誤字報告、感謝
「ここにはもう一人と一緒に来たので先にそちらと合流しますね」
「分かり、ました…」
白い狐耳を生やした少女、白上さんに先導されて草原を抜け木々の生い茂る森の中を進む。
前方にある彼女の背にはゆらゆらと五芒星の描かれた毛先が黒の白い尻尾が揺れていて、耳と同様に明らかに作り物では無いそれに非現実的な現状への疑念は深まるばかりであった。
特に会話も無く前を歩く彼女に続いて森を進んでいると、やがて前方に白上さんと似たような人影が見えてきた。
「あ、ミオ、こっちですよー!」
その人影に向かい白上さんが大きく手を振る。すると人影もこちらに気が付いたようで手を振り返すと駆け足で近づいてきた。
「フブキ、その人が?」
そう声を掛けてきたのは白上さんとは対照的な黒く綺麗な長髪を腰のあたりで束ね、頭には髪色と同じ黒い獣耳を携えた少女だった。
「はい、ウツシヨからの迷い人の藺月透さんです」
「…どうも、透です」
白上さんに紹介され困惑しながらも頭を下げれば、ミオと呼ばれた少女は一瞬複雑そうな表情を浮かべた後、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ウチの名前は大神ミオだよ。よろしくね、透君」
「…よろしくお願いします、大神さん」
差し出された手を握りそう返事を返すも、けれどやはり視線はどうしても彼女らの頭の上の部分に留まってしまう。ぴょこぴょこと動く耳は何度見なおしても作り物には見えない。
「ん、ウチとフブキの耳が気になる?ちゃんと本物だから安心して」
すると、大神さんがくすりと笑いながら耳を動かして見せる。気づかれていた事にバツの悪さを感じながら、それ以上に改めて耳が本物なのだと痛感させられた。
「…あの、ここはあの世だったりするんですか」
思わずといった形で問いかける。現状について先ほどから疑問は募るばかりだった。それを聞いた大神さんは一瞬キョトンと目を丸くして、すぐに表情を崩した。
「あはは、違うよ!そうだよね、ウツシヨには獣耳が生えてる人はいないもんね。…ここはカクリヨっていって、君が元々いた世界はウツシヨって言うんだけど、その対となる世界だよ」
「カクリヨ…ですか」
大神さんの説明を受けてふと先ほどの白上さんの問いかけを思い返す。
『カクリヨという言葉をご存じですか?』
あれは恐らくこの世界の住人か否か、その簡易的な確認だったのかもしれない。しかし、その後に間違いないと言っていたのはどういう事だろう。あの言い方ではまるで…。
「俺が、あそこに居る事を知っていた…?」
そのぽつりとした呟きが大神さんにも聞こえたのか、彼女はこてりと不思議そうに首を傾げる。
「…フブキ、もしかしてまだ何も説明してない?」
「はい、ミオと合流してからの方が良いかなって思いまして」
「あー、それなら色々と困惑しちゃうよ…」
何やらこそこそと二人で話していたかと思うと、すぐに大神さんは納得の声を上げてこちらへ向き直った。
「ごめんね透君、今からウチ達と一緒にシラカミ神社っていう場所までついてきてもらっても良いかな。その道中で歩きながらになるけど色々と説明もするから」
手を合わせながらそう言ってくる大神さんは見るからに申し訳なさそうにしていて、少なくとも悪人ではなさそうだと根拠も無しに思う。
「分かりました」
俺が頷いて二つ返事で了承すれば、大神さんは「良かった、道はこっちだよ」と先導して歩き始め、そんな彼女について行く。
どうせ行く当ても無いのだ、何処に連れていかれようとどうだっていい。
「…」
そんな諦観にも似た感情を抱きながら歩く俺の姿を白上さんが無言のままじっと見つめていることに、この時の俺が気づくことは無かった。
「…そんな感じで、ウチ達はカクリヨの異変について調査してるの」
