どうも、作者です。
以上
ふわり、と出発の際と変わらず全く振動のないまま、麒麟は地面へと着陸した。
上からは雲がかかっていたため、降下の途中景色を見ようとしたのだが、まさか、直下で落下するかのように地面に降りるとは思わなかった。
しかも、ほぼ自由落下かつ、天候が悪いようであまり外の景色が見えなかった。
目の前にあるごちそうを寸前で下げられたような気分だ。
だが、停止した今、ようやく外の景色が見れる。
「…雪?」
窓から外を覗けば、空から白い大粒の雪がいくつも降り注いでいる。
地面は、先ほど見た雲に負け劣らず白く染まっており、目の前には見事なまでの銀世界が映し出されていた。
「あー、やっぱり降ってるよね…。外は寒いから、みんな上着だけでも羽織った方が良いよ。」
そう言って、既に大神は黒のコートを羽織っていた。
この口ぶりから、どうやらここに何回か来たことがあるようだ。
言われた通り、それぞれがコートを羽織ったことを確認すると、大神は荷台のドアを開ける。
「うひゃぁ、寒いですね。」
途端に冷気が中へと入りこんでくる。
そのあまりの冷たさに、白上が悲鳴を上げた。
「イズモノオオヤシロって北の方にあるのか?寒すぎるだろ。」
「寒い―」
シラカミ神社付近ですら、まだ肌寒い程度で済んでいたが、ここは肌寒いなんてものじゃない。
何もはおらずにいれば間違いなく凍死してしまうだろう。
ここまで気候が変化するとは、かなり遠くの方まで来たのだろう。
「そう思うよね、確かにこの辺りも冷えるけど、ここが特別で年中こんな気候。」
特別、つまり何らかのワザか、他の要因があるということか。
寒いが、外に出ない事には始まらない、勇気を出して一歩外へと踏み出す。
「うお!?」
地面へと踏み出したはずの一歩が、音を立てて雪の中へ埋もれていった。
唐突の出来事で、つい声が出てしまう。
見てみれば、大体膝のあたりまで足が雪に埋まっている。
嘘だろ、どんだけ積もってんだ。
驚きながらも、もう一方の足を下ろす。
何度か足踏みしてみるが、歩けないほどではない。しかし、歩きやすいわけでもなく、気を抜けば転んでしまいそうだ。
俺よりも身体能力の高いであろう、百鬼や白上もここまでの積雪は経験に少ないらしく、歩けてはいるが少しぎこちない。
全員が降りたところで、麒麟は再び空へと舞い上がると、どこかへと飛んで行ってしまった。
「…」
黙って見送っていたが、これからどうするのだろうか。
辺りは一面雪に覆われていて、視界も悪い。
どちらがどの方角かなど分かるはずもない。
「それで、目的地はどっちだ?寒いし早く行こう。」
まぁ、その辺りは大神が知っているだろう。何度か来ているのなら道順は分かるはずだ。
仮に身一つでこんなところに放り出されたとしたら、諦めてそこらに横たわるしかない。
「うーん、うちも行き方分からないんだよね。」
そんな頼りの綱の大神は困り顔で首をかしげていた。
「へ?」
え、嘘だろ。流石にここまで来て道が分からないはまずい。
麒麟も飛んで行ってしまったし、これは普通に遭難に当たるのではないか。
(いや、待て)
決めつけるのは早計だ。
もしかすると、白上や百鬼が知っているのかも。
それを承知したうえで大神もここに来たのだろう。
先ほども、自分は知らないという意味で。そうだ、そうに違いない。
ちらりと、件の二人へと目を向けてみる。
「ミオ、冗談ですよね?」
「あれ、余達迷った?」
同じく、大神の言葉に顔を青くしている。
なるほど、理解した。
どうやら、俺達はこの極寒の大地で凍死するようだ。
まさかこんな所で終わるとは思わなかった。
(そっか、記憶は戻らなかったけど、これまで楽しかったな。)
早々に諦めの境地に至り、目を閉じ軽く走馬灯を見る。
どれもこれも、楽しい思い出ばかりだ。
あぁ、そうか。これが幸せというやつか。
「これ、お主、こんなところで何を呆けておるのじゃ。」
ふと、そんな声が聞こえる。
白上ではないな、大神、百鬼、両方に比べて声が幼いから違う。
目を開け辺りを見回すが、特にこれといった人物は見受けられない。
…なんだ、幻聴でも聞こえだしたのか。
「どこを見ておる、下じゃ、下!」
再び聞こえる幻聴。
声の導くままに視線を下げてみる。
「…なんでこんなところに子供がいるんだ。」
