閲覧注意回です
この世界に迷い込んでから、ずっと気がかりだったことがある。
夕暮れ時のキョウノミヤコの通りでは帰り道を急ぐ者が数人程すれ違うばかりで、昼間の喧騒が嘘であったかのようにシンと静まり返っていた。
「人が居なくなるだけで、変わるもんだな…」
場所の都合も勿論あるだろうが、あれほど居た住人の姿が見えないやたらと広く感じるこの街に、まるで知らない街に迷い込んでしまったかの様な感覚を覚えた。
ぼんやりと辺りを眺めていると、ふと視界の横側に白い獣耳が映り込む。
「透さん、何か考え事ですか?」
話しかけて来たのは先ほどまで少し前を歩いていた白上だった。
「ん、あぁ、いつもと街の雰囲気が違うと思ってな。ほら、人がいなくて」
「そうですね…白上もここまで人が少ないキョウノミヤコは初めてです。この辺りが特別少ないだけなんでしょうか」
きょろきょろと同様に辺りを眺める白上は不思議そうに首を傾げている。この街に詳しいであろう彼女が言うのだから、かなり珍しい事ではあるのだろう。
「ねぇミオちゃん、余またあのお菓子食べたい」
「うん良いよー、神社に帰ったら作ってあげるからね。…そうだ、あやめも一緒に作ってみない?」
「あ、やってみたい!ミオちゃんとお菓子作り、楽しみー」
前方では大神と百鬼が会話に花を咲かせている。改めて見てもこの二人の様子は仲睦まじく、まるで本当の母娘のようにすら見えた。
残してきてしまった与えられた使命を、自分が決めた役割を果たさなくてはならない。
「透さんもすっかりカクリヨに馴染めたようで、安心しました」
「何だよ、脈絡もなく」
唐突に掛けられたそんな言葉に横へ目を向けて見れば、にこりと心の底から嬉しそうな笑みを白上は浮かべていた。
何故そんな表情をしているのか分からず困惑気味に聞き返すと、おもむろに白上の指がこちらに向けられる。
「今、凄く幸せそうな顔をしてましたよ?」
そして続けられた彼女の言葉を受けて反射的に手で口元を隠す。
「…どんな表情してたんだ?」
「あ、別に変な表情とかじゃなかったですよ?ただ、幸せだなーって、しみじみ感じ入っている様な優しい表情でした」
軽く話す白上とは裏腹に、カッと俺は自らの身体が熱くなるのを感じていた。
完全に無意識だった。まさか自分がそんな表情を浮かべるなど夢にも思わなかった。だが、言われてみれば腑に落ちる部分も確かにある。
彼女らと過ごす時間は、余すところなく、どれもこれもが楽しかった思い出として記憶に残っていた。
「…そうだな、俺は今確かに幸せなんだろうな」
何度も失敗を繰り返してきたが、決して諦めることは無かった。諦めてはならない理由があった。
ぽつりとしたその呟きを聞いた白上は同意するように頷きながら、けれど彼女はまだまだと言わんばかりに指を振る。
「今あるものだけが全てじゃありませんよ。まだ透さんが知らないだけで、世の中には更に沢山の幸せが有るんです、白上が保証します」
「これ以上か…、流石に高望みじゃないか?」
これまでの事を考えれば、俺にとっては現在が既に最高潮なのだ。これ以上を望むとなると、そろそろしっぺ返しが来るのではないかと恐怖すら覚えてしまう。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、白上は「良いじゃないですか、高望みで」と肯定するよう言葉を続ける。
「どうせ同じ時間を過ごすなら楽しくいかないと損ですよ。白上は毎日が楽しいですし、透さんとあやめちゃんと出会ってからまた幸せの形を見つけました。だから透さんも色んな幸せの形を探して見て下さい、白上もお手伝いしますので」
真っ直ぐとこちらに向けられたその瞳は吸い込まれるように綺麗で、柔らかく微笑んだ彼女は何処までも優しさに満ち溢れていた。
ここまで言われて更にそれを突っぱねる事など、俺には出来はしなかった。
「…白上には敵わないな」
言いながら感嘆交じりに息を吐く。
