こちらの話は、個別:百鬼ルートの『百鬼 Last』の続きとなります。
澄み渡るような青空に浮かぶ優しい光を放つ太陽に照らされた街、キョウノミヤコ。カクリヨでも最大級の規模を誇るこの街の端にある無数の十字架が立ち並ぶ墓地に、俺とあやめは足を運んでいた。
墓地に入り、道なりに進んでいれば、やがて金色のロケットの掛けられた十字架を見つける。
「久しぶりだな、ケンジ」
「最近来れてなくてごめんね」
傍まで来て腰を下ろしながら、俺たちは口々にロケットの三人で撮った写真に写る少年へと話しかける。
あやめと共にシラカミ神社に戻ってきた日から三日が経過していた。
シラカミ神社へと帰還した俺とあやめは、帰るや否や揃って大神から説教を受けることになってしまったのだ。いや、勿論キスについてもあんなところでするものじゃないと怒られてしまったが、その件ではなく。
いきなりいなくなって心配した、帰ってくるのが遅いなどなど、どちらかと言うと俺はついでのようなもので、主にあやめに対するものの方が多く、最後には白上まであやめへの説教に混じる始末であった。
それだけ二人があやめの事を心配し、大切に思っているということの表れであり、彼女にもそれが伝わっていたのか、謝りながらもその表情は何処か幸せに満ちていた。
神社に戻り二人からの説教も終わった所で、白上からある重大な話をされた。
神狐の事だ。
確かに、帰ってから彼女の姿を見ていない。イヅモ神社にでも帰ったのだろうと考えていたが、どうやらそうではなかったようだ。
『最後にセツカさんから話を聞いたのですが…』
白上が言うには俺が神社を発った後、満月の夜に神狐は大神を連れてイヅモ神社に向かったのだという。理由は過去を清算するためだとか。その結果として大神の記憶から神狐セツカという人物が消えると言い残し、実際に一人戻ってきた大神は神狐について何一つ覚えていなかったようだ。
その話を受けた俺たちは、すぐにイヅモ神社へと向かった。
何か残されていないか、神狐の真意を知るために。
そうして到着したイヅモ神社は、しかし見る影もなくなっており。神社のあった場所には、何もない空間が広がっていた。まるで、森の中からごっそりとそこだけが抜け落ちてしまったかのように。
一応周囲に何か残っていないか探っては見たが、当然何も見つかるはずもなく。諦めるしかないかと思われた時、おもむろに大神は手を掲げて水晶玉を作り出した。
占星術。今や彼女だけが使えると言っても過言ではないワザ。
『あ、こっちに』
そう言って大神が向かったのは、開けた空間の丁度中心部。
何もなかった筈のそこで、大神はおもむろに地面へと向かって炎を発した。すると、地面だと思っていたはずのそこから何やら蓋をする様に木の根が密集した部分があらわとなった。
再度大神が炎を放ち、脆くなったそこを手で崩していけば、そこから見つかったのは一冊の日記帳。
全員で中身を見たが、それは日記帳と言うよりは絵日記に近いアルバムのようなものであった。張られた写真は見たことも無い大勢に囲まれる幼い頃の大神から今に至るまでの日々を切り抜いたもので、最初は綺麗な整った文字で、途中からはつたない文字でコメントが書かれている。
『なにこれ、ウチ、こんなの知らないよ…』
呟きながらも、大神はページをめくる手を止めはしなかった。そうして読み進めていった先、最後の一ページをめくった先の巻末に、大きく書かれた一文。
『ミオよ、我が娘よ。主の幸せを心から願っておる』
ぽたりと、一粒の雫が文字の上に落ちる。また一粒、また一粒と零れるそれをぬぐおうともせず、大神は体を震わせながら優しくそれを抱きしめた。
『…ちゃんと、分かるよ。何も思い出せないけど、何も覚えていないけど。大切な人が居たってことは、ずっと見守ってくれた人がいたってことは、ウチの中にちゃんと残ってるよ』
もう届くことのない誰かに伝えるように言葉を紡いで、しばらくの間大神はその場で蹲り涙を流し続けた。
