【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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True:Anotherルート、最終話です


True:Another Last

 

 

 空に浮かぶ夜空に月明かりは存在せず、真っ暗な暗闇がシラカミ神社を覆っている。辺りに生き物の気配は無く、木々は寝静まったかのようにジッとそこに立ち並び、風も無い神社の境内には不気味な程の静寂が漂っていた。

 そんな境内の中、参拝用の拝殿の段差に俺は一人蹲る。

 あれからどうやってここまで帰って来たのかよく覚えていない。こうして外に出ているのは、神社の中に入ると嫌でも思い出してしまうからだ。

 カクリヨに来てからの幸せな生活を、そして全てを失った先の出来事を。

 ここに帰って来たのも、多分すべてが夢だったのではないかと思ったからだ。きっと神社に帰ればまた三人がいてまた幸せが戻って来る、その一心でここまで帰って来た。

 最初から分かっていた、全部都合の良い夢物語だと。けれどそんな淡い希望にすら縋るしかなかった。

 手を開いてみれば、そこには不透明の濁った宝石が握られている。これが何なのかなど、最早どうだって良かった。正体を知った所で、失われてしまったモノは帰って来ない。

 まるでカクリヨに来る前の自分に戻った気分だ。ただ生きてきただけの何の楽しさも無い、空っぽだった自分に。

 けれど実際には少し異なる。この胸に今渦巻いているのは、ウツシヨではついぞ感じることの無かった感情、絶望だった。 

 何も感じなかった自分を変えてしまった、幸せとは何かを知ってしまった。それだけに、失った目の前の現実は、到底受け入れられるようなものでは無かった。

 『幸せになって下さい』

 白上が最後に言い残した言葉が脳裏を過ぎる。

 彼女はそう言ったが、けれど、無理だ。彼女達がいてくれたから、毎日が楽しかった。彼女達がいてくれたから、幸せになれた。三人のいない世界で幸せになれるとは、いくら自分を言い聞かせようとしても、どうしても思えなかった。

 「…」

 失意に呑まれたまま、ふと空を見上げる。

 いつか一緒に月見をしようと約束をしていたあれだけ綺麗だった星空は、いまや見る影も無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 一体どれだけの時間、そうしていた事だろう。

 すっかりと夜も更けてしまった頃、ふわりとした一陣の風がシラカミ神社を駆け抜けた。それと同時に、少し離れた位置からからんと木が鳴る様な軽快な足音が響いてくる。

 参拝客か何かだろうか、顔を上げる気にもならない中そんな風に当たりをつけていると、からんころんと先の足音が近づいてくる。

 「…のう、そこの主よ。ここに、大神ミオという娘はおらぬかのう」

 大神。その名に反応してゆっくりと顏を上げた先には、ヒトというには少し歪なシルエットがあった。まず、そこに居たのは一人の背の高い女性だった。背丈は同じ程だろうか、その頭には一対の獣耳、視線を落とせば歪なシルエットを形どっていた、数えて9本の尻尾がゆらゆらと各々が自在に揺れている。

 「…」

 「なんじゃ、無口な奴じゃな。…ならば良い、我は勝手に…」

 沈黙を続ける俺に興味をなくしたように女性が視線を外した、その直後彼女は唐突に言葉を途切れさせる。

 すると女性はおもむろにその視線をこちら、正確には俺の右腕へと向けてくる。

 「…主、その手に持っているモノを見せてみよ」

 「…」

 「見せよ」

 繰り返す語気の強められた彼女の言葉に、体が勝手に反応して握っていた手が開く。そうして露わになった例の宝石、それを見た途端目の前の女性の目の色が明らかに変わった。

 ふわりと風に乗って漂ってくる冷気は肌を突き刺すようで、びりびりとした緊迫感が空気を震わせる。

 「…主か」

 ぞくりと背筋の凍るような迫力で唸るように女性がこちらに瞳孔の開いたその目を向ける。それと同時に全身に襲い掛かる衝撃、瞬く間に俺は凄まじい力で吹き飛ばされ、木製の壁へと叩きつけられた。

