【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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True:Another 3

 

 窓から差し込んでくる月光に照らされた部屋に一人横になってずんと押しつぶされてしまいそうな暗闇の天井を見上げていた。

 いつの間にやらカクリヨと呼ばれるこの世界に迷い込んでしまった一日が終わりへと向かっている。あの草原で目を覚まして白上さんと出会ってから、大神さんやミゾレさんとカクリヨの住人と巡り合い、あれよあれよという間にこのシラカミ神社で生活することになった。

 神社に到着してこうしてあてがわれた和風な畳ばりの部屋は、先ほどまでの喧騒に比べてシンと静まり返っていて、まるで時間の流れに取り残されてしまったような心地になる。

 あの二人、白上さんと大神さんが生粋の善人である事はこの短期間でも良く分かった。見ず知らずの人間にここまでしてくれるなどそう簡単に出来ることでは無い。しかしその所為なのか、それとも非日常的な現状がそうさせるのか、先ほどからずっと心に荒波が立って落ち着かない。

 (…外の空気でも吸おう)

 少しでも気を紛らわせようと立ち上がり、そのまま部屋を出る。二人はもう床に就いたのか人の気配の無い廊下は静寂に包み込まれていて、玄関で靴を履き夜空の下へと身を晒すのと同時に丁度一陣の風が吹き抜ける。微かな冬の匂いをはらんだ空気を大きく吸い込めば、心なしか胸の奥がすっと軽くなった。

 「…」

 見上げれば雲一つない満天の星空が丸い満月を添えて広がっている。手を伸ばしても決して届くことの無いそれを前にして、心は平穏を取り戻すのではないかとも思ったが、しかし期待以上の成果は無かった。

 どれだけの時間、そうしていただろう。不意に背後から玄関の扉が開く音がして誰かが外へ出てきた。

 「眠れないんですか?」

 そう声を掛けてきたのは白上さんだった。目が合うと彼女はふわりと優しく微笑みかけてくる。

 「今日は雲もなくて星がよく見えますね」

 「…はい、本当に綺麗です」

 隣に来た白上さんへ空に目を向けたまま答えると、それを聞いた彼女は「ですよね」とはにかみながら続ける。

 「ここから見る景色は白上もお気に入りなんです。星座に詳しい訳ではないんですけど季節によって形が変わっていって見える星も違うのは何というか…そう、風情があります」

 そう話す白上さんは目を細めて慈しむ様に空を見上げていた。彼女は本当に、ここから見える星空が好きなのだろう。

 「えぇ、理解できます。カクリヨにもウツシヨと同じところもあって、少し安心してたところでして」

 「…嘘ですね」

 「…っ」

 鋭いその指摘に動揺から思わず声を詰まらせる。ぱっと白上さんの方へ視線を向けると、薄く微笑んだままの彼女と視線が交差した。

 「分かりますよ、透さんがこの景色を何とも思ってないことくらい。それでも、白上に話を合わせようとしてくれたんですよね」

 「何で…」

 続けられた彼女の言葉に、俺はそれだけ返すことで精一杯だった。それ程までに白上さんの指摘は的確で、完全に図星を突かれた形となる。

 表情に出ていたかと自らの顔に手を当てて隠すも、白上さんはそんな俺を見てくすくすと笑い声を上げた。

 「表情から読み取った訳じゃないですから安心してください。多分ミオは気づかないと思いますし。白上は何となくそう思っただけなので」

 そう話す彼女は嘘をつかれたにもかかわらず気分を害した様子も無く、ただ何でもないように再び空へと視線を戻す。

 「今日は透さんにとって未知の連続で戸惑うことも多かったと思います。だから今はゆっくり、少しずつでいいので現状を飲み込んで行って下さい。その間もそれからも、この神社に居て貰って構いませんので」

 あくまで優しさを見せる白上さんに、気が付けば勝手に口が開いていた。

 「どうして、そこまでしてくれるんですか」

 二度目の同じ内容の質問。それを受けた白上さんはチラリと流し目をこちらへ送る。

 「…理由、気になりますか?」

 「そりゃ気になる…気になります」

 一瞬敬語が崩れかけて慌てて言い直すが、流石に聞き取れたようで隣の彼女は少し驚いたように目をぱちくりと見開いていた。

 「無理に敬語じゃなくても良いですよ?白上のこれは癖ですけど、透さんが話しやすいのなら普通で。白上もそちらの方が良いと思いますし」

 「いえ、このままで。…それより、理由は」

 適当に誤魔化しつつ逸れかけていた話の軌道を戻す。

 ここまで話を引っ張ったのだ、神社への道中で聞いたものが全てではない事は明白だ。しかしそれが何であるのか、俺には見当もつかない。

 「うーん、そうですね…」

 白上さんは少し迷うように唸り声を上げる。

 正直に言ってしまえばわざわざ聞かなくても良い事なのかもしれないが、それでも聞くのは彼女の今までの言動に何処か引っ掛かりを覚えたからだ。そして、俺はその正体を知りたいと思った。

