【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも、作者です。


個別:百鬼 30

 

 未だ夜も明けずようやく空が白んできたという明朝、シラカミ神社の前には四つの影が佇んでいた。

 白上、大神、そして神狐の操るシキガミは神社側に、それとは対照的に俺は山を下る道側に位置している

 「…そんな揃って見送らなくても良いんじゃないか?」

 個人的には出発前に神狐と少し話でもできればと思っていたのだがいつの間にやら白上や大神まで集まってきてしまい、できればこっそりと出発しようと思っていた手前、そこはかとなく居たたまれなさを感じていた。

 「あやめが帰って来るかは透君に掛かってるんだから当然だよ。」

 「そうですよ。白上にとって、もうあやめちゃんと透さんの二人も日常に含まれてるんですから、絶対一緒に帰ってきてくださいね。」

 大神と白上の二人が続けざまにそう口にする。

 出鼻をくじかれた気分だが、けれど激励そのものは素直に嬉しく思った。

 「あぁ、約束する。」

 帰る場所がある、そんな些細な事実に胸が熱くなる。それと共に必ず百鬼とここに帰ってこようという決意がより一層固くなった。

 『再三になるが、イワレの使えぬ以上今の主はヒトより身体能力が優れておる程度じゃ。決して無理はせぬようにの。』

 「分かってる。元々が普通の人間だったんだ、その辺りの限界は理解してるつもりだ。」

 『うむ、ならば問題はなしじゃな。』

 俺の答えに神狐は満足げに頷く。

 思えば彼女には会うごとに体調について聞かれている気がする。普段であれば気にならない程度の違和感だが、神狐に妙な変化を感じた。

 けれど、今はそれについて考えている時間は無い。

 「…そうだ、神狐。出発する前に一つ良いか?」

 『ふむ、何じゃ?』

 白上と大神の登場に気を取られてすっかり聞きそびれてしまっていた事を思い出し、それを神狐へと口にする。

 その内容を聞いて神狐は驚いたように目を丸くしつつ答えてくれた。その答えに満足していると、今度は白上や大神も同様にして本気かと問うてくる。もう決めた事だと答えれば二人は呆れたように、けれど何処か嬉しそうに笑みを浮かべて受け入れてくれた。

 「それじゃあ、行ってくる。」

 そうして三人に見送られて、俺はシラカミ神社を出発した。

 

 

 

 

 

 

 鬼の集落があったという秘境はヤマトの北側に位置している。俺は地図を頼りに、ひたすらそこ場所へ向かって歩いた。

 いつもは身体強化で駆けて移動していたこともあり、ゆっくりと歩いてみて回る事も無かったが、道中に見える景色はどこも自然が豊かで、幻想的であった。

 1日目と2日目は殆ど休まずに道を進んだ。

 身体強化は使えずともイワレによる基礎的な能力の補正は残っている。その為体力面での心配はいらないようだった。

 これでアヤカシだというのだから、イワレというものは誠に末恐ろしい。

 道中立ち寄った街は何処も初めての訪れで、キョウノミヤコと同様にどの街の住人も親切で、もし白上達と合うことも無くこの身一つでこのカクリヨに迷い込んでいれば、住人の一人として生活していたのかもしれないと、そんな想像が頭をよぎった。

 現状からしてみればとても考えられない事だ。願わくば、何度繰り返しても同じ道を辿りたいものだ。

 「やぁ、お兄さん。観光?」

 立ち寄った街の街並みを眺めてそんな事を考えながら歩いていれば、住人の一人に気さくに話しかけられる。

 「いや、少し人探し中で。道中の食料が無くなったので、その調達に。」

 「あら、それは大変だ。んー…なら良ければこれを持っていきなよ。」

 そう言って手渡されたのは数個の果実の入った袋。明らかにこの人の荷物に見えたそれをぽんと軽く渡されて

 「良いんですか?」

 「勿論、旅人には親切にがこの街の心情だからね。特に二本角の鬼が訪れた時は大層なもてなしをせよー、だって。」

 「鬼に?」

 予想外のその単語に思わず聞き返せば、住人は「後半はなんか変でしょ。」と軽く笑う。

 「なんでも街長のご先祖様がその鬼に凄くお世話になったんだって。その時碌にお礼も言えなかったからって、数百年くらい前から言い伝えにしてるらしいよ。」

 「そんな事が…。」

 神狐から聞いた鬼の話を鑑みると、確実にそれは百鬼だ。いつか百鬼はシラカミ神社に来る前は北の方を中心に活動していたと言っていた。鬼の集落の方向も同じであるし、間違いは無いだろう。

