どうも、作者です。
「何って、そりゃ恋だろ。」
湯呑を傾けながら同郷の友人、茨明人があっけらかんと答える。
ここはキョウノミヤコのとある茶屋。
初めて会った時と同じように団子を片手に二人席についていた。
「…やっぱりそう思うか。」
「というか、それ以外考えられねぇよ。」
薄々感づいていた今なお胸に燻る想いの名前。
確認するように明人に問えば、やはりシンプルな答えが返ってくる。
事の経緯は非常に単純で、先日白上とキョウノミヤコで遊んでからどうにも自分の様子がおかしい。
自覚出来ていることから、周りから見れば明らかに挙動不審に陥っているように見えるだろう。
具体的には白上と話すだけで鼓動が速くなったり、上手く話せなくなったり。
流石に持て余し気味な状態になっていたため、急遽明人に相談を持ち掛けたのだ。
「そっかぁ…。」
「いやなんでそこで落ち込むんだよ。良いじゃねぇか、がつがつ行っちまえ。」
他人事だと思って、実際に他人事ではあるのだが、大雑把なアドバイスをしてくる明人。
それとは対照的に、俺はそこまで楽観的に考えることは出来なかった。
「考えてみろよ、相手とは同居してるんだぞ。
それなのに俺の方から一方的にってのは、こう…マズイだろ。」
仮にこの気持ちが恋だとして、白上に告白でもしたとしよう。
受けいれられればそれで良いが、受け入れられなかった場合。
今までと同じ関係性でいられるかと言われればノーだ。ようやく仲良くなれたのにこんなことでそれを壊したくはない。
「確かにな、逆に今まであんなキレイどころと一緒に過ごしてきてよく何もなかったな。」
言われてみれば。
この気持ちを自覚してから何かしらのフィルタでもかかっていたのではないかと思う程に見方が変化した。
原因があるとすれば。
「セイヤ祭まではウツシヨに帰るか帰らないかで迷ってたから、それで歯止めがきいてたんだと思う。」
「そんで今はそれが無くなったと。」
ウツシヨに帰るのであれば、当然重く考える必要もなかった。
以前にもそれらしい空気になったことはあったがその度に後回しにしていたツケが回ってきたようだ。
「…ところでだ、透。」
「うん?」
過去を思い返していると改まった様子で明人は声を掛けてくる。
「お前、あの三人の中の誰を好きになったんだよ。さっきからそれが気になって仕方ねぇんだ。」
そういえばまだ言ってなかったか。
分かりやすくテンションを上げている明人についため息が出る。
どうやら人の恋愛をとことん楽しむタイプらしい。
面白がられるとは考えていたが、実際にそうされると少々思うところはある。
まぁ必要な対価だと思って諦めるしかないか。
「白上だよ、あの白い狐の。」
「へー、…だってよ、白上さん。」
「…は?」
言いながら明人は俺の後方へと視線を向ける。
唐突の出来事に一瞬固まり、反応が遅れた。
しかし言葉の意味するところを理解すると、すぐに焦りが顔を出してくる。
聞かれた?今の会話を?何処から?
