【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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True:Another 6

 太陽がその姿を山の奥深くに沈めている頃。窓の外には未だ夜の帳が下りていて、風も吹かなければ木々たちがざわめくこともない。

 そうして寝静まっている世界の中、神社で唯一明かりの灯るキッチンにて一人朝食の用意をする。

 元々朝は遅い方ではないが、流石に太陽よりも早く起き上がる習慣はついていない。にも関わらずこんな時間に起きてしまったのはもしかしなくとも環境の変化によるものだ。人生を鑑みても類を見ない異質な現状につい眠りが浅くなってしまっていたようだ。

 「透君」

 ふと後ろから掛けられた声にどきりと心臓を鳴らし振り返ると、いつの間に入ってきたのか大神さんが入口辺りに佇んでいた。

 「おはようございます、朝食でしたら今作り始めたところなんですけど…」

 「おはよ。うん、知ってる。だからウチも来たんだよ」

 そう言うと大神さんは手にしていた割烹着を身につけて、途中だった野菜の下ごしらえへと手をかける。

 「あの、大神さん?」

 彼女の意図を理解しかねて思わずといった形で問いかければ、大神さんは手を止めてこちらを向くとその顔に軽く笑みを浮かべた。

 「ウチも手伝うよ。昨日は寝坊しちゃったけど、透君一人に押し付けるのも悪いし」

 「いえ、俺はここに居候してる身ですのでこのくらいは…」

 「気にしないで、ウチが手伝いたいだけだから。…それに、この時間にやることがないとなんだか落ち着かなくって」

 にこやかに言う大神さんだったが、ちらりと浮かんだその笑みが一瞬曇ったように見えた。見間違いかと眼を 擦って見直すも、しかしその時には既に普段の彼女に戻っていた。

 「…そう言う事でしたら、一緒にお願いします」

 先の事は気のせいだと割り切ってから、特に断る理由も無いため了承し大神さんと共に朝食の準備をする事に決めれば、彼女は満足そうに頷いて見せた。

 「ありがと、ウチは野菜の下ごしらえを終わらせちゃうね。献立は決めてるの?」

 「えぇ、今日は…」 

 そうして大神さんと調理を進めていく。今まで料理に関しては彼女が担当していたようでその手際は相応に良く、献立だけ伝えればその後の手順に関しては特に話す必要も無しに互いに必要な過程を分担する。それだけでも調理はぐっと楽になっていた。

 (…こういうのは、初めてだな)

 誰かと一緒に料理をしたことは記憶にある限り初めての事だ。けれど決して悪いものでは無く、むしろ知らなかった味付け、焼き加減、茹で時間、使う具材と彼女と共有する情報全てが新鮮だった。

 「透君はいつから料理をしてるの?」 

 調理の合間のちょっとした雑談に大神さんが問いかけてくる。そうやり取りを交わす間にも互いの手は止まらずに動き続けていた。

 「…詳しい時期は覚えてませんけど、子供の頃からしてました」

 「へー、結構長いんだね。だからなのかな、透君凄い慣れてるって感じがするし、実際作業に淀みが無い」

 「そうですか?」

 言われて改めて自らの手元へと視線を向ける。淀みがない、確かに長い事料理は続けているが自分ではどうもその辺りは判断がつかない。

 実感の伴わないままに問い返せば、それを肯定するように大神さんは頷いて見せる。

 「そうだよ。ウチもそれなりに料理はしてるからそのくらいは分かるつもり」

 「…なら、嬉しいですね」

 ぽつりと呟きながら目の前の作業へと意識を戻す。相変わらず実感は湧かないが、しかし彼女が言うのならそうなのかもしれないと、そう思えた。

 「透君、こっちは終わったよ。時間ありそうだし、もう少し凝ってみる?」

 「俺の方も、もうすぐです。良いと思います、じゃあこの辺りの余りで…」

 そうして俺と大神さんは寝静まった世界の中で二人調理を続ける。余った時間までも有効活用していれば、朝食が出来上がった頃には既に窓の外から朝日が差し込んできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「透さーん!」

