【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも作者です。



詫びと礼

 ふと目が覚めた。

 辺りには暗闇が満ち、部屋の四隅にある鬼火のみが淡く輝いているのみ。

 

 いつの間にか眠っていたようだ。

 

 少し離れた場所から規則正しい寝息が三つ。

 昨夜は遅くまで騒いで、そのまま全員揃って寝落ちしたという訳か。

 

 床が畳張りであったこともあり、体に痛みは感じない。

 だが、再び眠れもしなさそうだ。

 

 一度夜風に当たろう。

 

 そう考え、三人を起こさないように音を殺しながら横のベランダに出る。

 

 冷たい。

 眠気の飛んでいくような風が頬をなでる。

 

 上を見れば星が見えるかとも思ったが、そうだ雲に覆われているのだった。

 

 代わりに下のイズモ神社に目を落とす。

 この二日で早くも見慣れてきた光景が広がっている。

 

 明日、いや今日でこれも見納めかと思うと、少し感傷的な気分が湧いてきた。

 思えばたった二日の出来事とは思えない程、イズモ神社での日々は濃かった。

 

 「…あれは。」

 

 景色の中に違和感を覚える。

 遠目に見てもわかりやすい金色。

 

 神狐セツカが池のそばでたたずんでいた。

 

 こんな時間に何をしているのだろう。

 疑問に思うと同時に、体は動き出していた。

 

 足早に階段へと向かい、下へと降りる。

 宿を出てしばらく歩けば、先ほど見かけた場所から動いていない神狐を見つけた。

 

 「こんな時間に何してるんだ?」

 

 声を掛ければ驚いたようでびくりと体を揺らして振り返る。

 

 「…なんじゃ透か。」

 

 誰かと思ったのか、神狐は声の主を見つければ安堵したように息を吐いた。

 人がいないのなら声を掛けられることすら、不慣れにもなるか。

 

 「眠れぬのか?」

 

 「そんなとこ。風に当たってたら神狐を見つけたから気になってな。」

 

 「そうか。」

 

 思うところでもあるのかどこか淡白な返し。

 そして再び神狐は池へと視線を戻す。

 

 昨日と今日。

 二日、神狐と接してきたがこれは初めて見る姿だ。まるで別人と接しているような感覚になる。

 

 しばらく無言の間が生まれた。

 

 「…思い出。」

 

 ぽつりとつぶやかれた神狐の言葉が静寂を破る。

 

 「思い出に、浸っておった。」

 

 ここでようやく、神狐は最初の質問に答えた。

 

 「思い出って、聞いても良いか?」

 

 返事はないが肯定されたようだ。

 神狐はこちらに視線を送らず、どこか遠くを見つめて淡々と語りだした。

 

 「昔、まだこのイズモ神社が人で溢れておった時のことじゃ。

  何かと機会を見つけては宴会じゃ、宴じゃと騒いでおってな。何とも愉快な連中じゃった。」

 

 だった、過去形だ。

 今はもう存在しない、名残であろうこの風景からしか読み取れない。神狐の中にのみ存在する記憶。

 

 何かがあったのだろう。

 このイズモ神社から人がいなくなってしまうほどの何かが。

 

 だが、それを聞き出すことは出来ない。

 興味本位で立ち入るべきではない話だ。何よりもう終わったことだ。聞いたところで俺にできることは何もない。 

 

 それきり神狐は口を閉じ、再び静寂が訪れる。

 

 二人並んで池を眺める。

 普通なら退屈してしまうだろうが、そんな気分は一粒たりとも湧いてこない。

 

 「のう、透よ。」

 

 「なんだ?」

 

 神狐の視線が池からこちらへと移る。

 その瞳に浮かぶ感情は読み取れない。

 

 「…ミオは今、幸せかのう。」

 

 …抽象的な質問だ。

 仲は深まったとはいえ、そこまで察せる程の仲ではない。

 

 大神が今の現状にどんな感想を抱いているのかなどは本人に聞くほかない。

 だが、あえて俺からの主観で見れば。

 

 「少なくとも不幸ではない…と思う。」

 

 白上がいて、百鬼がいて。

 シラカミ神社で暮らしてきて、日常の中で大神が悲し気な顔をしたことは一度もなかった。

 

 それで不幸だと言われては何が幸せなのか俺には分からない。

 

 「それなら…まぁ、良しとするかの。」

 

 その答えに満足したのか、神狐はそう呟き一つ頷く。

 何の意図があったのかは分からない。だが、それで良いというなら良いのだろう。

 

 「…ところで、じゃ。」

 

 そう口にした神狐の雰囲気が一転して、軽いものとなる。

 その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 「透、主も隅に置けぬのう。」

 

 「は?」

 

 話の温度の急降下について行けず、つい間の抜けた声が出る。

 そんな俺を見て楽しそうにしながら、肘で小突いてくる。

 

 「とぼけるでない、して、本命は誰なのじゃ?」

 

 「本命って、別に俺は…」

 