 「ま、流石に鬼の事は伝承と混じったんだと思うけど、親切にって心情自体は街のみんな気に入っているんだ。そして僕もその中の一人という訳さ。」

 自らの胸に手を当てにこやかに言ってのける住人。

 こうした言い伝えがカクリヨをより良い形にしているのだと思うと、納得するとともに我が事でも無いにも関わらず何処か誇らしさすら覚えた。

 「そうでしたか。なら、ありがたく頂きます。」

 「うん。代わりと言っては何だけど、もし人探しが終わったらその人とまたこの街に来ておくれよ。」

 「えぇ、必ず。」

 人混みに消える住人に返しつつ、その背を手を振って見送る。あとに残った街の喧騒の中、俺は貰った果実の袋を片手にそっと腰に差す百鬼の刀の柄へと手を置いた。

 

 

 

 シラカミ神社を出てから四日が経過した。

 この日になってようやく地図に示された秘境の一番近くにある街までたどり着いたが、しかし、俺はここで一つの問題に直面していた。

 「細かい場所が分からないんだよな…。」

 地図に分かり易く丸で囲まれた区域、この何処かに秘境が存在する事になるのだが、何せかなり大雑把な丸な為、実際の区域を見るとそれなりの広さになり具体的な場所が分からないのだ。

 この街の住人に場所を聞こうにも、そもそも秘境と呼ばれるくらいなのだからそれも期待は出来ないだろう。

 「しらみつぶしで探すしかないか。」

 元々ヤマト中を巡る予定であったのだから、範囲を絞れただけでも十分すぎる。一日もあればある程度目安も点くというものだ。

 『さぁ、もうひと頑張り』と、立ち上がるのと同時。『ちゅんっ』と唐突に虚空から小鳥のシキガミが姿を現した。

 「ちゅん助?」

 唖然としつつその名を呼ぶが、しかしちゅん助はそれに構わず、つい今まで広げていた地図をしきりにつつきだす。

 何がしたいのか今一その意図を理解できずに困惑しつつ、取り合えずちゅん助が興味を示している地図を今一度広げればちゅん助はその上に乗り、今度は地図上の丸の部分をつつきだす。

 そして、それに伴ってちゅん助から微かな意思が伝わって来た。

 「もしかして、案内できるのか?」

 『ちゅんっ!』

 確認に問いかければ、肯定するように元気な鳴き声が帰って来る。神狐辺りが気でも利かせてくれたのだろうか。何にせよ、場所が分かるのならありがたい限りだ。帰ったら改めて神狐にも礼を言っておこう。

 「よし、それじゃあ案内は頼む、ちゅん助。」 

 早速街を出てちゅん助の後を追う形で百鬼の元へと急ぐ。

 道中、森に入り、川を渡り、山を登り、また森へ入ると、やはり秘境と呼ばれるだけあり恐らく案内無しでは到底進む事も難しいであろう道のりであった。

 連日歩き詰めであったこともあり、若干の疲労もたまって来た体に鞭を打って一歩ずつ前に進む。

 それからどれだけの時間が経過した事だろう。目の前にすっかり緑を纏った石の道と鳥居が見えてくる。ちゅん助の反応からも、ここが鬼の集落へと続く道だろう

 「この先か…。」

 この先に百鬼が居る。

 ようやくここまでこれたとそんな達成感は程々で、俺の胸中は緊張にも似た感情で満たされていた。

 何を話すか、考えていたことが全て頭の中から飛んで行ってしまいそうだ。

 『ちゅんっ…!』

 「分かってる、今更怖気づいたりはしないさ。」

 ちゅん助に急かされるように鳴き声を上げられる。

 そうだ、まだ何も解決してなんかいない。一度その場に立ち止まり心を落ち着ける様に一つ深呼吸を入れて、俺は先へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 『キキちゃん、起きてる?』

