クラウンとの遭遇を経て、俺達は宿へと帰還した。
今日は今回の調査において最も情報量の多い一日だった。
特にトウヤさんの情報が得られたのは大きい。これで、大神の占術で直接探すことが出来る。明日はまずトウヤさんの救助最優先、その後にこの事件の原因の究明、解決をしていく。
連日の調査で皆、精神的な疲労がたまっている。明日の大一番に備えて、今夜はゆっくり休むことに決まった。
「それにしても、透くん凄かったね。さっきの何で分かったの?」
それぞれが共用の部屋でまったりとしていると、百鬼が不意にそんなことを聞いてくる。
白上と大神も同じようにこちらを見てくる。
さっきのというと、クラウンの最初の奇襲のことか。
「正直よく分からない。何で気付けたんだろ。」
確かに、狙われた大神や、俺より感覚の鋭い白上と百鬼も気が付かない程クラウンはあの場に溶け込んでいた。
白上の声で話しかけてきたことで違和感を覚えたが、大神はそこにも疑問は感じていないようだった。
予知夢を見たからと言って仕舞えばそれまでだが、仮にあの状況で何も起きていなかった場合、俺はただ大神を強引に抱きしめただけになっていた。
結果的にそれが最善だったわけだが、そうでなかったらと思うと我ながら危ない橋を渡ったものだ。
何はともあれ、全員無傷とはいかないものの無事に乗り切れた。それだけで十分だ。
「改めて、ありがとうね、透君。」
「偶々だよ。…それより、クラウンのワザが気になるな。声を真似たり、一瞬で消えたり。どんな能力なんだ?」
背中がむず痒くなり話題を変える。
礼を言われるのは嬉しいが、こうも持ち上げられると逆に居た堪れなくなってしまう。
そう考えて何気なく振った話題だが、これはこれで重要だったりする。
相手の能力を知っているのと知らないのとでは、安全性の面においても雲泥の差が生まれる。
特にクラウンは殺意を持って刀を振るってきた。
それはクラウンを明確に敵と断ずるには十分すぎる。
「そうだね、声真似はあの精度だと喉を変形させてるのかも。正確には声帯をだと思うから、一つは身体操作系の技だね。」
「一つは?」
ふと、引っ掛かりを覚えて聞き返す。
その言い方だと、つまり、複数のワザを使えるということになる。
大神が自然と話すものだから危うく流しそうになってしまった。
疑問符を浮かべていると、白上が察してくれたのか話し始める。
「そういえば、あまり詳しくは説明していませんでしたね。
今更ですけど、カミやアヤカシの中には複数のワザを使用する人もいます。例えば、白上は武器の形状変化が主なんですけど。ミオは占星術と炎の操作の二つ使えます。」
その説明に大神の方へ視線を向けると、頷かれる。
確かに、今考えてみると大神が使っている二つのワザに関連性は見られない。どうやら、ワザは1人につき一つしかないという先入観があったらしい。
「もしかして、百鬼も色々なワザが使えるのか?例えば、あの背後霊みたいなのとか。」
百鬼と手合わせをしてた時に何度か発動させている謎のワザ。あれを出されてからはなす術もなく、一方的な展開になるが、そういえば能力の詳細は聞いたことがなかった。
白上たちは軽く教えてくれたが、自分のワザの事はあまり話すものでも無いのかもしれない、と言ってから気がつくが、百鬼は気にした様子もなく少し考える素振りを見せて答えた。
「背後霊?…あー、あれね!