 そこまで言って口をつぐむ。

 今俺は何と言おうとしたのだろう。

 

 あの三人をそういう対象に見ていない。

 そのような関係になるつもりはない。

 

 果たして、今の俺は心の底からそう思っているのだろうか。

 

 「…分からない。」

 

 「うむ?」

 

 聞こえなかったのか神狐はきょとんとした顔で首をかしげる。

 

 「だから、分からないんだ。俺があの三人をどう思ってるのか。」

 

 最初はただの恩返しのつもりだった。

 何もない、この体一つでカクリヨに迷い込んだところを救われた。色々なことを教わった。

 

 けど接していく内に、段々とそれだけではなくなっていることも感じていた。

 

 あの三人ともっと仲良くなりたい。恩に関係なく力になりたい。

 その思いが強くなっていた。

 

 だけどそれが恋愛感情かと言われると、そうであるともないとも言い切れない。

 故に、分からない。

 

 「そもそも会ってからそんなに経ってないし。それに…。」

 

 それに、俺はまだウツシヨに帰るかどうか決め切れていない。

 そうだ、これがストッパーになっているのだ。

 

 例え誰かを好きになっても、ウツシヨに帰ってしまえばもう会えなくなる。

 それを理解しているからこそ、それから先に思考が進めないでいる。

 

 「…そうじゃな、確かに性急であったな。

  個人的にはミオを勧めたい所じゃが、そういうことならまた今度じゃな。」

 

 今度ということは将来的に勧めてくるようだ。

 結構突っ込んでくるな。

 

 「そもそも俺がどう思おうと、相手の考えもあるだろ。どう見ても脈無しだ。」

 

 勧められる大神の心境はいかがなものだろう。

 それこそただの独り相撲にしかなりそうもない。

 

 しかし神狐は納得がいかないようで、うんうん唸っている。

 

 「そうかのう…白上や百鬼はともかくとして、ミオはあれで純粋なところがあるからの。

  間違えても男の服をはぎとるような真似はしないはずじゃ。」

 

 「…そうか?」

 

 …ここ最近だけでも計二回ほどはぎとられているのだが。

 この金色娘、適当なことを言ってるのではないだろうな。

 

 「そうじゃよ、じゃから主にそれをしたということは、そのくらい気を許しておる証じゃよ。」

 

 「…素直に喜びづらいな、それは。」

 

 大神が気を許してくれているのは確かに嬉しい。

 だが、その証が服をはぎとられたというのは、何とも反応に困る。複雑な気分だ。

 

 せめて美談とはいかないまでも、もっと普通であって欲しかったと思ってしまうのも無理はないはずだ。

 

 「ま、その辺りはまだ先の話だ。その時になったらまた考えるよ。」

 

 「なんじゃ、つまらんのう。」

 

 とことん楽しむつもりだったようで、神狐は唇を尖らせている。

 

 仮に誰かのことが気になっているとなったとしても、こいつにだけは教えないようにしよう。

 心の奥底でそっと誓った。

 

 気が付けば、空の雲がうっすらと明るくなっていた。

 どうやらいつの間にか夜が明けたらしい。

 

 「さて、そろそろ戻らねばな。あやつらも起きてくる頃合いじゃ。」

 

 「あぁ、そうだな。」

 

 神狐はくるりと背を向けて歩き出す。

 ふと、目の前にある二本の尻尾に目が行く。昨日、三本から減ってしまった尻尾。

 

 そうだった、聞いておかなければならないことがあったのだ。

 

 「なぁ、神狐。その尻尾が減ったのはやっぱり昨日の…。」

 

 ぴたりと、神狐の足が止まった。

 

 「…鈍感なくせして、気づかなくても良いところには気が付く男じゃな、主は。」

 

 ジトリとこちらを見る神狐。

 その様子から、考えが正しかったことを悟った。

 

 力を失った結果尻尾が減ったと神狐は言っていた。

 つまりどこかで力を使ったのだ。そして、温泉での出来事。あの後俺の体は完治した。

 

 ただの偶然で時期が被ったと考えるにはあまりにもタイミングが合いすぎている。

 

 諦めたのか、一つため息をつくと神狐は話し出す。

 

 「別に妾が何もせずとも、あのままの状態でもいくらか待てば完全にとは言わんが、問題ない程度には治っておった。妾はただそれを少し修正したにすぎんよ。」

 

 「それならなおさら、力を失ってまで何で…。」

 

 それほどのメリットは無かったはずだ。その上で何のためにそんなことをしたのか。

 もちろん感謝はしている。ただそれにつり合うだけのものがあるとは思えない。

 

 「ただの詫びと礼じゃ。ミオが世話になっておるのもあるしの。

  …それと一つ勘違いをしておるようじゃが。」

 

 「勘違い?」

 

 聞き返せば神狐はこちらに向き直ると、腰に手を当てて口を開いた。

 

 「妾にとって力など惜しむものではない。使わぬ力なぞあっても持て余すだけじゃ。

  故に、力が減ることに抵抗など微塵もないのじゃ。それよりも礼を尽くすことの方が妾にはよっぽど重要じゃ。」

 

