【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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 こちらはTrue:Anotherルートのepilogueから続くお話です。


After
After


 

 都内のとあるファミリーレストラン。

 平日で人も少ない閑散とした店内では、流れて来る曲名も知らないBGMがよく聞こえる。そんな昼下がりの日光に照らされた窓際の席に、一人の青年と幼い少女が腰かけていた。

 テーブルの上では青年の前に置かれた珈琲が湯気を立て、反対側に座る幼い少女は小さなスプーンを握りしめ、目の前に置かれたお子様ランチのプレートを見て溢れんばかりに目を見開いて、瞳を輝かせている。

 「…のう、もう食べても良いかのう…!」

 待ちきれない、と年相応の態度を見せる彼女に、青年はくすりと穏やかに笑みを浮かべた。

 「えぇ、どうぞ遠慮なく召し上がって下さい。なにせ、今日は貴女の誕生日なのですから」

 「…ッ!いただきます、なのじゃ!」

 青年が勧めるや否や少女は慌ただしく手を合わせると、握ったままのスプーンで旗の刺さったチキンライスをすくい、口いっぱいにそれを頬張る。

 さもご満悦とばかりに頬を緩ませる彼女を見て、青年もまた口元を緩ませた。

 年齢にして三十を超えるだろうという容姿の青年と、まだ学校にも通っていないであろう幼い少女。その様は、傍から見れば父娘の微笑ましい休日の一時に見えるが、実のところを言えば彼らに血縁関係は無く、ましてや親子ですら無かった。

 「…あんまり詰め込み過ぎると、喉に詰まらせますよ」

 「…っ!」

 次から次へとスプーンを動かし続ける少女に青年がそう声を掛ければ、彼女はリスのように頬を膨らませたままこくこくと頷いて見せる。

 本当に分かっているのだろうか、と表情を苦々しくながら青年がナプキンを手に取り、少女の汚れた口元を拭ってやると、彼女はこくりと口の中のモノを嚥下して青年へと笑みを向ける。

 「うむ、褒めて使わすぞ、透よ!」

 「はい、お褒めに預かり光栄です、雪華様」

 雪華(セツカ)。そう呼ばれた少女は今一度仰々しい仕草で頷くと、すぐに目の前のお子様プレートへと意識を戻してしまう。 

 青年、透はそんな彼女を相変わらずだと眺めながら、ふとその脳裏ではかつての記憶が呼び起こされていた。

 髪色が金色でもなければ獣耳も生えていない。けれど透の目の前にいる彼女の容姿も、声も、口調も、全てがかつてカクリヨで出会った神狐セツカそのものであった。

 だが透が一つ確信できるのは、彼女がかつての神狐セツカでは無いという事だ。

 今の雪華に、カクリヨでの神狐セツカとしての記憶は存在していない。透が一年前に出会った時から、彼女は何処にでもいる見た目相応な一人の幼い少女だった。詰まるところ、他人の空似だ。

 当初は透も半信半疑だった。

 容姿だけならまだ分かる。だが、ウツシヨでは特に特徴的なその口調まで同じとなれば、もしやと思わざるを得ない。期待せざるを得なかった。

 しかし接していく内すぐに、彼女の精神性が年相応であると悟った透はその考えを改め、雪華を一人の子供として認識し、これからも接すると決めたのだ。

 「うむぅ…」

 聞こえて来た唸り声に考え込んでいた透が顔を上げる。

 彼の目の前では、既に見る影も無くなったお子様プレートの上、唯一つ残されたプリンを雪華が悩まし気に見つめていた。

 「どうされました?…もしかして、本当に喉に詰まらせたんですか?」

 少し慌てた風に透が問いかけるも、しかし雪華は表情をしゅんとさせたまま首を横に振った。

 「そうではない。ただ、これを食べてしまうと…のう」

 気落ちした、と言うよりかは名残惜しむような彼女の様子に、透もピンときた。

 数週間も前から待ち望んでいたお子様ランチ。その最後のデザートを前にして、これで食べ終えてしまうと雪華は惜しんでいるのだ。  

 「ふっ…」

 「あぁ、何故笑うのじゃ!」

 あまりにもらしい理由に透が笑いを堪え切れずにいると、憤慨した様子の雪華が抗議するように声を上げる。なにせ彼女にとっては一大事なのだ、それにこんな反応をされれば彼女の反応も頷けるというものだ。

