こちらは個別:白上ルートのAfter白上から続くお話です。
If:After 白上
「なぁ、フブキ。一つ気になった事があるんだけどさ」
「はい、なんでしょう」
ふと思いついて何ともなしに声を掛ければ、隣から同様に軽く返事が返ってくる。
薄暗い部屋の中、唯一の光源である画面の前にて、俺とフブキは並んで座っていた。その手に握るのはコントローラー。俺たちは今日も今日とて懲りもせずに、ゲームの攻略へと勤しんでいた。
「俺たちは前に恋人になったわけだろ?」
「…はい、そうですけど」
一瞬フブキの反応が遅れた。どうしたのかとチラリと隣を見てみれば、髪の合間からほんのりと赤く染まった彼女の頬が覗いている。
指摘してやろうかという嗜虐心が一種顔を出すが、それをすると割と後が怖いため今はスルーして話を続ける。
「あれから結構時間が経ったけど、キスをしたのはあの一回きりだったよな」
一回とはフブキに想いを告げた日のことだ、あの日以来抱きつくだったりはあるのだが、寸前までは行くのだが、結局キスに関してはあれきりであった。
思い返しながらそれを話した途端、画面に映るフブキの操作するキャラクターの動きが明らかに乱れた。精彩を欠いた操作につけ込まれ、エネミーに囲まれたキャラクターのHPは瞬く間に減少し、やがて画面にはゲームオーバーの文字が表示される。
「…したいんですか?」
コントローラーを置いたフブキが横目でこちらに視線を送りながら問いかけてくる。
したいかしたくないかで問われれば勿論したい、けれど今話したいのはそういう事でもなく。
「いや、普通はどのくらいの頻度なのかなって。ほら、寸前まで行くことはあっても、何だかんだで今までしてなかっただろ?」
これに関しては多分個人差もあるのだろうが、少なくとも俺たちはそんな機会もなく今に至っている。
割と一般的で耳にする機会も多いキスと言うものは、しかし実際にその立場に立ってみると縁の無い遠い存在の様に思えてくる。
説明を聞いたフブキは納得の声をあげて、ほっと息を吐いた。
「なんだ、そういう事ですか。もう、いきなり言うからびっくりしたじゃないですか」
「悪かったって」
ふぁさふぁさと抗議する様に、赤い頬を膨らませた彼女に尻尾で叩かれる。正直ご褒美ではあるのだが、まぁ、これは彼女にバレるまではこのままでは心の内に秘めておく。
「透さん、本当に尻尾が好きですよね」
「あれ?」
バレてた。
ジトリとした目で見てくるフブキだが、しかしその表情が何処か嬉しそうに見えるのは気のせいでは無いだろう。
「俺は尻尾だけじゃなく、耳も好きだぞ」
「それも知ってます、一緒に炬燵に入ってる時も偶に手を伸ばしそうになってますから」
「そこもバレてたのかよ…」
一応隠していたつもりなのだが、やはり偉大なるフブキ様には敵わないらしい。
「未遂って事で、此処は一つ手を打ってくれないか」
この通りと両手を合わせて拝み倒す。いくら恋人といえども、流石に了承も無しに触るのは御法度だ。
「…別に、透さんでしたら触っても良いですよ?心の準備があるので、事前に言ってもらえさえすれば」
指を合わせて言う彼女はいじらしく見えて、かっと体が熱くなるのを感じる。
「そうか…、なら、今触っても良い?」
「早速ですね…まあ、良いですけど」
試しにと問いかけてみた所、驚いた様に耳を立てたフブキは言いながら立ち上がり、俺の目の前へと移動して腰を下ろした。
とんと小さな背中が胸にあたり、彼女の体温が伝わってくる。と、同時に早鐘の様になる鼓動の音もまた伝わってきた。
「…フブキ、なんか緊張してないか?」
よくよく見てみれば先程よりも顔が赤く染まっている。
以前であればよく彼女の方からこのくらい密着する距離に来ていたのだが、思えば最近はそういったことも無かった。
まるで恋人になる前の反応に戻った様な、そんな気がする。
フブキもその辺りに関しては自覚していたのか、何処か言いにくそうに口を開く。
「あのー…、ミオが帰ってきてから色々とあったじゃないですか。それにミオの前で抱きつく訳にも行きませんし、白上なりに自重してたんですけど…、その間にフィーバーが終わって冷静になってしまいまして…」