考えが纏まらないまま、恐る恐る後ろへ振り返る。
だが、おかしい。
白上の姿などどこにも見えない。
「…ところでだ、透。」
「待て待て、今のは何だ?おい、何だ今のは?」
何事もなかったように話を続けようとする明人を遮り、問い詰める。
「いや別に、焦るかと思ってな。」
「そうか、大成功だよ馬鹿野郎。」
ここまで人を殴りたいと思ったのは初めてだ。
明人の思惑通り、心臓が飛び出すかと思う程度には驚いたし、焦った。
あれで本当に聞かれていたのだとすれば、シラカミ神社には二度と帰れない気がする。
「…やっぱり俺が白上のことを好きっての、勘違いじゃないかな。」
改めて最悪の結果が思い浮かび、不安が押し寄せてきた。
ここまで弱気になるなど今まで経験にない。
自分はもう少し勇敢だと考えていたが、それは間違いのようだ。
「まだ認めねぇのか。意外と諦め悪いなお前。」
呆れたように言われるが、実際死活問題ではあるのだ。
今まで普通に生活できていたのは、そういった感情を意識しなかったからこそで。
その根底が崩れ去ろうとしているのだ。
どちらかというと浮ついた気持ちよりも不安が占める割合の方が高い。
関係性が大きく変わるかもしれない。
それを恐れるなという方が無理な話だ。
なら、いっそのことただの勘違いだった方が気が楽だ。
「んー、じゃあ透、想像してみてくれ。」
「ん?」
何をするつもりか、明人はこちらに向き直ると指を一本立てる。
「まず、お前が俺とキスするシーンを思い浮かべてみろ。」
言われた通り頭の中に明人の顔が浮かべて、その顔がどんどんと近づいて…。
そして。
「…って、本当に想像しただろうが気色悪い。
いきなり何させるんだ!」
頭に浮かんだ光景を消し去るように叫ぶ。
即刻この記憶を幾星霜の彼方へと捨て去ってしまいたい。
「じゃあ、次はお前の想い人とキスするシーンな。」
そんな抗議の声を無視してもう一つ指を立てて明人は続ける。
これに何の意味があるのか分からないが、取り合えず従ってみる。
想い人、というと白上の事か。
彼女の顔が脳裏に浮かび、その顔が近づいてくる。
「…なんか罪悪感があるんだけど。」
嬉しいとかそういう次元ではなく、勝手にこんな妄想しているという事実が既に申し訳なくなってくる。
「これでも駄目か…。」
明人はそう呟くと考え込むように口元に拳を寄せる。
全くもって目的が見えてこない。
そろそろ教えて貰いたいのだが明人はまだ諦めていないようで、必死に考え込んでいる。
そこで本気になられても困るのだが。
「なら俺がそいつとキスしてるところ。」
ひねり出すように口に出されたその言葉。
明人と白上が。
脳裏に描かれたその光景に、胸にドス黒い感情が渦巻くのを感じた。
嫌だ、そんなもの見たくない。考えたくない。
「おい、透?」
相手が明人だろうと誰だろうと関わらず、他の誰かの隣にいて欲しくない。俺だけのそばにいて欲しい。
「透っ、聞こえてねぇのか!」
白上と一緒にゲームをして、遊んで、この先の人生を共に歩んで行く。
その相手は俺が良い、俺であって欲しい。
「透…あの、透さん。マズイ、それ以上はマズイ!」
…何やら明人が騒がしい。
ふと思考を中断して明人へと目を向ける。
隣に座っていたはずの明人の姿が何故か目線を下げないと見えない。
視線を下げてみれば、明人は手に持った刀を横にして俺の持つ刀を受け止めている。
「…なんだこの状況。」
心に浮かんだ疑問がそのまま口をついて出る。
「お前が言うんじゃねぇ。いきなり切りかかって来たんだろうが。」
「俺が?」
改めて目の前の光景を見やる。
刀とは言え、一応鞘に収まった状態で鍔迫り合いになっている。
思いのほか力が籠っているらしく、小刻みに二振りの刀は震えていた。
「わ、悪い。」
慌てて刀をどければ、明人は解放され気が抜けたように息を吐く。
何故このような状況になったのだろう。
体を動かそうとした記憶はない。ずっと考え事をしていただけのはずなのに。
それに先ほど感じた、気分の悪くなるような感情。
あれが原因か?