 彼女の言葉の続きを固唾を飲んで待つ。けれど少しの間の逡巡の後、白上さんは人差し指を口に当てて悪戯な笑みを浮かべた

 「やっぱり、内緒です」

 「内緒って…」

 まるで空腹の中食事を目の前で取り上げられたかのようで、思わず言葉を失う。そんな俺を見つつ、白上さんは尚も続けた。

 「さっきも言ったじゃないですか。まずは現状を飲み込んでください。次から次に詰め込むと頭が爆発しちゃいますよ」

 「現状…」

 ふとそれを受けて自らの胸に手を当てる。ざわついていた心は、未だに落ち着きを取り戻す気配は無い。

 「きっと透さんなら大丈夫です。白上が保証します」

 そう言い切った彼女の声は、何故だろうか、確信に満ちていた。その理由すら、聞いても答えは返ってこないのだろう。

 現状を飲み込むことが一体どういった意味を持つのか、今の俺には分からない。

 そんな疑問に翻弄される俺を置いて、白上さんは「それで」と言葉を続ける。

 「もし透さんの心の整理がついてこの景色が綺麗だって心の底から思えるようになったら、その時は一緒にお月見でもしましょう」

 「月見…ですか」

 改めて夜空を見上げれば、キラキラと輝く星々は飽きることも無くその光を放ち続けている。確かにそれは綺麗と言えば綺麗だが、白上さんが言っているのはそういう事では無いのだろう。

 「はい、お月見です。お茶にお団子を持って、満月の夜にあの屋根の上で夜空を眺めるんです。お茶の淹れ方には一家言ありますので期待しててください」

 「…そうですね。その時が来たら、是非」

 まだ不明瞭な未来の話に思わず浮かんだ苦笑い。それと共に零したその答えを聞くと、白上さんは満足そうに微笑んで見せた。

 「それでは、白上はそろそろ戻ります。透さんも身体が冷えない内に戻ってくださいね」

 「分かりました」

 神社へと戻る白上さんの背を見送ると、残された俺は一人空を見上げながら先程の彼女の言葉について考える。

 (心の底から思える、か…)

 目の前に広がる壮大な自然は綺麗に思える。だが、それが心からの感想かと言えば首を傾げざるを得ない。前からそうだった、これが俺にとっての普通だった。

 これ以上の景色が、白上さんは有ると言うのだ。

 「本当に、そんな時が来るのか…?」

 ぽつりと零したその疑問は誰に届くことも無く、吹いた北風に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝日を迎えるよりも先に目を覚まし、部屋を出る。

 あれから部屋に戻ってからも思考が途切れることは無く、横になったままぐるぐると思考を巡らせていて、気が付けば意識を落としていた。

 それでも結局答えが出ることは無く。こうして日を跨いでもどうにも落ち着かない心地に変化は無かった。

 いや、落ち着かないというと少し語弊があるかもしれない。どちらかというとこれは困惑に近いのだろう。白上さんに出会って彼女達と接しているこの状況が、今まで感じなかった感情を生じさせている。

 (初めて出会うタイプの人達だからなのか…?)

 少なくとも、これまでの人生において彼女らの様な人は見たことが無い。まぁ、そもそもウツシヨでは獣耳を頭に生やしている人自体が見当たらない為、それは当然と言えば当然なのだが。

 「…っ、今は気にするだけ無駄か」

 頭を振ってまた考え出そうとする思考を追い払う。一晩考えて答えが出なかったのだ、気にし過ぎても仕方がない。

 今はそれよりもと、階段を下り、先日教えて貰った一階にあるキッチンへと足を向ける。

 「確か、自由に使って良いって言ってたよな」

 場所を教えて貰った際に、大神さんからここにある食材に関してはそう聞いていた。

 キッチンに入って腕まくりをしてから棚から適当に食材を取り出し包丁を持つ。唯一、俺の趣味と言って良いのが料理をする事だった。料理をしている間は、それに集中してそれ以外の事を考えなくて済むからだ。

