どうも、作者です。
そう、UA四万突破、感謝。
以上。
「はっ…はっ…」
木漏れ日に照らされた木々の間を縫うように走る。
いつもとは違う、初めて見る景色に心が躍るようだ。
毎日の鍛錬の一環、ランニングに勤しみながら次々に後ろに流れていく景観を堪能する。
一人で鍛錬をするようになってから三日目。
流石に代わり映えのないそれに体よりも先に心が音を上げた。
いや、音を上げるとは言いすぎかもしれないが、少しではあるがダレてきたのも確かだった。
ということで、気分転換もかねていつもとは違うコースを選んでみたわけだ。
その効果は覿面。
予想以上にリフレッシュが出来ていることに驚いていた。
これはお気に入りのコースに加えても良いかもしれない。
そんなことを考えながらも足を進める。
既に朝日は昇っている。
未だに寒さは和らぐどころかその厳しさを増すばかりだが、運動による体温の上昇も相まって心地よい陽気に包まれているかのようだ。
そんな気持ちの良い朝の空気に、ふと違和感を覚えた。
普段なら木々の多い山特有の緑の匂いとでもいうべきか、清々しい空気に満ちている。
しかし、今は風に乗ってほのかに香るは出汁の匂い。
とある白い狐の所為で最近では嗅ぎなれたそれは、確かに出汁のものだ。
「なんでこんな所で?」
素朴な疑問が口をついて出る。
ここはシラカミ神社周辺の山の中。
この近辺にある飯どころといえばミゾレ食堂を除いて他にない。
しかし、そんなミゾレ食堂はこことは真反対。山を越えた先にある。
どれほど風が強くてもここまで匂いが漂ってくることはまずないだろう。
故に、この匂いの先に何があるのか想像がつかない。
「…行ってみるか。」
怖いもの見たさもあるが、この空腹を刺激する香りに負けたわけでは決してない。
その匂いをたどり、風上の方へと進行方向を変える。
その先には獣道すら存在しないが、関係は無い。
身体強化に加えて鬼纏いも発動。
爆発的に上がった身体能力で踏破する。
前に進むにつれてどんどん強くなる匂いは、確かにこの先に発生源があることを示している。
やがて木々が開けてくれば、その匂いの元が姿を現した。
木製の屋台。
そこからは湯気が宙にむかって立ち上っており、暖簾の先では誰かが一人腕を組み立っている。
そして、控えめながらもはっきりと掲げられているその看板に書かれている『うどん屋マボロシ』の文字に記憶が刺激された。
確か伝説と呼ばれるほどに出会うことの難しいうどん屋。
そこで提供される唯一のきつねうどんは食べれば他のきつねうどんが霞んでしまうほど美味だという。
そんなことをいつだったか白上が語っていた。
見間違いでなければその伝説が今目の前に存在している。
「これは…呼ぶべきだろうな。」
ここで何食わぬ顔で美味かったぞと感想だけを伝えれば末代まで狐の怨念に捕えられることだろう。
本当に何をしでかすか予想ができないだけにそれだけは勘弁願いたい。
「ちゅん助、言伝を頼む。」
シキガミである小鳥を呼び出し、取り合えず大雑把な現在地とマボロシを見つけたことの旨を乗せてちゅん助を飛ばす。
放たれるとちゅん助は木々を抜けて空へと飛びあがる。あの様子なら一分とかからずに届くだろう。
その間に席だけ確保しておこうと、先に入っておくことにする。
伝説と呼ばれるほどならどこからともなく他の客が現れてもおかしくはない。
「こんにちはー。」
「…らっしゃい。」
暖簾を手であげて中に入れば頭にタオルを巻いた中年の男性が小さく呟く。
受けた印象を上げるとすれば、寡黙。この一言に尽きるだろう。
この人がうどん屋マボロシの店主。
なるほど、伝説の店の店主という名に負けない風格を漂わせている。
「…一人かい?」
「いえ、もう一人…いや、二人か?
