狐はまるで諭すような物言いでそう返す。
やはり百鬼については話すつもりは無いようだ。これは神狐の矜持にも関わるだろう。故に簡単に彼女がそれを曲げるとは思わない。
「あぁ、分かってる。俺が聞きたいのは百鬼についてじゃない。」
『ふむ?』
早々に否定すると、虚を突かれたのか神狐は不思議そうに声を上げた。確かに百鬼の事は気になるが、それでは先の二の舞になるだけだ。
なら、今俺が神狐に聞くべきことは…。
「鬼について、教えて欲しい。」
問いかければ、神狐は『そのくらいなら』と思いの他すぐに言葉を続けた。
『鬼なら伝承にある通りじゃ、例えば鬼は外福は内の節分が有名じゃな。他には…。』
しかし、その内容は俺の問うた内容とはすれ違っていた。
「神狐、俺が聞きたいのは伝承じゃなくて本物の、カクリヨに実在する鬼の事だ。」
恐らくわざと伝承について話し続けようとする神狐にそう待ったをかけ、誤解のしようのないようにハッキリと内容を伝える。
すると、神狐がしばし黙り込んだかと思うと、シキガミから突然映像が投影されてジトリとした目でこちらを見る神狐本人の姿が映し出された。
『主、それではあの鬼の娘について教えよと言っていおるのと同じではないか。』
「そうだな、でも直接聞くわけじゃない。だから…。」
間接的に百鬼の身の上が分かるかも知れないが、あくまで鬼について聞いただけだ。勿論神狐次第ではあるが、直接話しているわけでは無いという点においては神狐も妥協できなくはない筈。
故に俺は、もしかすると話してくれるかもしれないというその可能性に縋るのだ。
「お願いします。鬼について知っていることを、教えてください。」
シキガミに向けて、映像に映る神狐に向けて、深く頭を下げる。
俺は百鬼の事を何も知らない。彼女の歩んできた道を、彼女の原点を。だから俺はどうしても知らなければならない。その為ならこんな頭などいくらでも下げて見せよう。
『…。』
神狐から返答は無い。
だが、俺はただひたすらに彼女に向けて頭を下げて懇願し続けた。
『…そう言えば、主に対する詫びがまだじゃったな。』
「え…?」
ふと思い出したかのような神狐の言葉にぱっと顔を上げる。詫びと言われてもそんなもの思い当たる節は無かった。
『ほれ、尻尾を触らせてやると言うたであろう。』
神狐に説明されてようやく以前イヅモ神社に訪れた際に神狐に危うく心臓を止められそうになった事を思い出す。
あの時に詫びとして尻尾を触らせてやると言われたのだが、寸前で大神にその姿が見つかり有耶無耶になってしまっていた。
「けど、あれはイワレを治して貰って相殺になったんじゃ…。」
『いらぬことに気づかずとも良い、だから女に逃げられるのじゃ。』
ぐさりと神狐の言葉が鋭いナイフの様に胸に突き刺さった。割とタイムリーかつクリティカルヒットなネタだ、あまりのダメージの大きさに思わず膝をつく。
『ま、あれじゃ、あの時の釣りだとでも思うが良い。』
そんな事お構いなしに神狐は続ける。そうだ、細かいことは良い。今は彼女の厚意に素直に甘えよう。
「ありがとう、神狐。」
『ふむ、妾、こんなに甘かったかのう。…まあ良しとするのじゃ。』
再び頭を下げて礼を言えば神狐の自分自身に困惑したような声が聞こえてくるが、彼女はすぐに切り替えて話を戻す。
『主の知っての通り、カクリヨには鬼という種族が存在しておる。基本的に一般的な人に比べて身体能力も、イワレの量も上で、けれどその数は少ないと言うのが特徴じゃな。』
彼女の説明に黙って耳を傾ける。
ここまでは何となく理解できる。白上や大神と比べも百鬼が強大な力を持っていたのは種族上の差もあるのだろう。
納得にも似た感情を抱くも、けれど、それは次の神狐の言葉に霧散してしまう。
『そして現在このカクリヨにおいてその名を冠するものは、百鬼あやめただ一人じゃ。』
それを聞いて思わず神狐の顔を見る。しかし彼女の顔に冗談や嘘の類は無く、それが真実であることを嫌でも分からされる。