草原のある森を抜け山を下るとようやくたどり着いた平坦な道を歩きながら、俺は大神さんから現状について諸々の説明を受けていた。カクリヨの異変とはなんでもカクリヨとウツシヨを繋ぐ穴に今までなかった異常が起きているとのことだ。
「じゃあ、俺の事を知っていたのは…」
「うん、ウチの占星術。ウツシヨから人が迷い込んでくるって出てたからその保護と手がかりを探しに来たんだよ」
大神さんは穏やかな口調でそう続ける。暫く話していて何となく彼女の人となりに触れることが出来た気がした。
そこまで話終えてから、大神さんは不意に白上さんの方へと振り返る。
「それで、フブキ。透君のいた近くに穴は開いてた?」
穴とは先のウツシヨとカクリヨを繋ぐ穴の事だ。俺がこのカクリヨに居るという事は少なくともその穴が一度は開いた事を意味する。
しかし気が付いてからそれらしきものは辺りには見かけなかったし、白上さんもその問いに対して首を横に振った。
「いえ、透さんを見つけた周辺には開いていませんでした。ミオの方も同じですか?」
「こっちも一緒、やっぱりもう閉じてたみたい」
「占い通りですね…」
そう口にする白上さんは、何やら考え込む様に黙り込んでしまう。物々しい雰囲気でとてもその理由を聞けそうも無い。
「でも占星術で見えたのはここまででこれ以降については殆ど見えないから、手がかりはゼロになるんだよね…」
そう言って肩を落とすのは大神さんだ。同時に弛緩した空気の中、ふと疑問が浮かぶ。
「え、手がかり、無くなったんですか?」
「そうなんだよー…、少し前からこの時期以降の未来が見えにくくなってて精度もガタ落ち。最後に占えたのが君の出現場所までで、これから先は本当に手探りになるかな」
「まぁ、元々決定的なモノも無かったですし、そこまで気にすることでも無いんですけどね」
二人の様子を見るにどうやら調査は難航しているようで、二人は揃ってずーんと音が聞こえてきそうな落ち込み方をしている。
こちらとしては、何とも気まずいばかりだ。
「とにかく、そんな訳でウチとフブキについてはこんな感じ。で、次は透君、君の今後の身の振りなんだけど…」
そう続ける大神さんによって話題の矛先がこちらへと向けられ、思わず顔を俯ける。
この見知らぬ世界において選択肢など殆ど無いに等しく、思考する必要もまた無いだろう。身寄りも無い、帰る方法も無い。ならばこそ、選択肢は一つだ。
俺はこの世界で…。
「良ければ、透さんもシラカミ神社で一緒に暮らしませんか?」
「…え?」
入れ替わり続けられた白上さんのその言葉に、ぱっと俯けていた顔を上げた。まさかそんな提案をされるとは夢にも思わなかった。
思わぬ提案に答えあぐねて固まっていると、それを見た白上さんは何かに気づいたような声を上げた。
「あ、別に調査を手伝えーとは言いませんよ?これは元々白上達のオツトメですし、ただ透さんに行く当てが無いなら丁度良いかと思いまして」
「うん、勿論ウチも歓迎するよ」
ちらりと大神さんへと視線を向ければ、彼女もまた肯定するように頷いている。そんな彼女たちを見て、むしろ混乱は増していくばかりだ。
「何で、俺みたいな人間を…」
せめて彼女らに何かしらの益があるのならまだ理解できる。しかし、これでは本当に苦労のみで何も対価が無い、俺に彼女らの助けとなれるような何かは無い。なのに、どうしてそこまでしようとしてくれる。
そんな疑問をはらんだその問いかけに、けれど白上さんはキョトンとした顔を浮かべて何ともなしに答えた。
「何でも何も、ここで見捨てたら透さんが路頭に迷っちゃうじゃないですか。それに白上も賑やかな方が好きなので、一緒に住んでくれると嬉しいです」
笑顔でそう言う彼女に邪気は一切なく、ただ純粋にそう思い言ってくれているのだと分かった。故にそれを目前にして言葉を失ってしまうのもまた必然であった。
