どうも、作者です。
「おやおや皆様、お久しぶりです。」
そう言ってクラウンは優雅に一礼をする。
今のところ害意は感じられないが、その様子には違和感を覚える。
立ち振る舞いこそ紳士的なものだが、クラウンとは敵対関係にある。実際、命を取るつもりで刀を振るってきたこともあった。そしてトウヤさんを俺たちに殺させようとすらした者だ。
だからこそ、俺達はこいつを止めて、封じて今に至る。
それなのに、今のクラウンは落ち着いている、落ち着きすぎている。
それが逆に不気味に感じた。
「意外だな、てっきり逃げるか襲い掛かってくると思ってたんだが。」
「えぇ、そんな無駄な真似は致しませんよ。」
クラウンはおもむろにこちらに手を伸ばす。
今の距離関係はそれこそ腕一本分。
手を伸ばせば、当然触れられる距離だ。
しかし、伸ばされたその手は届くことはなく、俺達とクラウンとを隔てる壁に遮られて停まる。
「この結界が突破できないのは、身をもって体感していますので。」
気が付いていたらしい。
そう、既にクラウンは結界の中にいる。
部屋を半分覆う形で張り巡らせた結界に穴はもう無い。
先ほど封じていた結界を解く前に、覆っておいたのだ。
これならクラウンを逃がすことなく話ができる。
だが、操作としては解除と維持を同時になさねばならなかった。維持だけならそのまま放っておいても良いが、解除も行うとなれば操作が混ざり両方共が解除されてしまう可能性もあった。
そのため、万が一を考えて三人にも同行してもらった。
「それで、いまさら私に何の御用でしょう。」
感情を読ませない瞳を向け、問いかけてくる。
「聞きたいことがある。」
一つ息を吐いて聞けば、クラウンは続けろとばかりに目をつむる。
「カクリヨの異変のことは知ってるな。あれを引き起こしていたのはクラウン、お前なのか?」
「えぇ、そうですよ。」
あっさりとクラウンは答えた。
そこに躊躇いや葛藤など一ミリも感じさせないで、言い切ってのけた。
これには驚き、動揺が顔に出てしまう。
それを見て小さく笑いながらクラウンは続ける。
「あれは異変というほど大層なものではありませんよ。ただ人為的にカクリヨとウツシヨをつなげようとした。いうなれば、実験みたいなものでしょうかね。」
「カクリヨとウツシヨを?」
大神が聞き返せば、クラウンは一つ頷いて見せる。
「この際だから話してしまいましょうか。
知っての通り、カクリヨとウツシヨは表裏一体。稀にその間に小さな穴が開くことでモノが行き来することがありますが、基本的にはウツシヨからカクリヨへの流れとなっています。
ここまではそちらの知識と差異はないはずです。」
確かに、ここまでは聞いている話と一致する。
俺がカクリヨに来たのもその穴とやらが原因だし、カクリヨにはウツシヨからの漂流物が多く存在する。
大神にも確認をとってみるが、やはり間違いはない。
「先ほども言った通り、ウツシヨから流れ込むだけでカクリヨから流れていくことはありません。
そこで、こちらからウツシヨへの流れを作ろうとしたのですよ。」
「…それは、何のために。」
一つだけ、そうなのではないかとふと考え付いた。
しかし、あえて聞いた。もしかしたら間違いではないかと、淡い希望を頼った。
そんな希望をクラウンは易々と破り捨てた。
「ウツシヨに帰るためですよ。」
帰る。クラウンは帰ると言った。ウツシヨへと。
それが何を意味するか語るまでもない。
だが、そうだというのならどうにも解せないことがある。
「なら、何故お前はトウヤさんを殺させようとした。それに何の意味がある。」
結果的に救えたものの、あれは偶然だ。
それが起こらなければ、確実に俺たちはトウヤさんの命を奪う選択をしていた。
何がしたかったのか、ウツシヨに帰ることに何の関係があったのというのか。
クラウンは思い出すように宙を見つめると、口を開く。
「別に、ただの嫌がらせですよ。」
「は?」
今何と言った?
ただの嫌がらせ、意味などないと言ったのか?