 「…」

 とんとんとリズミカルな音を響かせながらただ無心のままに野菜を切り、出汁を取ったりと下ごしらえを進めていく。いつもより多い量の調理は、けれど考える事の多い現状においては丁度良かった。

 やがて外では山の向こう側から太陽が顔を出してきて、窓からはまぶしい朝日が差し込んできだした頃、キッチンの外からバタバタと慌ただしい足音が聞こえて来て、ばっと入り口の暖簾が勢いよく上がった。

 「寝坊しちゃった!早く朝ごはん作らないと…、ってあれ、透君?」

 勢いよく入って来たのは大神さんだった。余程慌ててきたのか髪に少しの寝癖を残した彼女はキッチンに入るなりこちらの姿を見つけるとぽかんと目を丸くしていた。

 「おはようございます、大神さん」

 「え?あ、うん、おはよう透君。…あれ、透君?何でここに?」

 寝起きでまだ頭が回っていないようで、頭上に?マークが浮かぶ勢いで混乱している大神さんはそう同じ質問を繰り返した。

 余程俺がここに居る事が想定外であったらしい。

 「すみません、世話になるのでせめて朝食だけでも作ろうかと。…迷惑でした?」

 「いやいや、それは凄く助かるんだけど…へー、透君料理できたんだ」

 「基本的に、自分で作ってたので」

 話しつつ味噌汁に切った豆腐を投入する。既に米も炊けており野菜炒めも完成していて、魚も今焼き上がった所だ。

 特に焦がしたりなど失敗は無く味はどれもいつも通り、普通に出来上がっている。

 次いで洗い物を済ませる俺の様子を、まだ驚きが抜けきらないのか大神さんは呆然と見つめていた。

 「美味しそう…」

 「…そうですか?口に合えば良いんですけど」

 ぽつりとした大神さんの呟きに返しつつ、出来上がった料理をそれぞれ皿や器に移す。

 「あ、じゃあウチはフブキを起こしてくるね。透君、空いてるフライパンとお玉借りるねー」

 「はい…え?」

 ささっと横を通り過ぎていく大神さんの言葉に、今度はこちらが呆然とする番だった。何故ただ人を起こすのにフライパンとお玉が必要になるのだ。

 しかしそう問いかける暇もなく、大神さんはキッチンから出て行ってしまった。

 「…まぁ、良いか」

 取り合えず気にしない事に決めてから少しして、がんがんがんとけたたましい金属音とそれに付随する甲高い悲鳴が神社に響き渡った。

 成程、ここまで破壊力が高いものなのかと謎に納得しながら、盆に皿を乗せて居間へと運ぶ準備を整える。やがて白上さんを起こし終えフライパンとお玉を戻しに来た大神さんと共に盆を持ち居間へと料理を運べば、居間では白上さんが既に席について眠たそう眼を擦っていた。

 「うぅ、もう少し平穏な起こし方があっても良いと思うんですけど…。あ、透さん聞いてくださいよー!」

 「はいはい、フブキー。恨み言は後で聞くから。今日は透君が朝ごはんを作ってくれたんだよ?」

 その瞳に涙をためたまま声を上げる白上さんだったが、大神さんがそう言えばきょとんと溶けていた顔が元に戻る。

 「そうなんですか?」

 「あー、はい、一応。不味い事は無いと思うんですけど」

 白上さんの問いかけに曖昧な答えで返す。

 自分で食べる分には良くても他人もそうだとは限らない。過ぎたことをしたかと若干の後悔が浮かぶが、完全に後の祭りな為そのまま配膳して大神と共に席に着く。

 が、やはり心配なものは心配で緊張が走るも、それを見た大神さんがくすりと笑う。

 「ねぇ透君、多分心配はいらないよ?」

 「へ?」

 しかし聞き返す前に待ちきれないとばかりに白上さんは手を合わせていて、俺は疑問を飲み込んで、俺達は揃って手を合わせる。

 そして、『いただきます』と声を合わせて言えば、白上さんと大神さんはそれぞれ箸を手に取って料理を口に運ぶ。

 「透さん、これ美味しいですよ!」

 「あ…」

 途端に、白上さんは目を輝かせて声を上げる。さらにそこで彼女の手は止まらず、見るからに美味そうに次々に箸を進めていく。

 そんな彼女を前に、俺はぽかんと口を開けて驚いていた。

 「ね?心配いらなかったでしょ?あんなに美味しそうに食べられたら、作った側も嬉しくなっちゃうよね」

 そう話す大神さんもまた一口食べると「ん、美味しい」と笑顔で声を漏らした。

 大袈裟に言っているだけだ、そう自分に言い聞かせつつ料理を口に運ぶ。  

 (…美味い)