いや、白上だけではない。大神も百鬼も、彼女達には様々な事を教わった、多くのモノを貰った。抱えきれない程の幸せが今正にこの掌の内にあった。
けれど白上は想像もつかない幸せがまだあると言うのだ。これ以上のモノが溢れる程にあると、そう言うのだ。
普通であれば到底信じられないそれが、しかし彼女が言うのなら本当に有るのかもしれないと思えるのだから、本当に彼女には敵わない。
その為ならばどんな事だろうと為して見せよう。泥にまみれようと罵声を浴びようと、どのような汚名を被ろうとも必ず、あの場所へと帰るのだ。
「フブキちゃん、透くん、置いて行っちゃうよー!」
不意に響いてきた声に振り向いてみれば、いつの間に離れていたのか少し遠くに百鬼と大神の姿が見えた。どうやらつい話し込んでしまっていたようだ。
「はーい、今行きまーす!透さん、走りましょう!」
明るく二人に手を振って答えた白上に手を取られ、そんな彼女のつられて真っ赤な夕日に照らされた街道を走りだす。
若干振り回され気味ではあるが、それも悪い気はしない。こんな毎日がこれからもずっと続いたのならば、どれだけ良い事だろう。
らしくも無い思考に思わず笑みを浮かべる、そんな折にふと視界の端に黒い影が過ぎった。
はたりと足を止めてそちらへ視線を向けて見れば、夕日に被さる形でこちらに向かい黒いフードを被った何かが降りて来る。
「どうかされましたか?」
唐突に足を止めた俺に白上が首を傾げて疑問の声を上げるが、それに返答する余裕は無い。
誰も気が付いていない降りてくる人影、その手に持つ赤い夕日を反射した銀色の刃を目にした瞬間、ぞわりとした悪寒が背筋を走った。
「大神ッ!!!」
声を張り上げて伸ばした手の先、キョトンとこちらへ目を向けた彼女へと刃が振り下ろされた。その刃はまるで幻のように通り抜けただけで彼女を傷つけることは無かったが、次の瞬間、糸が切れた操り人形のようにその身体は地面へと崩れ落ちた。
「ミオ…ちゃん…?」
その大神の姿を見て、動揺から百鬼が呆然としたように呟く。彼女の動きが硬直したその隙に、フードを被ったそれは返す刃を逆袈裟に振り抜き、彼女も同様に音を立てて倒れ伏す。
たった一瞬の出来事だった。僅かそれだけの時間で、目の前の二人が地に伏して動かなくなった。
「透さん、逃げて下さい」
切羽詰まった白上の声が響き、それと同時に彼女は腰に下げた刀へと手を掛け、一気に引き抜いた。だが、逃げる、そんなこと出来るはずが無い。あそこに居る二人を置いていけるはずが無い。
フードを被った人物は、既にこちらへと標的を移して迫ってきている。
白上は応戦するように刀を構えた。彼女が刀に手を添わせ、何事か呟いた途端にその形状が鞭のように変化する。そして、それを振るおうと上げられた彼女の腕は、けれど途中で唐突に突っかかったように動きを止めた。ばっと白上が顔を上げた先、虚空から生えた手が彼女の腕を掴んでいる。
止まった彼女に肉薄したそれは躊躇なくその手に持った曲刀を振るい、それを受けた彼女の身体からは力が抜けて倒れ込み、彼女の手から落ちた刀が音を立てて転がった。
俺はただその様子を呆然と見ていることしか出来なかった。あまりに突然の事で、状況への理解が追いつかない。
(あの手…)
けれど、一つの気づきが止まった思考を再始動させる。白上の腕を掴んでいた手に見覚えがあった。白い紳士風なレザーの手袋、そして覗いていた赤いタキシードの袖口。
「…明人。三人に、何をした」
ぽつりとしたその問いかけを受けて、目の前の人物、茨明人はフードを取りその顔を晒して口を開く。
「何って見ての通り、刀で斬っただけだ」
見せるよう曲刀を少し上げて変わらぬ調子で答える彼に動揺の色は無く、ただ淡々と事実を語っていた。だがその答えに納得など出来るはずが無い。
「そんな訳が無い、なら、何で一滴も血が流れてないんだ!」
