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以上
ヨウコさんに事情を伝えたところで、小さく子犬が唸るような音が聞こえてくる。
みんなして目を丸くして音の出どころへと目を向ける。
その視線の先には頬を赤く染めた白い狐の姿があった。
「そうね、もうお昼だもの。ご飯作るから、ほら入って。」
そう言って、ヨウコさんは全員を招き入れる。
特に先ほどの音に触れることなく、玄関から中へと入った。白上は最後尾にて俯きながらすごすごと歩いていた。
いっそのこと、いじってやった方が良いのではないかとも思ったが、空気的にそうもいかなそうだ。
全員そろって居間へと向かう。
「ヨウコさん、うちも手伝いますよ。」
「あら、本当?それじゃあ、お願いしようかしら。
トウヤ、二人の案内お願いね。」
そう言い残して、キッチンへと入っていく二人を見送って居間へと進む。
案内も何も特にこの家について詳しいわけでもないため、おとなしく座る。
白上は未だに顔を下げたままで丸くなっている。
そんなに気にしなくてもよいだろうに。意外と繊細というか乙女チックなところがあるのか。
そんな白上を横目に、そういえば聞いておきたいことがあるんだった、と思い出す。
「なぁ、百鬼。さっきの話もなんだが、どうして婚約者なんて設定にしたんだ?」
何かしらの形で近しい関係の方がよいのは理解できたが、やはりどうしても気になってしまう。
百鬼は少し考えてから、おもむろに口を開く。
「今は理想的で幸せな夢の中にいた方が良いから。
ヨウコさん、パッと見はもう問題なく元気に見えるけど、まだ心の中は乱れてるんだよ。
だから、自分にとって都合がいいことは妄信的に信じちゃう。普通だったら自分の子供のことを間違えるわけがないんだから。
余も昔に同じような状態になった人を知ってるから分かるの。」
同じような状態になった…。
そういえば、百鬼から身内の話は聞いたことがない。つまり、そういうことなのだろう。
これ以上無理に詮索するのは無粋だな。
「そうか、ありがとうな。そこまで頭が回ってなかった。」
礼を言い、話を終わらせる。
ケガレが溜まるということは予想以上に精神に影響を及ぼすのだろう。
ひと月でこの状態なのだ、もう少し来るのが遅ければ身体的な変化はなくとも、持ち直すこと自体が不可能になっていたのかもしれない。
「ゾッとしないな。」
思わず口をついて出てしまう。そう感じるほどに早く解決したい事件だ。
百鬼も同じようで静かに頷く。
「もー、二人共、暗い話ばかりしてないで楽しいお話をしましょう。
今は気にしてても仕方のないことですよ。」
いつの間に立ち直っていたのか、白上がそう言って空気を換える。
危うく、お通夜のような雰囲気でいるところだった。
こんなところ、見せるわけにはいかないと、切り替える。
「そうだな、悪かった。」
今蒸し返さなくてもよかった。
素直にそう思う。
「フブキちゃん、お腹大丈夫なの?」
「んん!?いや、そういう方向性の話ではなくてですね。」
そんな中、百鬼の何気なしに放たれた一撃が白上にクリティカルヒットする。
普段と同じようにただ純粋に疑問に思っての言葉なのだろうが、悪意が無いからこそ余計性質が悪い。
その犠牲となった白上はぐぬぬと唸りながら、忙しくなく尻尾を動かしている。
「?でも、お腹すいてたんだよね。」
持ち前の天然ぶりで着々と白上を追い詰める百鬼に思わず吹き出す。
この絶妙な噛み合いの悪さが妙におかしく思える。
分かった、これは耐えきれなかった俺が悪い。謝るからそんなにこちらを睨まないでほしい。
「うー、もう、あやめちゃん!」
「わひゃ、ちょっと、くすぐったいよ!」
羞恥に耐え切れなくなったのか、白上は叫びながら百鬼へと襲い掛かる。腰へと手をかけてわしゃわしゃと指を動かせば、笑いながら百鬼は身をよじらせた。
逃げようとする百鬼に、逃がしませんよ!、と白上が追いすがる。
さて、ここで状況の整理だが、俺と百鬼は同じソファに座っている。
それで、向かいに座っていた白上がこちらに移動している。
そんな中、白上から逃れようとこちらに来るものだから、自然百鬼はこちらへ倒れこんでくる。加えて白上もそれを追ってのしかかってきた。
傍観に徹しようと思っていた矢先、流石に二人を側面から支え切れるはずもない。
こちらも押されてソファに百鬼が胸の上に乗る形で倒れこんでしまう。
「もう逃げ場はありませんよ!」
そう言い、白上までも伸し掛かってくるものだから起き上がろうにも起き上がれない。
「あははっ、タイム、タイムー!」
笑い声を上げながら、息も絶え絶えに百鬼が言うも白上の手は緩まない。
「ちょっと待て、人の上で暴れるな!」
「狐は受けた恩と恨みは忘れません。」
目の据わっている白上。次の瞬間、胸の上に感じる重みが一つ増える。
どうやら、白上が完全に体重をかけに来たらしい。
つまんでソファから降ろそうとするも、腕が両方抑えられていてそれも叶わない。
二人共体重は重くはないため、苦しくはないが、ゴリゴリとSAN値が削れている自覚がある。
