「へぇ、じゃあ透くんは昨日カクリヨに来たばっかりなんだ」
身の上を軽く説明すると、隣を歩く鬼の少女、百鬼さんはこちらへ視線を送りながら納得したように声を上げる。
あれから暫く揃って空を眺めていた俺と百鬼さんだったが、しかしいつまでもこのまま座っている訳にもいかないと白上さんと大神さんを探して二人キョウノミヤコを巡り歩いていた。
「そうなりますね、だから服もまだウツシヨのモノしかなくて」
話している最中にも、すれ違った一人が物珍しそうに一瞬こちらへ振り返っている。やはり対となると言えども異なる世界だ。特に和装が主なこの場所においては、先の百鬼さんの反応にもある通り、この服は些か目立ちすぎる。
それもあってここへ来た目的は案内が主だが、その中には俺の服の調達も含まれていた。
「で、服を調達しにキョウノミヤコに来たら迷子になっちゃったんだ。…透くんっておっちょこちょいなんだね」
「否定しませんけど、百鬼さんにだけは言われたくないですね」
一応は同じ状態にある彼女の言葉に思わず顔を苦々しく歪めれば、百鬼さんはいかにも面白そうにからからと笑い声を上げる。その姿は正に天真爛漫という言葉が良く似合っていた。
「そう言う百鬼さんは手がかりを探しに来たって言ってましたけど、どうしてあそこに?」
返すように未だにくすくすと含み笑いを漏らす彼女へと問いかける。異変の手掛かりを探しているとは聞いたが、何でまた迷子などになってしまったのだろう。
するとそれを聞いた百鬼さんは笑いも程々に、物思いにふけるよう一瞬宙を見上げてから口を開く。
「余?余はね…、昔の知り合いにキョウノミヤコは一番人が集まるって聞いたから、何か知ってる人がいるんじゃないかなって色んな人に情報を聞いて回ってたの。それで、気が付いたら…」
「迷子になってたと。それ完全に俺よりおっちょこちょいじゃないですか?」
「うぅ、それを言われると何も言い返せない」
言葉の続きを良い淀んだ彼女に引き継いで言うと、自覚はあったようで、綺麗にカウンターが決まり百鬼さんは苦しそうに胸を抑えて見せる。
「でも、もう余達は運命共同体だよ。透くんの言う二人と合流できなかったら、余達キョウノミヤコからも出れないかも」
「それを冗談と言い切れないのが恐ろしい所ですね」
一見はただのジョークに聞こえるが、しかしそう断ずる事の出来ないのが現状であった。座っていたベンチから移動を始めて早一時間ほど、あれから暫く歩いているのだが元居た場所はおろか複数ある筈のキョウノミヤコの出入口にすらたどり着けずに、同じ場所をぐるぐると回ってしまっていた。
「…余って、意外と方向音痴だったのかな…」
「それはどうか知りませんけど、ただこの辺りが入り組んでるだけだと思いますよ」
呆然と呟く彼女に答えつつ、改めて周囲を見渡す。一応人通りはあり、普通の通りと言っても差し支えの無い場所なのだが、どうにもこの区域は迷路のように道が全て繋がってしまっているらしい。
しかも分岐や曲がり角なども多く、正直初めて訪れる人にとっては優しくはない区域だ。
「んー、ここでぐるぐるするのも良いけど…」
何度目かの元居たベンチとの遭遇後、小休憩にベンチに腰掛けると、そう言って百鬼さんは何やら考え込んでしまう。「いや、良くは無いだろう」と彼女の呟きに対してそんな言葉が口を突いて出かけるがぐっと飲み込み、今は少しでも体力を回復させようと俺は座ったまま体を弛緩させる。
「…思いついた!」
それから数刻も経たないうちに百鬼さんはばっと立ち上がるとそう声を上げた。
「何をです?」
「ふふん、それはね、余達がこの迷路から抜け出す方法だよ」
唐突の行動に思わず問いかければ、彼女は自慢げに鼻を鳴らして胸を張る。
とはいえ、方法としては明確に一つその辺りを歩く住人に道を聞けば脱することは可能ではある。これこそ最初に思いつきそうな解決策だが、これを実行しなかったのはまだ付近に白上さん達がいる可能性があった事も理由の一つだ。