チラリと動かない三人に外傷は一切ない。あの勢いで斬られたのならば、せめて切り傷は出来るはずだ。だがそれにも関わらず、倒れた三人はピクリとも動かない。そんな目の前の現実が、混乱に拍車をかけていた。
もしかするとこれは現実を受け入れたくないが為の、せめてもの抵抗だったのかもしれない。外傷はない、だからすぐに起き上がる筈だ、今は一時的に意識を失っているだけだという希望的な観測。
けれどそれはすぐに否定される事となる。
「当たり前だろ、俺が斬ったのは魂と肉体を繋ぐパスみたいなもんだ。人が死んだら魂が天に昇るってのはよく聞くだろ?今回はその逆で先に魂を切り離した、だからそこに転がってるのは、もうお前の知ってる奴らじゃねぇよ」
「魂…?」
上手く理解が出来ず、言葉を繰り返す。魂を切り離すなど、概念上のモノに影響を与えられるわけが無い。
明人にもそれが伝わったのか、彼は刀の腹で肩を叩きながら頭をかく。
「あー…、まぁ良いか。今は気分が良いんだ、説明してやるよ。このカクリヨの人間は三種類に分けられるのは知ってるか?ヒト、アヤカシ、カミの順で存在が昇華していくんだ。で、この昇華が進むごとに魂と肉体ってのは離れて行く、強大な力に魂が耐えられるようにな。その時に出来るのが魂と肉体のパスで、この刀はそれを断つことが出来るカミ殺しだ。どうだ、理解できたろ?」
「…」
ゆっくりと視線を三人それぞれへと向ける。彼女達がもう動くことは無い、喋ることも、笑うことも、もう二度と無い。
それをようやく、俺は理解した。
「…何のために、こんなことを…」
「それは昨日話しただろ、帰るためだよ、ウツシヨに。元はと言えばお前に原因があるんだぞ?折角開けた穴から出てきやがって、お陰であの時俺は帰れなかったんだ。けど、まぁ良いさ、帰れるのなら俺の恨みなんざ気にするものでもねぇ」
やけに饒舌な明人とは対照的に、俺はただ押し黙っていた。
どす黒い感情がふつふつと胸の内に湧き上がり続けている。今にも爆発してしまいそうなそれは、全てを押し流してしまいそうな程に激しさを増していた。
「まぁ、だからお前も今回はそれで手打ちにしてくれよ。この世界でお前がまた新しい拠り所を見つけられることを、陰ながら祈ってやるから」
その言葉を皮切りに、ぶちりと頭の中で何かが切れた音がした。
「…ざけるな」
「ん…透、何か言ったか?」
明人が聞き返すと同時、俺は地面に落ちていた白上の刀を拾い上げ、憎悪の対象へと地を蹴った。
「ふざけるなっ…!!」
最早体を支配するのは、胸に渦巻いていた憎悪のみだった。ただ恨みを晴らさんがために、憎しみのままに刀を振るうが、明人も黙って斬られるはずもなく、おもむろに曲刀を掲げてそれを受け止めた。
すると刀がぶつかった途端、到底金属同士がぶつかったとは思えない重低音が辺りへと響き渡る。
「お前、イワレは無かっただろ…、隠してやがったのか?」
ギリギリと鍔迫り合いながら、明人は目を丸くしている。だが関係ない、今はただこいつを斬ることが出来ればそれで良かった。
打ち合うたびに火花が散る、何度も何度も刀をぶつけ合う。そうしている内に、やがて明人は何かに気づいたようにその目を見開いた。
「…なんだ、ケガレじゃねぇか。お前、相当こいつらに入れ込んでたんだな」
話し終えると同時に、明人は悲し気に眉を顰める。
その権利も理由も何もないお前が、どうしてそんな顔をする。次から次に沸き上がって来る憎しみは留まることを知らず、流れる血流に流氷が混じったかのような冷気が絶え間なく体を苛んでいた。
「だからどうした、お前だけは絶対に俺がころ…」
『殺されては困るんですよ、その方は』
背後からそんな声が聞こえてくると共に、唐突に羽交い絞めにされ動きを止められる。顔の横に見える腕は先ほど見た赤のタキシード。
「…別に出てくる必要は無かったんじゃねぇのか?」
「いえいえ、万が一があっては困るのはこちらですので」
声を聞いて確信した、今背後に居るのはクラウンだ。何とか抜け出そうと、目の前の首を掻き切ってやろうともがき続けるが、振りほどくことは叶わない。
