こちらの話は、個別大神ルートの『大神 Last』の続きとなります
明かりの無い部屋の中、目を覚ました俺はゆっくりと体を起こした。
窓の外では未だ夜の帳が降りていて、薄っすらと白い月が雲の合間から覗いている。この時間帯に起きるのも、すっかりと慣れたものだ。
ふと側へと視線を落とせば、そこには小さく寝息を立てているミオの姿がある。
彼女の顔に掛かっている一房の髪を指で優しく横へのけてやれば、彼女はそれに反応するように「んっ」と微かなうめき声を上げて、ゆっくりとその瞼を開けた。
「悪い、起こしたな」
「ううん…おはよう、透君」
「おはよう、ミオ」
寝ぼけ眼をこする彼女と声を交わし、そっと口付けをする。
こうして、俺達の一日は始まりを告げた。
いつもであれば、朝食後の皿洗いを終えて居間へと戻ると、誰かしらは残ってくつろいでいる。例えば一昨日はテーブルで白上がお茶を飲んでいたし、昨日なんかは畳の方で百鬼が猫のようにミオに甘えていた。
しかし、今日はいつもとは違う様で、珍しくも居間はガラリとして閑古鳥が鳴いていた。
外で百鬼が素振りをしてたり、縁側で白上が日向ぼっこでもしていないのかとそちらの方へ行って見てみるが、やはり誰も居ない。
「…全員部屋にでも戻ったのか?」
かなり稀有なケースではあるが、長いこと生活していればまぁそんな日もあるのだろう。だが、そうなると俺は之から何をして過ごしたものかを考えなければならなくなる。
三人の内一人でも居てくれれば一緒に話をしたりと出来るのだが、流石に自分一人となるとやれることは限られてくる。
「俺も部屋に戻るか…、それとも外に出るか?」
これからの予定について考えていると、ふと廊下の方から軽い足音が聞こえてくる。
「良かった、透君まだいてくれた」
誰だろうと視線を向けた先に現れたのは、何やら小さな袋を手に持ったミオであった。
「あぁ、さっき洗い物が終わって戻って来たんだけど、誰もいなくて驚いてた」
居間に入り近寄ってくる彼女に事情を話せば、ミオは納得した様に声を上げた。
「フブキとあやめならお出かけに行ったよ。なんでもキョウノミヤコに新しいお菓子のお店が出来たんだって」
「成程、通りで」
ミオの説明に今度はこちらが納得する番だった。姿が見えないと思ったら、外に出ていたらしい。
あの二人は時折こうしてキョウノミヤコへと出かけているのだ。主に白上のお勧めの茶屋などへ行っているようで、甘いものが好きな百鬼も帰った際にはほくほく顔でお土産を見せて来る。
今日のお土産は何だろうなとぼんやり考えている最中、ミオが畳の方へと移動すると腰を下ろし、ちょいちょいと手招きをしてきた。
「ん、どうした?」
「良いから良いから、ちょっとこっち来て?」
意図を読みかねて、疑問に思いながらも彼女の方へと向かえば、次にミオはぽんぽんと自らの横を手で叩く。
取り合えず言われるがままに従い、ミオの横へと腰を下ろす。
「はい、ころーん」
と同時にぐいと体を横に倒されてあえなく彼女の膝の上へと頭が着地した。一瞬何が起こったのかと困惑するが、後頭部に感じる心地よい感触に自分が膝枕をされているのだと理解する。
「…特に褒められるようなことをした覚えはないんだが」
とはいえ、何故膝枕をされているのかまでは分からない。記憶を遡ってみるも、特に之と言った出来事も無い普通の生活が続いているだけだった。
「んー、別にそう言うのじゃないんだけど…、今日は透君を目一杯甘やかそうと思って」
「また急だな…、占いでそう言う結果でも出た?」
苦笑を浮かべながら思いついた理由を口に出すも、ミオはそれを首を横に振って否定する。
「昨日ウチがあやめのこと甘やかしてた時、透君が羨ましそうに見てたから」
「え、俺そんな顔してたか!?」