てっきりそろそろ抜け出す為に実行するのかと思ったが、けれど、百鬼さんの言う方法とやらはどうやらこれではないようで。
「透くん、立ち上がってこっちに来てみて?」
言われて、不思議に思いながらも俺は立ち上がって百鬼さんへと一歩近づく。
「じゃあ、ちょっとごめんね」
「はい?」
急に謝られた。
意図を計りかねて思わず声が漏れるが、しかしそれ以上言葉を続ける間も無く百鬼さんの手が腕に触れたかと思うと奇妙な浮遊感を覚える。まるで…そう、先の麒麟に乗っていた時と同じような重力が無くなったと錯覚するような感覚。
そして次の瞬間には、俺は百鬼さんに抱えられていた。米俵を抱える様に、易々と片手で抱えられている。
「行くよー!」
「え…ちょっと、待て…」
聞こえてきた百鬼さんの言葉に思わず静止を掛ける最中、俺は一つ瞬きをした。別に意図的でも何でもない、ただの無意識による瞬きだ。
一度瞼を閉じて次に瞼を開けた時、俺は宙を舞っていた。
「…は?」
つい先ほどまでいた地面が下の方に遠く離れて見える。ごうごうと風切り音が耳を打つ。
あまりにも非現実的な事態に呆然と声が漏れた。
「あ、跳びすぎちゃった。透くん、抱え直すから動かないでね」
先と調子の変わらない声音の百鬼さんだが、俺に返事をする余裕は無かった。ただされるがままに百鬼さんが両手を使って俺を抱えるのと同時に上へと働いていた力が消失し、今度は重力に従った落下運動へと切り替わる。
これが指し示すのは決して上空にテレポートしたとかそう言う事ではなく、彼女がただ跳躍してこの高度までたどり着いたという事実である。
(あり得ないだろ…)
何が起こったのかは理解した、けれど納得が出来るかと問われればそれは否だ。一人の人間が独力で、しかもさらにもう一人を抱えてここまで跳べるなど常識外れにも程がある。
「これならキョウノミヤコの何処にでも一直線で行けるでしょ?」
「そう言う問題じゃ…」
得意げな笑みを浮かべる百鬼さんに言い返そうと口を開くも、しかしすぐに屋根に着地した衝撃に口を噤むこととなった。
尚、別に安全装置が付いている訳でも無いため受ける衝撃はかなりのモノで、内臓の浮くような浮遊感も相まって早くも地面が恋しくなってきていた。
「透くんの言ってた二人ってどんな人なの?見た目の特徴とか」
「いや…特徴は白と黒の獣耳だけど…それより一旦降ろしてく…」
「白と黒ね、分かった!」
投げかけられた問いに答えつつ一度降ろしてもらうように言うが、先に返答してしまったのが運の尽きだった。
元気よく復唱した百鬼さんの声は後半の俺の言葉をかき消し、再びふわりとした浮遊感と共に百鬼さんは隣の屋根へと跳躍する。そしてとんと通りを横断した先の屋根へと着地すると、今度は止まることは無くまた次の屋根へと軽々と走るように片足で跳躍する。
屋根伝いでの移動。確かにこれなら文字通り何処へなりとも飛んでいけるだろう。
だが、この移動方法には一つ問題があった。百鬼さんは自分の力でこれを為している以上この衝撃に耐性はあるのだろうが、俺は違う。先ほどから頭はぐらぐら揺れているし、着地のたびに肺を圧迫されている。
一言で言ってしまえば、気分は最悪であった。
「うーん、いないなー」
そんな俺の様子に、けれど下の方にある通りへ目を向けている百鬼さんが気づく様子も無く、この地獄の様な時間はそれからも暫くは続くこととなった。
「見つけた!透くん、あそこに居るのって…あれ?」
「…どれ…です…」
次々に視界に映る景色が後ろに流れて行く中、横合いから聞こえてきた声に辛うじてそれだけ返す。すると百鬼さんはようやく俺の様子に気が付いたようで、心なしか先ほどよりも丁寧に屋根から通りへと降り立ち、ゆっくりと俺を降ろした。
「地面だ…地面がある…」
永久に続くかと思われた地獄は終わりを告げた。
揺れる視界の中地に両手を付けて、どっしりとした安心感を与えてくれる地面を感じる。これほどまでに地面を愛おしく思ったことは無い。
「ごめん、余探すのに夢中になってて気づかなかった!透くん、大丈夫…?」