「つまり、恋人になって浮かれてたのが落ち着いて、くっつく事が恥ずかしくなったと」
要点を纏めていえば、フブキはこくりと小さく頷いて肯定する。
成程、確かに言われてみれば、時期的に抱きついて来なくなったのもその辺りからだった。
「あ、透さんの事が好きじゃなくなったとか、そういうのじゃないんです!ただちょっと緊張しちゃうだけで、透さんのことは変わらずに、その…」
忙しなく耳を動かして弁明をするフブキのその慌て具合から、思わず込み上げてきた笑みを漏らす。
「あぁ、分かってる。その辺は信頼してるから、安心してくれ」
「本当ですか?」
「本当本当」
不安混じりに聞き返してくる彼女に応えながら、そっと目の前にあるフサフサとした獣耳へと手を添える。
ぴくりと一瞬フブキが震えるが、すぐに慣れてきたのかやがて少しずつリラックスしてきていた。
しかし、それにしても素晴らしい毛並みだ。何度触ったとしても、まるで飽きる気がしない。
「透さん、なんだか小慣れて来てませんか?」
「ん、そうか?けどまぁ、俺は獣耳が好きだからな、その分大切にしようって気持ちもあるんじゃないかな」
あくまで力を入れすぎずに、優しく丁寧に扱う。極上の心地に浸っていると、不意に前方から不満気な声が聞こえてくる。
「むぅ、果たして白上の事が好きなのか、獣耳が好きなのか。自分の耳を此処まで恨めしく思うのは初めてです」
どうやら自分の耳に嫉妬心を燃やしているらしい。まさかそんな事態に陥るとは思わず、獣耳と尻尾が生えているというのも大変だなとぼんやりと考える。
「そんな心配しなくても、両方フブキなんだから、俺がフブキの事を好きな事に変わりはないって。愛してるぞ、フブキ」
「…白上もです。愛してます、透さん」
するとそっとフブキがこちらに振り返り、俺は耳に置いていた手を放す。そうして真っ直ぐ見つめる彼女の瞳は、少し涙に潤んでいた。
「あの、さっきの話ですけど…」
ぽつりとその状態のままフブキが口を開く。言葉はそこで途切れるが、何を言わんとしているのかは何となく察することが出来た。
「あぁ、こういう時にするのかもな」
自然と顏が近づいて、二人の距離がどんどんと縮まっていき…。
「二人共ご飯できた…よ…」
襖が開けられて聞こえてきた大神の声に、ぴたりと揃って動きを止めた。
気まずい沈黙が部屋に満ちる。恐る恐る大神の方へとフブキと共に目を向けて見れば、彼女は肉食獣特有の瞳孔の開いた瞳をして、無言のまま部屋の入り口に立っていた。
「お邪魔しました」
気まずさすら感じさせない、唯無感情な声でそれだけ言い残すと、大神はぱたりと襖を閉めた。
そうして残された俺とフブキの心情はこの時、恐らく一致していたのだと思う。つまり。
(やっちまった)
かちゃかちゃと、居間には食器の鳴る音のみが響く。
そこに会話は存在せず、史上類を見ない程に気まずい食卓がそこに形成されていた。
「…」
大神は先ほどの瞳のまま、じっと向かい側居座る俺とフブキを見つめながら器用に箸で焼き魚の身をほぐして食べている。何故それでそこまで綺麗に食べれるのだとツッコミたかったが、生憎とそれが出来る空気では到底なかった。
「と、透さん、どうしましょうこの空気」
「いや、俺だってどうにかしたいけど、流石にあれを見られたら…」
こそこそと小声で話しかけてくるフブキに、こちらもまた小声で返す。
タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか、決定的な瞬間を見られているだけに言い逃れのしようがないのも現状へと追い打ちをかけていた。
「こほんっ…」
と、そこで不意に大神の咳払いが飛んで来て、思わずびくりと体を震わせ、慌てて元の体制へと戻る。
だが、このまま何もしないと言う訳にもいかない。こんな重苦しい空気では、折角の料理の味も分買ったものでは無い上に、精神衛生上にもよろしくなかった。
「あー…えっとだな、大神」
ぎこちない笑みを浮かべながら話しかける俺を、しかし大神は手で制する。