 襖越しにそんな声を掛けながらあやめは襖を開けて部屋へと入る。その手に持つ盆には湯気を立てるお粥とすりおろしたリンゴを乗せられていた。

 そんなあやめの声に反応するように、部屋で布団の中に横たわっていた鬼の老女はその体を起こす。

 『…あやめ姉さん。えぇ、起きてますよ。』

 『良かった、ご飯出来たから持ってきたよ。今日採れたリンゴね、すっごく甘くて美味しかったから多分キキちゃんも食べやすいと思う。』

 にこやかに話ながらあやめは手慣れた様子で盆を布団の脇に置き匙を使って老女、キキの口元へ一口ずつ食事を運ぶ。

 この頃キキの消化器官は衰えが顕著に表れてきていて、こうして消化に良いものくらいしかまともに食べれなくなってしまっていた。体を起こすだけで精一杯で、既に立って歩くことすらままならない。

 『ごめんなさい、あやめ姉さん。碌に手伝いも出来ないどころか、こうしてお世話ばかりさせてしまって。』

 食事を終えて食器を片づけようとあやめが盆を持って部屋を出ようとした所で、横になったキキがぽつりと零すように言い、あやめはぴたりとその足を止め振り返る。

 『もー、気にしないでよ。キキちゃんは余の妹分なんだから、お姉ちゃんとして余もやりたくてやってるの。』

 何処か拗ねたように言うあやめにキキの顔に浮かんでいた険しさが消えていき、代わりに柔らかな笑みが顔に戻る。

 『…ありがとう、お姉ちゃん。』

 『えへへ、どういたしまして。』

 そんなキキに満足げにそして照れたように笑い、あやめは今度こそ部屋を出た。

 皿洗いやその他諸々の作業を終えてあやめが部屋に戻ると、キキは横になったまま顔だけ襖とは向かい側の縁側から外を眺めていた。

 『…ここも、すっかり静かになってしまいましたね。』

 『うん…そうだね。』

 キキの過去を思い返しながらの呟きに、あやめもまた過去を思い返して答える。

 昔は賑わっていた集落も、今となっては静寂に包まれている。幾ら鬼ともいえどもその基本的な寿命は人の二、三倍で、族長の様に上位のアヤカシであればもっと長くなるが、生憎とあやめたちに近い世代の鬼でそこまで至る者はいなかった。

 時が過ぎるにつれて鬼はその数を減らしていき、遂には最年少だったあやめとキキ、そして族長が残るのみとなってしまっていた。

 『…キキちゃん、寂しい?』

 『いいえ、私にはあやめ姉さんが居てくれるから。寧ろ、心配なのは姉さんの方。』

 そう言うと、キキは外に向けていた顔を反対側のあやめへと向けた。その瞳に映るのは、老いたキキとは異なり長らく容姿の変化の無いあやめの姿だった。

 キキの顔に浮かぶ憐憫にあやめは、けれどぱっと明るく笑って見せる。

 『余も平気。キキちゃんも居てくれるし…ほら、余ってちょっと抜けてる所があるでしょ?だから平気だよ。』

 『…ごめんね、お姉ちゃん。』

 それを聞いたキキは、遂にはその顔を歪ませ、遂にその目の端からぽろぽろと涙が零れ落ちる。その雫は止めどなく溢れ続けて、拭うことも出来ないキキは感情を発露させる。

 『ごめん…、ごめんね…。』

 『謝らないで、キキちゃん。余は大丈夫だから。』

 そんなキキを慰めるように、あやめは彼女を優しく抱きしめて、泣き止んで眠るまで背中をさすってやる。近頃は毎日のように、あやめはキキとこのやり取りを繰り返していた。

 

 