「ま、これで分かっただろ。そのくらいの嫉妬に駆られるくらい、今のお前は恋してるんだよ。」
刀を仕舞いながらため息を吐くと、明人は椅子へと座り直す。
「嫉妬、か。」
なるほど、言われてみればしっくりと来る。
誰にも渡したくない、誰にもとられたくない。その感情は正に嫉妬そのものだ。
「正直、お前がここまでやばい奴だとは思わなかったけどな。」
「それに関しては本当に悪かった。」
明人の視線が突き刺さる。
まさか嫉妬に駆られて刀を振り下ろすことになるとは思わなかった。
自分が思っている以上にこの気持ちは大きいらしい。
自制しないとな。
「…冗談だ、実はあまり気にしてねぇんだ。
ただ…これでチャラな。」
「チャラ?何か貸しでも作ってたか?」
思い当る節は無い。
これまで接してきた時間は短い、思い返すがそれらしい出来事はやはり存在しない。
「気にすんな。
そんなことより、お前は自分の心配でもしてろよ。」
誤魔化すように手がひらひらと振られる。
「…確かに、そういえば何も解決してないな。」
原因である感情の正体は判明した。
ただそれが分かったところで白上と会って平気でいられるかと言われれば、自信を持って頷くことは出来ない。
むしろ正体が分かった分だけ、余計に意識しそうだ。
「はぁ、やっぱり…。」
「勘違いじゃねぇって。」
現実逃避しようとしたところを先回りした明人に阻まれる。
手厳しい、だが、現実逃避をしている場合で無いのも確かだ。
「とにかく、一回会ってみたらどうだ?
もう慣れるしかないだろ。」
慣れるか。
現状それ以外に案も出そうにない。
もしかすれば意識せず、逆に落ち着いて接することが出来るかもしれない。
もう腹をくくる他ないか。
「…そうだな、もし駄目そうだったらまた相談しても良いか。」
「あぁ、斬りかかってこねぇならな。」
そこに関しては安心して欲しい。
流石に友人を斬り捨てるような真似はしたくないし、するつもりもない。
湯呑を傾けて茶を飲み干すと、揃って立ち上がる。
「そうだった、透。」
茶屋を出てから別れ際、不意に明人に呼び止められる。
振り返ればこちらを見てくる真剣な明人の目と目が合う。
「お前、本当にカクリヨで生きて行くんだな。」
そう口にする明人の瞳からは感情が一切感じられない。
この質問の意図も、理由も。
だが、一度この質問には答えたはずだ。
「?そのつもりだ。
それがどうかしたか?」
思うところでもあるのか、明人は答えに悩むように口をまごつかせる。
言いたいことははっきりと言う印象を持っていただけに、違和感を覚えた。
「…いや、聞いてみただけだ。」
そう言うともう話すことは無いとばかりに明人は背を向ける。
いつかと同じ光景、同じ質問。
気になることはあるが、あまり踏み込んではいけない。
そんな予感がした。
シラカミ神社への帰り道。
身体強化を施して駆けながらも頭の中は先ほどの話題で持ちきりであった。
白上フブキ。
カクリヨに来て、初めて出会った白い狐の少女。
彼女に抱くこの想いが本当に恋であるのならば、俺はどう行動するのが正解なのだろう。
白上と過ごす時間は素直に楽しいと。
ゲームに限らず、何であれそう思えた。
だが、それは友人として接していても実現可能なことだ。
実際俺と白上は友人で、そうした日常を送ってきた。
なら、何故これ以上を求めようとする、その必要性は無いはずだ。
理性ではそう考えることが出来る。
論理的に考えて、恋人にならずとも今の状態で満足できる。
なのに、頭では分かっているのに。
白上ともっと先に進みたいと考えている自分がいた。
もっと白上のことを知りたい、一緒に笑いたい、その笑顔を俺だけに向けてほしい。
身勝手な考えだ。
そんな思考を止められないでいるのは、この想いの所為か。
考え込んでいれば、すぐにシラカミ神社へと到着してしまった。
結局何も解決策なんて思い浮かばなかったな。
白上は今頃部屋でゲームでもしているのか、それとも誰かと話でもしているのか。
何にせよ、平常心だ。
玄関の前で立ち止まり、一つ深呼吸を入れる。
変な態度を取らないように、落ち着いて自分の気持ちと向き合うために。
覚悟が決まると扉へと手をかける。
「ただいまー、…へ?」
「…あ、透さん。おかえりなさい。」
玄関から中に入ってすぐ、先ほどまでの思考の中心の人物である白上が座り込んでいた。
まさか決心した瞬間に出会うことになるとは思わず、驚きに間抜けな声が出てしまった。
何故こんなところに座り込んでいるのだろう、室内とは言え炬燵にでも入っていた方が温かいだろうに。
「ん?」
そこで異変に気が付いた。
若干、白上の顔が暗いような、少なくともいつもの元気に溢れた表情ではない。
「白上、何かあったのか?」
何かが起こった、そう判断して白上に事情を聴こうとする。
ここまで落ち込む白上を見るのは初めてかもしれない。
いつもならぴんと立っている耳をへたりと倒れさせながら、白上は口を開く。
「その、透さんが…。」
「あぁ、…って、俺?」
まさかそこで自分の名前が出てくるとは思わず困惑する。
俺が原因?