「うん、分かってる。二人は恋人同士だもんね、あれは勝手に部屋に入ったウチが悪い。ただ…」
そこで言葉を区切ると、大神はゆっくりと息を吐いて現実から逃避するように虚空を見つめる。
「一つ屋根の下に暮らす友人達のそういう所を見るのって、すっごく気まずい」
「あぁ、うんそうだよな、そりゃ気まずいよな」
見られた側も気まずければ見た側も気まずい、これぞ誰も幸せにならないデフレスパイラル。などとふざけている場合では当然ない。
「えっと、ミオ…」
不安そうにフブキが大神へと声を掛ける。彼女が大神に対してこんな態度を取るのは、初めて見た。
「大丈夫だよ。ウチだってフブキに恋人が出来たのは凄く嬉しいから、できればウチも二人の邪魔はしたくない。だからね、一つ考えたんだけど…」
そこで、大神は全てを受け入れるような聖母の如き笑みを浮かべた。
「そういう時は事前にシキガミで知らせてくれれば、ウチはちょっと長めのお買い物に行ってくるから」
「…ん?あの、大神、大神さん?」
予想の斜め上を行く彼女の対応に困惑し思わず何度も名を呼びかけるが、大神はもう吹っ切れたのかぱっと笑みを浮かべて続ける。
「ウチはそう言うのもちゃんと理解はあるからね。ほら、二人共付き合い始めだし、でもウチはもう絶対に邪魔しないから」
「待て、待ってください!大神さん、多分俺達の間にはかなり深い溝が出来上がってる!」
目をぐるぐると回した彼女が何の話をしているのか察して、これはマズイと慌てて制止に入る。
「あの、透さん、一体何が…」
「フブキは気にしないでくれ、後で俺の草餅あげるから。前に行ったあの有名どころの奴」
「え、良いんですか!?まさか隠し持っているとは、透さんも中々やりますね…」
フブキにだけは知られてはならないと、最終兵器まで持ち出して最悪の事態だけは阻止する。
先ほどまでの気まずい沈黙は何処へやら、途端に騒がしくなるのだから助かるようで、実際の所状況自体は悪化している。いや、これはもはや悪化ではなくただの混沌である。
とにかく混沌の起点となっている大神を止めなければならないと、まずはどうどうと落ち着かせ、話ができる場を整えてから、改めて話し合いを再開する。
「良いか、大神。まず大前提に、俺とフブキはまだキスだって一回しかしたことが無いんだ」
「…あれ、そうなの?」
完全に虚を突かれたと言った風で大神はチラリとフブキの方へ視線を向ける。
「…はい、そうなります」
流石に友人にこの話をするのは恥ずかしいようで、答える際には顔を俯かせていた。だが、後々大事故を引き起こすよりかは遥かにマシなのだから、これも仕方がない事だ。
確認と取った大神は信じられないと言った風に目を瞬かせている。
「え、でも透君とフブキが恋人になってから結構経ってるんだよね」
「大体一月ほどですね、ミオ達が神社を出てすぐでしたから」
フブキの返答を受けてぽかんと口を開けた大神は何故か恐る恐るこちらを見てくる。
「え、なに」
「透君、フブキはこんなに可愛いのに手も出さないなんて、もしかしてフブキの事はそんなに…」
洒落にならない勘違いをされて、思わずむせ返りそうになりながら俺は慌てて弁明をする
「そんな訳ないだろ、フブキの事は可愛いと思ってるし、実際にそんな空気になった事もあったって!」
「えー、本当かな…」
しかし、疑わしそうに大神はジトリとした目をして、首を傾げている。
「本当に何回もあった。ただその度に運悪く邪魔が入って流れてるだけだ」
「黒ちゃんは何であんなにタイミングが悪いんですかね」
大体十数回ほど機会はあったのだが、そのどれもが黒上の登場によって未遂で終わっていた。おかげで、先ほどに至っては大神だが、基本全回において他者から介入を許してしまっているのだ。
そろそろ対策を打たないといけないのかもしれない。
「タイミングが悪い…」
大神は何か引っかかるのか、ぽつりと小さく繰り返している。
「大神?」
「…あ、ううん、何でもない。でも、そう言う事なら部屋に入る前に声を掛けるだけにしとくね」
「あぁ、よろしく頼む?」