 朝食後、キッチンで洗い物を済ませて居間へと続く廊下を歩いていると、向かい側からそんな元気な声と共に白上さんがテンションも高めにぶんぶんと手を振っていた。

 彼女はそのままこちらへ近づいてくると、その顔を喜色に染めてキラキラと目を輝かせる。

 「今日の朝ごはん、凄く美味しかったです!やっぱり透さんって料理が上手なんですね」

 開口一番の朝食の感想に思わず瞠目する。先日もそうだったが、彼女は良く料理に対して感想を言ってくれている。そういう人柄なのかとぼんやりと考える。

 「まぁ、今日は大神さんと一緒に作ったので」

 「いえいえ、昨日も美味しかったですし、確かにミオも料理は上手ですが、透さんも同じくらい上手ですよ」

 「…ありがとうございます」

 邪気の無い彼女の言葉に戸惑い混じりに答える。ここまで真っ直ぐに褒められると如何にも落ち着かない心地になる。

 素直に受け取ると白上さんは満足そうに頷いていた。

 「それにしても、本当に凄いですよ。今まで透さんは誰かの為に料理を作ったりしてたんですか?」

 白上さんの問いに、ふと一瞬考えを巡らせてから口を開く。

 「あー…いえ、結局は自分の為でしたね」

 「そうですか、…けど本当に凄いと思います。白上はそこまで料理が出来ると言う訳でも無いので」

 そう話す白上さんは何処か不甲斐なさそうに後頭部に手をやって笑みを浮かべる。

 「出来なくても別に良いんじゃないですか?極端ですけど、実際食べれれば問題ないですし」

 「えー、でもせっかく食べるなら美味しい方が絶対良いですよ」

 「まぁ、それは確かに」

 ごもっともな彼女の返しに納得させられて、白上さんは「ほらー!」と頬を膨らませて声を上げる。そんな事を話しながら白上さんと共に廊下を進み居間へと向かった。

 キッチンから今までさほど離れている訳でも無いため、すぐに居間の入り口が見えてくる。折角ならお茶でも淹れれば良かった等の話をしつつ居間へと入ろうとする俺と白上さんだったが、しかしふと見えた居間の中の光景にぴたりと共に動きを止めた。

 「ミオちゃーん」

 「よしよーし、あやめは良い子だねー」

 そして聞こえてくるのは大神さんと百鬼さんの声だ。間延びしたそれらは彼女らがリラックスしていることの表れだろう。

 居間の中、正確にはその横にある和室の畳の上で、百鬼さんは大神さんへと甘えるようにもたれ掛かっていて、大神さんもそんな彼女を受け入れる様に抱きしめて慈愛の笑みを浮かべて頭を撫でてやっている。

 撫でられる百鬼さんはまるで猫のように気持ちよさそうに目を細めていて、今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いだ。

 「ごろごろー」

 鳴らしていた、というか口で言っていた。

 「ぐぬぬー」

 そんな彼女らの様子を入り口から覗いているとふと横合いから悔し気な唸り声が聞こえてくる。目を向けて見れば、白上さんが明確に悔しさを顔に浮かべて二人の様子を見ていた。

 「白上さん?」

 大神さんを取られて悔しがっているのだろうか、そんな事を考えながら問いかけるが白上さんは目の前の光景に夢中で気づいていないようで問いに対する返事は返ってこなかった。