 みしりと骨が軋む、壁へと押しつける女性の手からは万力の如き力が加わって来ている。

 「ミオを、我が娘を手に掛けたか、小童!!」

 怒号を上げると共に更に力が込められ、押しつぶされた肺からうめき声として空気が漏れ出た。彼女からひしひしと感じる明確な殺意は、今正になされようとしている。

 「楽に殺しはせぬ、腹を裂き臓物を引き出し、地獄すら生温い苦痛の中で嬲り殺してくれる…!」

 彼女が人間だとするなら、今の俺は恐らく蟻にも劣るだろう。気まぐれで拾い上げ、指に挟み少し力を入れるだけで簡単に潰される。それ程圧倒的なまでの差が彼女との間にはあった。

 迫りくる明確な死というイメージ。それを前にして抱いた感情は絶望でも、恐怖でも無く。

 「羨ましい…な…」

 羨望だった。

 「なに…?」

 困惑したように目の前の女性が呟く。そんな彼女の持つ圧倒的な力が、今はどうしようもない程に羨ましい。

 「もし…俺にこんな力が有ったら、救う事が出来たのかな…。三人を、幸せを、失わなくても済んだのかな…」

 こみ上げてくる後悔は雫となり、頬を伝って地面へと落ちる。あの時、俺は気が付いた上で助けることが出来なかった、伸ばした手の先で全てを失った。

 明人が憎かった、怒りを覚えた。けれどそれ以上に、救えなかった自分自身が憎くて、悔しくてたまらないのだ。

 「主は…」

 呆然と彼女は目を丸くする。するりと押さえつけていた手から力が抜けて、俺はどさりと音を立てて床へと落下する。

 「仔細を、話して見せよ」

 幾らか怒気の薄れた、迷うような声で問いかけてくる彼女に、俺はぽつりぽつりと、キョウノミヤコで何が起こったのを話していった。

 

 

 

 

 

 「…なるほどのう、そう言う事であったか」

 詳細を聞き終えると、女性は何処か噛み締める様な口調でそう言って、ぺたりとその場にへたり込む。その顔には、耐えがたい程の自嘲の笑みが浮かんでいた。

 「誠、滑稽なモノよな。我は…妾は救えぬばかりか、仇すら打つことも出来ぬとは。…いつもこうであった、妾は肝心な所で傍に居てやることが出来ぬ、今度こそはと意気込んでおいてこの様じゃ。最早、言い逃れのしようも無い」

 彼女の震え声での独白には、どうしようもないやるせなさと、大きな後悔が込められていた。

 ふと、似ていると思った。彼女もまた、同様にに失ったのだ。生きる意味を、唯一の生き甲斐を。だからだろうか、彼女に対して俺は妙な親近感にも似た感情を抱いた。

 「…あんた、神狐セツカか」

 ふと思いついた名で問いかければ、彼女は肯定するように頷く。

 「如何にも、そう問うた主は藺月透じゃな。ミオから、最近よく手紙で聞いておった」

 「あぁ、俺も大神から聞いたよ」

 いつか大神から聞いた、イヅモ神社の話。

 「調査が終わったら、一度イヅモ神社に行こうって話になってた。結構、楽しみにしてたんだがな」

 「うむ、妾も歓待の準備をしておったよ。…今では、全て無駄になってしもうたがのう」

 こんな形で出会うことになるなど、残念で仕方がない。神狐とはこの場ではなく、イヅモ神社で三人と共に出会いたかった。恐らく、それは向こうも同じことだろう。

 そこで、一度会話が途切れる。再び訪れた静寂は重く体にのしかかる様で、まるで責め立てられているかのようだった。

 「…悪かった、神狐。俺は目の前に居たのに、気づいていたのに、三人を救えなかった」

 募る罪悪感に耐えられずそう言えば、神狐は首を横に振ってそれを否定する。

 「言う必要も無いことじゃ、それに主が気づいたのはあくまでイワレが無かったからじゃよ。相手はイワレの高い者から隠れるシンキでも持っていたのであろう。でなければ、カミがアヤカシ如きに遅れを取る筈も無い」

 「…そっか、どちらにせよ、俺は救えなかったって事か…」

 思わずぐっと宝石を握る手に力が入る。

 たらればの可能性さえ、存在しない。それ程までに明人は用意周到で、事に及んだのだ。ただ、ウツシヨに帰るその一心で。

 強く噛み締めた歯が音を鳴らす、するとそれを聞いた神狐がふと不思議そうにこちらを見やった。

 「…一つ聞きたいのじゃが、主は何故にそこまであの子らの事を気に掛けてやることが出来るのじゃ。同じ屋根の下で生活しておったと言えども、されどほんの半月ほどの事であろう」

