どうも、作者です。
部屋に入り、持ってきた荷物を纏めておく。
ただこれだけの作業のはずなのに、俺の心臓は早鐘を打っている。
理由は…、考えるまでもない。
ちらりと横へと視線だけを向ける。
「ふんふーん。」
鼻歌を歌いながら、黒髪の少女が同じように自分の荷物を整理している。
傍目に見ても、彼女は魅力的で、可愛らしい。
そんな少女と、この部屋で一緒に過ごすことになるとは思いもしなかった。
「なぁ、大神。」
「?なあに、透君。」
声をかけてみれば、大神はこちらに笑顔と共に振り向いてくれる。
なんで俺と一緒の部屋に?
そう聞くつもりであったが…考え直した。
今さらだし、先ほどと同じ、捨てられた子犬のような目で見られてはかなわない。
「いや、神狐はどこに行ったのか気になってさ。」
「せっちゃん?うーん、思い当る節はあるんだけど、大半は面白がって離れただけだと思うからその辺りをふらついてるんじゃないかな。
用事が出来たりしたら、またふらっと出てくるよ。」
面白がって…か。
こちらとしては、おかげさまで変に意識をしてしまって、どうにも落ち着かない。
神狐は俺たちのことをどうとらえているのか、一度問いただして訂正しておく必要があるのかもしれない。
「こんこーん、入りますよー。」
「さっきフブキちゃんと話してたんだけど、下の温泉行ってみようよ。」
丁度荷物をまとめたところで、白上、百鬼が部屋を訪ねてくる。
正直、二人きりはまだ気恥ずかしいから、助かる。
「温泉か、良いんじゃないか?」
まだ昼前ではあるが、丁度よく時間もつぶれる。
それに、いい気分転換にもなる、リラックスすれば、この落ち着かない気持ちも少しはましになるだろう。
「そうだね、うちも久しぶりに入りたかったし、行こっか。」
必要なモノだけを手に持って、一階へと降りる。
先ほどとは違い、シキガミの姿は見られない。どうやら、先ほどのは案内のみが指示内容だったらしい。今は大神の伝言をもって、神狐のところにでもいるのだろう。
入り口で三人と別ると、暖簾をくぐり中へと入った。
「おぉ、広いな。」
思わず、声に出てしまうほどの広さ。暖簾の先は脱衣所となっていた。
手早く服を脱ぎ、もう一方の扉へと向かう。
扉を開けると、寒気がなだれ込んでくる。
雪は降らずとも、気温が上がるわけでもない。
全身に鳥肌が立つのを感じながら、歩を進める。
どうやら、露天風呂というやつで、上を見れば雪雲がふわりと漂っている。
早速体を流し、湯の中へと体を入れる。
じんわりと体の中へ暖かさがしみ込んでくる。その感覚に、思わず息が漏れた。
やはり、水浴びとはわけが違う。
この時期にこれを知ってしまっては、もう水浴びには戻れなくなりそうだ。
しばらく、温泉を満喫していると、異変が起こる。
やけに血流の流れが活性化しているような。いや、似ているが少し違う。
これは、ワザを使用している時の感覚に近い。イワレが体をめぐり、ゆっくりとではあるが体のこりが取れていくように、肉体的な感覚ではないあえて言うなら、イワレのこりが取れていく。
なるほど、大神の目的としていたものはこれか。
恐らく、これはこの温泉の効能の一種なのだろう。
温泉に浸かった対象者のイワレに作用する、いかにも神社にある温泉らしい。
「…それで、これはいつまでつかるのが正解なんだ。」
取り合えず、この感覚がなくなるまでつかろうと考えていたが、待てど暮らせど、凝りが取れ続けていくのみ。
これは大丈夫なのだろうか、なんというか、ある程度取れるのはよいのだが、このままだと溶けてしまいそうな気がしてくる。
…そろそろ十分か。
決して不安に負けたわけではない。ただ、長湯も過ぎればのぼせてしまうこともある。
ましてや、今俺の体はこの世界においてあまり強靭であるとは言えない。
普段のような感覚で行くと、自分も気づかないうちに限界を超えてしまう。
大層な理由付けが完了したところで音をたてて立ち上がる。
温まった体は外の冷気を感じさせないが、すぐに冷え込むことに違いない。
温泉から上がると体の水気をとり、足早に脱衣所まで向かう。
そして、服を着ようと手を伸ばして気づく。
「…あれ、俺の着物は?」
伸ばした手は何も掴まない。
置いておいたはずの着物は、何処へともなく消えていた。
何故、そう理由を考えていると、ふと視界の端に何かを捉えた。
