【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも作者です。



尻尾

 「先は唐突にすまなかったの、透。」

 

 宿へと歩いている途中、神狐が謝罪を口にする。

 それは先ほどの一幕について向けられたものだ。

 

 「ミオから一通り、主については聞いておったが、やはり自分で試しておきたくての。」

 

 「それは別に良いんだけど、仮に俺がこの宝石について知ったうえであの三人と一緒にいた場合はどうしてたんだ?」

 

 あれほど強引に聞き出そうとしてきたのだ、その理由も相応のものであることは予想がつく。

 結果的に今まで通り問題なしとなったが、そうでなかった場合が気になる。

 

 「ん、心の臓を止めておった。」

 

 「へー、心の臓ね。…心臓?」

 

 軽く言ってのけられた神狐の言葉を反芻する。

 

 心臓といえばあれだ、全身に血液を循環させる為のポンプで、生命活動を続けるうえで欠かせない臓器の一つだ。

 

 それが止まる=生命活動が困難に、何もしなければそれこそそこでジエンド。

 

 いや、心臓を止められたくらいでは何の影響も受けないような者もカクリヨにはいるのだろうが、残念ながら、俺はそんな能力は持ち合わせていない。

 

 あれ?

 

 「つまり、さっき俺は生死の境目に居たってことか?」

 

 「結果的にそう言うことになるじゃろうな。

  妾もミオに嫌われたくなかったからの。良かった良かった。」

 

 神狐はからからと愉快そうに笑っているが、対照的に俺は顔が引きつって笑うどころではなかった。

 

 確かに偽りを口にすれば命はないとは考えたが、それは比喩的表現だろう。

 本当に命がかかっていたのなら、出来ればその時に伝えてほしかった。

 

 今さらそんなことを言われたのでは、ただただ恐怖でしかない。

 

 「もうあんなことはせんから、安心せい。」

 

 「安心どうこうではなく、自分の知らないうちに死地にいたってことが問題なんだよ。」

 

 顔が青くなっている自覚がある。

 

 これは、早くも先ほどの成果を見せる時が来たか。

 

 一度立ち止まり右腕を前へと突き出す。

 

 「こい、ちゅん助。」

 

 その呼びかけに答えるように、掌に収まるサイズの小鳥が光と共に出現する。

 

 愛らしいその瞳、ふわふわな羽毛。

 これこそ、俺が求めていたものだ。

 

 「ちゅん助、お前は可愛いな~。」

 

 撫でてやれば、ちゅん助は指にすり寄ってくる。

 その様子に心が癒されるのを感じる。

 

 柔らかな羽毛はいつまでも触っていたくなる程触り心地が良い。

 

 「…長いことシキガミを扱ってきたが、そんな使い方をしたのはお主が初めてじゃ。」

 

 若干引いた風に神狐が言ってくる。

 

 「それじゃあ、そのカクリヨの人々は損をしているな。

  こんなに癒されるのに、それを体験できないだなんて。」

 

 なぁ、ちゅん助。と問いかければ、小さく鳴き声を発して応えてくれる。

 

 これがシキガミの本来の使い方なのではないかとすら思えた。

  

 それを見て、神狐が少し距離を開ける。

 なんだ、言いたいことがあるなら言えよ。

 

 だが、神狐は何も言うことなくただ歩き続けた。

 こちらもちゅん助と戯れながら歩き、しばらく会話が途切れる、

 

 「…主、動物が好きなのかの?」

 

 宿ももうすぐといったところで今まで黙っていた神狐が口を開いた。

 

 「あー、結構好きだと思う。けど、中々見かけないんだよな。」

 

 思えば、このカクリヨで動物と触れ合うことはあまりない。

 シラカミ神社の周辺は山と森で構成されているため、動物自体は生息している。

 

 ただ、シラカミ神社にはイワレの保有量が多い者が集まっており。野生の動物たちは何か感じ取っているのか近づいてくることは極稀な出来事だったりする。 

 

 「それで、それがどうしたんだ。」

 

 「主は…ミオ、白上、百鬼の三人と同居しておるのじゃったな?」

 

 ドキリ、と心臓が強く跳ねる。

 

 「正確には居候だけどな。まぁ、同じ屋根の下に住まわせてもらってるよ、うん。」

 

 何故そんなに確認するように問いを投げかけてくる。

 

 いや、何となく予想がつく。

 しかし、まだばれたわけではない。ただの興味本位な可能性だってある。

 

 先ほどから、心臓が早鐘を打っている。

 緊張の為か、指が震える。

 

 だが、まだ平静を装える。なんてことはない、先の二つの質問に関係なんか。

 

 「主、獣耳と尻尾に触りたいと考えたことはあるか?」

 

 「…っ!」

 

 時が、止まった。

 

 咄嗟に反論しようと口を開くが、肝心の声は出てこない。

 どうする、どうする、どうする!