 問いかけてくる彼女に邪気は無く、それはただ純粋な疑問であった。

 確かに彼女の言うように、ここで暮らした時間は僅かなモノだろう。けれど、俺にとっては何よりも濃く、尊い時間だったのもまた確かだ。

 「三人は、俺の恩人なんだ。これまでずっと暗かった俺の人生に光を差し込んでくれた、返しても返しきれない程の恩を受けた。だから、これから先少しずつでも返すつもりだった、…返していきたかった」

 今となっては返しようもなくなってしまった。それを聞いた神狐は、少し驚いたように眉を上げてこちらを見ていた。

 「…そうであったか、誠、律儀なものよのう」 

 「あぁ、もしかするとそうなのかもな」

 けれどそう思える程に、彼女達から貰ったモノは大きかった。一生を通して恩を返していきたいと、心の底からそう思っていた。

 頑固者と大神には言われてしまったが、確かに彼女の言う通り、俺は度が付くほどの頑固者なのだろう。

 「…のう、透よ」

 神狐が改まった様子で声を掛けてくる。

 そのまま言葉を続けようと彼女は一瞬だけ口をまごつかせてから、意を決したように顔を上げる。

 「三人を救う方法があると申せば、主は如何する」

 

 

 

 

 

 夜闇に舞い落ちてくる白い雪は良く映える。

 しんしんと降り積もった白雪に覆われたそこに隠れるように鎮座しているのはイヅモ神社。神狐により連れられたこの場所は、世界に置き去りにされたかのような静けさを保っていた。

 そんなイヅモ神社の本殿の地下へと続く階段に俺と神狐の姿はあった。

 「…本当に、この場所にあるのか」

 「このような状況で、冗談など申さぬ。もうすぐ到着じゃ」

 足音が響く階段を下りる事暫く、やがて少し開けた場所階下に到着する。

 そこはどちらかというと回廊に近いだろうか、階段から部屋へと続く開けた道。その先にある扉へと向かい、進んで行く神狐の後を追う。

 やがて辿り着いて扉の前、彼女は取っ手も無いそれの前に、ただ手をかざした。すると、目に見えぬ力でひとりでに扉は開き、中にあるそれを露わにした。

 「神狐、それは…これは一体何なんだ」

 部屋の中にあったのは、一つの台座。その上に置かれた一つの濁った不透明の宝石のみが部屋にあるすべてで、そして何よりもその宝石は三人の残した宝石と同一のものだった。

 「このカクリヨには、命石というシングがある。これがあれば大抵の願い事は叶えることが出来ると言う、強力なモノでの。傷の治療も、新たな力を得ることも、不完全ながらもカクリヨとウツシヨを繋ぐ穴を開くことすら可能じゃろう」

 「カクリヨとウツシヨを…」

 チラリと、明人の顔が脳裏をよぎる。あいつの目的は、間違いなくこれの事だったのだ。

 「そしてその製法じゃが、一定区画の空間に、一定量以上のイワレが存在する事じゃ。まぁ、簡単に言えば多くのイワレを持った者が大勢命を落とすことで作成される、故に命の石と書いて命石と呼ばれる」

 神狐の説明を聞いて、ふと俺は自らが手に持っている宝石へと目を落とす。あの時白上達が姿を消して、代わりにこの宝石が生み出された。そこに考えが至った途端、宝石の重みが一気に増した、そんな気がした。

 「なら、これがその命石って事か」

 確認を取るように問いかけるも、しかし神狐は更に説明を続けた。

 「今までのは前置きじゃ、…命石にも種類があっての、更にその上位互換とも呼べるものが存在する。…主もミオ達と生活しておったのであれば目にしておろう、その強大過ぎる力の一端を。そのカミから作成された命石は、通常のそれとは文字通り次元が異なる。名を、神命石と呼ぶ。主の持つ宝石がそれじゃ」

