キョウノミヤコにて人が行方不明になるという噂が最近出て来ている。内容としてはたったそれだけで、具体的に消えた人やその関係者に関係する情報は無いらしい。
情報化社会でも何でもないこのカクリヨにおいて、例外を除き、そもそも人の足取りを追うことは難しい。故に現在のカクリヨの異変に関与しているのか、そこも重要ではあるのだが、仮に本当に人が行方不明になっていたのだとしたら一つの事件として見逃すことはできない。
これが、ミゾレさんより話を聞いた後に俺達が出した結論だ。
そして迎えた翌日。シラカミ神社の面々は揃って、キョウノミヤコヘ向かい麒麟の引く荷台で空を飛んでいた。
「…急だったのに、よくまた貸してもらえたな」
しみじみと言いながら窓から下に見える雲海を眺める。他三人ならともかく俺はただの一般人で、キョウノミヤコにたどり着くまでにそれなりに時間がかかる。
その為に以前もこの麒麟を大神の知人である神狐セツカから移動手段として借り受けたのだが、今回は文字通り昨日の今日だったにも拘らず、今朝には麒麟がシラカミ神社の前に停まっていた。
「代わりにこの件が解決したらイヅモ神社にみんなで遊びに来いっていう交換条件だったけどね」
答えた大神は何処かその顔に苦笑いを浮かべている。
イヅモ神社とは神狐が住居としている神社らしい。昨夜、彼女から返って来た返事の中に、その旨が書かれていたとの事だ。
こちらとしては見知らぬ土地がむしろ楽しみですらあるのだが、しかし大神としてはそうでも無いようで、少し複雑そうにしている。
「でもいい機会じゃないですか。白上もセツカさんとは会ったことが無いので、一度会ってみたいです」
「余もミオちゃんの故郷に興味ある!」
「うーん…そろそろせっちゃんに会いに行こうとは思ってたから、確かにフブキの言う様にいい機会なのかも」
2人の説得もあり、大神も決心がついた様で、彼女は明るい表情を取り戻す。
「おー、旅行ですよ!ミオから聞いた話だとイヅモ神社には温泉もあるみたいですし、今から楽しみですね!」
「え、そうなの?やったー、温泉楽しみー!お猿さんとかもいるのかな?」
「カピバラがいるかもしれません」
嬉々としてあれこれと想像を膨らませる白上と百鬼は、見ているこちらまで楽しい気分にさせてくる。とはいえ、これらはあくまで先の話であって。
「その前に、人が行方不明になってるこの噂の調査が先だよ。今は目の前の事に集中しないと」
「分かってますよー」
「あ…余も分かってたよ」
若干一名怪しかったが、取り合えず揃って全員気を引き締め直したところで、外からつんざくような麒麟の鳴き声が聞こえてくる。
どうやらキョウノミヤコに到着したみたいだ。
やがてふわりとした浮遊感に襲われ、俺達は地面へと向けて落下を開始した。
降り立った二度目のキョウノミヤコは、前回と同様に賑わっていて、人の波でごった返している。とはいえ、前回のように近くで結婚式が行われている訳も無いようで、スムーズにキョウノミヤコの道を進むことが出来た。
「今回は長丁場になりそうだし、まずは宿の部屋を確保しよっか」
「そうですね、何しろキョウノミヤコは凄まじく広いですから。聞き込みをするだけでも一苦労ですよ」
キョウノミヤコの地形に詳しい白上と大神の提案でひとまずの目的地を決定する。ここは彼女らのいわばホームグラウンドだ、あまり訪れたことも無い俺や百鬼は流れのままそれに従う。
そうして荷物を片手に歩くこと十数分ほど、主が顔なじみという宿に到着した。各自が部屋に荷物を置いてから、俺達は一旦共有のスペースにあるテーブル席に再集合する。
全員が集まったことを確認した大神は、一つ頷いてから、その口を開いた。
「それじゃあ、これからの方針について説明するね。目的は人が行方不明になった噂の調査なんだけど、現状は殆ど情報が無いから、手がかりを掴む、もしくは噂の実態の確認も兼ねて街の人に聞き込みをします。人数も丁度四人だし、東西南北で分担しようと思うけど…透君は大丈夫?」
「あぁ、流石にペースは三人に劣るだろうが、善処はする」