まさか過ぎる理由に衝撃を受け思わず声を上げると、上からくすくすとした笑い声が降って来てようやくそれがミオの冗談なのだと察する。
「あー、びっくりした。心臓に悪い冗談はやめてくれよ」
安堵に体の力を抜いて言えば、ミオは尚も笑い声に体を揺らす。
「ふふっ、ごめんごめん。でも、こういうのも偶には良いでしょ?…それとも嫌だった?」
「いや、最高」
若干不安の混じった声に間髪入れずに答える。すると、「良かった」とミオは呟きながら俺の頭へと手を置いた。
そしてゆっくりと、髪をすくように頭を撫でられる。
「慣れないな…」
流石にこのような経験はあまり無かったため、何処かむず痒さを覚えた。
「ちょっと気持ちは分かるかも、でも結構落ち着かない?」
「あぁ、確かに。百鬼がよくミオに甘える気持ちが少し分かった気がする」
普段は外野、見ている側であったが、実際にはこんな感じなのか。
新たな発見と共に、心の中に広がる安心感につい溺れてしまいそうになる。これは気をつけておかないと、骨の髄まで溶かされてしまいそうだ。
「百鬼で思い出したけど、新しく出来た店って何のお菓子を作ってるんだろうな」
ふと、二人が出掛けに行ったという新しいお菓子の店が気になって、そちらに話題を向ける。
もしかするとミオは白上から話を聞いているかもしれないと考えたが、それは当たりであったらしく彼女はふと顎に指を当てて口を開いた。
「えっと、確かようかんだったかな。今日オープンするんだけど、店主の人がフブキのお気に入りのお店のお弟子さんだったから、尚更興味を引かれたのかも。で、ういろうの種類もね、修業期間中に考えた色んな味があって…」
すると、情報が出てくる出てくる。予想をはるかに上回る情報量に思わず目を瞬かせる。
「…やけに詳しいな。白上から聞いたのか?にしては、今朝からそんな話一つも聞かなかったけど」
白上と百鬼が出掛けること自体、つい先ほどミオから聞いたくらいだ。
俺が皿洗いに居間を離れている時にでも話を聞いたのかと問いかけるが、しかしミオによってそれは否定された。
「フブキからは聞いてないよ。透君、ウチの得意ワザの事は知ってるよね」
「占いか…、…ん、じゃあ白上はどうやってその情報を掴んだんだ?」
そのお弟子さんとやらに話でも聞いたのだろうか。
浮かんだ疑問を口にすると、しかし何故かぴたりと頭に置かれていた手が止まる。そんなミオの反応で何となく、どういう過程で現状に至ったのかが理解できた。
「さぁ、何でだろうねー。ウチは分からないなー」
これ以上無い程に分かり易くミオはすっ呆ける。それが何よりの答えであった。
「そういう事か、何でわざわざこんな事を?」
聞けば、ミオも観念したように一つ息を吐いた。
「もう、そこは流してくれても良いんじゃないかな。…理由はさっき言った通り、ウチが透君を甘やかしたかっただけだよ」
少しむくれたように言うミオ。そこにまだ隠された真意がある気がしないでもないが、まぁそこは良いだろう。正直役得ではあるのだ、改めて膝枕を堪能させてもらうことにしよう。
「…そっか、ならお言葉に甘えさせてもらうよ」
「ねぇ、今のジョーク?」
「ミオこそ、そこは流せよ」
自分でもどうかと思った部分に、仕返しと言わんばかりに突っ込んでくる彼女にそう返せば、ミオは満足そうに笑う。
「でも、それならうんと甘やかしてあげるから、覚悟してね」
「あぁ…今でも結構満足してるから程々で頼む」
ふんすと気合を入れている彼女に若干の不安を覚えた。とはいえ、そこまで酷いことにはならないだろうと、この時までは思っていたのだ。
「じゃあ、ちょっと用意を…」
「ん?」
そう言ってミオは持ってきていた小さな袋を開け中を探り始める。そうしてミオが取り出したのは折りたたまれた布らしきものであった。それなりに良い布を使ったモノである事は見て取れる