 不満をこれでもかと露わにする雪華に、透は体を震わせながら訂正するよう軽く手を振った。

 「いえ、別にこれが最後という訳でも無いのですから。流石に毎日とはいきませんが記念日はまだ年内に残っていますし、チキンライスもエビフライも、偶に作って下さらないか栄養士や調理員の方に私からも相談しておきます。ですから、そんなに惜しまなくても良いんですよ」

 安心させるように優しい声音で透が諭すように言う。

 規律も大事だ、教育上好きなものを好きなだけ食べさせるという訳にもいかないし、健康上必要な栄養を取るのが食事の一番の目的である。だが、だからと言って食事の楽しさを蔑ろにして良い理由にもならない。

 こういうものはメリハリが重要なのだ。そして、透は雪華にそれを教える立場。規律の重要性を教えながらも、彼女の意向を尊重することも彼の仕事の内である。

 …と、御託は並べたが何よりも、折角の誕生日を楽しく過ごして欲しいと言うのが、透の本音であった。

 「そ、それは本当かのう…!プリンは、プリンはどうなのじゃ!?」

 「勿論プリンもです。低糖質にもできるので、おやつの時間に作ってもらいましょう」

 「おー…!約束じゃからな、透!」

 「はい、約束です」

 指切りを求めて伸ばされた小さな手。透がしっかりと小指を結べば、キラキラと瞳を輝かせた雪華は憂いも消えたように、目の前のプリンに手を付ける。

 すると、瞬く間に雪華はそれを完食してしまい、同時にそれは先の彼女の葛藤具合を想起させた。

 「ご馳走様でした。もう食べられぬのじゃ…」

 そう言って手を合わせると、雪華は満足そうな表情のままぐたりとソファーに背を預ける。 

 「…美味しかったですか?雪華さん」

 「うむ、こんなに幸せな誕生日は初めてじゃ」

 「それは良かった。では、更にと言うとハードルが上がりますが、私から一つ」

 そう言って、透は荷物の中から一つの小さな小包を取り出し、雪華の前のテーブルの上に置いた。

 「…これは?」

 いきなり差し出されたそれを、雪華は大きな瞳を更に見開いてまじまじと見つめている。

 「誕生日プレゼントです。改めまして雪華さん、お誕生日おめでとうございます」

 「…」

 何を言われているのか理解できない、そんな風に透へと視線を向ける雪華だったが、次第に状況を飲み込めてきたのか呆然としていた顔に明るさが灯り始める。

 「開けても良いかのう!」

 「えぇ、勿論」

 エンジンも掛かり、テンションの上がっている雪華に透がそう返すと、彼女は慌ただしく、けれど丁寧に包装を破り、中身を開ける。

 「おぉ…」

 感嘆の声を上げる雪華の瞳に映るのは、半月の装飾のあしらわれた髪留め。かつて神狐セツカが娘へと送ったそれと、瓜二つの代物だった。

 透も特に之といった理由があって選んだわけでは無い。ただ、プレゼントを選んでいる際に偶然見かけた瞬間、これにしようと直感が働いた。自分が彼女にこれを送らなければならない、そんな使命感をその時の透は感じたのだ。