「大丈夫ですけど…ちょっと待ってください」
「あ、大丈夫じゃなさそう」
胃からこみ上げてきそうになるものを必死に抑える。すると不意に優しく背中が摩られ、横へと目を向ければ申し訳なさそうに眉を下げた百鬼さんの姿を見つけた。
「ごめんね…」
そうして、百鬼さんは俺が落ち着くまで背中を摩り続けた。多分、彼女も善人ではあるのだろう。ワザと揺らしたりしたわけでも無く、ただ純粋に状況を脱するためにこうしただけで。
(…まぁ、二度目は御免こうむりたいが)
とはいえ、それとこれとは話が別である。もし今回のような状況に陥ったとしても絶対に拒否もしくは回避しようと心に固く決めた。二度は無い、絶対に。
視界の揺れも収まったところで立ち上がれば、百鬼さんは露骨にほっとしたような表情を浮かべる。
「本当にごめんね、そういえば余人をああして運ぶの結構久しぶりだった」
「いえ、それは気にしないで下さい、もう気分も大分良くなったので。…それより、さっき見つけたって言ってませんでした?」
被害者が他にも居る事に驚愕し同情心を抱きつつ、ふと先ほどの彼女の言葉の一部を思い出して問いかければ、百鬼さんは「へ…?」と間の抜けた表情を浮かべた後、少し考えてようやく思い出したようで得心の行ったように声を上げた。
「あ、そうそう!透くんから聞いてた白と黒の獣耳のヒト、あっちの広場に居たのが見えたよ」
百鬼さんが指さす先には確かに中央に噴水のある広場が見える。
まだ本人たちとは決まった訳ではないが、特徴が一致する者も少ないだろうし、白上さんと大神さんと思っても良いだろう。
早速そちらへ向かって百鬼さんと共に歩き出すと、ふと人混みの中にこちらへ振られる手を見つける。
「透さーん!」
そして聞こえてくる聞き覚えのある声に目を向ければ、そこにはこちらに向かってくる二人の姿があった。
「あの人たち?」
「えぇ、あの二人で合ってますけど…どうしてここが?」
屋根伝いに移動する姿を見られていたのだろうかと疑問に思いながらも、確認してくる百鬼さんに答えてから足早に二人の方へ向かう。
「透さん、合流できてよかったです。…なんだか少し顔が青くありませんか?」
合流後、白上さんはこちらの顔を覗き込みながら聞いてくる。どうやら、先ほどのダメージがまだ残っていたらしい。
「あー、まぁ色々とありまして」
「透君…」
白上さんへと答えていると、不意に大神さんに名を呼びかけられる。視線を移せば彼女はそのまま無言のまますっと山盛りの生クリームが盛られたカップをこちらへ差し出してきた。
その瞳は何処か歴戦の猛者の様な凄みを感じさせる。
「ありがとうございます」
それを見て、何となく彼女の意図は理解できた。あちらも色々とあったのだろう。礼を言って受け取り一気にあおれば、残っていた気分の悪さも吹き飛んでいくようだった。
「…ところで、二人はどうしてここに?もしかして俺達の事見えましたか?」
「いえ、それも有りますけど大半はミオの占いです」
「占星術は使い物にならなくても、ウチは普通の占いも得意だからね」
得意げに胸を張る大神さん。そんな彼女を見ながら、先の百鬼さんの事も含めつくづくこの世界は何でもありなのだなと思い知らされる。
もしくは、彼女らが特別なだけなのか。
「それで透さん、そちらの方はどなたですか?」
白上さんに聞かれて、紹介がまだだったことを思い出す。
「あぁ、こちらは…ん?」
紹介しようと口を開き横へ目を向けるも、しかし先ほどまでそこに居たはずの百鬼さんの姿は見えない。逆だったかともう一方へと目を向けるが、やはりそこにもいない。
「透君、後ろ後ろ」
何処へ行ったのかと辺りを見回していた所、大神さんの言葉にくるりと後ろへ振り返れば、丁度隠れるように俺の背後に立って二人を覗いている百鬼さんを見つけた。
「…百鬼さん、何してるんです?」
「その、ちょっと緊張して…。余初めての人と話すの苦手なの」
「一応俺も初対面だったんですけどね」
「あれは状況が状況だったし」