百鬼のようにぴょんぴょんと屋根を跳ねまわれれば楽なのだろうが、無いものねだりをしても仕方がない。幸い、人口密度の高いこの街だ、移動はまだしも聞き込みの数はそこまで差がつかない筈だ。
首肯しながら答えれば、大神も話を先に進める。
「方針は決まりだね。後はここに集合するのは日没で、それまでに帰って来てここで情報の共有をする流れね、あやめは迷子にならないように」
「ミオちゃん、余、そこまで方向音痴じゃない。2回目だからもう大丈夫だよ」
さらりと注意を受けた百鬼は、さも不服そうに抗議している。そんな彼女を見て、ふと前回のキョウノミヤコでの事を思いだした。
「そう言えば、百鬼は初めて会った時迷子だったな」
「む、透くんも迷子だったの、余は忘れてないからね」
「あれは人に流されたからで、別に俺のせいじゃないって」
百鬼もちゃんと覚えていたらしく、俺達は互いに言葉で刺し合う結果となった。しかし、これも傍から見ればどんぐりの背比べな訳で。
「二人共迷子にならないように」
「「はい」」
纏めて大神から注意を受けて、俺と百鬼は素直に返事を返すのであった。
「透さん、少し待ってください!」
調査を始めようと各々が宿を離れて行き、俺も担当の区域へと向かおうとした所で、ふと一人残っていた白上に呼び止められる。
思わず足を止めると、彼女は小走りでこちらへと駆け寄ってくるとその手に持っていたものをこちらに差し出した。
「これは?」
反射的に受け取ったのは、質素な色合いのお守り。白上の意図するところが分からずに、俺は彼女へとそう問いかけた。
「ちょっとした願掛けと言いますか、調査が滞りなく進む様にのお守りです。良ければ透さんが持っておいて下さい」
「願掛け…、白上がそういう事をするのは少し意外だな」
こういった領分は、むしろ大神のイメージが強かったために、白上から願掛けの言葉が出て来て些か驚いた。それを伝えてみれば、白上は失礼なとぷくりと頬を膨らませた。
「白上だってそのくらいしますよ、これでも一応神主なんですから」
「それもそうだった」
軽く謝罪して、改めて手の中にあるお守りへと目を落とす。質素ながらも、丁寧な造りだ。今まで目にしたお守りの中でも最も神々しさを覚えた。
「けど、俺が持ってて本当に良いのか?」
見た所、お守りはこれ一つの様だ。どうせなら白上が持ったままでも良いのではと思わなくも無い。
「はい、透さんに持っていて貰いたいんです」
そんな確認に、けれど白上はしかと頷いて見せた。白上がそこまで言うのなら、無理に拒否する理由も無い。
「…分かった、なら、受け取っとく。ありがとうな、白上」
「あ、調査が終わったら返してくださいね?」
「ってレンタルなのかよ…、了解だ」
やはり今一つ彼女の意図が理解できないと頭の片隅で考えながらお守りを懐に仕舞い、俺達はそれぞれ調査へとキョウノミヤコの街並みへと繰り出した。
噂について、ミゾレさんは食堂に偶々訪れていた客から聞いたと言う。その客も詳細までは知っていないらしく、あくまで小耳に挟んだ程度の話だったらしい。故に、ある程度覚悟していた話であったのだが、やはりそこまでミヤコに広まっている訳では無いようだ。
通りすがりの住人や露店の店主に話を聞いてみるも、知っているという人でもその噂のみで、これといった情報を聞くことが出来ないでいた。
「…なる程、これは長丁場になるわけだ」
調査を始めてから小一時間程、あまりの手ごたえの無さに、先に宿を取る判断をした大神の英断ぶりを痛感する。
規格外に広いキョウノミヤコは、一つの噂の出所を探すだけでも一苦労となる。
しかし幾ら先が見えないとはいえ、泣き言を言っている場合でも無い。気合を入れ直して調査を再開した。
そうして、それからも聞き込みを続けている最中、ふと俺は違和感を覚えた。
別段調査に関係は無いことなのだが、誰かから見られている様な、視線を感じるようになったのだ。最初こそ気のせいかとも思ったのだが、明らかに誰かが後をつけてきていると気が付くのにそう時間は掛からなかった。
(…誰だ?)