何処か様子のおかしな大神に少し不安になるが、しかしそれもやがて気にならなくなり、ようやく気まずさから解放された俺達は食事を再開するのであった。
食事を終えた三人分の食器を持って、透とフブキの二人が居間を出るのを確認したミオは、ふと何も無い筈の虚空へと目を向けた。
「黒ちゃん、話したいことがあるんだけど、少し良い?」
ミオが呼びかけて数拍程置いた後、虚空から小さな白い狐のシキガミが飛び出て、ミオの前のテーブルの上へと降り立った。
『私も、お前に言いたいことがあった。あまり二人を焚きつけるな』
「じゃあ、ウチからも。あんまり二人の邪魔をしない方が良いと思う」
黒上とミオ、真反対の意見を持った二人の視線がばちりと交差した。どちらが先に動くかそれを探り合うように、お互いの一挙手一投足へと集中する。
そんな中、先に動いたのはミオであった。
「ウチは焚きつけてるわけじゃないよ?もう一か月も経ってるんだし、そう言う事もあるかもって思っただけで。まぁ、聞いてみると黒ちゃんのせいで進展が無かったみたいだけど」
にこやかに言うミオに、黒上もまた黙ってはいない。
『私だって邪魔をしてた訳じゃない。ただ二人きりの神社で、変な方向に行かないように手綱を握ってただけだ』
両者が共に、その方向性が異なるだけであの二人の事を考えている。しかし、黒上のそれはどちらかというと心配に近しいものであった。
「でも、もう大丈夫じゃないかな。ウチが見る限り、二人共落ち着いてるみたいだし」
つい先ほどは間が悪かったが、神社に帰ってから現在に至るまで、透もフブキも特段問題がありそうな雰囲気は見受けられない。
『…あぁ、分かってる。私だってフブキの邪魔をするのは本意じゃない…』
不機嫌そうな、不貞腐れたように言い残すと、それを最後に黒上は虚空へと飛んで行ってしまった。そんな彼女の姿を見て、ミオは微笑ましくくすりと笑って見せる。
「妹離れの出来ないお姉ちゃんを持つと、大変そうだね」
『黙れ、噛むぞ』
「わっ、まだいた!」
独り言のつもりだったミオのそれに、再び虚空から黒上が現れて文句を返せば、ミオは驚きに耳を上に立て若干立ち上がりそうになる。それを満足そうに見てから、今度こそ黒上はその姿を消すのであった。
「…もしかすると、少し焦ってたのかもな」
キッチンにて、フブキと共に皿を洗いながらふと呟けば、隣の彼女が不思議そうにこちらを見上げた。
「何がですか?」
「キスの話だ、最近関係性について停滞気味だったから、俺にも焦りが出たのかもしれないなって」
彼女と結ばれた日にキスをして、それ以降は音沙汰もなくそのまま現在へと至っていた。その為か、俺は二人だけの関係性を築くと言う事に囚われ過ぎていたのかもしれない。
勿論そうしたいと言う欲もあったのだろうが、思い返してみれば比重はやはり焦りの方が大きかった気がする。
「あんまり無理に関係性を進めないって、決めてたはずなんだけどな…」
これに関しては、流石に反省しなければならない。それについては、結ばれる前に散々考えた筈だったのだが、どうにもうまくいかないものだ。
「…透さん」
反省に少し気を落ち込ませていると、不意に横にいる白上がこちらを向いて背伸びをし、頬に柔らかい感触を覚えた。
「フブキ…?」
突然の事に呆然と呟きながら目を瞬かせて横を向いた先に見えたのは、顔を赤く染めたフブキの姿だった。
「白上だって、透さんとキスしたいって思ってますから、お互い様です。だから、そんなに自分を卑下しないで下さい。透さんは、白上の恋人なんですから」
「っ…」
多分、洗いかけの皿を持っていなければ思い切り抱きしめていた。フブキもそれを察してか、抱きしめる代わりにとんと肩を触れさせ合う。
「ゆっくり、白上達のペースでやっていきましょう。まだまだ先は長いんですから」
あぁ、どうして忘れていたのだろう。俺達の道はこれから先も末永く続いているのだ、だから、焦る必要なんて全くない。
「…そうだな、そうだった。ありがとう、フブキ」
「いえいえ、それより早く洗い物をやっつけちゃいましょう」
「あぁ」
そうして手を動かす俺達は、けれど尚も肩を触れ合わせて、寄り添い合ったままであった。