 先ほど、味見した時はいつも通りだった。平凡でありふれた味だった。

 なのに今はどうだ。本当に自分が作った料理なのかと疑ってしまう程に、温かな味が口いっぱいに広がっている。

 (あぁ、まただ)

 昨日もそうだった。ミゾレ食堂で二人と共に食事をして、その時に食べた料理が何よりも温かくて優しくて、こみ上げてきた感情に翻弄されてしまった。

 今確信した。料理ではなく、この二人のせいだ。彼女らと共に食事をするだけで、共に居るだけで、俺はこうも容易く感情を制御できなくなってしまう。

 (…何なんだよ、これは)

 そんな疑問を抱えたまま、その疑念を振り払うように俺は次々に箸を進めた。

 

 

 

 

 

 

 皿洗いなどを終えた後、大神さんに話があると言われた俺達は再び居間へと集まっていた。

 「それで今日の予定なんだけど、透君にこの付近で一番大きな街であるキョウノミヤコを案内しようと思います。」

 大神さんが言うとそれに続いて白上さんが拍手を送った。しかし、対して俺は彼女の提案に待ったをかける。

 「あの、調査は良いんですか?俺の事はあんまり気にしなくても、そっちの方が重要な筈な筈では…」

 彼女らに他にやる事があるにも関わらず、こうして時間を取る訳にもいかない。そう進言すると、大神さんと白上さんはぺたりとその耳を垂れさせる。

 「うん、まぁ、一応その通りではあるんだけど…。今は何も手がかりが無いからぶっちゃけやることが無いんだよね…」

 「はい、なら透さんに案内するついでに何か目ぼしい情報が聞けないかと画策している所存でして…」

 「あー…なんか、すみません。」

 揃ってがっくしと肩を降ろす彼女らの姿に思わず謝罪を口にする。

 そう言えば昨日もそんな事を言っていた。確か俺の情報を最後に手がかりは消えてしまったのだったか。意図せず痛い所を突いてしまったようだ。

 「とにかく、そんな訳でキョウノミヤコに行くんだけど…透君にはちょっと遠いと思うから、今日はちゃんと移動手段を用意しました」

 「「移動手段?」」

 空気を切り替える様に柏手を打った大神さんの言葉に、白上さんと口を揃えて疑問を零す。どうやら白上さんにも知らされていない様だった。

 移動手段とは何かと聞くも、大神さんには後でのお楽しみと言われて、俺達は準備を整えてから改めて集まり神社の外へと向かう。

 しかし、外に出てもそれらしきものの姿は無い。山を下ってからだろうかと考えるも、それに反して大神さんは神社の境内で立ち止まっている。

 「ミオ?移動手段て、何を用意したんですか?」

 「ん、ちょっと待っててね。今呼ぶから」

 白上さんも疑問に思ったようでそう問いかければ、大神さんはそう答えながら上空を見上げて手を上げる。

 それに釣られる形で俺と白上さんも青い空を見上げると、何やら上空からこちらへ向かって落下してくる黒い影を見つけた。

 ぐんぐんと大きさを増していくそれは、やがてふわりと風を起こしながら俺達の目の前へと着陸した。

 「これは…」

 風が止み、目を開けて視界に映ったのは荷台を引く、炎を纏った馬か龍の様な見たことも無い謎の生物であった。

 「この子は麒麟って言う生物で、知り合いが使役してる子なんだけど、昨日の内に借りれないか連絡を取ってたの」

 「あの、白上も初耳なんですけど。ミオ、麒麟を持ってる知り合いがいたんですか?」

 「うん、フブキと透君にも今度紹介するね」

 白上さんにそう返しつつ、大神さんは手慣れた様子で麒麟の引く荷台へと乗り込んでいく。驚きも冷めやらぬ中、それに続いて荷台へと乗り込めば、麒麟は確認を取るように鳴き声を上げた。

 「それじゃあ、キョウノミヤコまでお願い!」

 そんな大神さんの声に反応して麒麟はぶるりと体を震わせると、内臓の浮くような浮遊感と共に空へと飛び上がる。備え付けの窓から外を覗けば、ぐんぐんと下に地面が離れて行っていて高度は増していく。

 こうして俺達はキョウノミヤコへと向かいシラカミ神社を出発した。 

 

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