 「羨ましいぃ。白上もあやめちゃんをよしよししたい、あわよくば角を触ってみたいのに…!」

 「あ、そっちなんですね」

 どうやら大神さんではなく百鬼さんの方に意識は向けられていたようだ。納得からぽつりと零した言葉に、白上さんは何故か急に首を傾げた。

 「ん?…はっ!もしや透さんはミオに甘えたいんですか!?確かに、ミオは包容力がありますからね、その気持ちは分かります」

 「いや待て…待ってください。俺はどっちでもないですから、変な勘違いやめて貰えます?」

 閃いたように声を上げてから戦慄の表情でかなりえげつない誤解をしてくる白上さんに思わず敬語を忘れて待ったをかける。まさか過ぎる展開だ、割と不名誉極まりない。

 しかし、白上さんにはこの想いは通じていないようで。

 「いえいえ、分かりますとも。白上だって偶に思い切り甘えたくなることが有りますからね。あれはもう魔性と言っても差し支え無い程です」

 「だから違いますって!?」

 しきりに頷く白上さんに、そんな同意など求めていないと思わず声を荒げる。と、ここまで騒がしくすれば流石に中にも響いて行く。

 「二人共ー、そんなところで何してるの?」

 中から聞こえてくる大神さんの声に、再びぴたりと俺と白上さんの動きが止まる。しかし今回は相手にもバレている以上、ここで隠れている訳にもいかず入り口から居間へと入った。

 尚、俺と白上さんの姿を見ても二人は特に動揺もせずに大神さんは百鬼さんの頭を撫でているし、百鬼さんはごろごろと言いながら大神さんに甘えていた。 

 「もう、覗き見なんてせずに入ってくれば良いのに」

 「いや、何と言うか入り辛くて」

 呆れたように言ってくる大神さんだが、それは無理な相談というものだ。今でも驚きが抜けないのに、目の当たりにした当初にずかずかと入り込めるほど肝は座っていない。

 「…それで、お二人はどういった過程でその状態に?白上が席を立ってからそこまで時間は経ってないと思うんですけど」

 「「…」」

 白上さんが率直な疑問をぶつけると、二人は無言のまま目を見合わせてからこちらを向いて説明を始める。

 「フブキが居間を出てから、ウチはちょっとゆっくりしようと畳の上に移動したの。そしたらあやめも一緒に来て…」

 「余もだらだらしたくてミオちゃんの横に行ったんだよ。そしたら何だかミオちゃんに甘えなきゃって思って…」

 「ウチもあやめを甘やかさなきゃって思って…こうなりました」

 そう言って二人はばっと手を広げて自らの状況を指し示す。一応の経緯は聞けたが、しかし俺の心の中は疑問に満ち満ちていた。この二人は一体何を言っているのだろう。

 「…白上さん、理解できました?」

 「はい、何となく」

 「理解できたんですね…」

 どうやら同じものを見て聞いた筈の隣の少女は理解できたらしい。これはあれだろうか、カクリヨ特有の感性という奴なのだろうか、それとも俺がものを知らないだけなのか。因みに現在は10対0で前者であると俺は確信している。

 「一応聞きますけど…、大神さんと百鬼さんって昨日が初対面で合ってます?」

 「「うん、そうだよ」」

 そう答える二人の声は完全に一致していた。とてもそうは思えない息の合い様である。

 先日緊張すると話していた百鬼さんは何処に行ったのだろうか、順応が早すぎる。その彼女は現在大神さんにべったりだ。

 「あやめはウチの子にする」

 「余、ミオちゃんの子供になっちゃった」

 「母性が爆発して暴走してますね…」

 ぎゅっと百鬼さんを抱きしめて真顔で宣言する大神さんにさしもの白上さんも苦笑いを浮かべる。落ち着いた常識人といった印象を抱いていたのだが意外とそうでも無いようで、これからは認識を改めた方が良さそうだ。