そう考えたところでふと明人とのやり取りが脳をよぎる。
あの時、明人は冗談だと言っていた。
だがもしかして本当に聞かれていたのか?
「はい、…その、透さんの様子がおかしかったので、もしかしてと思ったんですけど。」
上目遣いに、まるで叱られた後の小動物のような表情をする白上は続ける。
何も言葉が出てこない、ただ黙って次の言葉を待つことしか今の俺にはできなかった。
「…昨日、その、強引に連れまわしちゃったので。
それが原因だったら、謝りたいと思いまして。」
「…」
頭をガツンと殴られたような気分だ。
つまり、今白上が暗い顔をしているのは俺の所為ということだ。
人一倍周りを見ている彼女の事だ、今朝様子のおかしい俺を見て、色々と考えてしまったのだろう。
それはそうだ、昨日までは普通に話せていたのに急に自分の前でだけ異変が起こったのだ。
自分に非がある。
そう考えたのか。
それに比べて、俺は自分の事しか考えていなかった。
自分に罰を与えるように、気合を入れるように、思い切り両頬に手を叩きつける。
その音にびくりと白上はびくりと震えて目をつむった。
…相変わらず考えたらずな行動しかとれない自分に、呆れを通り越して苦笑が浮かぶ。
「白上、別におかしかったのは白上が原因じゃないぞ。」
「え?そう、なんですか?」
じゃあどうして、上げられた瞳がそう訴えかけてくる。
実際には真っ赤な嘘であり、白上の所為ではあるのだが。別に負の方向ではない。
しかし、それを説明しようと思うと、この想いもすべてを打ち明けなければならない。
流石にそれは避けたいため、必要な嘘だ。
「あー、ちょっと悩み事があってな。
それももう解決したから、ほら、いつも通りだろ?」
言って笑顔を浮かべて見せる。
それを見た白上の表情が少し和らいだ。
「じゃあ昨日の事は…」
「楽しかったな。
また行こうって約束ちゃんと守れよ?」
それを聞いた白上の顔に、今度こそ笑みが戻る。
そうだ、暗い顔なんか似合わない。白上にはいつも明るい表情でいてほしい。
…これすらも、身勝手な考えなんだろうな。
「もー、心配して損したじゃないですか。」
安心したように息を吐くと白上は目を細めてこちらをジッと見てくる。
「ははっ、悪かったな。でももう大丈夫だから。」
「笑い事じゃないですよ、もう。」
拗ねるように言うと白上は居間へと向かって行ってしまう。
怒らせてしまったか?いや、そういう訳でもないか。
その背を見送っていると、不意に白上はこちらへと振り返る。
「あ、透さん透さん、後で昨日貰ったゲームやりませんか?」
ほら、いつも通りの白上だ。
「あれか…そうだな、早速やろう。」
その答えを聞くと満足げに白上は居間へと入っていく。
それを見送った次の瞬間、膝から力が抜けてそのまま床へと座り込む。
未だに強く脈打つ鼓動を感じながら、天井を見上げる。
いつも通りでないのは俺の方だ。
顔は…火照った様子もないし、表面上は取り繕えたか。
脳裏には白上の笑顔が焼き付いている。
声を聴くだけで、その顔を見るだけで。
ここまで満たされている。
「…これは、マズイな。」
もうここまで来たら誤魔化しなど通用しないだろう。
俺は白上の事が好きだ。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。