とにかく、すぐに他にも来ます。」
答えを聞くと店主は黙ったまま頷き、調理の準備を始める。
あまり話すのは好きではないのかもしれない。
その様子を見つつ、出されたお冷で喉を潤す。
そろそろ白上の元へちゅん助が到着したころか。
他の客はまだいないようだし、丁度良い時間に見つけたのかもしれないな。
などと思いつつ再びお冷に口を付けようとしたところで。
「透さーん!」
「うわびっくりした!
…ってなんだ、白上か。」
急に背後から声を掛けられて肩が跳ねる。
危うく水を零しそうになるがそこは何とか耐えきった。
振り返って暖簾の先を見れば、先ほど呼んだ白上がこちらへと走り寄ってきていた。
「お邪魔します!」
「…らっしゃい。」
暖簾をくぐると、白上はテンション高めにそう言うと席へとつく。
「来るの速くないか?」
それを見守りながら白上に問いかける。
先ほど送ったばかりで、ちゅん助が到着したのはそれこそつい先ほどくらいのはずだ。
なのにも関わらず、既に白上は目の前にいる。
瞬間移動でもしたのだろうか。
「それはもう、あのマボロシですよ!
食べられるのならどこにいたとしても駆けつけるに決まってます。
それより、透さん!」
早口でまくしたてると、白上は名前を呼び、ずいとこちらに寄ってくる。
急激に縮まった距離に少し引き気味になりながらその光輝く瞳を見る。
「ありがとうございます!
長年探し求めたマボロシのきつねうどん。食べられるのは透さんのおかげです!この恩は絶対に忘れません!」
「お、おう…。」
余程嬉しいのか今まで見たことがないほどに白上は浮かれテンションを上げている。
ピンと立った耳とぶんぶん振り回されている尻尾を見ればそれは明確だった。
そう言えば、白上は一人で来たのか。
てっきり大神と一緒に来るかと考えていたが、その姿は何処にもない。
「大神はどうしたんだ?」
「ミオならどこかに出かけてしまいました。
この奇跡を逃すとはミオもついてませんね。」
白上は本気で同情しているようで、先ほどまで暴れまわっていた尻尾はへたりと力を失っている。
それにしても大神も出かけたのか。
百鬼も用事があるようだし、最近になって四人がそろったことはかなり少ない。
やはり異変が解決したことが起因しているのだろうか。
解決したこと自体は良いことだ。
ただそれが最優先目標であっただけで各々元からやるべきことはあって、当然そちらに戻ることもある。
それを良いことだと考える反面、少し寂しいと考えている自分がいた。
「透さん、どうかされましたか?」
「ん、いや少し考え事。」
そんな様子を見て不審に思ったのか声を掛けてくる白上に何でもないように取り繕う。
分かっている、これは俺の我儘だ。
いつまでも同じものなど無い。時間が経てばなんでも変化は起こる。ただ今はその変化に付いて行けていないだけだ。
何にせよ時間が解決してくれるはず。
「…二人かい。」
「はい、きつねうどんを二つお願いします。」
白上の分のお冷を置きながら店主が聞けば白上がこの店唯一のメニューだというきつねうどんを注文する。
しかし、その言葉に俺は疑問を覚えた。
「白上、二つで良いのか?」
「?はい、二人ですし…透さんはもう一杯いりましたか?」
違うそうじゃない。
「いや、俺の話ではなく。いつもなら一杯どころじゃ済まないだろ?」
指さしてやればすぐに気が付いたようで白上は納得したように声を上げた。
「白上は大丈夫です。
折角のマボロシのきつねうどんですからね、すぐに食べるのはもったいないじゃないですか。」
…白上が常識的なことを言っている。
さしもの白上も伝説を前にはゆっくりと食べたいようだ。
まぁ、その伝説のきつねうどんをいつものペースで胃に収められればそれはそれでホラーではあるが。
「それがいつもだったら良いんだけど。
それにしてもよく腹出ないよな。」