「…一人って、一体鬼に何があったんだ。」
『別に何も起こっておらぬ。』
問いに対して事も無さげに答える神狐。
何も起こらない筈がない、実際に鬼は姿を消しているのだと言うのなら、何か要因があった筈だ。そんな信じ切れていない俺の様子を見て、神狐は再度口を開いた。
『本当の事じゃよ。飢饉も、病も、外部の侵略も、内乱も、天災も、鬼という種族を脅かすような要因は何一つとして存在しておらなんだ。』
「なら、どうして。」
外的要因が無かった問いのならますます分からない。それでは鬼が居なくなったという現状と合わないではないか。
神狐は再度口を開く、けれどその顔には明らかな哀愁が漂っていた。
『鬼は自ら血脈を絶やし滅亡を選んだ。ただそれだけじゃよ。』
現在から千五百年程離れた過去。
山奥の更に奥に位置する秘境の中に鬼の集落は存在した。住人は当然の様に皆額から角を生やし、自然と共に生活を営んでいる。
そんな集落の中を複数の尾を携えた狐の女と、何処か貫録を漂わせる鬼の男が連れ立って歩いていた。
『ほう、見事な桜じゃな。』
感心したように女が呟けば、男もその視線を追って集落の中に存在する一本の桜を視界に映す。季節は冬にも関わらず、その桜の花は満開に咲き乱れていた。
『そうでしょう、あれは永久に花を咲かせ続ける故、ここではいつでも桜の花を眺められる。』
『それは良いのう。』
世間話に花を咲かせつつ、目的地へとたどり着いた二人は向かい合わせで腰を下ろした。
『改めて、このような秘境までわざわざご足労感謝する、セツカ殿。この集落の長として…。』
『やめよ、族長。我とてわざわざ観光の為にひと月もの時間を掛けてここに来たわけでは無い。』
狐の女、セツカは改まった様子で口上を述べる男を手で制する。男もセツカが訪れた理由には勘づいており、すぐに口を噤んだ。
それを確認したセツカはようやくとばかりに本題に移る。
『鬼の姿をぱたりと見かけなくなったと、風の噂で耳にしたが、どういうつもりじゃ。』
そうしてチラリとセツカに流し見られた男は、やはりと得心のいったように笑みを浮かべる。
『なに、どうもせぬよ。ただ散っていた鬼をこの集落に返しただけだ。』
男が横を向いて外を見れば、セツカもそれに続く。
外では多くの鬼が集落の中でそれぞれの仕事を行っている。その有様は一集落としてはふさわしく無い程に賑わっていた。
『…その様じゃな、しかし、それだけという訳でも無い。目的は別にあろう。』
『然り。…我ら鬼は人に比べて基礎的に秀でた力を有しておる。それこそ、使い方によっては世に大きな影響を与えられるほどに。故に、古来よりその力を巡って様々な確執も生まれ、混乱を招いた。』
その話は何も鬼に限った話では無かった。セツカ自身カミと称される存在にあり強大な力を持っている。その為男が何を言わんとしているのか自ずと理解でき、思わず息を呑んだ。
『鬼は之から先の世に居るべきではない。我らの力はここから先人の世を渡るには過ぎた代物だ。』
『…。』
理解できるが故に、セツカはそれを否定することは出来なかった。
大いなる力には何かと代償が付く。戦に、文化の発展にと、何かと駆り立てられる。排除の対象となる時すらある。そんな力を生まれつき持つことの出来る鬼は、これから先の世に発展をもたらすこともあれば、混乱をもたらすこともあるだろう。
だからこそ、秘境の中に鬼の集落が存在する。まるで人の世から逃れる様に。
『…して、ここで終わりを迎えようと申すか。反対はされなかったのかの?』
『それを説得できるのが族長というものだ。』
既に鬼の中でも話はついていた。だからこそ、鬼が姿を消したという噂がセツカの元にも届いたのだ。
男のその堂々と言い切って見せる姿に、セツカは思わず感嘆の息を漏らした。
『流石じゃのう、我の場合如何にも説得できそうにない小うるさいのが一人傍におっての。』
『良いことではないか、そういった者はいつの世においても貴重だ。重宝なされよ。』
