【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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 茜色の空に浮かぶ雲がすぐ近くに見える。どうやらシラカミ神社は山の頂上に位置しているようだった。

 「結構な標高の高さだな…」

 「そうだね、付近だとこの山が一番高いかな。…透君、こっちの道だよ」

 そうして大神に先導される形でシラカミ神社を出て山を下り始めてから暫くして、これは出汁だろうか、何やら食欲を刺激する香りが漂ってきて、胃が空腹を訴えかけてくる。

 「良い香りでしょ。味は多分想像以上だから、期待してて」

 それに気が付いた大神はチラリ振り返る。その顔にはふふんと擬音が聞こえてきそうに得意げな笑みが張り付いていた。

 進むごとに香りをより強く感じる中、空きっ腹を抱えて更に数分程掛けて山の麓まで降りてくると遂にその匂いの元に辿り着いた。

 「『ミゾレ食堂』」

 一軒の和風な建物に掲げられた看板に書かれた文字を口に出して読み上げる。

 「ここなのか?」

 「うん、先にフブキが席を取ってくれてると思うから、すぐに座れる筈だよ」

 答えながら大神は慣れた様子で入り口に下げられた暖簾を潜り、俺もそれに続いて中へ入る。外観的にそこまで大きくはない建物であったが、中は同じく食事をしに来た者たちで賑わっていた。

 テーブル席でジョッキを合わせて笑い合っている者、カウンター席で黙々と料理に舌鼓を打っている者とさまざまであったが、その中でも一際異様な光景が視界に映り目が留まった。

 背を向けていて顔は見えないがその人物はテーブル席に一人座り、ただひたすらにうどんを啜っていた。それだけならまだしもテーブルの上に置かれた空の器は五つは超えている。

 体が大きいわけでも無しによく食べるものだと、その人物の頭で揺れる白い獣耳を目で追いながらぼんやりと考えて…。

 (…白い獣耳?)

 「あー、もう…フブキ、またきつねうどんばっかり食べて!」

 遅れてやってきた違和感に内心首を傾げていると、横で大神がその人物に向けて声を上げた。その声に驚いたようにピンと白の獣耳が立てられ、視線の先に座る白上の肩が震える。

 「んぐっ!?…ミオ、驚かさないで下さいよ!」

 水の入ったコップを一気に呷ってから、テーブル席に座った白上はこちらへと振り返った。そんな彼女に大神は小さくため息を零しつつ白上の元へと進む。

 「そろそろ本当にきつねうどん禁止にする?」

 「そんな…!白上のソウルフードを取り上げようだなんて、狼の風上にも置けませんね」

 「フブキが隙あるごとに食べるからでしょ。狼は関係ありません」

 きゃいきゃいと言い合う二人の声を聞きながら、しかし俺の視線はテーブルに並べられた空の器に向けられていた。

 それらは決して小さな器ではなく普通に丼かそれ以上の大きさで、どう見ても一杯で成人男性が満腹になる量である。それが複数並べられているのは飾りでもなんでもなく、実際に白上が完食したという証なのだろう。

 (…一体、あの体の何処に…) 

 視線を移して、じっと白上を見つめていれば流石に彼女も気づいたようで大神との言い合いも程々にこちらを向いて首を傾げる。

 「ん?透さん、何を見て…」

 言いつつ視線を辿る白上は自然と自らの身体へと目を落とし、そして自分の身体が見られていると気付いた彼女はかっと顔を赤く染めた。

 「ちょっ、どこ見てるんですか!」

 そうしてばっと体を抱くように隠す彼女に、あらぬ誤解を受けている事を理解する。だが別に変な意図は無いのだ、すぐに訂正しようと慌てて口を開く。

 「待て待て、誤解だ。俺が見てたのは白上の腹なんだ!」

 「あぁ、何だお腹ですか…って、本当にどこ見てるんですか!」

 一瞬納得しかけた白上は、けれどやはり許容できなかったようで抗議の声を上げ、次の瞬間ぱしんと軽快な音がミゾレ食堂に鳴り響いた。

 「あだっ…!」

 それと同時に頭部に衝撃が走り地味な痛みが遅れてやってくる、何をされたのかと目を上げれば白上は片手にいつの間に取り出したのか、ハリセンを持っている。どうやらあれで叩かれたようだ。