そんな俺の下へと明人は曲刀を片手に近寄って来る。その顔には、確かな同情が浮かんでいた。
「悪いな、透」
その言葉と共に夕日を反射した刃が振り下ろされた。
どさりと、地面に倒れた透を明人は複雑な心境で見つめる。
ケガレに憑りつかれる程に大切なものを持っていた透に、明人とて何も感じ入るところが無いと言えば嘘になる。けれど、明人にとっての最優先事項に代わりは無い。
必ず生きて、ウツシヨへと帰る。これだけを考えてこの二年を過ごしてきた彼に、もう迷いなどは一寸たりとも無かった。
「…おや?明人、少しよろしいですか?」
「…あぁ、そう言えばお前もだったな」
ふと声を掛けたクラウンに対するその明人の返答に、クラウンは話がかみ合わない、そんな違和感を抱く。
何処かですれ違っている、話題をすり合わせようと言葉を続けるべく口を開きかけたクラウンに、明人はその手に持つ曲刀を振るった。
魂だけの存在であるシキガミには魂と肉体のパスは存在せず、代わりに身体そのものがカクリヨに存在するためのパスと言っても過言ではない。故に、その曲刀はシキガミにとって無類の切れ味を誇る。
クラウンにとって明人は同士だった、一つの目的を果たすための仲間であった。そんな彼からの唐突の裏切りに反応が出来るはずもなく、あえなくクラウンの首は胴体から離れていく。
(何故…)
離れて行く明人の姿を捉えるクラウンの顔にはそんな疑問が浮かんでいた。だが、それに明人が反応するよりも早く、クラウンというシキガミは消滅してしまった。
「お前ももう用済みだ、これ以上は邪魔にしかならねぇよ」
クラウンへの手向けにそれだけ残した明人はふと、自らの懐に手を入れて何かを探り出す。直ぐに引き抜かれたその手には、一枚の少しよれてしまった栞が握られていた。
「…もうすぐ、帰るからな」
その栞を見つめる明人の顔は何処までも優しく、穏やかであった。決して無くさぬようにと、再び懐へと戻して、明人はウツシヨで待つ者へと思いを馳せる。
とんと不意に軽い衝撃が明人の胸に走った。急に現実に引き戻された彼がふと視線を下ろしてみれば、自分の胸から生えた一本の刀がその視界には映っていた。
「あ…」
前方から明人の掠れた声が聞こえてくる。今も尚固く握る刀からは肉を切り裂くような抵抗のある気持ちの悪い感触が伝わってきていた。
つーっと、刀を伝って粘度の少し高い紅の液体が滴り落ちていく。
やってやった、そんな達成感は無い、俺はただただ必死だった。だが、まだ終わりじゃない、これでは急所を外している可能性がある。
もう一度刀を握り直し今度は横に、確実に心臓を破壊するように肉を斬る要領で、素早く刀を引き抜いた。それは皮膚を裂き、筋肉を裂き、血管を裂き、臓器を裂き斬る。
刀に付いてきた赤い鮮血が飛び散り、街道を彩った。
一拍遅れてからふらりと明人の身体が揺れて、そのまま倒れる。そこを中心に流れ出た血液が広がっていき、街道に紅のカーペットが敷かれた。
「帰る、から…」
「っ!」
終わった、そう思ったその瞬間に再び明人は動き始める。しかし、もう立ち上がる事すらできずに、彼はただ這って誰も居ない街道へと進んでいた。
「帰るからな…、絶対に、お前を、一人にさせねぇから…」
そこにまるで誰かが立っているかのように、前へ前へとその手を伸ばす。決して何も掴むことは無いその手はただ虚空を揺蕩うのみだった。
「花…」
ぽつりと、けれどハッキリとその名を口にしたのを最後に、伸ばされた手は力を失い、茨明人はそのまま息を引き取った。
それを確認して、俺は固く握りしめていた刀から手を放す。音を立てて倒れる刀にはびっしりと血がこびりついていて、それを持っていた手も同様に赤く染まっている。
「はっ…、はっ…」
超えてはならない一線を越えた、そんな確信があった。未だに手に残る感触は、胃の中身をぶちまけてしまいそうになる程に鮮明だ。