見てみれば、神狐のシキガミ。
その手には、俺の服と、俺のものではない新しい浴衣がある。
俺がそれを認識するのと同時に、シキガミはこちらへと寄ってくると浴衣を差し出してくる。
これを着ろ、ということだろうか。
受け取り、着てみればサイズは丁度良い。寧ろ、合いすぎて少し怖いくらいだ。
「…これは神狐からか?わざわざありがとうな。」
そう言えば、シキガミは一礼をしてその場から消える。
俺の元々着ていた服は洗濯してくれるのだろう。
暖簾をくぐり、広めのスペースへと移動する。
さて、これからどうしたものか。
思えば、カクリヨに来てから一人きりということは少なかった。
正確には一人で暇になる。という経験が未だ乏しい。
やることといえば鍛錬が多かったが、現状そんなことをすれば大神に後から説教を食らうし、ふろ上がりに汗をかくような真似はできれば避けたい。
置いてあるベンチに座り、何ともなしにぼーっとする。
白上達も、まだ温泉だろう。あちらは三人、俺は一人。
こういう時、男が一人だと肩身が狭いというか。
こちらに来て、同年代同性の友人といえば明人くらいか。
ろくに挨拶もできないままだったが、また会えるだろうか。
折角同郷の友人に出会えたというのに、あれきりというのは寂しいな。
駄目だ、慣れない一人で、少しセンチメンタルになっているようだ。
切り替えるように、頬を叩く。
「あ、透さーん!」
呼ばれてそちらを向けば、白上がこちらに向けて手を振っている。
他の二人の姿は見えない。まだ、温泉なのだろう。
先ほどの影響か、白上がいることがやけに嬉しく感じる自分がいる。
ふとそんなことを考えたことを隠すように、手を振り返してみれば、白上はこちらへと小走りで近寄ってきた。
しかし、おかしい。やけに白上の頬が赤い。それに、よく見ればその眼をとろんとさせて、何処か妖艶な雰囲気すら感じる。
「どうしたん…」
「どーんっ!」
声をかけようと立ち上がった俺に、白上は小走りの勢いを緩めることなくその身を俺に預ける。
端的に言えば、ハグをされた。
ぴしり。
そんな音が聞こえるかのように、俺の全身が硬直する。
白上と俺の身長差的に、俺の胸辺りに白上が顔をうずめている形となる。
ぎこちない動きで下を向くも、白上の頭が見えるだけ。その表情はうかがい知れない。
風呂上がりなことも相まって甘い匂いが漂っており。しかも、薄着なのか柔らかい感触が伝わってくる。
「ちょ、白上!?」
これはマズイ。
慌てて引きはがそうとするも、白上も浴衣を着ており、下手に肩を掴むとはだける可能性がある。
ならばどこを掴めばいいのかと、伸ばした手をあたふたとさせ、最終的には降参のポーズとなる。
「えへへ、透しゃーん。」
白上は舌足らずに名前を呼びながら、こちらを見上げる。
目が合えば、その相貌をふにゃりと崩して、俺の胸に頬ずりをする。
そんな普段とは違う。見たこともない白上の姿に、全身の血液が沸騰する。
触れ合っている部分が炎が付いているかのように熱い。
何があった。何が起こっている。どうしてこうなった。
思考が混乱する。
温泉に入る前、白上は普段と同じであった。特に変わった点など見られなかった。にも拘わらずこのありさま。普通に考えて。温泉で何かあったのだろうが、それより、大神や百鬼はどうしたのか。
こんな状態の白上を放っておくとは考えにくい、だが、実際に白上のみがここにいる。
…いや、今は考えても無駄だ、そんなことよりもこの状況をなんとかしないと。
「透…しゃん…」
「なんだよ…って、おい!」
名前を連呼する白上に返事をしようとしたところで、不意に白上の体から力が抜けた。
ぐらりと傾く白上を慌てて支える。
「白上、どうした!」
体をゆすってみるも、反応は帰ってこない。ただ、人形のように白上が揺れるだけだ。
意識がない。
そう認識した直後、口元に手をやり息があることを確認する。
「すぅ…すぅ…」
規則正しい呼吸。
どうやら、ただ寝ているだけのようだ。
その事実に、安堵のあまりため息が出る。
目の前で急に倒れられるというのは、あまりにも心臓に悪すぎる。
にしても、こんなところで急に寝るなど、普通はあり得ない。
すぐに思いつくものであの温泉か。
のぼせでもしたのか、あるいはリラックスしすぎたのか。
その辺りは定かではないが、ここで寝かせるわけにもいかない。