一瞬百鬼辺りが悪戯でも仕掛けに来たのかと考えたが、こんな時にまで悪戯をするような奴ではない事は、これまでの生活で分かっているつもりだ。
このキョウノミヤコに知人などいない、となると相手は必然的に見知らぬ人間となる。しかしこのカクリヨで恨みをかった覚えなど無いし、逆もまた然りだ。ならば動機になりえるものと言えば。
(噂の聞き込みをしてるからか)
どうであれ、このままでは埒が明かない。本来であれば白上達に一度相談に行きたいところだが、一向に離れようとする気配も無ければ、この相手を巻く自信も無かった。
(…仕方ない)
そこまで考えて意を決し、俺は脇の道へと進路を変更する。すると予想通り、尾行相手も同様にこちらと同じ道に入った。
進んで行けば、やがて突き当りに丁度良い曲がり角が見えてくる。角を曲がって少し進んだ所で立ち止まり、暫くその場で待てば、尾行していた相手がその姿を現した。
「おっと!?」
「あの、俺に何か用ですか」
まさか待ち構えているとは思わなかったのか、目と目を突き合わせる形となり、相手は声を上げて驚いて見せた。
目の前には一人の青年と言える見た目の男が一人、腰に刀を下げて目を丸くしている。
これで相手の姿は割れたわけだが、ここから状況がどちらに転ぶかと身構えていると、男は慌てた様子で両手を振る。
「待った待った、俺は別に怪しいもんじゃねぇ!」
「いや、怪しいだろ」
人を尾行しておいて怪しくないもくそも無い。一応初対面にも拘らず、思わず敬語を忘れてツッコミを入れれば、彼も流石にそう思うのか「そりゃそうだ」とぼそりと呟いた。
「…それで、俺に何の用で?」
再度、問いかける。こうして接している分には危害を加えてくる訳でも無さそうだが、未だに目的は知れない。
「あー…あんた、ウツシヨの人間だろ。だから気になってつい後を追っちまったんだ」
「はぁ、そうですけど。…見た目で分かるものなんですかね」
「見た目じゃねぇ、あんた前にキョウノミヤコに来てただろ。その時ウツシヨから来たって話してたのを小耳に挟んだんだ。他に誰か一緒に居たみたいだから声は掛けなかったんだが、ついさっき一人でいるところを見かけてってな流れだ」
警戒心をあらわにしつつ聞き返せば、男からはそんな答えが返って来る。
以前というともしや百鬼と出会った時の事だろうか。確かに百鬼に対して説明はしたが、彼はその会話を聞いたと言う。
「…その顔は絶対に信じてねぇな」
「あぁ、信じてない」
感情が顔に出ていたらしい。寧ろ、これを信じろと言う方が無理な相談だ。見知らぬ人間がこちらの素性を掴んで近づいてきた、それだけで既に警戒するべき対象になる。
「俺はあくまであんたと仲良くしたいだけだ、折角出会った同郷のよしみでな」
「…同郷って事は、同じくウツシヨから?」
「じゃなけりゃ、すれ違った男をわざわざ追いかけたりしねぇよ」
肩をすくめて男は茶化すように言うが、その事実に俺は軽く衝撃を受けていた。
ウツシヨから迷い込んだ者が自分以外にもいるかもしれないとは考えていたが、まさかこうして相まみえるとは思ってもみなかった。
「少しは信用して貰えたかい?それで、あんた…っていつまでもこの呼び方じゃ不便だな、ついでに自己紹介も済ませるか」
考え直すように視線を宙に彷徨わせると、男はこちらへとそっと手を差し出してくる。
「俺は茨明人、明人でいい。敬語もいらねぇよ」
「…藺月、透だ」
一瞬迷ってから差し出されたその手を取れば、男、明人は二ッと満足そうに笑みを浮かべた。
昼時という事で一旦調査を中断しつつ、明人と共に茶屋へと入り、団子を片手に互いの状況について会話を交えていた。
「それで、透はその噂について聞いて回ってたのか」
色々とぼかしながらの現状の説明を聞いた明人の反応がこれだった。一応親切な人の元で居候をしている程度の話だが、明人もそこまで深くは聞いてくる気は無いようだ。
「あぁ、と言っても何も情報は出て来てないけどな」
