手掛かりを求めての調査も今日で三日目。
ここにきて、ようやく進展のありそうな展開に、喜びがわくより先に安堵が胸に広がる。
白上の尻尾により目をつぶされつつ、何とかなだめようと奮闘するも、結局大神と百鬼が宿から出てくるまで成果は上げられなかった。
大神の仲裁もあり、何とか白上も落ち着く。
今回ばかりはただ褒めただけなので、俺は悪くない。そう主張したいところだが、ただ話がこじれるだけなので黙っておく。
白上も、誉め言葉にもう少し耐性を付けてもよいと思うのだが。
その後は、四人揃って目的地へと向かう。
といっても、目的地を探すための目的地ではあるが。
この四人でキョウノミヤコを歩くというのも、新鮮な気分になる。
道中、他愛もない話をしながら歩き続ける。
「ねぇ、透君。明人君は何かの組織が関わっている可能性がある、そう言ってたんだよね?」
ふと、大神がそんなことを聞いてくる。
「あぁ、あいつも独自で調査してるみたいなんだ。」
ワザも、イワレに限られるが探知できると言っていたし、得意分野なのかもしれないな。
「元々一人で行動してたなら、一人のほうが動きやすいのかもね。」
確かに、やはり集団で行動する以上、個人の行動は制限されることもあるし。そういうのは嫌いそうな印象がある。
そういえば、白上や百鬼に明人のことは話してあるが、直接紹介はできていないな。
まぁ、機会はいくらでもあるか。
そんなことを考えながら、しばらく歩くと昨日最後に調査した場所にたどりつく。
「確かこのあたりだったよな?」
確認をとるように聞くと、大神も頷く。
そして昨日と同じように、大神の占術で範囲を絞り込んでいく。
「…うん、もう少しあっち側かも。」
大神が方向を示して、全員でその方向へと進み異変がないか、情報はないか調査をする。
後はその工程の繰り返しだ。
大神だよりにはなるが、今日はそうすると決めたのだ。
負担を強いるのは申し訳ないが、適材適所。それ以外の部分は他の三人でこなしていく。
そして、変化が起きたのはそれを五回繰り返した後だった。
「…やっと見つかった。」
水晶玉を手に、大神が呟く。
その言葉に、全員の顔が引き締まる。
やっとだ。
三日間探し続けて、ようやく見つかった手がかり。
先導する大神に付いて歩いていくと、一つの小さな花屋がぽつりと一つ立っているのが見えてくる。
店先には、一人の初老の男性が一人立っている。
あの人物が、占術が示していた手がかりを握っているのだろうか。
しかめられたその顔は近づきがたい印象を放っている。
アイコンタクトをし、一つ頷くと、そこに向かって歩き出す。
「あの、すみません。少しお話を伺いたいんですけど。」
大神が声をかけると、ちらりとこちらを一瞥するもすぐにそらしてしまう。
「…悪いが、俺はただの店番でね。花が欲しいなら適当なのをもっていってくれ。」
気だるげにそう言う男。
それを気にすることなく大神は言葉を続ける。
「いえ、お花ではなく。
うち達は、人が消えるという噂についてお話を聞きたいんです。」
それを聞いた男の反応はまさに劇的だった。
その眼は大きく見開かれて、その口はぽかんと開けられる。
「あんたら、今の話は本当か…」
絞り出すような声に、不穏な空気を感じる。
もしかしなくとも、この人は何らかの形でこの件に関わっている。
頷いて見せると、その眼のふちに光るものを浮かべる。
「あぁ、そうか。もう、誰も耳を傾けてくれないのかと思った。…よかった…よかった。
あんたら、どうかあいつを助けてやってくれ。もう、見てられないんだ。」
その必死な懇願に、思わず何があったのか察する。
しかし、話は聞いておかなくては。
「…何があったんですか。」
聞くと、男はゆっくりと話し始めた。
「ここは元々俺の店じゃない。とある二人の親子の店なんだ。