 堂々とした様子でそう宣言して見せる。

 その顔には微塵の嘘も後悔もない。

 

 ただやるべきことをやった、彼女にとってはその程度の出来事なのだ。

 ならば引け目を感じるのは彼女に対する侮辱にしかならないのだろう。彼女の行いを否定するだけになる。

 

 「…そっか、ありがとう、神狐。」

 

 「うむ、それでよい。」

 

 神狐は満足げに頷くと再び背を向け歩き出す。

 いつまでも立ち止まってはいられない、急いでその背を追いかけた。

 

 

 

 

  

 

 宿に戻ると、既に三人は起きてきていた。

 どこに行っていたのかと聞かれたので、適当に散歩していたと言っておいた。

 

 帰り用の麒麟を呼んでくると、神狐はどこかへと行ってしまったため四人で軽く朝食を済ませ、部屋に戻り荷物を纏める。

 

 「せっちゃんと何かあった?」

 

 荷物もまとめ終え一息ついていると、大神が問いかけてくる。

 

 「ん?別に何もなかったぞ、少し話したくらいだ。」

 

 その答えを聞いた大神は少し複雑そうな表情を浮かべる。

 

 「変な顔になってるぞ、大神。」

 

 「へ?わわっ。」

 

 指摘してやれば慌てて顔に手を当て表情を戻そうとする。

 それにしても急な質問だ。おかしな点でもあっただろうか。

 

 「なんでそんな質問を?」

 

 疑問に思い聞いてみる。

 大神は少し考え、ゆっくりと口を開いた。

 

 「んー、二人の雰囲気が軽くなってた気がして。

  透君がせっちゃんと仲良くなるのは嬉しいんだけどね、変に気になっちゃって。」

 

 どうやら、大神自身よくわかっていないらしい。

 なら言及したところで答えは出ないだろう。

 

 二人でそう結論づいたところで、空から何かが遠くの方に降ってくるのが窓越しに見える。

 そういえば、ここに来る際も垂直に落下していた。十中八九あの麒麟だろう。

 

 まとめた荷物を持ち、白上、百鬼と合流して宿を出る。

 

 見慣れた景色を四人で話しながら歩く。

 この二日で愛着が湧いていたようで、ここを離れることに寂寥感を感じた。

 

 「おーい、こっちじゃ。」

 

 本殿を抜けると、麒麟と共に神狐が手を振って待っていた。

 初日ぶりだが、麒麟は俺達のことは覚えていたようで、こちらを見ると一声鳴き声を上げた。

 

 続々と荷台に荷物を積み乗り込む。

 

 大神が乗り込む寸前、神狐は声を上げた。

 

 「…ミオ、まだ考えは変わらぬか。」

 

 何に対して言っているのかは当人たちにしか分からないのだろう。

 

 「…うん、変わらない。」

 

 答える大神の瞳は浮かぶのは覚悟か決意か。

 それを聞いて、神狐もすぐに引き下がった。

 

 「おっと、透よ、少し主のシキガミをこちらに見せてもらえぬか。」

 

 「?分かった。」

 

 大神も乗り込み、扉を閉めようとしたところで神狐が言う。

 断る理由もない、すぐにちゅん助を呼び出し神狐の方に飛ばせる。

 

 それに対して神狐は何やら光を当てると、すぐにちゅん助は戻ってきた。

 

 「何したんだ?」

 

 「妾の居場所が分かるようになっただけじゃ、何か相談事があればメッセージを持たせて妾まで飛ばすと良い。」

 

 そう言われて、ちゅん助をまじまじと見つめる。

 外見は特に変わっていない。しかし、意識してみると確かに、神狐に向けて飛ばせるということは理解できた。

 

 用事が終わると、神狐は一歩後ろに下がる。

 それと同時に麒麟は飛行を始め、ゆっくりと高度が上がっていく。

 

 「それではの、主ら、また来ると良い。」

 

 手を振る神狐に、それぞれが礼を言い手を振り返す。

 こうして、俺達はイズモ神社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば透君、せっちゃんの尻尾は最終的に触ったの?」

 

 帰り道、大神がふとそんなことを聞いてきた。

 

 「いや、触ってないな」

 

 その代わりと言っては何だが、力を使ってイワレの流れを直してくれたのだろう。

 その答えに満足したのか、大神は礼を言うと窓の外に目を向け、ぽつりとつぶやいた。

 

 

 「…せっちゃんに最後に触れたのっていつだったかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…行ってしまったのう。」

 

 同じ頃、彼方へと消えていく四人を乗せた麒麟を見送りながら神狐セツカは呟いた。

 感傷に浸っているのか、その眼は優しげでもあり、寂し気にも見える。

 

 やがて見えなくなる程遠くに行くと、ようやく踵を返した。

 

 「さて、次に会えるのはいつになるかの。」

 

 ゆっくりと歩く。

 イズモ神社の本殿へと進むその姿は足先から、風に舞うように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 





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