 「じゃあ、そこにおいてある宝石も…」

 全くと言っていい程同一の見た目をするそれへと視線を移す。同じものがあるという事は、同じ事が起こったという事になる。

 「それが妾の本体じゃ。扱うにはその人物との間に何らかの強い縁が必要となるが、妾の場合は自分自身じゃからな。妾という前例がある以上理解もしやすかろう、その効果も含めて」

 神狐自身については、彼女からここまでの道中で説明を受けていた。彼女が既に体を失った、シキガミでも無い魂だけの歪な存在だと。

 成程、何でも叶えることが出来ると言うのも納得だ。

 「なら、神狐と同じように白上達を…」

 「ならぬ」

 彼女達を蘇らせられる、そう続けようとした所を神狐は強く否定する。

 「良いか、妾はあくまで死人じゃ。こんなもの、生きているという内に入らぬ。加えて、同じことをしようにも、妾はその場で自らの魂を固定したが故に可能とした。もう既に三人の魂は残留思念を除いて失われておる」

 「…悪い、早とちりだった」

 三人を救えると聞いて、どうにも気が急いている。頬を叩いて心を落ち着けてから、改めて神狐へと問いかける。

 「教えてくれ、神狐。三人を救える方法を」

 「…うむ、既に三人の魂は失われた、ならばその事実を無かったことにする。世界を巻き戻す、過去へと戻れば良い」

 

 

 

 

 二つの宝石を手に境内へと戻れば、先ほどまであれだけ降り続いていた雪は既に止んでいて、地面に降り積もったそれらまでもが姿を消していた。

 「この辺りは、こんなに気候が変わるもんなのか?」

 「いや、このイヅモ神社は妾が作り出した幻想にすぎぬ。故に天候もあの建物も、全てが妾次第で簡単に変わるのじゃよ」

 彼女に続きイヅモ神社の全域を見渡せば、確かに徐々にその規模は小さくなっていき、遠くの建物が徐々に光の粒子と化して消えて行っている。

 「本当に、何でもできるんだな」

 改めて目の当たりにすると、過去に戻ると言う言葉にも説得力が増してくる。確かにこれなら可能だと言うのも頷ける。

 それから、俺達はイヅモ神社の中心へと足を向ける。神狐の力の中心地、そこが最も安定すると言う。その場所に辿り着いてから、神狐は再び口を開いた。

 「過去に戻る前に、主に話しておかねばならぬことがある」

 向き合った神狐はその尾をそれぞれたなびかせ、その瞳は真っ直ぐとこちらの目を射抜いていた。

 「一つ目は、戻る地点じゃ。カクリヨには世界の修正力があるが故にその力の及ばぬ世界間の裂け目を利用する事となる。確か、主は半月前にカクリヨに迷い込んだのじゃったな、戻るのはその時となる」

 「白上と、初めて会った時だな」

 出会いが全て無かったこととなる、関係性も全てがリセットされた状態。少し寂しさを覚えなくはないが、三人のいない世界よりは断然そちらの方が良い。

 神狐は一つ頷き、言いづらそうに少し言葉に詰まってから続けた。

 「しかし、ここで一つ問題となるのが、妾の神命石は既にかなりの力を損耗しておる。故に、そちらの石の力も使用せねばならぬ。これは一体化すれば縁も出来る故問題は無い」

 彼女がそう口にすると同時に、二つの宝石が熱を持ち引かれ合い、やがて一つに纏まる。彼女自身の石を混ぜることで、自らとの間に縁を作成したのだ。

 「…最も重要なのはこちらじゃ、過去に戻るためには術者が必要となる。言うなれば妾は燃料じゃ、主はイワレを扱えぬ。故に、主の記憶を利用して術者となるシキガミを用意する必要がある」