「だから遠慮はしないで下さい。勿論、貴方が他を当たりたいというのなら無理強いはしませんけど…、どうですか?」
迷う俺を後押しするように白上さんは言ってくれる。こんなにも優しい言葉を掛けられたのは、生まれて初めての様な気がした。
「…お世話に、なります…」
「はい、よろしくお願いします、透さん!」
狼狽えつつ最早こう答える他ないそのぽつりと零された俺の言葉を聞いて、白上さんはにこりと花の様な笑顔を咲かせた。
それから歩き続けて暫くの時間が経過した頃、平坦な道の先に幾つかの山々がその姿を見せてきた。
「あの山の上にあるのがシラカミ神社だよ」
言いながら大神さんが指さす方向へ目を向ければ、確かに上の方に建物らしき影が見える。
「ちなみに透君、今お腹は空いてる?」
「え?はい、それなりには空いてますけど」
不意に投げかけられた大神さんの問いに改めて自分の腹具合を計りつつ答える。なにせ先ほどから歩き詰めで、身体がエネルギーの補給を求めているのか時折抗議するように胃が音を鳴らしていた。
そんな俺の答えを聞いた大神さんはくすりと小さく笑みを零した。
「なら紹介も兼ねてミゾレ食堂に行こうか。シラカミ神社の麓にある食堂なんだけど、料理がどれも美味しくて…」
「特にきつねうどんなんて何杯でも食べれちゃいますよ」
うっとりとしている二人の顔を見れば、そこが彼女らのお気に入りの店であることは一目瞭然であった。
そうしている間にも見える山もどんどんと大きくなっていき、やがて目的の麓へとたどり着いた。話の通りそこには一軒の建物があり、掲げられた看板にはミゾレ食堂と大きく書かれている。
「お邪魔しまーす」
白上さんが先導して扉を開け声を掛けながら中に入る。それに続いて食堂に入れば、丁度奥の方から恰幅の良い女性が出て来てこちらへ向かってきていた。
「おや、あんたらかい、今日はやけに早いじゃないか。…そっちは見ない顔だね」
見知った様子の白上さん、大神さんに続いて、じろりとこちらへ視線を向けると女性は怪訝な表情を浮かべる。
「ミゾレさん、こちらウツシヨからの迷い人の藺月透さんです。」
「初めまして、透です」
「ウツシヨの…」
白上さんから紹介を受けたその女性は瞠目して口の中で繰り返すも、すぐに切り替える様に目を瞑り、改めてこちらへ向き直る。
「あたしはミゾレ、このミゾレ食堂の店主さ。あんた…透でいいかい?あんたも災難だったね、これからどうするかは決まってるのかい」
何処か同情的な女性、ミゾレさんの視線に戸惑いを覚えつつ首肯する。
「あ、はい。シラカミ神社に厄介になる事に…」
「そうなんですよ!シラカミ神社の住人が今回増えることになりまして!」
言葉の途中で、白上さんがテンション高めに割り込むよう声を上げる。そんな彼女の心情を表すようにその尻尾は激しく左右に振られており、ぴょこぴょこと頭の獣耳が動いている。
「透、あんたマタタビでも持ってるんじゃないだろうね」
今度は別の意味で驚いたようで、ミゾレさんはそんな白上さんの姿を見て顔を引きつらせていた。
「いえ、特には」
「ちょっとミゾレさん、白上は狐ですよ、猫扱いしないで下さい!」
ぷいとそっぽを向いて分かり易く拗ねて抗議の声を上げる白上さんに、ミゾレさんは「あー、はいはい」と慣れた手つきで簡単にあしらう。
「とにかく、透。あんたの身の振りが決まってるのならそれでいいさ。けどね、最後に一つだけ聞かせてくれないかい」
「…?なんでしょうか」
打って変わって神妙な雰囲気を醸し出すミゾレさんは、一つ息を吐くと真剣な鋭い眼光でこちらを射抜いた。
「あんたは、ウツシヨに帰りたいと思っているかい?」
「…」
真っ直ぐと突きつけられたその問いに思わず口を噤む。