その後、大神が落ち着いた頃には既に日も暮れており、近くのイヅモノオオヤシロに滞在した。翌朝には大神も整理がついたのか何処かすっきりとした表情を浮かべており、問題ないという事で、俺たちは改めてシラカミ神社へと帰還することとなった。
「…そんなわけでさ、帰ったらすぐ来ようと思ってたんだけど、今日まで伸びることになったんだ。許してくれ」
墓標の前でこれまでに至った経緯を説明し終えて、ほっと息を吐いて俺は口を閉じる。
こんな説明をしても、ケンジに届いているのかなど知る由もないことだ。話したところで、意味をなさない可能性の方が高い。
ただ、あやめと相対したあの時、ケンジが背中を押してくれていなければ、こうして揃ってここに立てていなかったかもしれない。そう考えれば、自然とこうして話す事自体に意味があるように思えた。
「それで、ここからが本題なんだが…」
ちらりと隣へ視線を向けてみれば、こちらを見上げるあやめと目が合う。
多分、ケンジが聞いているとするなら、これが一番聞きたかったことだろう。
「俺たちは恋人になった。まぁ、過程で色々とあったけど、最終的にはこの形に落ち着いた」
すぐ傍にある彼女の手を取って、写真の中の少年へとはっきりと明言する。
正直何か一つ掛け違えていればこうはならなかったと思う。その全ての切っ掛けをくれたのは他でもないケンジだった。
ケンジと三人でこのキョウノミヤコで生活して、ケンジを見送って、悩んで迷って、一度は離れたりして、今に至っている。
「ケンジ、ここに誓うよ。俺はもう何があろうと絶対にあやめの手を離したりしない。…だから、安心して見守っていてくれ」
言い切るとともに、握っている手にぎゅっと力が籠められた。まるで、こちらも離れるつもりはないと言わんばかりに。
不意に一陣の風が墓地を吹き抜ける。風に揺られるロケットの写真に写る少年は、満足気に笑いかけているように見えた。
「透くん、折角だしキョウノミヤコで遊んで帰ろうよ」
ケンジの墓参りを終えた後、そんなあやめの提案で久しぶりに訪れたキョウノミヤコは、相変わらずの盛況に包まれていた。
通りには人が絶え間なく行き交っていて、道脇に並ぶ屋台は所々行列が出来ている。
「なんだか、懐かしく感じるな。ついこの間までこの街で生活してた筈なんだが…」
「あ、余もその気持ち分かるかも。ちょっと離れただけで知らない街みたいに思っちゃったりするよね」
会話を交わしながら通りを2人手を繋いで歩く。
ケガレの大量発生の日以来、思えばなんだかんだで2週間ほどキョウノミヤコには来ていなかった事になる。
「…ちなみに、あやめは北の方でいろんな街に行ってたんだよな。どのくらいの期間でそうなったりしたんだ?」
ふと思い立って聞いてみれば、あやめは考え込む様に顎に指を当てて虚空を見上げる。
「え?どうだっかな…10年くらい?」
「思ってたより長いな…まぁ、当然といえば当然か」
あまりの規格の違いに思わず声を上げるも、考えてみれば当たり前のことであった。何せ、お相手は1500年の時を生きている。時間感覚のズレくらいはあって然るべきだ。
「けど、やっぱり時間感覚とか色んなところで違いがあるんだよな。簡単に埋まる差でもないし」
だから何かが変わるというわけでもないが、どうしてもそこばかりは意識してしまう。
思考に意識を逸らしていると、不意にあやめはもたれかかる様に腕を抱いて密着してきた。
「そんなに気にする事でもないよ。それに…」
あやめはそこで言葉を区切るとふと顔を上げ、彼女の紅の瞳と視線が交差すると、あやめはふわりと花のように微笑んで見せる。
「これからはずっと、傍に居てくれるんでしょ?」
「…あぁ、あやめには敵わないな」
彼女の言葉に簡単に納得させられてしまい、思わず笑みが浮かぶ。
今という時間は、これから歩むだろう悠久の時間に比べれば些細なものだ。勿論、開いている差も同じ時を共有していくに連れて気にもならなくなっていくのだろう。