うどんとは炭水化物だ。カロリーも相応に高い。
それを大量に摂取しているにも関わらず、すらりとした体系を維持しているのはもはや神秘にすら近いものとなっている。
それに加えて菓子を食べたりもしているようだし。
…その内一気に来るのだろうか。こう、ぼんと。
「透さん、それ以上言うと白上は自分を抑えられなくなりますよ。」
腹のあたりをジッと見ていると白上が目を座らせて唸るように言う。
心なしか青白いオーラのようなものが漂っているように見えた。
「わ、悪かった…。」
すぐさま両手を上げて降参を示す。
どうにも俺にはデリカシーというものが欠けている。
それを聞いていたのか店主はこちらをちらりとだけ見ると口を開く。
「…嫁さんの機嫌は取っときな。」
「店主さん?俺と白上は別に夫婦とかそう言うのじゃないです。」
まさかそんなところから横やりが入るとは考えておらず思わず目を向いてしまう。
この人一見寡黙な職人みたいに見えるけど、さては意外とひょうきんな一面も持ち合わせているな。
「そうですよ、それに白上はお嫁さんというよりはその友人役で丁度良いので。」
「…そうかい。」
白上の答えを聞いた店主は何故か同情的な視線をこちらに向ける。
それを疑問に思いながらもどう切り込みようもなく、ただその視線を受け流す。
どうにもこの店主の人柄が掴めないな。
「店主さんにはお嫁さんはいるんですか?」
「…いる。それと息子が1人。
もう、しばらく会ってないが。」
しばらく会ってない。そう言った瞬間店主の顔に後悔や憂いの様なものが浮かぶ。
これはあまり踏み込まない方が良いだろうか。
白上も同様な判断をしてか、それ以上は聞きはしなかった。
そう、聞いてはいなかったのだ。
「…俺の人生、きつねうどんを作る事に捧げている。
だから、2人とも出て行った。だが、これだけは捨てられない。」
「…うん?」
続ける店主の声に熱が篭り始めた。
予想外の方向に舵を取られた展開に思わず声が漏れる。
それを意にも留めず、店主は再度口を開く。
「…それでも、俺は良かったと考えている。
自分で決めた結果だとも。
だが、ふとした時に感じる寂しさがそれを揺らがせる時もある。」
「店主…さん?」
止まる気配が無いどころか、むしろ段々と勢いづいてきた店主に白上も同じく困惑しながら店主に呼びかける。
それが聞こえているのか聞こえていないのか。まぁ、十中八九聞こえていないのだろうが、店主は続けた。
「…いいか、若者よ。例え今が良くてもそれが続くとも限らない。
後悔のしない選択なんてない。
ただ最善と思えることを全力で貫き通せ。」
「え、あ、はい。どうも。」
こちらを強く見つめる店主に何とかそうとだけ返す。
今の状況がうまく呑み込めない。
なぜ俺はそんなアドバイスをもらっているのだろう。
いや、ありがたい事ではあるのだが、どうにも困惑が強すぎて素直に受け止めきれずにいた。
「この方寡黙そうな印象だったんですけど、意外と話好きな方なんですかね。」
「どうなんだろうな。」
白上はこちらに寄るとそう耳打ちをしてくる。
既に店主は調理に戻っており、それ以上喋ろうとはしていない。
ただ話好きな人間であればまだ話そうとしてもおかしくはないし、何か過去に通ずるものでもあったのだろうか。
真意は分からないが、複雑な事情がありそうなため藪はつつかないこととした。
しばらく白上と話しながら出来上がるのを待つ。
調理が始まってから食欲をそそるその匂いは強まっており、正直そこまで話に集中できたかと言われると否と答える他にない。
それは白上も同様で話している最中もちらりちらりとその視線は調理場のほうへと向けられていた。
期待の高まりはとどまるところを知らず、上昇を続ける。
「…お待ちどう。」
その声とともに高まったその期待は。
見事に、
打ち砕かれた。