基準が良く分からないが、とにかく白上さんと大神さんを前に緊張しているらしい。とはいえ、それでは紹介にならない為そっと横へスライドして二人の前にその姿を晒させる。
「こちら、百鬼さんです。ここまで運んでいただきまして、白上さん達と同様に異変の調査をしてるとのことで」
「あの、百鬼あやめです」
改めて百鬼さんが挨拶をすれば、白上さんと大神さんは驚いたように揃って目を丸くする。
「えっと、あやめちゃんで良いですか?あやめちゃんもカクリヨの異変を調査してるんですか?」
「…うん、まだ何も分かってないけど」
確認するように問いかける白上さんに百鬼さんが一拍遅れて答えれば、それを聞いた白上さんはぱっと顔を明るくして百鬼さんの手を取った。
「でしたら、あやめちゃんも白上達と一緒に調査をしましょう!」
「え…良いの?」
白上さんの勢いに負けてたじたじとする百鬼さんがチラリと大神さんへと視線を向ける。
「うん、ウチも賛成だよ。透君も良いでしょ?」
「俺に聞かれましても…、はい、賛成です」
まさかこちらにまで確認が回って来るとは思わず、どう答えたものかと考えるが、最終的には流れに乗っかることにする。
それらを聞いた白上さんは満足そうにして手を合わせる。
「じゃあ決定ですね!あっと、そうでした。私は白上フブキです。よろしくお願いします、あやめちゃん」
「ウチは大神ミオだよ。よろしくね、あやめ」
「うん、よろしく!」
改めて自己紹介をする二人に百鬼さんは花の様な笑みを浮かべる。こうしてシラカミ神社の一員に百鬼さんがさんが加わる事となった。
「…あんた達、見るたびに知らない顔が増えてないかい?」
シラカミ神社のある山の麓のミゾレ食堂の中、テーブルに座る俺達四人の姿を見て呆れたようにミゾレさんが口にした。
あの後、予定通りキョウノミヤコを回りカクリヨの服も調達した俺達はシラカミ神社へと帰る道中夕食の為にこのミゾレ食堂へと立ち寄っていた。
「確かに、昨日は透君で今日はあやめ。シラカミ神社も賑やかになるからウチは結構楽しみだったり…まぁ、一番楽しそうなのはフブキだけど」
「それは違いないね」
言ながらくすくすと笑う二人の送る視線の先では、百鬼さんと共に話している白上さんが満面の笑みを浮かべている。
その様は何処からどう見ても幸せに満ちていて、彼女の様なタイプの人を見るのは之が初めてだった。
「透君、もしかして今フブキの事考えてる?」
「っ!?」
唐突に図星を突かれてどきりと心臓が跳ねる。
「…そんな分かり易かったですかね」
平静を装いつつ問い返せば、大神さんは頷きながら口を開いた。
「それはもう、じっとフブキの事を見てたからね」
片目を閉じて揶揄うように言ってくる彼女に気恥ずかしさを覚える。どうもこのカクリヨに来てから調子が狂ってばかりだ。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、大神さんは「ちょっと意地悪だったかな」と詫びつつ白上さんへと視線を向けて続ける。
「フブキって凄いでしょ。透君も覚えがあると思うけど、人付き合いが上手いって言うか、誰とでも仲良くなれる感じ。街の中でもよく住人の人達と話をしてて、老若男女問わず、フブキの事を好意的に思ってる人も多いんだよ」
「…そうですね、確かに俺も初対面の時から白上さんの事は良い人だとは思いましたよ」
答えつつふと先日の事を思い出す。草むらで倒れている所に、声を掛けて住居など面倒を見てくれて。これを善人と呼ばないなら、この世は悪人しか居なくなってしまう。
「フブキのああいう所、ウチは好きなんだ…。透君はどう思う?」
「俺は…」
出会ってまだ二日、けれど白上さんの印象はかなり強く自分の中に残っている。それ程までに彼女という人物から受けた衝撃は大きかった。けれど、だからだろうか。
「どう、思ってるんですかね」
上手く感情を言い表せない、そもそも自身の感情すら計りかねているのだからそれも当然だ。
そんな曖昧な答えを浮かべる中、やけに白上さんの姿が脳裏に強く映り込んでいた。