 『キキちゃん、起きてる?』

 それから少し経過したとある日、いつもの様にあやめが部屋へと訪れるもキキからの返事は無く、代わりに彼女は無言のまま夜空に浮かぶ月を眺めていた。

 『キキちゃん…?』

 『…あ、あやめお姉ちゃん。今日の月、綺麗だよ。』

 あやめが再び声を掛ければ、ようやく気が付いたキキはあやめへと振り返る。にこりと笑ってそう言う彼女は何処か幼さを感じさせた。

 『…そうだね、余もそう思う。』

 『でしょ?』

 あやめが同意すれば、キキは得意げに微笑むとまた外へと目を向けてしまう。その視線を辿りあやめもまた夜空に浮かぶ煌々と輝く月を視界に収めた。

 室内に柔らかな風が吹き込み、風にたなびいたあやめの長髪は彼女の表情を覆い隠す。

 『あやめお姉ちゃん、お願いがあるんだけど、良い?』

 『なぁに、お姉ちゃんが何でも叶えてあげるよ。』

 優しくあやめが言えば、キキは言い淀む様に口をまごつかせる。けれどあやめは辛抱強く彼女の次の言葉を待った。

 『キキが眠るまで、手を握っててほしい。』

 『…寂しくなっちゃった?』

 そうしてキキが発した言葉にあやめがそう返せば、キキは無言のまま恥ずかしがるように顔を隠してこくり頷いた。

 『良いよ。…キキちゃんが眠るまで、余が傍に居るからね。』

 『…ありがとう、お姉ちゃん。』

 そっと布団から差し出された手をあやめは優しく包み込み、キキは安心したように表情を和らげて眠りへと落ちた。

 けれど次の朝を迎えても、夜を超えても、キキが目を覚ますことは二度と無かった。

 

 

 

 

 鬼の集落に存在する永久に花を咲かせ続ける桜。その木の下で、あやめはぼうっと頭上に咲き誇る花々を見つめていた。

 『あやめ、キキの事、ご苦労だった。』

 『ううん。』

 労いの言葉を口にする男に、あやめは首を横に振ってこのくらい何ともないと伝える。キキが居なくなり、結果集落に残ったのは族長とあやめの二人のみとなっていた。

 『我ら鬼が終わりを迎える時には、最後の一人となるつもりであったのだがな…。』

 ぼやくような族長の言葉は、紛れもなく彼の本心だ。決断した責任を、その形でとるつもりでだった。けれど、現実はそれを許しはしなかった。

 『よもや…見送られる側に、回ろうとは。』

 桜の木の太い根に腰かける男は既に呼吸をするのもやっとで、彼の命の灯が消えかけていることは一目瞭然で、そんな彼の前にあやめは立っている。

 『…すまなかったな、あやめ。其方には、背負わせてばかりだ。』

 自らを罰するかの様に、途絶えて楽になろうとする意識を必死に繋ぎとめて男は続ける。

 『セツカ殿とも、連絡は取れぬ。あれで義理堅い方だ、何かあったに違いない。しかしこれでは、其方が独りに…。』

 『…大丈夫。』

 途切れ途切れになりなら言葉を紡ぐ族長。そんな彼にあやめはハッキリと顏を上げて伝える。

 『余は『強い』から、どんな世の中になっても、楽しくやっていけるよ。』

 そう言って小さく笑うあやめに、族長は激情に耐える様に歯を食いしばる。

 『すまぬ…。』

 それを最後に、彼の身体からふと力が抜けた。彼の身体はやがて光の粒子となり、桜の木へと消えていく。

 こうして、百鬼あやめはカクリヨで一人きりの鬼となった。

 

  

 

 

 

 

 過去の回想と何ら変わらぬ桜の木の下で、あやめは目を閉じて思い出を巡っていた。長い年月を経ても、この桜だけは姿かたちを変えたりしない。

 事あるごとにあやめはこの地へと帰ってきては次の場所へと旅立つのだ。そんな事を続けて、どれ程の月日が流れたことだろう。

 だから、これも何度も繰り返してきた中の一度に過ぎない。もう同じ場所へは帰れない、帰らない。その想いで、あやめは自らあの居心地の良い場を離れた。

 なのに…。

 「ようやく、見つけた。」

 背後からじゃりっと地面を踏みしめる足音と共にそんな声が響いてきて、あやめは思わず振り返る。その先では、二本の刀を腰に携えた透があやめをその双眸に捉えて立っていた。

 

 どうして…。

 

 





次回、百鬼ルート最終話。 
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。
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