あれは背後霊じゃなくて、式神だよ。効果は身体強化に近いかな、鬼纏いにプラスして追加効果があるみたいな。そんな感じ。」
「プラスって…そりゃ手も足も出ないな。」
割と本格的な戦闘訓練が行われていたことに今更驚く。確か鬼纏いだけでも吹き飛ばされていたから、そこを加味すると良く生き残れたものだと、我ながら感心だ。
「もしかすると、透君もワザが使えるようになるかもね。」
「そうなることを願うよ。」
やはり、年頃の男としては特別な能力を持つことに憧れはある。現状鬼纏いを使えるが、あれは身体強化の延長みたいで、中々ワザという認識が薄い。
目潰しは俺ではなく刀の能力であるし、このままでは百鬼の劣化版だ。劣化百鬼だ。
できれば応用の効くような能力がいいな。
あれやこれやと話しているうちに、いい時間帯になっていた。
夕食を食べ終わると、皆それぞれ部屋に戻ってしまった。
やることもなく、寝ようにも寝付けなかった俺は少し夜風にあたろうと窓を開ける。
空には雲ひとつなく、月や星が綺麗に輝いている。
…どうせ眠れないのだ、屋根にでも登ってゆっくり星を眺めよう。
思いついたが早いか、身体強化を使い、窓の枠に足を乗せ鉄棒の要領で身を上げる。
屋根の上に立つと、丁度気持ちの良い風が吹いてくる。
こうしていると、ちょっとした全能感に浸りたくもなるが、そうするには些か周りが大きすぎる。そういう意味では、百鬼にはいい意味で叩きのめされているな。
まさかそこまで計算してはいないだろうが。
「…あれ、透さん?」
「ん?」
どうやら先客がいたらしい。
唐突に話しかけられ、驚いて後ろを振り向く。
昼間に酷い目にあったせいか、少し心臓がざわつく。
そんな心境とは裏腹に、そこには夜でも見分けやすいような、綺麗な白い髪を携えた狐が一匹…失敬、白上が1人屋根に腰掛けていた。
「なんだ、白上か。何してんだこんなところで。」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。」
ほっと胸を撫で下ろしながら問いかけると、白上も小さく笑いながら返してくる。
それはそうだ。まぁ、考えることは同じか。
「…横、座るぞ」
「はい、どうぞどうぞお座りください。」
「いや、すまないね」
折角なので一緒に夜空を眺めようと隣に腰を下ろす。
どこか芝居がかった口調の白上に、こちらもそれに乗っかるようにすると、くすくすと2人笑い合う。
正直、白上とは何をやっても楽しめる気がする。
「透さんも眠れないんですか?」
「まぁ、色々あったからかちょっと興奮したみたいでな。」
別にそれが楽しいことからの興奮であれば良いのだが、今回のはそれとは違って脳は寝ようとしているんだが、体は起きているような、そんな感じ。戦闘本能と言ってもいい。
カクリヨに来て色々とあったが、殺意を正面から受けたのはこれが初めてだ。百鬼の時は制圧といった感じだったが、クラウンは違った。
人を殺すということへの躊躇いのなさに、純粋な害意に初めて触れた。
白上も何となく察したようで、それ以上踏み込んでくることはなかった。
「そういう白上はどうしたんだ?」
「私も同じみたいなものです。少し考え事をしたくて。」
少し顔に影を落とす白上。いつも楽しげな顔をしている彼女には似合わないような、そんな顔。
「…邪魔したか?」
話せば楽になる悩みもあれば、その反対もある。一人で考えたいこともあるだろう。
「いえ、むしろ助かります。…できれば話し相手になってもらえませんか?」
その言葉に頷き、浮かしかけた腰を落とす。白上がそう望むのなら、そうしよう。
「奇遇だな、俺も誰かと話したい気分なんだ。」
そう言うと、白上は驚いたようにこちらを見て目を開く。
なんだ、おかしな事でも言ったか。少しクサイことを言った自覚はあるが、驚くような事でもないだろう。
白上は少しの間こちらを見つめると、気の抜けたように相好を崩す。
「やっぱり、透さんは優しいですね。」
「お人好し筆頭が何を言っているんだか。」
見ず知らずの男を助けるだけでなく、その後の面倒まで見てくれて。そんな彼女にそう言われても皮肉にしか聞こえない。
ところが、その言葉に白上は自嘲気に笑い、首を横に振る。
「お人好しだなんて、言われる権利は私にはないですよ。」
そんな筈は無い。
それが通るのならばこの世界は救いようの無いような世界になってしまう。お人好しなんて人は、誰一人存在しないだろう。
だが、白上本人はそう考えてはいないようだ。
何で、どうして。
そう聞きたいが、これ以上踏み込んでも良いものか、計りかねて迷う。
「理由、気になりますが?」
「今、声に出てた?」
「いえ、そういう顔をしてたので。」
そういう顔とはどういう顔だ。顔に手をやるもそんな事では分かるはずもない。
そんな俺の様子に白上の顔に笑みが戻るが、また自嘲気なそれに戻ってしまう。
「…まず、先程はありがとうございます。」
「?大神のことか?当然だろ、仲間なんだから。」
例え、仲間でなくとも目の前で人が斬られそうなら助けると思う。何も好き好んで人が斬られる所を見たいとは思わないだろう。
そういう趣味というか、それが好みな人もいるだろうが、生憎、俺はそのカテゴリには入っていない。