「…ほう、主、初対面にもかかわらず大した口の利き方じゃな。」
そこには、ふさふさとした尻尾をいくつも携え頭に獣耳を付けた、着物を着た少女がいた。
その髪は金を薄く伸ばしたかのような見事な長髪で、その顔は幼げな印象を残しつつ、少しだけ大人びて見える。
そんな少女は、俺の言葉に反応してか、頬をひくつかせている。
幻聴の次は幻視か、しかも見る対象がこれということは、俺の知られざる意識の深層部分がこういったものを求めていたということだろうか。
確かに、以前までの自分は覚えていないが、そういうことなら、思い出さない方が正解なのかもしれない。
「あー!もう、せっちゃん遅いよー!」
本来の自分に戦慄を覚えていると、こちらの様子に気が付いた大神が声を上げる。
その視線は俺の丁度目の前、金色の少女を捉えている。
大神にも見えているということは、この少女は俺の作り出した妄想などではなく、実在するということ。その事実にほっと一安心する。
「わざわざ出迎えに来てやったというのに遅いとは何事じゃ!…全く、相変わらずカミ使いが荒いヤツじゃな、ミオ。」
言葉とは裏腹に、少女のその表情は穏やかだ。
そのやり取りは、心を許し合っているのか、とても気安く感じた。
「お二人は知り合い何ですか?」
どうやらこの少女のことは白上も知らないらしい。
意外だ、正直大神のことなら大抵のことは知っていると考えていたが…まぁ、人それぞれ独自の付き合いはあるモノか。
「そうだよ、ほらせっちゃん。この三人が前話したうちのお友達だよ。」
「うむ、ミオから話は聞いておる。白上フブキに百鬼あやめ、そして、透じゃな。
妾の名は神狐セツカ。イズモノオオヤシロのイズモ神社の神主としてお主らを歓迎しよう、よろしくの。」
自己紹介を終えた俺たちは少女、セツカさんの案内で目的地へと歩いていた。
最初、セツカさんはこの雪をどう進んでいくのか疑問だった。
下を向かないと顔が合わない程、セツカさんの身長は小さい。俺の膝のまで雪が積もっているということは、彼女にとっては足がほとんど埋まってしまう。
流石にそこまで行くと、歩行することすらままならないはず。
「早速じゃが、神社の方に案内しよう。こっちじゃ。」
考えていた矢先、言うが早いか、セツカさんはそちらから来たであろう森の方に向けて進みだした。
だが、雪から足を抜く様子もない。いや、よく見れば、セツカさんの周りだけ雪が存在しない。
どうして、その答えはすぐに示された。
ただ普通に前方へと進む。それだけで、セツカさんの周りの雪は避けるように横へとずれていき、道を開け、後には平坦な道が残っている。
俺たちが歩きやすいようにか、その幅は全員で横に並んで歩けるほどに広い。
よくよく見てみれば、セツカさんの体の周りを薄い光の粒が舞っている。
恐らく、この現象はセツカさんのワザか、それに付随するものによる結果であるようだ。
「あまり長持ちしないからの、離れすぎないように気をつけるのじゃぞ。」
振り返り一言だけ残すと、すぐに再び歩き出す。
流石にあの雪をかき分けながら進むのは骨だ。
その光景を呆然と眺めていた俺たちは、慌てて荷物を持ち、その背を追う。
大神は見慣れているのかさして気にした様子もなくセツカさんに追従している。
「なぁ、白上はセツカさんとは…」
歩きながら後ろの白上にこそりと話しかける。
大神の知り合いならば白上の知り合いという可能性もまだある。
「一応ミオから話には聞いていたんですけど、初対面ですよ。なんていいますか、あんなに可愛らしい容姿だとは思わなかったので、正直驚いてます。」
なるほど、大神伝いで本当に知り合いなだけであったようだ。
容姿というと、あの幼げな姿のことか。
かなりぼかしているが、つまり…
「確かに、どう見ても子供だもんな。」
「これそこ、聞こえておるぞ。」
背中に耳でもついているのか、呟いた瞬間セツカさんはこちらを振り返り、目を光らせる。
「「すみませんでした!」」
白上と二人、同時に謝罪を口にする。
「まぁ、実際に子供の容姿なんだし、仕方ないよ」
「むぅ、あまり言いすぎるようじゃと置いてゆくからの!」
大神の言葉に、セツカさんはそう言ったきり、ぷいと顔を背けてさっさと前の方に行ってしまう。
あまり触れない方が良い話題だったか。
しかし、大神が触れたということはそうでもないのか?