『言われずともじゃ。』
答えつつセツカは自らの従者を思い浮かべる。そしてイヅモノオオヤシロで待っているであろう自らの娘の姿も共に。
『…しかし、そうじゃったか。残念じゃ、主ら鬼とはこれからも…。』
と、セツカが話していると唐突に男とセツカの間でポンと音を立てて火の玉が現れた。あまりに予想外の出来事ににセツカが目を白黒させていると、不意に小さく甲高い笑い声がすぐ外から聞こえてくる。
『あやめ。』
一言、男が静かに呟けば、外の物陰でびくりと小さな肩が震えた。
『あ、余何も知らなーい!逃げよ、キキちゃん。』
『待ってよ、あやめお姉ちゃん!』
ててーっと遠ざかっていく幼子二人の背中。それを目にしてセツカは思わず瞠目して彼女らを、正確には片方の幼子を見つめる。
『族長よ、あの娘は…。』
『…遅かった。あと数年早く、決断するべきであった。』
震える声でセツカが問いかければ、男は明確な後悔をその顔に浮かべる。今の二人の幼子、キキと呼ばれた娘は普通だった、けれどあやめと呼ばれた娘は明らかに異質だった。
『あれは、確実にカミへと至る。それでも尚、主は鬼の血を途絶えさせると申すか。』
『そうだ…。この負債、以降の世代へと託すには些か重すぎる。』
詰問するようなセツカの言葉に、けれど男は確固たる決意をその瞳に宿して答える。
この問題は鬼という種族が人よりも優れた力を持つ限り残り続ける。ならば、その決断を下すのは自分でなければならないというのが男の意思だった。
『故に、セツカ殿。恥を忍んで頼み申す。我ら亡き後、時折で良い、あの子の事を気にかけてやっては下さらぬか。』
そう言って男は頭を下げる。族長として集落の長を務める彼にとって、その意味の有するところはセツカも知るところであった。
『…うむ、確かに任されたのじゃ。我の娘も丁度あの娘と同じくらいじゃからな。』
『かたじけない…。』
セツカがしかと請け負えば、更に深く男は頭を垂れる。それだけ、彼の抱える責任による重圧は多大なものであったという証左ともいえる。
『しかし、それまでは主らが共に居てやるのじゃぞ。最期まで、必ず。』
そう伝えるセツカの言葉には何処か実感がこもっていた。それを受けて男は強く頷く。
『無論だ。…あの子には誠に悪いことをする…。』
弱々しく心の底から男は胸に渦巻く後悔を吐露した。
『これが鬼について妾が知るすべてじゃ。』
神狐が話し終えると、俺はその場で息を吐く。途中は予想外の話の壮大さについて行くので背一杯だった。けれど聞くことが出来て良かったと、聞き終わった今はそう思える。
「という事は、神狐は百鬼と面識があったのか。」
『うむ、そうなるの。じゃが、その後は妾も色々とあっての、結局あの娘とはそれきりになってしもうたのじゃ。』
それきりと言うと、つまり百鬼は鬼の集落を出てからはただ一人だったという事になる。理解者のいない中、ただ一人で千年以上もの時を歩んできたのだ。
「そりゃ、依存の一つもするよな。」
そう考えると、俺に依存したという理由も何となく理解できた。ようやく出来た共感できる相手に気を許すのも無理はない。
自分が百鬼に依存したという事実が陳腐なものに思えてくるが、そもそも比べるものでは無いことに気づき、考えを止める。
『他に何か聞きたいことはあるかの、今ならついでに答えなくも無いのじゃが…』
「そうだな…じゃあ、神狐も百鬼と同じくらいの年月を生きてるって事になるって認識であってるか?」
神狐は最初に千五百年ほど前と言った、そうすると幼い百鬼とも出会っているのだから当然彼女も相応の年月を重ねていることになる。
一応の確認のつもりで問いかけたのだが、けれど神狐は予想外にその首を横に振った。
『確かに語ったのはその時期の話じゃ。…あー、なのじゃが、ちと事情があっての、イヅモ神社に結界を張って以来、ミオが神社を出るまでは結界の時間の流れが外より遅くなっておったのじゃ。』
