未だ微かに夜の残る早朝の街を、時折すれ違う車のライトが眩しく照らした。この頃はだんだんと夜が短くなり、朝が早く訪れるようになっている。
ふと空にちらつく朝日の気配に立ち止まり、そっと空気を吸い込めば、微かに排気ガスに濁ったそれに思わず顔をしかめた。
「…やっぱり、こっちの空気は不味いな」
ぽつりと零してから、再度習慣となったランニングを再開する。
ウツシヨに帰ったあの日から、早くも半年の時間が経過しようとしていた。
すっかりと太陽が顔を出せば、それに伴って自ずと人通りも多くなる。
スーツを着た社会人に学生服に身を包む子供たち、手押し車や杖をつく老人たちと、街を包む喧騒は何処の世界も変わらないらしい。
感慨深さを覚えながら、通りにおいてあるベンチに座り込む。
あれからウツシヨに帰って、元の生活に戻るのにそう苦労は無かった。なにせカクリヨに迷い込んだその瞬間に帰ったのだ、何も変わらないいつも通りの生活が俺を待っていた。
世界の流れ的には、俺が過ごしたカクリヨでの生活は無かったことになっているのだろう。
俺がカクリヨに居たという証拠は、何一つとして無い。右手にあった神命石も、力を使い果たしたからか消滅してしまった。
今では、あれは自分に都合の良いただの夢だったのではないかと、時折考えてしまう。
けれど、それとは逆に確かに残っているモノもあった。俺の中に残る思い出が、記憶が、あれは紛れも無い現実だったのだと訴えかけてくる。
確かに夢にしては出来過ぎているし、俺自身そちらの方が嬉しい為、そう言う事にしてある。
(我ながら、女々しいものだ)
半年経過した今でも引きずっているのだから、これは相当だろう。そんな自分に、思わず苦笑いが浮かんだ。
「なぁ、花。そろそろ信用してくれても良いんじゃねぇか?」
そんな最中、ふと聞こえてきた覚えのある声にぴたりと表情が固まる。振り返った先には少女を乗せた車椅子を押す一人の男の姿。
困った様な笑みを浮かべる彼に、少女はぷっくりとその頬を膨らませて流し目を向けている。
「駄目です、兄さんがいついなくなるか、分かった物じゃないですから」
「だから、あれは事故だったんだって。ほら、こうして返って来たじゃねぇか」
「二年後に、が付くでしょ?全く、どれだけ心配した事か…」
歩きながら言い合いをしているその二人は、内容に反して幸せそうに見えた。
見覚えのあるその姿に、反射的に立ち上がって声を掛けそうになるが、寸前で抑えた。
あちらは俺の事なんか知らないし、知る必要も無い。もう全て終わった事なのだから、今更蒸し返す必要なんか何処にもない。
ベンチに座り直し、喧騒の中に消えて行くその背を見送り、空を見上げる。
雲一つない、綺麗な快晴だ。
結局、このウツシヨでの幸せはまだ見つかっていない。と言うのも、多分基準が高くなっている事も理由の一つなのだろう。
最初に見つけた幸せが他の何よりも大きかったのだから、それも仕方がない。
だが、勿論諦めたわけでも無い。なにせ、これからもまだまだ人生は続いて行くのだ、その内自分なりの幸せを見つけることが出来るかもしれない。
「…よし、そろそろ行くか」
ベンチから立ち上がり、喧騒の中へと身を投じる。
たとえどれだけの時が過ぎたとしても、たとえどれだけの歳月を重ねようとも、あの刹那の様な一時を俺は決して忘れることは無いだろう。
そうしてこれから先もウツシヨで人生を歩んでいく。
この、色づいた想ひと共に。
Fin
という事で、『色づく想ひ』完結でございます。
ここまでの一年と半年ほど、長きに渡りお付き合いくださった読者の皆様、誠にありがとうございました。
以降はifルートとして、それぞれの個別ルートのafterを書く予定ですが、ひとまずはここで一区切りとさせていただきます。
繰り返しにはなりますが、ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。