 気に行って貰えるか、妙な緊張感を感じている透の見守る中、雪華はじっと髪留めを見つめた後、それを自らの前髪に着けて見せた。

 「どうじゃ、透よ。似合っておるか、似合っておるか?」

 ずいと身を乗り出して雪華は透へと問いかけた。一部の憂いも感じさせない、そんな彼女の喜色満面の笑みに、透も自らの心配が杞憂であったと察し、内心ほっと息を吐く。

 「えぇ、とても。気に入って頂けたようで何よりです」

 「うむ、気に入った!ありがとうなのじゃ、透!」

 言うや否や雪華は傍の窓に反射した自分の姿をニマニマとした顔で眺め出す。時折、窓の外を通りかかった人たちがそんな雪華の姿を見てくすくすと笑っているが、彼女は気にもならないようでただひたすらに自らの前髪に付けられた髪飾りを見ていた。

 そこまで喜んでもらえれば送り甲斐もあったというもので、透は心の温まるのを感じながら、区切りをつけるようにコホンと咳ばらいを一つ入れる。

 「さて、雪華さんはこれから何かしたい事はありますか?まだお昼ですから時間は十分ありますよ。遊園地や動物園、水族館でも」

 時計を見ながら、透はいくつか候補を上げる。今日一日、日没の門限までであれば、二人はある程度自由に行動は出来るのだ。

 「むぅ、したい事。…そうじゃ!ならば透よ、お主に一つお願いがあるのじゃ」

 「はい、何でしょう」

 問われて考え込むのも束の間、何か思いついたように雪華は声を上げた。そして、彼女はゆっくりと手を上げ、答えを待つ透へとその人差し指を向ける。

 「主の口調。いつも丁寧じゃが、少し距離を感じるのじゃ。前に話しておった、昔と同じような口調で話して欲しい」

 予想の斜め上の雪華のお願いに、どくりと一際大きく透の心臓が鳴った。

 「え…いや、あれは院に来る前の話でして。雪華さん、私は貴女の担当員として模範的な…」

 「今日は妾の誕生日、なのじゃろう?」

 してやったりと悪戯な笑みを浮かべる雪華。自分から振った手前、そこを突かれては透も突っぱねる事が出来ない。けれど、彼女の担当員としてそれはどうなのかと、暫しの葛藤の果て、やがて透は諦めた様に息を吐いた。

 「…分かった、これで良いか?」

 「うむうむ!」

 要望通りに透が口調を砕けさせれば、雪華は満面の笑みで満足そうに何度も頷いて見せる。

 「やはりそちらの方が妾好みじゃ!どうせならずっとそのままでも良いのではないか?」

 「そういう訳にも、いかない。私…俺だって孤児院の職員なんだ。院長に合わす顔が無くなる。…だから、あくまで院に帰るまでだぞ」

 「むぅ、つまらぬのじゃ…」

 唇を尖らせる雪華に、思わずといった形で透の顔に苦笑いが浮かぶ。

 院長とは、透が孤児院で勤務するまで世話を見てくれた彼の恩人だ。

 十余年程前、ウツシヨに帰還した透は、自分は何をするべきか路頭に迷っていた。そんな最中、出会った院長は透に働き口を用意してくれて、透もその過程で自らの為すべきことを見定めることが出来た。