二人共仲良く、平和に暮らしてた。
だが、ひと月ほど前だ。
そんな日常が壊れちまった。息子がいきなりどこへともなく消えちまった。
あいつも俺も必死になって探したんだ。
だけどよ、どこにもいやしない。
痕跡一つ見つからない、遠出するような奴じゃないのに。
あいつは朝から晩までずっと探してた。アヤカシでも何でもない、ただのヒトなのに…ずっとだ。
それがひと月続いて、あいつも疲れたんだろうな。女手一つで育てた息子がいなくなって。
今じゃ、ほとんど部屋から出て来やしない。
だから、頼む。どうか二人を助けてやってくれ…」
最後には嗚咽交じりになりながら、男は話し終える。
予想以上にこの件は重たいことにいまさらながらに気づく。
ただの噂であればどれだけよかったか。
実際に人が消えている、その関係者の心情はじかに接してみて、これがどれほどつらいモノか計り知れない。
ひと月も前。
それだけの時間が立っていながら、ただの噂のみというのもおかしな話だが。この人は心の底から助けを請うている。
その確かな事実に、この件、もはや事件ともいえるこれを解決せばとますます決意が固まる。
「あの、その女性は今どちらに。」
大神は承諾するように頷くと男へと問いかける。
男も鼻をすすりながら口を開く。
「…あぁ、上の部屋だ。ただ、最近は口を利くことも少なくなってきてる。」
それでもいいなら一度会って話してみてやってくれ。と、男が言う。
「うちはもう少し、この人と話すから三人は部屋の方に。」
「私も残ります、大勢で押し掛けるわけにもいかないので。」
大神がささやくように言うと、白上もそれに続く。
確かに、四人で押し掛けるわけにもいかないし、二人ずつで分かれた方がよさそうだ。
部屋へ向かおうと百鬼に声をかける。
「分かった、行こう百鬼。」
しかし、百鬼から返事はない。
怪訝に思い視線を向けると、百鬼はただそこに立っていた。
無言で唇をかみしめて、その顔は険しく歪んでいる。
「…百鬼?」
再び呼びかけると、やっと耳に届いたのかハッとしてこちらを向く。
「あはは、ごめん、余なんも聞いとらんかった。」
いつも通りの百鬼に戻る。
何か思うところがあるのだろうか。
しかし、詳しく聞いている暇もない。
簡単に説明だけすると、すぐにそこの男性、名前はジュウゾウというようだ。に断りを入れて、階段を上がる。
ジュウゾウさんが言うには、今から伺う人の名前はヨウコさんというらしい。
階段を上がっていくと木造の扉が見えてくる。
立ち止まり、百鬼と目を合わせる。
百鬼が頷いたのを確認するとドアをゆっくりとノックする。
「すみません、ヨウコさん。少しお話を伺いたいのですが。」
しばらく待ってみるも、誰かが出てくる気配はしない。
どうしたものか、もう一度同じように繰り返すも、やはり結果は同じ。
ジュウゾウさんの話通り、今は話したくないのかもしれないな。
…仕方ない、一度下に戻るか。
引き返そうと踵を返したその時
「…待って、透くん」
何かに気づいたように百鬼が声を上げる。
すぐに足を止めて振り返ると、百鬼はドアをじっと見つめている。
すると、ドアの奥から足音が近づいてくる。
二人して黙り込んでいると、静かにその扉が開いた。
「…トウヤ?」
小さくか細い声と共に姿を見せたのは老人と見まがうほどに憔悴した一人の女性。
この人がヨウコさんか?
彼女は、百鬼に目を向けることなく、まっすぐにこちらを見つめている。
その瞳は驚愕に染まっていたかと思うと、すぐに喜色に満ち、涙を流し始める。
突然のことに反応ができないでいると、やがて女性は口を開く。
「…全く、どこほっつき歩いてたんだい。…この、バカ息子が。」
そして、ヨウコさんは突然俺を抱きしめると、泣き出してしまう。
どうすればいいのか分からず、思わず硬直する。
この人は、俺を息子といったのか?