けれど仇は取った。この手で、彼女らの仇討ちが出来た。
「…だから、何だ…」
これで彼女らが戻って来るわけでは無い、また平和な日常が返ってくるわけでは無い。
逆腕に握っていた手を開いてみれば、そこには見るも無残に破け去ったお守りがある。調査が始まった日に、白上が持たせてくれたお守り。これのおかげで、俺は今こうして立っていられる。
「なんでなんだよ…」
憎しみが消えた今、襲い掛かって来る空虚感と喪失感に、顔を歪め崩れ落ちそうになる。
その時だった。
「う…」
聞こえるはずのない、声が聞こえた。
聞き零してしまいそうな程に、微かなうめき声。けれど確かに聞こえたそれに振り返った先には、苦しそうに目を開けている白上の姿があった。
「白上っ!!」
それは奇跡だとしか思えなかった。
思わず声を上げて駆け寄ると、彼女の視線はぼんやりとだがこちらへ向けられる。
「透…さん…」
彼女の口が俺の名を紡ぐ、それだけが今は何よりも嬉しかった。
「良かった…待ってろ、すぐに助けを…!!」
「いえ…、大丈夫です」
何としてでも助けなければならない、そう判断してすぐに応援を呼ぼうとするが、白上に袖を引かれて止められる。
「もう、助かりませんから」
にへらと、いつもの調子で笑う彼女の言葉に、浮かれた気持ちはどん底へと叩き落とされた。嘘だ、だって今はこうして会話が出来ているじゃないか、何処にも傷なんてないじゃないか。
「助からないって…なんで…」
「黒ちゃんが、最後に力を振り絞ってここに戻してくれたんです。本当、こういう所ですよね」
自らの胸に手を当てて、愛おしそうに白上は呟く。そして、そのまま白上は手を俺の胸元へと添えた。途端に、触れられた部分から熱が広がっていき、その熱は冷え切っていた体を中和するように暖めていく。
「ありがとうございます、ケガレに憑りつかれちゃうくらい、白上達の事を大切に思ってくれていて。凄く、嬉しいです」
そう言って笑みを浮かべる白上は心の底から嬉しそうで、その笑顔を見て一筋の雫が頬を伝った。
「そんなの、当たり前だ…三人共、俺の恩人なんだ。白上達がいてくれたから、俺は幸せになれたんだ、頑張って生きてみようって思えた…なのに…!」
一度流れた雫は留まる事を知らず、滂沱の如く溢れ出てくる。
「どうして、俺なんだ…!お守りを、そのまま持っていれば少なくとも白上は助かった筈だ、なのに…なんで、俺に…」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
答える白上の声音はまるで当たり前の事を教えるかのように純粋で優しく、彼女はゆっくりと手を伸ばして頬に手を添えてきて続ける。
「白上が、透さんに生きていて欲しかったからです」
「っ…!」
言葉が、出てこなかった。
そんなの、俺だって一緒だ。俺だって、白上達に笑っていて欲しかった。ずっとずっと、幸せに暮らしていて欲しかった。
話している間にも、彼女達の身体から光の粒子が立ち昇っていた。直感的に、それが彼女たちが消えてしまう前兆だと分かった。
必死に引き留めようとも、止まりはしない。
「さっき、話したじゃないですか。まだまだ、世界には幸せがあふれてるんです、お手伝いが出来なくなったのは申し訳ないですけど、けど、透さんならきっと見つけられるはずです」
「…待ってくれ。やめろよ、そんな、最後みたいに…」
もう力もたいして入っていない手を、引き留めようと強く握りしめる。まだ、行かないでくれと願い続ける。
「だから…」
消えかけている体で、彼女はとびっきりの笑顔をその顔に浮かべた。
「幸せになって下さい、透さん。約束ですよ」
それが最後に残された言葉だった。
するりと力が抜けて彼女の手が零れ落ちるのと共に、眼も空けていられない程の光の奔流が辺りを包み込んだ。
やがて、光が収まった後には彼女達は辺りに残されておらず。代わりに濁った不透明な一つの宝石のみが、手の中へと残されていた。
「…なれる訳…無いだろ…」