 「透さん、流石の白上も露骨に見過ぎるのは良くないと思います」

 むっとしたように言う白上だが、その頬にはまだ朱色が残っていた。

 「悪い、何と言うか何処に入ってるのか気になったんだ。後太らないのかなー…と」

 「…は?」

 言い切った途端に周囲の温度が下がった気がした。ぴたりと笑顔で表情を固めた白上は『今何と言ったお前』と言わんばかりにハリセンを刀の様に喉元へ突きつけてくる。

 完全に逆鱗に触れてしまった。マズイと脳が認識すると共に、何とか状況を打開しようと助けを求めて白上については詳しいであろう大神へアイコンタクトを送る。

 『大神、助けてくれ』

 するとそんな念が通じたのか、大神はこちらを向くとその顔にまるで女神と見間違うばかりの優しい笑みを浮かべた。

 そして大神はこくりと頷くと、ゆっくりと口を開く。

 「フブキ、正直ウチもずっとそう思ってた」

 「あー、駄目だこりゃ…」

 ただそれも気のせいであったようだと、続いた大神の発言で即刻思い直した。

 「ミオ!?」

 まさかの裏切りであったのは白上にとっても同じようで絶望と驚愕をその顔に浮かべている。大神にまで肯定されてしまい、これではもう撤回しようにも意味が無くなってしまった。

 「ふ、ふふふ…、いい度胸ですね、二人とも歯を食いしばって下さい!エンチャント!!」

 かなり効いたらしく、顔を俯かせたゆらりと揺れる白上から壊れた笑い声が聞こえてきたかと思うと、白上は勢いよく顔を上げ、若干の涙目のまま手に持っていたハリセンへと指を添わせた。

 するとたちまちハリセンは光を発しながらその形を変化させ、次の瞬間にはハリセンの代わりに大木槌が白上の手に握られていた。

 「事実なんだから仕方ないでしょ!えーっと、何だっけ。…詠唱省略!」

 それに対抗するように大神が言い放つと同時に彼女の両拳へ炎が灯った。

 (なんだ、あれ…)

 瞬く間に空間に満ちた一触即発の空気と、目の前で起こった非現実的な事象に思わず体を硬直させる。そんな俺に構うことなく、遂に二人が互いに動きだそうとぐっと力が込められたその時だった。

 不意に、白上と大神の傍に大柄な人影が現れた。その人影は大きくその両腕を振り上げると、そのまま二人の頭へと振り下ろした。

 「にゃん!?」

 「きゃん!?」

 鈍い音と共にそんな白上と大神の悲鳴が上がる。二人に拳骨を浴びせたその恰幅の良い大柄な女性は腕を組み、呆れたように頭を抑える二人を見下ろす。

 「何暴れようとしてんだい、ここは飯を食う場所だよ!」

 「「すみませんでした!」」

 ドスの利いた声に、二人は流れるような土下座を披露する。多分あれは逆らってはいけないタイプの人間だ。本能が逆らうことを拒否している。 

 「ったく、あんたらは店を壊した前科があるからね…」

 ため息交じりに言う女性の顔は苦々しく歪められている。それは以前に余程酷い目に遭っている事は察するに余りある表情であった。

 「それはミオが…」

 「フブキが…」

 「何か言ったかい」

 女性の言い分に何か反論しようとする二人だったが、ぎろりと女性が鋭い視線を向けるとあえなく口を噤んで首を横に振る。取り合えず、あの三人の力関係は理解できた。

 「それで…」

 チラリと女性の目がこちらを捉えて、びくりと反射的に身構える。

 「あんたは…見ない顔だね、新入りかい?」

 「あ、はい、透です」

 不思議そうにこちらを見やる女性へピンと背筋を伸ばして答える。

 「あたしはミゾレ、このミゾレ食堂の店主さ。…それで、透と言ったね。あんた何でまたこの二人とつるむ様になったんだい。生半可な覚悟じゃ身が持たないよ?」

 「な、失礼な!」

 「酷いよミゾレさん!」

 女性、ミゾレさんが揶揄い混じりにそう言うと、それに呼応して白上と大神から抗議の声が上がる。確かに二人の言うことも分かるが、先ほどの件を鑑みるに何となくミゾレさんの言い分も理解できた。