 「記憶って…こう、何割か持っていかれる感じなのか?」

 流石にその辺りの知識は無いため中々理解が進まない。曖昧ながらの解釈を口にすれば、しかし神狐は重々しい表情でそれを否定した。

 「全てじゃ。主の記憶の中でシキガミを作ろうとすれば、主の自意識を利用する他ない。つまりこれを実行すれば主の記憶は、特に藺月透という人格は消え去ってしまうのじゃ」

 藺月透が消える。するとウツシヨでの記憶は元より、カクリヨでの日々が俺の中から失われる事となる。

 「無論、生活に困る程の廃人にはせぬ。じゃが、主自身に関する記憶は一切失われてしまうのじゃ」

 「そうか、ならやろう」

 ならば迷う必要などない、軽快に承諾して見せれば、神狐は完全に虚を突かれたように目を丸くした。

 「主、本当に良いのかの?妾は良い、元々死人で未来も無い。じゃが主は違うであろう、今を生きる未来有る者じゃ、それを…」

 確かに、俺だって出来れば記憶を失いたくなどない。そう簡単に放り出せるほど、カクリヨでの思い出は軽いものでは無い。

 「良いんだよ、これで」

 だが、これで彼女らを助けられるのなら、あんな終わり方をせずに済むのなら、俺は喜んでこの身を、記憶を差し出そう。

 そして、何よりも。

 「俺は、恩人を見殺しにして生きていくつもりなんてさらさら無い」

 元より、道は一つだった。

 それを聞いた神狐は、何か言いかけて言葉を呑み込んでを数度繰り返し、やがて諦めたように息を吐いて苦笑を浮かべた。

 「成程、愚問であったようじゃな。…透よ、少し手を出すが良い」

 「ん?あぁ」

 言われるがままに手を差し出せば、彼女もまた手を伸ばし手を被せる。すると、重なった手の部分に熱が灯り、全身にそれが駆け巡り、見えない線が彼女との間に繋がった感覚を覚えた。

 「妾は今より主のシキガミじゃ。これで縁が紡がれ、主も力の一端を扱えよう」

 「…これで、三人を救えって事か。確かに、もし同じ状況になって同じことを繰り返すのは御免だからな」

 そもそもあの状況に陥らないのが最善ではあるのだが、何が起こるか分からない以上、使える札は多いに越したことは無い。

 「とは言え、この神命石は強大過ぎるが故に、力の大半は別で送らねばならぬのじゃ。現地で合流して吸収させるまで力を使えず、主は今と同じ状態で行動することになるが…まぁ、問題は無いであろう」

 「あぁ、そんなに危険があった訳でも無いからな。…でも、大丈夫なのか?現地で合流って、先に大神達が辿り着いたりしたらどう説明する」

 どのような形で送るかは知らないが、俺がたどり着ける位置は大抵彼女らのホームグラウンドだろう。万が一先に発見されてしまった場合、その対処を考えておかねばならない。

 しかし、神狐は余裕綽々と言った様子で指を振って見せる。

 「なに、その辺りは万全じゃ。これでもミオとは長いからのう、あやつの近づけぬものくらい把握しておるのじゃ」

 「…あぁ、あれか。なら大丈夫だな」

 一拍遅れて思いついたそれに納得の声を上げる。そう言う事なら安心だ。

 「と、後は宝石をどう持っておくかじゃな。そのままでは落としかねん」

 そう言って神狐は手で持ったままの宝石へと目を移す。ポケットに入れて忘れたらそれで最後だ、落としたなどどあっては洒落にもならない。

 「じゃあ…そうだな、右手の甲にでも埋め込んでおいてくれ。それなら失くしようも無いし、嫌でも目に付くだろ」

 「…主、些か大胆過ぎではないかのう」

 束の間、軽口の応酬を繰り返す。方法が定まってからは、明らかに気分が軽くなっている。事実上、藺月透として話せるのもこれが最後なのだから、其の所為もあるのかもしれない。 

 「では、そろそろ始めるとするのじゃ」 

 彼女がそう口にすると共にイヅモ神社は光の粒子へと分解されていき、彼女の下へと集まっていく。

 これから消えるともなると、流石に緊張で心拍が上がって来る。けれど、それでも、後は神狐と記憶を失った自分に託す他ない。

 「後の事は、任せた」

 「うむ、妾が必ず主を導いて見せる故、安心せよ」

 あぁ、なら良かった。

 強く固い意志の籠った彼女の言葉に、安堵が胸の内に広がる。やがて光の粒子は周囲を完全に覆い隠し、意識は白い光の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が聞こえた。何処か聞き覚えのある様な、そんな声。辺りを包む暗闇に遮られるような微かなその声がどんどんと近づいて来る。

 誰の声だったのか、何処で聞いたのか、もう思い出せない。けれど一つだけ、胸の奥底に固い決意があった。

 

 『今度こそ、絶対に…』

 

 

 

 

 






次回、グランドエンド
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