「だろうな。俺もキョウノミヤコに来て長いが、この街程情報収集に向いてて、向いてない街はねぇ。出てくる情報は出てくるんだけどな、出てこねぇ情報は本当に出てこねぇよ」
明人自身覚えがあるのか苦々しく顔を歪めている。
話しの最中、ウツシヨ特有の話題にもついて来れたことから、彼がウツシヨ出身というのも確かなようだ。
「…それで、明人の方はいつからカクリヨに?」
「二年前だ。お陰様で、カクリヨについては嫌でも詳しくなったさ」
二年。随分とカクリヨに馴染んで見えたが、それだけの期間を過ごせばそれも当然だろう。
ここで、明人は一息つくようにぐいと茶を呷って、改まった様子で口を開いた。
「透、お前はこのカクリヨに来てから、違和感は覚えたか?」
「ん?あぁ、イワレだったり見た事も無い生き物がいたり、驚いてばかりだった」
まだ明人に比べれば日は浅いが、それなりにカクリヨ特有のモノを数多く目にしてきた。しかし、それは明人の求めていた答えでは無かったようで、「ご尤もだが、それ以上に」と明人は続ける。
「住人の人柄だ。ウツシヨの人間とは確実に違ってんだよ。ウツシヨ風に言うならお人好し、警戒心が極端に低く見えるんだ。文化が違うだけで、ここまで変わるとは思わなかった」
「そんなもんか?別に、人が良い程度の話だろ」
「まあな。けどそれが全員となると、流石違う世界なんだなって思うだろ」
言われてみれば、そう考えられなくも無い。
このカクリヨに来てから、出会う人々は誰も彼も親切に接してくれているし、白上達だって見ず知らずの俺を神社に置いてくれている。
「…で、結局何が言いたいんだ?」
彼の話は理解できた。ウツシヨとカクリヨの人間で人柄に差があり、ウツシヨとカクリヨが別世界である事を知ら占められる。確かに俺も驚いたが、だからどうしたで流せる程度の話で、そこに明人の真意がない事は容易く見通せる。
そんな俺の問いかけに、明人は一呼吸おいて、鋭い視線をこちらへ向けた。
「…透。お前は、ウツシヨに帰りたいと思ってるか?」
どくりと心臓が大きく鳴る。
「ウツシヨに…」
「あぁ、元居た世界に帰りたいか?」
再度、明人は繰り返す。問いかけているようで、まるで誘っているかのような明人の言葉は、今まで目を向けようとしてこなかった問題を、無理やり直視させてくる。
カクリヨの異変に巻き込まれて、この世界に迷い込んだ。詰まるところ、俺は元々この世界に居なかった人間で、元の世界に戻れるようになった場合、帰るべきか否か選択は必須となって来る。
今は方法が無いからと先延ばしにしてきたが、いずれは考えなければならない問題だった。
「…少なくとも、ウツシヨに帰ろうとは思っていない」
「なら、カクリヨに居たいって事か?」
「何か違うか、それ?」
どちらにせよカクリヨに滞在するのだから、同じことだ。そう考えて問い返したが、しかし明人は首を横に振ってそれを否定した。
「全然違う。帰りたくないのと、そこに居たいは同じじゃねぇ。透、お前は実際どっちなんだ?」
「俺は…」
言葉を返そうにも、答えに迷い喉の奥でつっかえてしまう。どちらも何も、俺にはその二つの違いが理解できなかったからだ。自身がどう思っているのか、どう感じているのか、それを判断する手段を、俺はまだ持ち合わせていなかった。
「…ま、答えられねぇなら、それで良いさ。焦って答えを出したって、良いことは一つもねぇからな」
「…そう言う明人は、どっちなんだ?」
何も俺一人の問題という訳でも無い。同じ境遇である明人もまた、その問題には突き当たっている筈だ。
それを聞いた明人は、少し考え込む様に宙を見上げ、少し間をおいてからこちらへと向き直った。
「俺の答えを聞いたら、透の答えに影響するかもしれねぇだろ?だから、お前が答えを出したら、俺も答えてやるよ」
話終えると、明人は立ち上がり何やら手のひら大の紙片を置いて、場を後にした。残された俺は一人、思考の海に晒される。
茶から立ち上っていた湯気は、いつの間にやら発生を止めていた。