ウツシヨに、元居た世界に帰る。ミゾレさんに改めて問われたが、普通は最初から考えるべき問題ではあるのだろう。
帰りたいか、帰りたくないのか。その両者で言えば俺は…。
「いえ…どちらの世界でも、変わらないので」
「…そうかい、それなら…まぁ良いさ。注文が決まったらまた声を掛けな」
満足のいく答えとはいかなかったのだろうが、それでも納得はしてくれたようでミゾレさんはそのまま背を向けて言い残すと食堂の奥へと戻って行ってしまった。
「ミゾレさんどうしたんだろう…」
「少し様子が変でしたね」
そんなミゾレさんの後姿を見送って二人は不思議そうに首を傾げている。顔見知りの二人がこう言うのだ、何かしらウツシヨに関して思う所があるのかもしれない。
「まぁ何はともあれ、透君の歓迎会も兼ねて、今日は沢山食べちゃおう!」
空気を切り替える様にパンと柏手を打った大神さんは、テーブルに備え付けられていたメニューを手に取り眺め始める。
「透さんは何か好きな食べ物とかありますか?」
同様にメニューを手にした白上さんは隣に寄って来るとそう言って見やすいようにメニューを広げてくれる。
「いや、特に好き嫌いは無いですけど…」
「そうですか?ならきつねうどんとかどうでしょう。ここのきつねうどんは出汁も良くでてまして…」
俺の答えを聞いた瞬間、白上さんはぴかりと目を光らせてここぞとばかりにきつねうどんを勧めてくる。だがしかし、それに突如として待ったをかけたのは大神さんだった。
「待って、ぼんじり定食だって負けてないよ!炭火で焼かれたぼんじりは香ばしくってたれの旨味ともマッチしてて…」
「いえ、きつねうどんが…」
「いやいや、ぼんじりが…」
そうして額を付けて言い合いながら段々とヒートアップしていく二人の様子を、座ったまま呆然と眺める。
互いにそれぞれのオススメについて語り合うが、両者共に引く様子は見せない。やがて、その矛先は互いから第三者のこちらへと向けられた
「「透君(さん)はどう思う(いますか)!?」」
「えっと…」
二人に詰め寄られ、後ろへ体を逸らしながら顔を引きつらせる。とはいえ、これではどちらを選んでも角が立ってしまう。
「じゃあ、両方で」
「「…」」
必然的に選ばれた回答。それを受けた二人は、無言のまま互いに顔を見合わせる。
「…まぁ」
「それでしたら…」
続けざまに言う二人は何とか納得してくれたようで、ひとまず場が収まったことにホッと息を吐く。そして注文内容も決まった所で、俺達は食堂の奥のミゾレさんへと声を掛けた。
「透さん、大丈夫ですか?」
「…大丈夫、です」
ミゾレ食堂のある麓から進んで山の中枢から始まった階段の途中、こちらへ声を掛けてくる白上さんにそう返しつつまた一歩段差を昇る。
先ほどのミゾレ食堂で注文したきつねうどんとぼんじり定食。両方ともそれなりに量があり、その後に山登りともなると中々キツイものがあった。
「あはは、ごめんね透君。ウチとフブキの意地の張り合いのせいで…」
「いえ、全然。余裕ですので」
苦笑いでバツの悪そうに後頭部に手をやる大神さんに一応は強がって見せるが実際の所、食後の運動時特有の脇腹の痛みに苛まれている最中である。
次は絶対に二つ頼むような事はしない、密かにそう心に刻み込む。
(…けど、不思議な感覚だった)
ふと先ほどのミゾレ食堂での食事を思い出す。ああやって誰かとわいわい騒ぎながら食事をするというのも悪くないと思う自分に、正直驚いていた。
それに次の事を考えている。その事実がどうにも心が落ち着かない。
「そろそろ到着ですよ」
そんな白上さんの声が聞こえて顔を上げた。
階段の先、一歩上がるごとにその全貌が見えてくる。広い境内の先、見えてくる建物。階段を昇り切ると、軽い足取りで二人は目の前へと回り笑顔で声を揃えて言った。
「「ようこそ、シラカミ神社へ!」」