百鬼へと目を向けると、百鬼は合わせて、と言わんばかりに頷く。
もはや、なにも考えたくなくなる。
ここまで弱っていたのか。
ただそれだけ独り言つ。
これから行うことが正解かどうかすら分からない。
だが、これで突き放すわけにもいかない。そんなことをしてしまえば、すぐにでも壊れてしまいそうな、そんな危うさがこの人にはある。
「…ただいま、母さん。」
言ってしまってから、罪悪感が胸を苛む。
ヨウコさんは、その言葉に心の底から嬉しそうに笑う。
これでいいのか、これで少しでも楽になるのか。
疑問は絶え間なく落ちて湧いてくる。これは正しいのか何度も自分に問う。
「ほら、そんなとこに立ってないで、早く入りなさい。そこのお嬢さんも遠慮はしないでね。」
ヨウコさんは落ち着くと、嬉し気にそう家の中に入るように促す。
それに従い、家に入ろうとする。
「お邪魔…」
瞬間百鬼に脇腹を突かれる。
そうだよな、息子が家に帰ってきたのにそれはないよな。
小さく礼を言い、やり直す。
「ただいま」
「おかえり、トウヤ。」
ただそれだけのやり取りに、どうしても違和感がぬぐえなかった。
ヨウコさんに付いて行くと、居間へと通される。
「お茶、入れてくるから少し待ってなさいね。」
上機嫌で言うと、ヨウコさんはどこかへと歩いていて行ってしまう。
二人でテーブルの横にある椅子に座ると、百鬼へと向き直る。
「なぁ、百鬼。これでいいのかな。」
気になっていたことを問う、誰かと話して楽になりたいというのもあるが、先ほど百鬼も合意していた、その真意を知りたい。
「あの人、今すごく危険だったからこうすべきだった。
多分、あのままだとケガレに飲まれちゃうから。」
「ケガレ…」
確か、イワレが悪意などに染まったものだったか。
しかし、ケガレに飲まれるとはどういうことだ。
「ケガレはその属性は違うけど、イワレそのものなの。だから同じように溜め込んじゃう。
それもイワレの何倍もの速度で。するとどうなると思う?」
イワレを一定以上ため込むと、普通ならワザを使えるようになり、アヤカシになる。
アヤカシは何も人間だけとは限らない。人間の形そのままでいるケースはどちらかというと少ない。何らかの形で体に変化が起きている。
証拠に、このキョウノミヤコでは人間の容姿のヒトは基本イワレの少ないモノばかりである。
だが、これがケガレなら。悪意のあるイワレならば。
ふと、ひらめく。
「…まさか、化け物になるとは言わないよな。」
アヤカシと言えども、変化はあれどヒトの形がベースとなっていた。
しかし、人と認めあうことで溜まるイワレと真逆の性質ならば、それによる変化は人の形がベースとならなくてもおかしくない。
「半分正解。それに追加して、理性がなくなってただ、怨念を晴らすために行動する。」
怨念、ヨウコさんの場合だと息子さんを失ったことだ。
ならばいるかもわからない犯人を暴こうとするのか?
どのような手段で?
理性が飛んでいるのに、犯人かどうか、どう判断を付ける。
簡単だ、全員を犯人だと思えばいい。
「それは、これで防げるのか?」
「うん、怨念になりえるものを取り除いてあげればケガレは自然と消えるよ。」
そういうことだったのか。
それならばなおさら、これは続けないとな。
嘘をつくのは心苦しいが、今は、こうするしかない。
他のことは後で考えるしか無さそうだ。
「お待ちどうさま」
それからすぐに、ヨウコさんが戻ってくる。
その顔は、絶望とは程遠い笑顔だ。
例え偽りであっても、今この瞬間だけは。
そう、願わずにはいられなかった。
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