百鬼はくすぐられ続けて、笑いが止まらない。
白上は、楽しくなってきたのか止まる気配がない。
「ちょ、透く、助けて」
「無茶を言うな…。」
助けてほしいのはこっちだ。
百鬼の言葉に心の中で突っ込みを入れる。
おい、百鬼、うつぶせになろうとするな。
すでにSAN値がピンチなんだ。これ以上削ってどうするつもりだ。
「三人とも何してるの、ご飯できたよー」
「あら、楽しそうね。私も混ざろうかしら」
「…ヨウコさん?」
料理を持ったヨウコさんと大神が帰ってきて、ようやく白上の動きが止まる。
空腹には勝てなかったようだ。
解放された百鬼はというと、深呼吸をして、息を整えようと奮闘している。
中々ひどい目にあった。
一通り場が落ち着いたところで、全員で昼食となった。
「ほら、これあんた好きだったでしょ」
「あ、ありがとう。」
そういってヨウコさんは料理を取り分けてくれる。
みんなしっかり食べてね、と俺だけでなく全員分の面倒を見ている。
行動がスムーズというか、慣れているような印象を受ける。
「ヨウコさん、凄かったんだよ。料理の手際が良くて、うちも最低限の手伝いしかできなかった。」
「そんなに褒めないで、恥ずかしいじゃない。」
言いながら、まんざらでもなさそうに大神の皿に追加していく。
少し、盛りすぎているような気もするが、まあ、食べきれる量だろう。
大人数に食事を作ったことでもあるのか、それぞれがちょうどいい量作られている。
ジュウゾウさんの話だと、花屋をトウヤさんとやっていたと聞いていたが、その前にミゾレ食堂のような料理店にいたのかもしれないな。
一口食べてみると、口いっぱいに旨味が広がる。
店で出てきても違和感がない、むしろそれよりも美味しく感じるほどだ。
それからしばらく、皆揃ってつい夢中になって料理に舌鼓を打つ。
その間、ヨウコさんは嬉しそうにその様子を見守っていた。
その顔に映る微かな寂しさに気が付かないふりをして、俺は箸を進めた。
夢中で食べ過ぎて、すぐに料理もなくなる。
皆満足そうにしている。
「食後にお茶でも入れましょうか。トウヤ、手伝ってちょうだい。」
「分かったよ、母さん」
ヨウコさんに声を掛けられ、立ち上がりその後に続く。
キッチンへと入り、ヨウコさんが茶葉の用意をしている間、俺は湯を沸かす。
そういえば、一対一で話したことはなかった。無理に話をしなければならないというわけでもないか。
しばらく、お湯が沸く音のみが部屋を支配する。
「ねぇ、トウヤ」
「なんだ?」
こちらを向かないままに、静かに呼びかけらる。
不自然にならないよう努めて返事をする。
「調査のお手伝いしてるのよね。また、しばらくどこかへ行くんでしょ?」
ドクン、と心臓が大きく鳴る音がした。
今の状況でその話はしてもよいモノか、ただでさえ持ち直したばかりなのに。
答えられずに黙り込んでしまう。
しかし、逆にその反応で察してしまったのか、ヨウコさんはくすりと笑う。
「嘘が下手なのは相変わらずね。」
「…ごめん。」
つい感じた罪悪感に謝罪がこぼれる。
「危ないことはない?」
「多分、ないと思う。」
「ケガしないでね。」
「あぁ、分かってる。」
「ちゃんとご飯食べるのよ」
「…もちろん、食べるよ。」
「いつでも帰ってきなさい。」
「……うん、ありがとう。」
一問一答のように会話が紡がれる。
やがて、お茶を人数分淹れ終えると、ヨウコさんはお盆を取り出してそれに全員分おいて持ち上げる。
「先に戻るから、トウヤは片付けお願いしてもいい?」
言葉は発さない、ただ、黙って頷いた。
ヨウコさんがキッチンから出て行った後も動けずにいた。
唇を噛み、拳を硬く握りしめ、少し上を向く。
そうでもしなければ、この胸の中の罪悪感とも違うもう一つの感情に押し流されてしまいそうだった。
(母親は、偉大だ。)
よく言われるこのフレーズが今、はっきりとその意味を理解できた気がする。
まだ、戻れそうにない。
しばらくの間、荒れ狂うこの感情に耐え続けた。
日も暮れてきたところで、お暇することになった。
ヨウコさんにも改めて、しばらく帰ってこれないことを伝えて了承してもらっている。
次にここに来るときは、トウヤさんを救出してからになる。息子役をすることも、もうないだろう。
記憶が欠けていることを今日以上に煩わしく思ったことはなかった。
玄関から外に出る。
ヨウコさんも見送ってくれるらしく、一緒に外に出た。
階段を降りると、もう花屋は閉めたのかジュウゾウさんはいなくなっていた。
皆がヨウコさんにお礼を言っていき、最後に俺の番となる。
ここは、息子として何か言うならこうだろうか。
「それじゃあ、行ってきます。」
言いなれておらず、背中がむずがゆく感じる。
その言葉にヨウコさんは優しく微笑んだ。
「いってらっしゃい。」
それだけやり取りを済ませると、そのまま歩き出す。
ヨウコさんは姿が見えなくなるまで、こちらに手を振ってくれていた。
必ず、ここにトウヤさんを連れて帰ろう。
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