「…っ!」
「あやめ、落ち着いて!」
いつの間にか抜いていた刀を手に、顔を怒りに歪めた百鬼を大神が肩を掴んで止める。
まだ冷静さが残っていたようで、声を掛けられるとすぐに一つ深呼吸を入れて、立ち止まる。
それを見て、クラウンは落胆の息を吐いた。
「残念。この結界を破ってくださるかと思いましたが、期待外れでしたね。」
なるほど、嫌に落ち着いていると思ったが諦めたわけではなく、未だに逃げる方法を探っているのか。
仮に、クラウンがウツシヨの出身だとしても、それで今までしてきたことが消えるわけではない。
方法が確立すればウツシヨに帰還させることも考えるが、やはり今はまだ封じておくしかない、放っておけばまた被害者が出ることは確実だ。
「でも、それならなおさら分からないよ。ウツシヨに帰るためにうち達に嫌がらせをする必要なんてなかったでしょう?」
百鬼を抑えていた大神が一歩前に進んで問いかける。
実際、クラウンにとっては不利益にしかなっていない。そもそも、トウヤさんに手を出さなければ噂も流れず、俺たちがキョウノミヤコで調査をすることもなかった。
考えてみればおかしな話だ。
異変が起きて原因を調査されるのは自然な流れだ。しかし、やましいことなどしていなければ、見つかったところで邪魔などされない。帰りたいのならそれに尽力すればよかったものを、ただの嫌がらせのためにその機会を潰すことなどあるのだろうか。
「違いますよ、順序が逆です。ウツシヨに帰れなかったからあなた方に嫌がらせをした。
元より、目的はあなた方だったんですよ」
「白上達…ですか?」
クラウンの視線は俺以外の三人へと注がれている。
この三人の共通点といえば、性別。そして…。
「人が消えれば、その付近に住み着いているカミの耳にも噂が入るでしょう。そして解決しようとキョウノミヤコにやってくる。後はそのカミを待ち伏せて始末すれば良い。
それが私の描いていたシナリオです。」
その瞳には狂気も何も存在しない。
ただ、当たり前のことを話すように淡々と語っている。
「どうですか?ミスター透。私に協力してウツシヨに帰るというのは。」
「断る。」
間など一瞬たりともなかった。有るはずもない。
協力というのは、ここからクラウンを出して三人をということだろう。
そんなことをしてウツシヨに帰ろうとなど絶対に思わない。
「…そうですか、なら私から話すことはもうありません。
ご質問があればお答えしますよ。」
俺の応えを分かって聞いたのか、クラウンはさして失望した様子もなくすんなりと引き下がった。
しかし、俺達はまだ肝心なことを聞けていない。
「ぼかすなよ。三人を狙うことが何故ウツシヨに帰ることにつながる。」
元居た場所に帰る者を邪魔するような三人ではない。寧ろ手伝ってくれさえするかもしれない。
なら、それ以外の何かがあるはずだ。三人を狙う必要のある、何かが。
「それは…」
言いかけたクラウンの言葉が止まる。
だが、誰もそれを気にする余裕などなかった。
「体が、消えて…。」
百鬼の言葉の通り、クラウンの体が端から順に薄くなり、消えていく。
あまりに急な出来事に、言葉を失う。
「おや、もう限界ですか。」
そんな中、当のクラウンだけは冷静にその様子を見ている。
「限界って。」
体が消えることなど、何があれば起こりえる。
封印された影響か?いや、そんなはずはない。封印中は意識こそあるが状態自体はそのままになる。このひと月で変化が起こることはまずない。
しかし、封印を解いてからも変わったそぶりはなかった。
なら何故…。
「元々、キョウノミヤコで対峙した時点でこうなることは決まっていたんです。まさか、ここまで引き延ばされるとは思いませんでしたが。」
喋る間にも、どんどんクラウンの体は消えていく。
何とか止められないモノか、考えども案は浮かばない。
「ぺらぺらと話し続けたのはそのお礼とでも思ってください。」
どこまでも他人事のように話すクラウン。
まだ聞きたいことは山ほどある、謎に包まれていることも。何より同じウツシヨ出身、これが事実なのだとすればなおさら。
だが、それは叶わない。
そのことはクラウンの現状を見れば明らかであった。
「…最後に一つ。」
今にも全身がなくなりそうな瞬間、今一度クラウンは口を開く。
その瞳に映るのは、憐憫、そして期待。
「もう一度だけ、キョウノミヤコでカクリヨとウツシヨを繋ぐトンネルが開きます。日時は聖夜。興味があれば行ってみてください。」
その言葉だけを残して、クラウンはその場から消えてなくなった。