 

 考えないようにしていた。それを認めてしまうと、彼女等を裏切ってしまっているような気がして。

 

 獣耳、尻尾。どれも俺には無い、未知の領域。

 普通の動物と同じような毛ざわりなのか、それとも、手入れをしている分それとは異なるのか。

 

 だが、そんなこと聞けはしない。

 

 未知を人間は恐れる。

 どんな対応をされるのか知れたものではない。完全に常識の範囲外の代物だ。おいそれと手出しはできない。

 

 「やはり、そうなのじゃな。」

 

 だが、ばれた。

 本人たちにではないが、それに近しい人物にばれてしまった。

 

 言い逃れはできない、決定的な反応を見せたのだ。

 この動揺を隠したところで苦しい言い訳にしかならない。

 

 神狐は今どんな表情をしているのだろう。

 嫌悪か、それともただ無表情か。

 

 恐る恐る神狐の方を向く。

 

 「それなら、触ってみるかの?一応妾もあるぞ、尻尾。」

 

 揺らりと、尻尾が動く。

 

 予想に反して、神狐はいたって普通の顔をしている。

 そんなことより、今何と言った?

 

 「いいのか…触っても…。」 

 

 わなわなと手が震える。

 ちゅん助は驚いて消えてしまうが、それを気にする余裕は今の俺には無かった。

 

 視線を逸らそうとしても吸い寄せられる。

 既に尻尾の虜となっていた。

 

 「ちと恥ずかしいが、先の詫びもかねての。」

 

 そう言って、神狐は後ろを向いて尻尾を寄せてくる。

 目の前で揺れるそれは、毛並みも整っており、触らずとも極上の触り心地であることが分かる。

 

 見ただけでこれだ、実際に触れればどれほど…。

 つい生唾を飲み込む。

 

 しかし、これで本当に良いのだろうか。目の前の神狐へと目を向ける。

 

 彼女の見た目はどう見ても子供にしか見えず、その尻尾を触るというのは、絵面としてはかなりまずいことになっている。

 

 俺の中の倫理観は既に警告を発している。

 その先へ進むなと、踏みとどまれと。

 

 だが、そんな警告も再び尻尾が視界に入ればあえなく霧散してしまう。

 

 震える腕を動かし、目の前の楽園へと手を伸ばす。

 その動きはどうしようもなくぎこちないもので、すぐそばにあるはずなのに遥か遠くのように感じる。

 

 それでも、前に進んでいる。

 少しずつ距離が縮んでいる。

 

 心臓がうるさい。全身の血液が沸騰しているようだ。

 

 もう少し、あと少し、ほんのあと数ミリ。

 

 ついに手が届く、その瞬間。

 

 「あ、透君にせっちゃん、おかえ…」

 

 がらりと宿の玄関が開いいた。

 声から大神だとわかる。こちらに気が付いたようですぐに声をかけようとしてくるが、それが最後まで言い切られることはなかった。

 

 当の俺は尻尾へと伸ばした手をそのままに、体制を変えることなく硬直している。

 

 冷たい風が俺たちの間を通り過ぎた。

 

 どうしよう、大神の方へ振り返りたくない。

 だが、本能的にここで逃げるのは下策だと判断し、壊れたブリキ人形のように首を回して大神へと向ける。

 

 「…」

 

 いつものほんわかとした大神の表情がすっと消えた。

 瞳孔が開いた、肉食獣のような瞳がじっとこちらを見ている。

 

 数秒の間見つめ合うと、大神は何も言わず、恐ろしいほど無表情のまま扉を閉める。

 

 「どうやら、おあずけのようじゃの。」

 

 ふいっとすぐ先にあった尻尾がいなくなる。

 見れば、神狐はこちらへと向き直っていた。

 

 それを残念だと思うことはない。いや、正確には思えなかった。

 

 「それにしても、面白いことになったのう。主、頑張ってミオの機嫌を取るのじゃぞ。」

 

 「機嫌を…取る…。」

 

 …どうやって?