「…よっと。」
寝ている白上を横抱きにして持ち上げる。
イワレの補助のない今の状態でも軽々と持ち上がる程に白上は軽かった。
このまま部屋まで送り届けようかとも考えたが、勝手に部屋に入るというのもなんだ。一旦、すぐそばの先ほどまで俺が座っていたベンチへと運び、寝かせる。
そうして、改めて白上へと目をやる。
極力めをやらないようにしていたから気づかなかったが、倒れた拍子にか白上の浴衣が少しはだけてしまっている。
「…どんだけ無防備なんだよ…。」
気にしない性質なのか、それとも俺が意識されていないだけか。
どちらにせよ、ここまでくると一周回って腹が立ってくる。
とはいえ、このままにしておくのも目に毒だ。
このまま寝かすにしても、そこだけ直しておこうと、なるべくその部分を見ないように慎重に手を伸ばす。
自分の鼓動が聞こえる。
近づくのに連動するように、どんどん脈拍が上がっていく。
ただ乱れた服を直すだけなのに、何故か悪いことをしてる気分になる。恐らく、寝ている女の子に振れるということ自体が、それを助長している。
ゆっくりと、伸ばしていた手がついに白上へと触れようとする。そして…
「寝ている娘に何をするつもりじゃ?」
「どあっ!?」
突如横から聞こえてきた声に、電流が流れた手を引っ込めるように、反射的にその場から離れる。
先ほどとは違う意味で高まる鼓動を抑えながら、声の出所を見やれば、そこにいるのは金髪の狐娘。用事があると、ある意味とんずらをこいていたはずの神狐がそこにはいた。
「ほう、ただ声をかけただけでその反応とは、やはり何かいかがわしいことでもしていたようじゃな。
こんな少女を眠らせて、何をしようとしておったんじゃか。」
「違う、誤解だ!俺はただ服を直そうとしてだな。」
弁明しようとするが、神狐はニヤニヤと悪戯に笑いながらこちらを面白そうな目で見ている。
そこで理解する。からかわれていると。
こちらの事情を理解したうえで、神狐は俺を動揺させて楽しんでいる。
「ま、ここで主らがいくら乳繰り合おうと妾は構わんがの。」
「乳繰り合うって、片方意識ないんだがな。」
そもそも、乳繰り合ってなんかいないし。
そう誤解されるなら、せめてもう少しそれらしいことをしてからされたいものだ。
「それより、いきなり白上が寝たわけだけど、神狐は何か知っているのか?」
白上が倒れているのを分かったうえで、俺をからかう方向にシフトしたということは、原因が分かっているからこそだろう。
「無論じゃ、お主温泉にはもう入ったのじゃろ?」
「あぁ、入った。」
普通の温泉とはまた違った、全身の疲れが取れるようでもう一度入りたいとも思った。
やはり、あの温泉に何かあったのか。
「あれは体を温めることもそうなのじゃが、実のところ魂に影響を与える湯なのじゃ。」
「…魂に?」
概念的なものが出てきた。
元々イワレやワザなど、様々な現象を見てきていたこともあり、それ自体に対する驚きは少ない。ここまで隠された神社の秘湯だ、そのくらいの事実に取り乱しはしない。
しないが、ここに来て新しい概念が増えた。
魂、それは概念としては割と一般的で、誰でも知っているようなものだ。
だが、それが実在するという。
実在というか、影響を及ぼせるものであるということに、少なからずの驚きはある。
「そう、魂じゃ。あの湯は、魂の疲労をとり、イワレの流れを調整する。
イワレは肉体、魂の両方に影響を与える。普段イワレを使用した疲労はその両方に溜まるのじゃ。
そして、肉体の疲れは取れても、魂の疲労は普通の休息ではすべて取れないのじゃよ。」
なるほど、取れないからこそ、疲労が蓄積され続けるということか。
あの全身の凝りが取れていくような感覚も、魂の疲れが取れる感覚だったのか。
「だけど、それが白上のが寝ている理由になるのか?」
理屈は分かるが、それなら俺も同じように温泉に入って魂の疲労を取り除いているはずだ。
しかし、眠気など一切感じない。
「それはそうじゃろ、聞けば主がカクリヨに来てから何年と経っておらんじゃろ。
比べて、こやつは紛れもないカミじゃ。数十年、数百年分の疲労が取れたのじゃ。それは眠りについてもおかしくなかろうよ。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。