もう結界の中には何もない、誰もいない。
ただ心をむしばむような静寂のみが残されていた。
一人、外を歩く。
あの後、一応と結界を解いてみたがやはりクラウンの姿はどこにもなかった。
日は既に落ちており、空では星が輝いている。
カクリヨとウツシヨを繋げるトンネル。
それは、俺が探していたウツシヨに帰るための手段に他ならない。
異変の原因もクラウンで間違いはなかった。
つまり、それを持ってカクリヨの異変は解決したことになる。
喜ばしいことだ、解決までにここまで時間がかかったが、それがついに報われたのだ。
これで恩も返せたといえるだろうか。
そこはまだ分からない。だが、その一端でも返せていれば嬉しいな。
…それなのに、心の中にはしこりが残っている。
原因は分かっている。
例え、悪人であっても同郷の人間が目の前でいなくなった。直接手を下したわけではないにしても、やはり思うところはある。だが、それはそれで納得は出来ている。今さらとやかく言うつもりはない。
それ以上に、今までは異変の解決という共通の目的があった、それがなくなった今これからどうすべきか決めかねている自分がいる。
「…どうするのが正解なんだろうな。」
立ち止まり、空を仰ぐ。
途方に暮れている、その表現が正しいのだろう。
「何がですか?」
突如として後ろから聞こえてきた声にどきりと心臓が鳴る。
振り向けば白い狐の少女、白上フブキがいつの間にかそこに立っていた。
「なんだ、驚かさないでくれよ。」
「ふふっ、すみません。隙だらけだったものでつい。」
悪戯気に笑う彼女だが、少しいつもと違う。
どこか真剣な雰囲気、いつかの屋根の上で話した時もこんな感じだった。
「いつからそこに?」
「ついさっきです。」
「そっか。」
会話が途切れる。
いつもなら馬鹿みたいな話でもするところだが、今はそんな気分ではなかった。
「…なぁ、白上。」
「なんですか?」
声を掛ければ白上は優しい声音で答える。
よく周りを見ている彼女のことだ、最初から話を聞きに来てくれていたのだろう。
「俺さ、これからどうしたらいいんだろうな。」
目的はほとんど達した。
記憶は戻らなかったが、それでもある程度はウツシヨでもやっていけるだろう。
カクリヨに留まる理由が無くなった。
これが、今感じている虚しさの原因の大半を占めている。
「…白上は透さんが考えていることは分からないので、具体的なことは言えません。
けど…。」
そこで言葉を区切ると、こちらの目をまっすぐに見つめる。
「白上は、透さんとゲームをするの好きですよ。」
そう言って白上は微笑んだ。
「ミオも朝手伝ってもらえて喜んでいますし、あやめちゃんだって一緒に鍛錬をしてくれる相手がいて嬉しそうです。それに…」
指折りしながらとめどなく、覚えのある出来事を挙げていく。
一つ出てくるたびに、謎のむずがゆさを覚えた。
「白上、分かったから、そのくらいにしておいてくれ。」
ついに限界を迎えて、ギブアップを伝える。
そこまで言われると、流石に照れがくる。
「すみません、ちょっと調子に乗っちゃいました。」
白上は悪戯気に笑い、頬を掻く。
「とにかく白上が伝えたいのは、私達は貴方の想いを尊重したいということです。」
「…俺の?」
はい、と白上が応える。
俺の想い、俺の意思。
つまり、白上が言いたいのは。
「透さんがカクリヨに残るなら、白上達は喜んで歓迎します。逆にウツシヨに帰るというのなら、寂しいですけど、激励と共にお見送りします。」
あくまでも、決めるのは俺自身。それ以外のことは気にせず、思うがままに決断をしてほしい。
そう考えているのか、そう思ってくれているのか。
それが理解できた瞬間、すっと心が軽くなった。
「そっか。ありがとうな、白上。」
「なんのことですか?
白上はただ思っていたことを伝えただけですよ。」
すました笑みを浮かべて白々しく言う白上につい苦笑が浮かぶ。
たった数分で、悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきてしまった。
どうやら思っていた以上に、彼女は周りのことを考えているようだ。
「それに、まだ決着がついてなゲームがたくさんあるんですから、付き合ってくださいね。」
「おう、臨むところだ。」
先ほどとは打って変わって挑発的な笑みを浮かべ、神社へと足を向ける白上を追いかける。
そんな二人の姿を月明りのみが照らしていた。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。