 あれもう完璧に大神の中で何かが確定してないか。

 

 見た目幼い子供に後ろから迫る。

 字面でこれなのだから、その現場を見た大神の心情はいかがなものだろうか。

 

 機嫌がどうこうの問題ではなく、大神の中での透という人物の評価を何とか修正しないと、これから先大神とまともに会話すら出来なくなる。 

 最悪、追い出されて二度と近寄らないでなんて言われる可能性も。

 

 考えるだけで鬱になりそうだ。

 

 「…なんでこうなったんだ。」

 

 「主の自制心の弱さゆえではないかの。」

 

 ごもっともで。だけどそれを煽った神狐に言われるのは何とも納得がいかない。

 

 

 

 結局、百鬼が夕飯までに起きてくることはなかったため、神狐を含めた四人でテーブルを囲む。

 

 昼は麺類だったこともあり、今回は米を含む定食を頼んでみた。

 目の前には揚げたてのから揚げが湯気を上げている。

 

 そんな食欲をそそられるような光景を前に、しかし、胃は痛みに悲鳴を上げていた。

 理由は…考えるまでもない。

 

 じっとこちらに向けられる視線。

 大神だ。

 

 あれから、大神とは話が出来ていない。

 というのも、話しかけられるような状態ではなかった。

 

 大神の目は先ほど見せた肉食獣のそれのままであり、話しかけようにも話しかけずらい。

 それでも、このままというわけにもいかないので、勇気を振り絞る。

 

 「えっと、大神。から揚げいるか?」

 

 皿を目の前の席にいる大神に差し出す。

 まずは軽い話題作りだ。これをきっかけにすればいつものように話せるはず。

 

 そんな思惑が上手くいくはずもなかった。

 

 「…」

 

 大神はから揚げを一つとると、ぼんじりを俺の皿へと乗せた。

 この間視線が外れることはなく、終始無言である。

 

 「あ、ありがとう…。」

 

 これは無理だ。

 大神の視線から逃げるように、目を逸らす。

 

 唯一の救いを求めて白上と神狐に視線を送る。

 流石に横がこんな雰囲気なのでは二人も箸が進まない筈。

 

 「あ、このお野菜新鮮ですね。美味しいです。」

 

 「そうじゃろう、何せ保存には事欠かんからの。」

 

 そうでもなかった。とても楽しそうに食事をしていらっしゃる。

 この様子ではこちらのことなど気にも留めていないだろう。

 

 「…」

 

 誰か助けてくれ。

 その願いも虚しく、時間は流れていった。

 

 

 

 

 夜、良い時間帯ということもあり、一度温泉に浸かることにした。

 リラックスすれば何かいい案でも浮かぶのではないかとも考えたが、特に何も浮かばずに温泉から上がる。

 

 一階の広間に出るが誰もいない。

 まだ上がっていないようだ。

 

 ここで待っていても仕方ないので先に部屋へと戻る。 

 百鬼の様子を見ようとするが、勝手に入るわけにもいかないので断念する。

 

 ベットに腰掛けて、しばらくゆっくりしていると、遂に部屋の扉が開く。

 

 やはり、これしかない。

 しばらく考えたが、こうする以外、今の俺にできることはない。

 

 自分にできる限りの速度をもって、扉の前に移動すると、手を床に付き、膝を床に付き、額を床にこすりつける。

 

 「申し訳ございませんでした!」

 

 流石にこれには驚いたのか、動揺する気配を感じる。

 

 そう、土下座。これこそ最後の命綱。

 もうこれしか頼れるものはなかった。これで駄目なら、他に打つ手はない。

 

 大神は一度足を止めはしたが、横を通り抜けていってしまう。

 血の気が引いた。俺は本当にもう大神とは口をきいてもらえないのか。

 

 「ねぇ、透君。聞きたいんだけど良いかな。」

 

 底冷えするような、感情を感じさせない冷たい声が響く。

 

 「は、はい!」

 

 ぴしりと音が聞こえてきそうなほど、素早く正確に正座の姿勢をとる。

 見れば、大神はベットではなく、椅子にこちらに背を向ける形で座っている。

 

 「さっき、せっちゃんの尻尾を触ろうとしてたんだよね。」

 

 「はい、そうです。」 

 