何より、セツカさんからあまり怒気が感じられない。
「大丈夫だよ。」
困惑していれば、不意に大神から声がかかる。
何が大丈夫なのだろうか。
「ああは言ってるけど、せっちゃん人との付き合いに飢えてるの。会話自体久しぶりだから、今だって顔覗いたらニコニコしてると思うよ?」
「あ、ホントだ、凄い笑顔。」
大神の話を聞いていたのか、百鬼がセツカさんの前に回ると声を上げた。
自然、セツカさんへと視線が集まる。
するとちらりと見えるセツカさんの横顔がみるみるうちに赤く染まっていった。
「こ、これ、ミオ!あまり余計なことを言うでない!」
大神へと詰め寄るセツカさんは、見た目通りの年齢の子供のようでつい頬が緩みそうになる。
それとは対照的に、詰め寄られている側はさも愉快そうに笑っていた。
なんとなく、二人の関係性が垣間見えた気がする。
「…あの、お持ち帰りしてもいいですかね。」
「フブキちゃん…、流石にやめておいた方が良いよ、一応初対面なんだし。」
何故か呼吸を荒くしている白上を百鬼が若干引きつつなだめている。
しかし、人との付き合いに飢えるとは、この先に人が住んでいるような場所がないのだろうか。
周りを見渡してみれば、当然のようにそこに生き物の気配はなく、ただ、針葉樹が葉をつけているのみだ。
こんなところに町が存在するとは思えない。
シラカミ神社も山奥にあるが、その道中にはミゾレ食堂もあり、参拝客もごくまれにではあるが来ることもある。大半が悩み相談だが。
だが、この環境では、普通の人間がたどり着くことは困難だろう。
見たところ、雪を進めるのはセツカさんがいてこそだし、イズモノオオヤシロというのは寒さに強いアヤカシが多いのか?
「どうしたの透君、難しい顔して。何か気になることでもあった?」
不意に、大神から声がかかった。
先ほどまでセツカさんと話していたはずだが、終わったようだ。
「いや、シラカミ神社の周辺とは違うんだなって。この辺りに村とか、町はないのか?」
「確かに、うちも最初は驚いた。この辺りには人は住んでないよ。」
「こほん、正確にはこの結界の中じゃな。外の方にはキョウノミヤコのように町があり、人が住んでおる。
一般的にはそっちの方がイズモノオオヤシロとして知られておるが、実際にはこっちの方が本場というか、本殿みたいなものじゃ。」
大神の説明に、落ち着きを取り戻すように一つ咳ばらいを入れるたセツカさんが補足を入れる。
結界ということは、やはりこの気候は人為的なものなのか。
結界を張る、つまり、守る、もしくは隠す必要のある何かがあるのだろう。
それが何であるのか、気になるところではあるが、今回の目的はあくまで温泉だ。あまり首を突っ込みすぎるのもよくない。
どちらにせよ、今の俺では何もできない。それだけは忘れないようにしなければ。
「む、そろそろかの。」
歩いていると、セツカさんのつぶやきが聞こえる。
それと同時に、前方、森の木々の間から光が見えてくる。
進むごとに、その光は大きくなっていき、やがて森を抜けるとその全貌をあらわにした。
まず目に入ったのは、目の前にある大きな建物。
シラカミ神社にある本殿と同じ程度の大きさではあれど、ところどころ金で装飾されたそれは、まさに豪華絢爛。
ランタンには優しい明りが灯され、あたりを暖かく照らしており、降っている雪さえもが、その神社を彩る一部となっている。
「…本当に変わってないんだね、ここは。」
「そうじゃろう、妾を含めて、ここのものは一切変わらずにおる。これまでも、これからもの。」
その光景を見て、大神はほっとしたような、悲しいような顔をして呟いた。
その二人のやり取りの意味を、意図を俺には理解できない。
ただ、その領域に踏み込んではいけない、そんな気がした。
たっ、と不意にセツカさんが俺たちの前へと躍り出る。
その姿は、光に灯されやけに神々しく見えた。
「改めて、ようこそイズモ神社へ。自らの家だと思いゆるりと過ごされよ。」
ということでオリキャラの神狐セツカでした。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。