ミオが折りたたまれていたその布を開けば、それは、そう、まるで赤ん坊がつけるヘッドドレスのようで…。
「…待て、何をするつもりだ」
今一つ現実を直視しきれずに頬を引くつかせながら待ったをかける。一応何をしようとしているのかは分かる、いや分かりたくはないのだが、しかしまだ確定したわけでは無い。
「何って、透君につける」
「…」
自分が間違っているとという希望に掛けるも、しかしそれは容易く手折られてしまった。
「いやいや、冗談…」
「ウチは本気だよ。大丈夫、きっと似合うから」
「いやいやいや、似合うとかそう言う問題じゃないから、俺の尊厳の問題だから!」
きらりとミオの瞳が光り、近づいてくるヘッドドレスから逃げようと体を起こそうとするが、しかし、ミオの手によって阻まれる。こういう時だけはカミの基礎スペックの高さが本当に憎たらしい。
「透君、どうしてそんなに嫌がるの?」
「それをつけて甘えたら俺の尊厳が粉々に砕け散るからだよ」
確かに、世の中にはそう言ったことをする者達もいるのだろう。しかし他所は他所、それとこれとは話が別だ。恋人になってひと月で赤ちゃんプレイは、流石に過程なりなんなりをすっ飛ばした上で道を踏み違えている。
その辺りの事を文字通り必死になって説明すれば、ようやくミオもその矛ならぬヘッドドレスを下ろしてくれた。
「透君がそこまで言うなら…、でも、これどうしよう…」
「百鬼にでも使ったらどうだ、多分喜ぶだろうし」
「はっ、名案!」
ミオに甘えるという事であれば、それは百鬼の専売特許であろう。身代わりにするのは申し訳ないが、これも安寧の為の必要な犠牲だ、致し方ない。
その提案にミオも乗り気になった所で、無事に俺は難を逃れたのであった。
同時刻、キョウノミヤコのとある茶屋にて。
「っくしゅん!」
「あやめちゃん、風邪ですか?」
「んー?分かんない」
一人の鬼が何か悪寒にも似たものを感じ取り、くしゃみを一つしたそうな。
「平和だな…」
「平和だね…」
シラカミ神社の居間の中には、何とも穏やかな時間が流れていた。ただ何をするでもなく、二人で共に同じ時間を共有する。ただそれだけで満たされている自分がいた。
こうした時間は、時の流れというものを感じさせてくれる。
「もう、ひと月が経ったのか」
「…うん、あの日から丁度」
神狐を見送った日、ミオが過去を乗り越え、取り戻した日。そんなに前の事でも無いのに、今ではすっかり遠い過去のように感じる。
「怒涛の日々だったな…」
「そうだね…フブキにせっちゃんの事を説明したり、あやめを集落から連れ戻したり。あんまりこうしてゆっくりする時間は取れなかったよね」
特に大変だったのは、やはり百鬼の事だろう。ひと月が経過した後も帰って来ない百鬼に、ミオが占星術で位置を割り出したところ、たった一人で鬼の集落に居る事が分かった。
そうして三人揃って彼女の下へと向かった訳だが、集落でもひと悶着有り、なんとか元の生活へと帰ってきた形になる。これが割と最近の出来事であった。
「…あ、だからこうして時間を作ったのか?」
「…」
ミオがこうして時間を作った理由に思い至り、それを口にすれば、ミオは無言のまま頭に置いていた方とは逆の手で頬をつねって来る。
「あいたたっ」
「透君、そういうのは気づいてもあんまり言わない方が良いと思う」
「はい、すいません」
ぷくりとほんのりと赤く染まった頬を膨らませる彼女へ素直に謝れば、「よろしい」と、何とか頬を解放して貰うことに成功する。
「まぁ、何にせよ俺もこういう時間は好きだよ。ミオと居ると落ち着く」
「うん、ウチも。後は、普段のお礼もしたかったから」
「お礼?」
思い当たる節も無く、何の事やらと首を傾げる。そんな俺を見て、くすりとミオは笑みを浮かべた。