いつかこんな時もあったと楽しい思い出の一幕として懐かしむ日が来る。そして、その為にも俺は彼女と同じカミに至る必要があった。
「カミか…」
「…透くん、後悔してる?」
「え?あぁ、いや、そういう訳じゃないんだ。ただ純粋に成ったらどんな感じなんだろうなって考えてただけで。ほら、例えばいきなり俺にも角が生えたりするかもしれないだろ?」
不安そうな声を上げるあやめに慌てて訂正を入れる。
今まで出会ったカミは揃って獣耳が生えていたり、角が生えていたりする。とすると、俺がカミに至った際には外見が変わるのか、それとも変わらずこのままなのかと少し疑問に思っていた。
それを伝えると、あやめはなるほどと呟いた後、想像するように宙を見上げる。
「んー、余はどんな透くんでも好きだよ?」
「…そっか、ありがとう。…あー、でも角が生えたらあやめとお揃いになるのか、それも良いな」
「もし獣耳が生えたら余も触ってみたい」
一瞬間が空きながらも返しつつ、俺とあやめはあれこれと二人で想像を言い合いながら通りを進む。
「ね、透くん」
「ん?」
途中、不意にあやめが呼びかけてきて、何かと彼女の方を向けばその悪戯な笑みが視界に映った。
「顔真っ赤だよ」
「…うっせ」
相変わらず表情に出やすい自分の性質を恨めしく思いながらぶっきらぼうに返せば、あやめは楽しそうにからからと笑い声をあげた。
それからもキョウノミヤコを二人で回った俺たちは、小腹も空いてきたということで、いつか訪れた茶屋へと足を運んだ。
思い出を辿ったのもあるが、至ってシンプルにここの団子の味が気に入ったのもあった。
「…なぁ、あやめさんや」
「んー、なぁに?」
団子を食べ終わり一息ついた所で声を掛ければ、すぐ至近距離から気の抜けたような彼女の声が聞こえてくる。隣を見てみれば、そこにはぴたりとくっついているあやめの姿。
「近くないか?」
完全にリラックスして猫の様に目を細めている彼女に率直な感想を伝える。茶屋の中とは言え一応は外であり、今は他に客も見えないが、もし入って来た時に目が合ったりすると気まずい事この上ない。
「大丈夫、誰か近づいてきたら余は分かるから」
「あー…じゃあほら、店主さんの目もあるしな…」
「奥の方で作業してて見てないよ」
「くそ、知覚能力が高すぎる」
何かと理由をつけて引きはがそうとするが、眼を閉じているにも関わらず正確に周辺を把握できる彼女を前にしては、どんな言い訳を取り付けても無駄なようだった。
「…透くん、余にくっつかれるの嫌だった?」
「いや、嬉しい。…じゃなくて、一応線引きはしておかないとと思っただけだよ」
顔を上げてジッとこちらを見つめてくるあやめに即答しつつ、一つの懸念を口にする。
鬼の集落からの帰りからこちら、以前以上に俺達の間の距離感は近くなっていた。それ自体は良いのだが、このままいくと自制も効かず所構わずくっつくようになってしまいそうで、流石にそうなる事は避けておきたいと言うのが本音だった。
「俺だって、こうしてるのは幸せだけど、自制はしておかないとだろ?」
「うーん…、でも、前怒られたからばっかりだから神社だとくっ付けないし…」
「まぁ、初手でやらかしたからな、流石にくっつく度に身構えられるとこっちも気まずい」
シラカミ神社に帰ってから一日は旅疲れを癒していたのだが、その際に居間に二人でいると、通りがかった白上や大神がピクリと体を震わせ頬を赤くしながらその場を離れる事が多発したのだ。
まるで今にもキスをするのではないか、の様な反応をされると罪悪感にも似た感情が浮かんでくるのだ。かと言って、ずっと部屋に居るのもそれはそれで変に意識される。
そんな事情もあり、現在神社の方ではあまり傍にいることも少なくなっており、俺自身、出来るならずっとこうしていたい。
「…誰か来たら、離れてくれよ?」
「うん、分かった!」