重たい衝撃音、それが二つ。
鉄球でも落としたかのような音と共にそれは現れた。
目の前にはおよそ持つことは叶わないであろう大きさのすり鉢。
その中にはふち一杯のつけ汁。大量のうどん。座布団のような油揚げ。
「ついにこの時が来たんですね。」
「…白上?」
「この香り、おそらくただ出汁を取っただけじゃなく、最適な分量、割合をもって生み出されたまさに秘宝。そしてうどんの見ただけで理解できるそのコシ。」
「…白上。」
「はぁ、もう素晴らしいの一言に尽きますね。」
「白上…っ!」
再三の呼びかけにうっとりと語っていた白上はようやくそれに気が付いたようでこちらへときょとんとした顏を向ける。
「?どうしたんですか、透さん。」
何も疑問を感じていないのか、この異様な光景を前に。
その事実に更に戦慄する。
「…これは…なんだ。」
「きつねうどんです。」
絶対に違う、これはきつねうどんという名の何かだ。
あっけらかんと答える白上に心の中で突っ込みを入れる。
うどんではある、それは認めよう。
しかし、それ以外の部分においては否定させてもらう。
まず器。
正確にはこれは食器でなく桶である。それもおそらく人が隠れられるほどの大きさの。
なぜそんなものにうどんを入れようと思ったのかをまず問いただしたい。
そして、きつねうどんの目玉である油揚げ。
普通その大きさは大きいもので手のひら大といったところだろう。
しかし目の前にあるそれはどうだ。
こんなものを食べるサイズの狐は、狐ではなくただの怪獣だ。
だが、それに驚いているのはこの場において俺一人。
ようやく理解した、ここは敵地であると。
今の俺は正に龍の前に放り出された小動物そのものだ。
圧倒的な暴力の差。それが襲い掛かってくる。
「さっそく食べましょうよ、透さん!」
「…あぁ。」
テンションの高い白上の言葉が死刑宣告にしか聞こえない。
客観的に見れば俺たちの様子はかなり対照的だろう
片や満面の笑みで心の底から嬉しそうに箸をとり。
片や絶望の表情で勇気を奮い立たせながら箸をとる。
出されたものは完食する。
その信念が今はただ憎らしい。
震える手を正面で合わせる。
「「いただきます。」」
そして、世界を救う戦いが幕を上げた。
「はー、美味しかったですね、透さん。」
「…そうだな。」
満足そうな白上の後をついて歩きながら、息も絶え絶えに答える。
あの後何とかかの邪知暴虐な王を下すことには成功した。
しかし、当然その代償はこの身に余りあるものであった。
胃薬が欲しい。
ここまで切実に願ったのは生まれてこの方初めての経験である。
「大丈夫ですか?辛いようでしたら肩を貸しますよ?」
「なんで白上は平気そうなんだろうな。頼む。」
「それはもう鍛えてますから。」
割と本気で歩くのすらキツい。
どうすれば鍛えることができるのだろう、今度ぜひ教授してほしいものだ。
白上の肩を借りながらシラカミ神社への道を歩く。
「今日はありがとうござます。おかげで長年の夢が叶いました。」
「あぁ、別に偶然見つけただけなんだけどな。
俺も興味はあったし。
まさかここまでとは思わなかったが…。」
量こそ狂っていたが、味は噂にたがわぬものであった。
「また食べたいですね…。」
マボロシから出た後、もう一度その姿を見ようとしたが既にそこにあの屋台はなかった。
消えたのだ、まさに幻のように。
伝説と呼ばれる所以が垣間見えた気がした。
「…そうだな、次は少なめにしてもらうことを忘れないようにしないとな。」
「忘れてたらまた白上が肩を貸しますね。」
「そこはちゃんと指摘してくれよ。」
白上が笑えばつられるように笑いが出る。
こんな関係がずっと続いてほしいと願うほどに、この関係が心地よかった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。