「透君には、ずっと支えて貰ってるから。せめてそのお返しがしたいなって」
ミオがそう思ってくれていることに少し驚く。
「お返しって…さっきのヘッドドレスか?」
「あれはウチの趣味」
「そこは趣味であって欲しくは無かったな…」
即答で返って来たそれに乾いた笑い声を上げつつ、先ほどのミオの言葉について思考を向ける。
「お返しなんて、むしろ俺が恩返しをしてる立場だろ?カクリヨから迷い込んだ時から面倒を見て貰った」
「それならウチだって同じことを言えるよね。透君に助けられたんだし、今だって支えて貰ってるし。お返しをするのはウチの方だよ」
「いや、俺の方だ」
「ウチの方」
自分の方が、自分の方がとこの話になると大抵その無限ループに入ってしまい、結局答えは出ないまま有耶無耶になるのだ。
なにせ両者がが共に譲ろうとしない。故にこの結果は必然とも言えた。
そんな意味も無いやり取りを、何度繰り返したことだろう。
「透君ってやっぱり頑固だよね」
「それはお互い様だな」
これがお決まりの終わり方。しかし今日はそこで終わらず、「でも…」とミオは言葉を続ける。
「透君のそんなところ、ウチは好きだよ」
真っ直ぐと視線を交差させる彼女から想いを伝えられ、自らの顔が熱くなるのを感じた。
「…あぁ、俺も、ミオの事が好きだよ」
「うん、ありがと」
そんな俺と比べて、ミオは嬉しそうで、まだ余裕がありそうな表情。完全にしてやられたと、今回は自分の負けを悟った。
とはいえ、悔しさは感じない。感じるのは、唯彼女を愛おしいと思う感情だけだ。
おもむろに起き上がり、彼女と顏を近づける。受け入れる様に目を瞑る彼女と唇が触れあう。その寸前で、とんと胸に手が置かれて動きが止まった。
「ん、どうした?」
「もうフブキたちが帰って来るから」
すると、彼女の言葉に反応を示す間も無く玄関の扉が開く音がして、どたどたと騒がしい足音が二つ近づいてくる。
「二人共聞いてください!今回の行ったお店のういろうが予想をはるかに超える絶品で、もう一口でほっぺたが落ちちゃいますよ!」
「ふふぉふぉふぉ!」
まくしたてながら居間に入って来るのは、興奮に高揚しながら目を輝かせる白上に、ういろうを頬張ったまま何事か話している百鬼の姿であった。
その手には大量の同じ柄の袋が下げられている。どうやら、あまりの美味しさに慌てて帰ってきたようだ。
何とも、らしいその姿にミオと顏を見合わせて共に破顔する。
「じゃあみんなでお茶にしよっか」
「はーい…ところで、お二人は先ほどまで何を?」
「ん、あー、そうだな…」
純粋に浮かんだ疑問を問いかけてくる白上に、一瞬どう答えようかと迷い、ふとミオと目が合う。そして…。
「秘密」
俺とミオはチラリと先ほどまでいた畳の上を見てから口を揃えてそう答えた。
「焦ったねー、もうちょっとでキスしてるのを見られるところだったよ」
深夜、もう就寝するという頃に共に布団にはいるミオが笑いながら言う。
「あぁ、けど、その割には落ち着いてるように見えたけどな」
「あの時はウチも頑張って踏みとどまったんだよ?ウチだって、透君とキスはしたいし」
そう話す彼女は何処か幼さを感じさせていた。いや、幼さというよりは、少し甘えるような寄りかかって来るような感覚。
そんな姿を見せてくれるようになったのは当たり前に嬉しく感じると共に、複雑な感情を抱かせた。
「けど、今ならその心配は無いんじゃないか?」
「うん、見られないから」
そっと布団の中、顔を寄せ合って唇を触れさせ合う。照れくささを感じながら、顔を離せば満足そうに笑みを浮かべる彼女の姿。
「おやすみ、ミオ」
「おやすみ、透君」
寄り添い合って、瞼を閉じる。
こうして、俺達の幸せの一ページは幕を閉じるのであった。