「いえ、それもあるんですが、ミオの予言を覆してくれたことです。」
大神の予言、というと今朝の死神のカードのことか。
確かに気を付けてとは言われたが、言われてみれば今の所それらしい人は出ていないな。
たが、不確定な未来を占うのだ、外れる事だってあるだろう。
「それは俺じゃなくて、ただ占いが外れただけだろ?」
しかし、その考えは白上によって否定された。
「あり得ません、いつもの占星術ならまだしも、あの予言は確定事項なんです。」
「…どういうことだ?」
いつもの占星術。
そもそも俺のようなこのカクリヨにとっての不確定要素から精度が落ちたと言っていた。今朝も大神は重大そうにはしていたが、気を付けてとだけしか言わなかった。
未来が見えれば、それを回避する事が出来るのも道理だ。
そういうものだと、考えていた。
「ミオの予知能力は二種類あります。一つ目は、見たいものを絞り込んで見る占星術。これは今も昔も変わりません。私もよく占ってもらいます。
問題が、二つ目のとある事象を見せられる能力です。」
見たいものと見たくないもの。主観で変わるとはいえ、同じ未来ではないのか。
疑問に思うことはあるが、黙って続きを促す。
「恐らく、透さんが思うミオの能力は占星術の方です。未来を予め知る。これが本来の予知の形です。
ですが、二つ目は予知と銘打ってはいますが、本質は違いまして。」
「本質が…つまり、未来を知るわけではないのか?」
だとすると話が合わなくなってしまう。未来を知ったからこそ、警告をしたのだと思うが、そうでないとすると、何を根拠に大神は言ったんだ。
「結果的にはそうなりますが、過程が異なるんです。
二つ目の能力の本質は未来の確定で、まず、辿る未来が確定して、その上でその結果を見る。
未来が確定しているから、変えようがない。変えようとしてもそれすら確定した未来への過程に組み込まれている。
そんなワザなんですよ。」
未来を知るのではなく、確定するワザ。それも自分では制御不可能。
纏めてみると簡潔ながら無茶苦茶だ。
そんなもの、どうしようもない。一度見えたらそこに至るしかない。
言っているのはつまりそういうことだ、何が起きようとそれを指を咥えてみていることしかできないということだ。
例え、大切な人が消えてしまうとしても。
あぁ、納得がいった。理解できた。
白上が何に悩んでいるのか。何故こんな話をしてくれたのか。
「つまり、俺を利用したってことか?」
「…はい、そういう事になります。」
白上は俯き、目を伏せながら答える。
最初、俺を予知で見つけたと言っていた。そこから、何処かのタイミングで予知とのズレが生じたのだろう。つまり、俺の存在が確定した未来をずらす事が出来るという予測が立ったのだ。
結果は大正解。最悪な未来が見えてもそれを回避することが出来た。それが今というわけだ。
「…軽蔑、しましたよね。」
「いや?寧ろ色々と納得がいった。」
正直、利用されていたと言われても、そこまで悪い気はしないし、逆にそういう事ならどんどん使ってくれとすら思える。
その程度には、信頼しているつもりだし、恩義も感じている。
そんな背景があるとは思わなかったから驚きこそしたものの、説明されて納得がいった。それだけだ。
「でも、透さんを助けたのも打算があってのことなんですよ?」
白上は、恐る恐るという風に問いかけてくる。
ひとつ引っ掛かったのがこの点なんだが。どうにも、自分を卑下しているように思える。
「打算だろうと何だろうと、助けてくれたのは事実だろ。
それに、そういうの抜きにしても、白上と大神は俺を助けてくれただろ?」
「…なんでそう思うんですか。」
「そんな気がするから。」
訝し気に聞く白上に軽く答えてやる。
結局は勘だ。しかし、何もそれに根拠がないわけではない。
これまで、紛いなりにも同じ屋根の下で生活してきたのだ。時には一緒にゲームしたり、家事をしたり、一緒に怒られたり。
そんな生活を送っていれば、嫌でも人となりはある程度把握できる。
あぁ、こいつはこういう事が好きなんだ、これは苦手なんだな、こういう考え方をするんだなって。
だから、分かる。人を見殺しにするような奴らではない事は。
この考えには、妙に確信を持てる。
それを聞くと、白上の顔から影が消えた。
「もう、何ですかそれ。」
小さく笑いながら、そう溢すように呟く白上。
その顔は、憑き物が落ちたように晴れ渡っている。
なまじ事情を知っているだけに、何も出来ない事で悩んでいたのだろう。それも、相手は親友ときた。ずっと悩んでいたのかもしれない。それをおくびにも出さないで、明るく振る舞って。
そんな彼女の負担が消せるのなら、それでいい。
「んー、では白上はそろそろ部屋に戻りますね。」
白上は伸びをしながら立ち上がると、屋根を下りていく。
少し話し込んでしまったな。
だが、色々と考えを知って、伝えて、少しは距離が縮んだような気がする。
「透さん、おやすみなさい。」
「おう、おやすみ」
最後にそれだけだ言うと、白上は屋根伝いに部屋へと戻っていった。
お気に入り150あざます。
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