 「ひょんな事から二人に助けられまして。身寄りも無いので当分世話になるのと、二人のしている調査の手伝いをしようかと」

 「ふぅん…、手伝いと言うと例の件だね…。という事はあれかい、あんたウツシヨから迷い込んできたんだね。」

 「…っ!?」

 唐突にズバリと言い当てられて思わず心臓が跳ねた。ウツシヨなんて単語は一言も使っていない筈だが、どうしてまたこの人はそれを見抜けたのだろう。

 驚いて思わず言葉を失っていると、ミゾレさんもそんな俺の様子を見て何を思っているのか察したのか豪快な笑い声を上げる。

 「さっき子らのワザを見て驚いていたろう?こっちじゃ珍しくはあるけど、存在自体は割と認知されていてね。それを知らないようだったからちょっと鎌を掛けたのさ」

 「成程…」

 納得しつつ胸を撫で下ろす。まさかテレパシーでも使えるのかという考えが浮かんでいたが、どうやらそういう訳でも無いようだ。

 「そう言えば透さん、ミゾレさんにも宝石について聞いてみませんか?」

 「宝石?」

 そうだ、人によって見え方が変わるのなら複数人に聞いておいた方が良い。白上に言われてそう考え、繰り返すミゾレさんへ見やすいように腕を掲げる。

 「これの事なんですけど、ミゾレさんはどんな色に見えますか」

 「…」

 ミゾレさんは無言のまま宝石を眺めると、すぐに驚愕に目を見開いた。

 「…そういうことかい」

 「ミゾレさん、どうしたの?」

 そんなミゾレさんの反応に疑問を感じたらしく、大神が問いかけるもミゾレさんは宝石から目を離さずに尚も見つめ続ける。その瞳には、納得、そして明らかな憐憫が浮かび上がっていた。

 「いや、あたしには無色透明に見えるね。…ま、さっきの件は大目に見ておくよ。透、あんたがちゃんとあの二人の手綱を握っておくんだよ」

 「え?あ、はい」

 言い残してミゾレさんは奥へと引っ込んで行ってしまった。

 「ミゾレさん、どうしたんですかね?」

 「何か知ってるのかな…でも、ミゾレさんが話したくないなら無理には聞けないね」

 一応はミゾレさんからも宝石の色については聞けたし、ミゾレさんの反応は気になるが、取り合えずこれ以上は保留という事で方針はまとまる。

 「それより、何を頼むか決めよ。これメニューね」

 「ん、あぁ、ありがとう」

 席に座ると、そう言って大神からメニューを手渡された。そう言えば元々は食事をしに来たのだと思い出し、先の件は頭の片隅に追いやってメニューを受け取り、目を落とす。

 見る限り和食が中心のようだが、それでもかなり幅広く取り扱っていて内を頼むか迷ってしまう。

 「じゃあ…俺は唐揚げ定食で」

 「ウチはぼんじり定食にしようかな」

 「あ、白上もきつねうどんを追加で!」

 横合いから白上の声が乱入してきて彼女の方へ目を向けると、いつの間にか先ほどまで白上の前にあった器が空になっていた。

 「…まだ食べれるのか?」

 「それはもう、白上のソウルフードですから」

 戦慄気味に問いかけると当然とばかりに白上は胸を張る。

 「うどん以外だと普通なんだけどね…」

 「ミオだって大抵ぼんじりを頼むじゃないですか」

 呆れたように息を吐く大神に、白上は心外とばかりに言い返す。

 ぎゃいぎゃいと再び騒がしくなるテーブル席だったが、周りは特に気にした風も無い。割とこれは日常茶飯事なのかもしれないとふと思いながら、時間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた三人が店を出るのを見送って、ミゾレは先ほどの件について思い返す。

 透の腕に埋め込まれていたあの宝石。いつか文献で見たものと殆ど同様であった。恐らく、いや間違いなくあれと一致するものだろうと、ミゾレは当たりを付けていた。

 「まったく…透は、之から苦労するんだろうね…」

 ミゾレ食堂の中ぽつり零して、ミゾレは自らの家族へと想いを馳せた。





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