 そうして今に至るわけだが、そんな院長の孤児院で働く上で透自身口調も改め、最善を尽くそうとしてきたのだ。

 「あ、それとこの事は内密に…してくれよ。絶対に」

 所々つっかえながら透が念押しをすると、雪華はしっかりと頷いて肯定する。

 「分かっておるのじゃ。…しかし、何とも話し辛そうじゃな」

 「それはそうだろ、何年前だと思ってるんだ。自分でも驚くくらい違和感がある」

 今すぐにでも口調を戻したい、と言うのが透の本音であった。

 慣れないことをしている違和感もあるが、それ以上に雪華に対してこの口調で話すことで、彼の脳裏に昔の記憶が過ぎるのだ。

 幾年と歳月を重ねても決して色褪せることの無かったそれらは、今尚透の心の内に残り続けて、彼の世界を色づけている。

 何故今それを思い出すのか、その理由については雪華の容姿が大きかった。透にとって、彼女の存在はかつての記憶が確かであるという証でもあった。

 一人の子供として接すると決めているが、透自身やはり思う所が無いと言えば嘘になる。

 「…のう、透よ」

 「なんだ?」

 不意に雪華に呼びかけられた透が顔を上げる。そして、交差した互いの視線。透は彼女の全て見透かしたような瞳に息を呑んだ。

 「妾は主のその懐かしむような眼が好きじゃ。何よりも優しい眼をしておるから、何よりも温かい」

 雪華は時折、妙に大人びた雰囲気を醸し出す。境遇がそうさせたのか、生来の気質故なのか、透には判断がつかない。だが総じて言えるのはこういう時、大抵彼女の言葉は彼の心に突き刺さる。

 「…敵わないな、本当に」

 「む、何の事じゃ?それより、次は水族館に行きたいのじゃ!早く行かねば日が暮れてしまう!」

 パっと年相応な笑みに戻った雪華は目を輝かせて次の目的地の話へと移った。あまりの切り替わりの速さに、微笑を浮かべつつ透は伝票を持って立ち上がる。

 「あぁ、そうだな。なら、そろそろ出発するか」

 「うむ!」

 雪華も元気の良い返事をして透に倣い、連れ立った二人は店を後にするのであった。

 

 

 

 日が暮れて、月が空に昇る。

 孤児院に帰った後、雪華は透含む孤児院の面々から祝いの言葉を送られ、ささやかながら誕生日ケーキを皆で食した。それ以外は普段通り、風呂に入って寝支度をして、各々が各自の部屋へと帰っていく。

 雪華も例外ではなく、寝巻となった彼女を透は部屋まで送り届ける。

 「…透、またあの話が聞きたいのじゃ」

 部屋の中、ベッドに寝転がった雪華はそう透に訴えかけた。

 偶にではあるが、雪華は寝る前にこうして透に寝物語を聞かせるよう求めるのだ。これは透が彼女の担当員となった時から変わらず、殆どの有名な童話は既に語りつくしてしまっていた。 

 少し前、その上で尚雪華に話を求められ、困った透が苦し紛れに出したのが自身の昔話だった。

 鮮明に思い出せる、こことは違う世界であるカクリヨで透が過ごした夢の様な時間。

 試しにと話してみれば思いのほか雪華は気に入ってしまったようで、透が幾らか誇張を交えて話している内に、いつの間にか彼女の方からリクエストをするようになっていた。

 「えぇ、良いですが、雪華さんは飽きないのですか?」

 偶には別系統の話が聞きたくなるのではと、透が問いかけるも、雪華は即座に首を横に振る。

 「全然飽きぬのじゃ。妙に親近感が湧いて聞き入ってしまってのう、透は話上手なのじゃ」

 「別の要因が働いている様な気がしますが…、まぁ、良いでしょう。前回は何処まで話しましたっけ」

 前回の数週間程前の記憶を辿る透であったが、しかし、雪華がそれに待ったをかけた。 

 「話の前に聞きたいことがあるのじゃが…、その話の名前は何と言うのかのう」

 「名前、ですか?」

 「うむ、『桃太郎』に『浦島太郎』の様な名前じゃ」

 つまるところ、題名を聞かせろと言うのが雪華の問いであった。しかし、それを受けた透は答えに迷う。なにせ名前など無いのだから、そも答えようが無いのだ。

 だが、雪華の期待の籠った視線に催促されて、透の中から答えないと言う選択肢は霧散する。

 「えっと…そうですね」

 相槌を打ちながら透は思案した。

 この話は、透自身の話だ。透にとって世界が、想いが色づくまでの話だ。題名と言うのだから簡潔な方が良いだろう。

 色づく世界だと壮大過ぎる。ならば、題名は『色づく想い』か。いや、カクリヨのヤマトという和の世界に合わせるとするならば…。

 「題名は、『色づく想ひ』」

 

 

 

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