そう話す神狐からは何かを誤魔化すような、そんな気配を感じた。彼女があまり触れられたくないというのなら、俺も深くは聞かない方が良いだろう。
「…つまり、今は百鬼の方が年上って事で良いんだな。」
『うむ、そうなるの。』
取り合えず要点を纏めれば、神狐も頷いて肯定する。
『…それで、主はこれからどうするつもりじゃ?』
改めて話がひと段落したところで神狐にそう問いかけられるが、そんな彼女の瞳には何処かこちらを試すような色があった。
恐らく、俺が話を聞きに来た時点で察しは付いているのであろう。
「俺は、百鬼を連れ戻しに行く。」
鬼の過去を、百鬼の過去を知って更に決意が固まった。それを聞いて神狐も満足そうににやりと笑みを浮かべた。
『うむ、良かろう。あの娘であれば先に話した鬼の集落におるのじゃ。』
「…なんだよ、居場所まで教えてくれるのか。」
『主らの話を聞いた後にすぐにの。古き旧友との約束の為じゃ、このくらいはせねばならぬ。』
そう明るく話す神狐だが、先程の話からして交わした約束を果たせなかったことを彼女自身ずっと気にしていたのだろう。
最悪ヤマトを歩き回って探すつもりでいたため、これは渡りに舟だった。
『じゃが、主のイワレが不安定である事に変わりは無い。身体強化は使えぬ、いや、使ってはならぬのじゃぞ?』
地図を受け取ると同時に、そう神狐に釘を刺される。
一度それで無理をして命を落としかけた。流石に二度目も助かると考えるのは楽観視が過ぎる。そして身体強化無しでとなると、ただでさえ普通の日常生活を送れる程度にしか回復していないのだ、その道中の過酷さは恐らく想像を超えるだろう。
「あぁ、分かってる。それでも俺は行くよ。」
百鬼が出て行った原因は俺だ。連れ戻すというのなら、身体強化など無くても俺が行くべきだ。そもそもイワレ自体が降ってわいた力なのだ、元々の状態に戻ったというのが正しい。
彼女からすれば迷惑に思うかもしれない、だがそれでも俺は行かなければならない。彼女とこれきりになるなど、到底受け入れられなかった。
せめて理由だけでも、あの時の表情の理由だけでも聞くために。
「話してくれてありがとうな、神狐。じゃあ、俺は…。」
『待つが良い。』
それだけ言い残して早速出発の準備に取り掛かろうと部屋を後にしようとした所で、不意に神狐に呼び止められた。
何事かと振り返れば何故か今まで映っていた映像が無くなり、シキガミから彼女の声が聞こえてくるのみとなっている。
『妾は今主に情報を与えた、その代わりなのじゃが…。』
「ん、待て、さっき釣りだと思えって。」
『それは過去の話までじゃ。』
話してから代償を請求するという最早詐欺に近しい何かを感じつつ、一応教えて貰った事も事実な為黙って神狐の話を聞く。
『主に一つ頼みたいことがあっての。これからも、ミオと仲良くしてやって欲しいのじゃ。』
「…それだけか?」
何か途方も無い要求をされるのかと身構えていた事もあり、その神狐の言葉に思わず拍子抜けしてしまう。
『…なんじゃ、何を要求されると思っておったのじゃ。』
「いや、魂の一部とか。」
『主、妾を悪魔か何かと勘違いしてはおらぬかの。』
単的に思い浮かんだものを答えれば、何処か不機嫌さを感じさせる声が返って来る。
映像が途切れてしまっている為その表情は伺えないが、恐らく今頃神狐はジト目でこちらを見ていることだろう。
『…して、どうなのじゃ。』
逸れた話を戻すように、何処か真剣さに満ちた声で神狐に問われる。しかしそんなこと、今更問われるまでも無いことだ。
「どうって…言われなくても大神はこれからも大切な友人だ。」
『…そうか。』
今一意図を理解できないままに答えれば、一拍遅れてホッとしたような神狐の声が返って来る。
『それなら、安心じゃ。』
そう口にする彼女が今何を思っているのか、俺は想像することすら出来なかった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。