 そんな中百鬼さんは満更でもなさそうにのほほんとした笑みを浮かべて大神さんの腕の中に納まっている。

 「ミオー、あやめちゃんはミオの子供じゃないですよー」

 「ううん、あやめはウチの子。ウチはあやめのママ」

 白上さんが呼びかけるも、真顔で言う大神さんの瞳には絶対に離さないという固い意志が秘められていた。

 「でも、ミオちゃん本当にお母さんみたい…。透くんはどう思う?」

 「…いや、俺にどうって聞かれましても…」

 間延びした声で問われ、思わず答えに迷う。そもそも良く分からないし、仮に分かった所でどう答えても角が立つ気がする。

 「もう、透さんも困ってるじゃないですか」

 「えー、じゃあフブキちゃんはどう思う?」

 「完全にママですね」

 静止を掛ける白上さんだったが、百鬼さんに問いかけの矛先を向けられればコンマの間すら無く即答した。やはり独特の感性かと、そっと心の中で戦慄する。

 「あやめはウチが責任をもって育てるからね、あ、みかん食べる?ウチが皮むいてあげるからね、白い筋も取って、ウチが食べさせて…」

 「ミオちゃんに駄目にされちゃうかも…、でも余幸せー」

 嬉々として甲斐甲斐しく百鬼さんの世話を焼く大神さん。そこには完全に二人の世界が出来上がっていた。

 目に見えるかと錯覚するほどの不可侵の領域に、身体が勝手に後ずさる

 「…ここはいったん引きましょう、透さん。今の白上達ではまだ太刀打ちできません」

 「同意です。太刀打ちしたくはないですけど」

 流石にこれをどうこうできる気はしない。それは白上さんも同じようで、俺と白上さんは小声で言い合うと、二人を残してそそくさと尻尾を巻いて居間から逃げ出すのであった。

 

 

 

 

 

 居間から廊下へと出た俺達は襖を閉めるや否や揃ってほっと一息ついていた。

 「いやー、まさかあんな事になるとは思いませんでしたよ」

 「昨日までは特にそんな素振りは見えなかったんですけどね…」 

 正直、たった三日でこうも人の認識が変化するとは思わなかった。普段は抑えている、と言うか姿を見せないだけなのだろうが、スイッチが入るとああなってしまうのか。

 「ちなみに、大神さんが白上さんに対してああなった事ってあるんですか?」

 「そうですね…、あ、でも白上が寝込んだ時にその片鱗はあった気がします。けど、あそこまでなったのを見たのは初めてです」

 先の大神さんを思い返してか、白上さんの顔には薄い笑みが浮かんでいる。つまるところ、大神さんと百鬼さんの相性が奇跡的に合致した結果、あのような事態になったという事なのだろう。 

 「ところでなんですけど、透さん、この後何か予定があったりますか?」

 「予定ですか。いえ、特には無いですけど」 

 脈絡もなく聞いてくる彼女にそう答えれば、白上さんはふむと考え込むそぶりを見せる。

 「では、少し白上に付き合ってください」

 

 

 

 

 

 そんな彼女に連れていかれたのは、つい先ほどまで洗い物をしていたキッチンであった。

 「…キッチンに来ましたけど、何をするんですか?」

 「あ、いえこれはどちらかというと準備に来ただけなので、本命は別にあります」

 未だに目的を聞かされておらず聞いてみれば、白上さんは何ともなしに答えながら上の方の棚を開けた。

 「あぁ、てっきりお腹が空いたのかと」

 「そんな人を腹ペコ狐みたいに言わないで下さいよ。これでもうら若き乙女なんですから」

 ぷくりと白上さんの頬が膨れる。その姿は何処からどう見ても世間一般で言う乙女にしか見えない。彼女の頭に揺れる獣耳と足の辺りで揺れる尻尾を除けば、の話なのだが。

 白上さんは話しつつも、開けた棚の方へ手を入れてその壁の辺りをぐっと押した。すると、音が鳴って板が外れて、中からいくつかの袋らしきものが姿を現した。

 「それは…」

 「ふふふ、これは白上秘蔵のお菓子です。…あ、ミオにはこの隠し場所のことは秘密なので、内密にお願いします」

 悪戯な笑みを浮かべて人差し指を口の前に立てる白上さん。けれど、俺が気になったのは他の点であった。

 「やっぱり、腹ペコ狐なんですね」

 「ちょっ、違いますって。お菓子は別腹と言いますか、別にお腹が空いたからじゃなくて、お供に必須だったんですよ」

 「お供?」

 泡食った様子で弁明する彼女に聞き返せば、白上さんは改まった様子でコホンと一つ咳ばらいを入れて、ようやくその目的を口にした。

 「透さん、白上と一緒にゲームでもしませんか?」

 

 

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