 変な誤解はしていないようだ。

 てっきり、俺が神狐を襲おうとしているのを見たが故の反応だと思っていたが。

 

 そうなると、やはり。 

 

 「うちとフブキも尻尾あるけど、透君、いつも触りたいって思ってたの?」

 

 こうなる。

 既に顔色は真っ青を超えて真っ白になっているのではないか。

 

 引かれるか?引いてるからこうなってんだよ。

 ここで何とか誤魔化すか?現場見られておいて今さらだ。

 

 「…はい。」

 

 どちらにせよ、正直に答えるほかない。

 

 「いつもは抑えれてるんだ。ちょっと触ってみたいなーくらいの気持ちだ。

  けど神狐の場合は…その、誘惑がいつもの三倍で。抑えきれなくなって。はい、すみません…。」

 

 「ふーん、それで触ったんだ?せっちゃんの尻尾。」

 

 言葉が鋭い。やはり、あまり愉快なものではないのだろう。

 その辺りどう感じるかは、当人次第である。

 

 「いや、触ってない。大神が扉を閉めた後はそのままだった。

  その悪かった、極力そういうことは思わないようにするよ。」

 

 ピクリと、大神の尻尾と獣耳が動いた。

 そっかと呟いた大神は立ち上がり、荷物を漁り何かを取り出すと、こちらに向かい歩いてくる。

 

 そして、俺の前で止まるとこちらにそれを差し出してくる。

 

 「…ブラシ?」

 

 こう、毛を整える用のヤツだ。

 これをどうしろと…まさか、自分で尻尾を生やして何とかしろという意味か。

 

 流石に、生やせないと思うのだが、いや、ワザで何とかなるか?

 困惑している俺をそのままに、大神はまた背を向けて椅子に座りなおす。

 

 「透君、尻尾のブラッシング手伝ってよ。そしたら、今回のことは無かったことにしてあげる。」

 

 「え、でも…。」

 

 嫌なんじゃないのか?

 それなら、何に対して…。

 

 「透君、さっき悪かったって言ってたよね。なら、これでチャラ。

  それとも、他にもやましいことがあるの?」

 

 そう言われては、何も言えない。

 俺は黙って言うことに従うだけだ。

 

 ゆらゆらと揺れる尻尾を優しく丁寧に手に取る。

 幸い背もたれのない椅子のため、窮屈ではなさそうだ。

 

 その触り心地は、予想をはるかに上回った。

 手で軽くすいてみると、何の抵抗もなく指が通る。

 

 さらさらとしたその毛並みは、同時に柔らかく、いつまでも触っていたい。

 

 「…ごめんね、透君。うち嫌な子になってた。」

 

 不意に大神が口を開く。

 

 「何で大神が謝るんだよ。悪いのは俺だろ。」

 

 事の発端は俺が尻尾を触りたいと考えたことだ。

 そして、その欲に抗えなかった。それだけ。

 

 「ううん、違うの。透君がせっちゃんの尻尾を触ろうとしてるの見てたら、何だかもやもやしちゃって。

  嬉しいはずなのに、おかしいよね。」

 

 大神の表情はうかがえない。

 

 あれは怒っていたのではなく、ただもやもやした結果ということだろうか。

 それはそれでどうしてああなるのか知りたいところだが、そう言うことなら。

 

 「それは、神狐を取られるって思ったからじゃないのか?大神にとって、神狐は大切な人なんだろ?なら、そう思っても不思議はないと思うけど。」

 

 「…大切な人になら…普通。」

 

 大神はぽつりとつぶやく。

 

 これで的外れなことを言っていたらどうしよう、と不安になるが。さほど外れてはいないのだろう。

 大神は納得したように、安心したように息をついた。

 

 それと同時に、俺もまた安堵が心に広がる。

 何とか、山場は越えたらしい。

 

 「ね、透君。それだとくすぐったいから、もっと強くしてもいいよ。」

 

 いつもの大神だ。

 

 「了解。」

 

 言われるがまま、ブラシに力を加える。

 大神との関係が保たれたからか、はたまた念願の尻尾に触れたからか、俺の心は高揚し浮ついていた。

 

 時にアドバイスをもらい、時にお褒めの言葉を貰いながらブラッシングを続ける。

 このイズモ神社に来てから、大神の色々な面を知った。

 

 気を許してくれたのか、どうなのかは分からない。

 ただ、今の関係は悪いものではない。そう思えた。

  





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