ご機嫌な様子で返事をするあやめとは裏腹に、欲に負けてしまったと俺は自重の笑みを浮かべる。とはいえ、こうして彼女と共に居る時間がが何よりも幸せである事もまた確かであった。
その後も茶屋で二人のんびりしたりキョウノミヤコを見て回っていれば、すぐに空は茜色に染まり始めた。
良い時間だと神社に帰る前に、一か所だけ行きたい場所があると意見の揃った俺達は最後にその場所へと足を向ける。
そうして辿り着いたのは、街を一望できる秘密の高台。
「ここ、こんな景色が見えるんだな」
「余も初めて知った…、綺麗ー」
セイヤ祭の日から時折ここに来るようになったが、この時間帯にじっくりと景色を見ることは無かった。それ故に、一つの絵画の様な美しい光景に二人揃ってつい見入ってしまう。
小麦色に染まる街並み、沈んでいく夕日。
こうしているとふとケンジの命日の事を思い出す。
「なぁ、あやめ。今日はケンジの墓参りに来たけどさ。これから先、長い事生きてれば他にも色んな人の墓を参るようになるのかな」
「うん、カミと普通のヒトだと生きる時間は比較にもならないから。関わり合う人が増えたら、その分だけ」
「…そっか」
少しの間、沈黙が高台を支配する。
人と触れ合わないのも、一つの手なのだろう。深く関わりすぎないで、偶に合う程度の関係を築いていく。そんな関係が一番お互いに傷を負わなくて済む。
けれど、もしケンジと同じような子がいたら、放っては置けないと思う。例えいばらの道だとしても進んでしまうのだろう。
そして、隣の少女はそんな道をずっと歩んできた。
「…今度さ、時間が空いたら鬼の集落に連れて行ってくれないか。一言、挨拶しておきたいんだ」
「良いけど…何て言うの?」
「ん、そうだな。お嬢さんは頂いた、とか?」
「そんなことしたら透くんみんなに憑りつかれちゃいそうだね」
「噓噓、いや満更嘘でも無いけど、ケンカを売りたいわけじゃなくて」
両手を振って発言を取り消せば、あやめはくすくすと笑い声を漏らす。
流石に無数の鬼に取り付かれたのでは堪ったものではない。取り合えず祟りとシラカミ神社に入れなくなることは確実だろう。
「本当はこれからの決意表明というか、その辺の事。ケンジにも言ったけど、鬼の集落でも誓っておくべきだと思ってな」
「同じって、余と一緒にいてくれるって事?」
「そうそう、もう絶対に独りにしないから、安心してくださいって」
事あるごとに、あの集落に戻っていたとは聞いた。これは今までずっと彼女を見守って来た鬼達に最低限通すべき礼儀だろう。
そんな事を考えていると、不意にぽすりと肩に軽い衝撃と重みが加わった。見ればあやめが肩に頭を乗せて、寄りかかっている。
「…余ね、集落に透くんが迎えに来てくれた時、本当は凄く嬉しかった」
そう呟くように話すあやめはぼんやりと夕日を眺めながら言葉を続ける。
「セイヤ祭の時だって、一人で抱えてずっと苦しかった。でも、透くんが傍にいてくれて、こうして一緒に抱えてくれるようになって。昔からは考えられなかった夢みたいな今がある、これからも続いてる。それが、凄く嬉しい」
そっと離れて向き直るあやめ。その顔に浮かぶ笑みは幸せと未来への希望へと満ちていた。
「…まぁ、その為にも、まずはカミに成らないとなんだけどな」
まだスタートラインにも立てていない。けれどこちらに向けられる彼女の瞳には確かな信頼が込められている。
「余は透くんの事、信じてる」
「あぁ、絶対裏切らない」
互いに微笑み合って、自然と、二人の距離が近づいて行く。やがて夕日に照らされ地面に映し出された二人の影、その口元が重なった。
触れるだけのそれ、ゆっくりと顏を離せば、ほんのりと頬を赤く色付かせたあやめが照れたようにはにかんでいる。
「そろそろ神社に帰るか、あんまり遅くなるとまた心配させそうだし」
「うん、今日の夕飯何かな…」
「イヅモノオオヤシロで調達してた魚じゃないか?」
雑談を交えながら夕日を高台を後にする透とあやめ。二人を繋ぐその手は、決して切れぬよう固く結ばれていた。