どうも作者です。
人間、誰であれ過去を悔いることとは切っても切れない関係にある。
つまり後に忘れたくなるような、いわゆる黒歴史を抱えて生きていると言っても過言ではないだろう。
そして、それは強大な力を持つカミでさえ同じようで。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ…。」
「おーい、白上。そろそろ出てきてくれよ。」
長時間同じ体制でいて凝り固まった体を軽く伸ばしながら、目の前にあるうめき声を発し続ける布団に向けて声を掛ける。
当然、その内部に入っているのは先ほどまで寝ていたはずの白上。
出てくるように勧めてみるも、変わらずに布団から聞こえてくるのはうめき声のみ。
何故このような状況になったかというと、時は数分ほど前に遡る。
大神と百鬼が部屋を去ってから変わらず白上を上に乗せたままの俺は、現在暇を持て余していた。
変に上に乗られているせいで寝返り一つ打てないのは中々きついものがある。
おかげで木目の数を数えることに楽しみを見出し始めてきた。
「ん…。」
ぼーっと天井を見上げながら時間が過ぎていくのを待っていると、不意に白上が声を漏らして身じろぎをする。
かと思えば、首の後ろでがっちりと結ばれていた腕が解かれる。
「白上?」
ようやく目を覚ましたかと声を掛ければ、横にあった白上の顔がゆっくりと上げられ、その白い綺麗な髪が頬をくすぐった。
次に目に入ったのは瞳。
寝起きなためか焦点の合わないそれと至近距離で見つめ合う。
「…あれ、透さん…。」
虚ろだったその瞳も時間が経つにつれて光が宿っていき、意識が覚醒してきたのか白上は俺の顔を見て疑問の声を上げる。
それはそうだ、起きてみたら他人の顔が目の前にあるのだ、疑問の一つ、抱いてもおかしくない。
「透さん、どうして白上の下に…?」
「白上が引っ付いてきたんだろ。覚えてないか?」
記憶を探っているのかぼーっとこちらを見つめていたかと思うと、次の瞬間音が出るかと思う程急激に白上の顔が赤く染まる。
「え、あ、あ…。」
何かを言おうとして、しかし言葉は出てこず、白上はぱくぱくと口を開け閉めする。
「どうした、まだ寝ぼけてるのか?」
まさか先ほどの二の舞になるかと自然身構える。
しかし、今回はそういったわけでは無いようで。
「あの、さっきの事、夢ではなく?」
白上は頬を赤くしたまま、片言で問いかけてくる。
さっき、と言うと丁度今考えていた寝ぼけて抱き着いてきた件だろう。
寝ぼけていながら記憶にはしっかりと残っていたようだ。
そういうことなら…。
「それはまぁ、白上が俺の上にいるからな。
現実だ。」
「あぁぁぁぁぁっ!」
答えたその瞬間、白上は言葉にならない悲鳴を上げ部屋の隅にある布団へと勢いよくダイブ。そのまま布団に潜り込み丸まってしまった。
そして、現在に至る。
布団に包まったまま奇声を発する装置となった白上に、どうしたものかと頭を悩ませる。
このまま放っておくのも手だが、それはそれで後々確執を生みそうなため一旦対処を試みることにする。
「それで、何にそんな過剰に反応してるんだ。」
「うぅ、だって、流石にあれはアウトです!
寝起きで頭が回ってなくて、それで…、あー、どうして…。」
聞けば、布団の中からくぐもった白上の声が聞こえてくる。
布団に遮られて表情はうかがえないが、声の感じからして恐らくまだ真っ赤なままなのだろう。
こうなった原因としては寝起きで抱き着いたことが白上的に羞恥の対象となっているようだが、それだと一つ疑問が残る。
「昨日だって散々引っ付いてきてたろ、今さらじゃないか?」
昨夜、霊にビビり散らかして散々くっついてきていた。それこそゲームしている最中ずっとだ。
今朝の事で恥ずかしがるくらいならそちらの方に意識を向けてもおかしくないと思うのだが。
「昨日のは横からだから問題ないんです!
だけど正面から抱き着くって…、後生ですから忘れてくださいっ!」
「無理。」
「なんでですかー!」
自分でも驚くほどの即答である。
色々と衝撃的すぎて既に記憶にばっちりと残っているため、忘れることなど不可能だ。
白上も切羽詰まっていることが声の必死さからひしひしと伝わってくるが、こればかりはどうしようもない。
「…たく、仕方ないな。」
頑なに出てこないというのならこちらにも考えがある。
徐に布団に包まっている白上の近くまで歩いて行くと、白上の砦であるその布団をがしりと掴む。
「…透さん?何をするつもりですか。」
異変を察知したのか、白上が不安げに声を上げるがお構いなしだ。
「何って…こうするつもり、だ!」
答えながら力を籠めて、布団を一気に上に引き上げる。
そこまでがっちりと固定されていなかったため、簡単にはぎとることが出来た。
布団が無くなれば、そこにはぺたりと座り込んだ白上が何が起きたのか理解できていないようで呆然と視線をこちらに向けている。
羞恥の為か、その顔は先ほど同様に赤く、目は涙に潤んでいた。
「…な、何するんですか!返してくださいよー!」
「断る、返したらまた包まるだろ。」
手を伸ばしてくる白上から届かないよう掛け布団を後ろへとやる。
白上も何とか奪還しようと奮闘するも、流石に分が悪い。
それを悟ったのか白上は耳をペタりと垂れさせ、顔を手で覆い隠してしまった。
「うぅ、穴があったら入りたいです。」
諦めたことを確認して、ようやく一息つく。
「横は良くて正面は駄目って。
本当、変な所で意識するよな。」
毎度こんな反応をされては心臓に悪い。
線引きがはっきりしていれば分かりやすいのだが、白上次第となるとどうしようもない。
「仕方ないじゃないですか、前から抱き着くのは…その、ちょっと別な感じがするんです。」
やはり要領を得ない。
だが、白上なりの考えがあることは確かだ。
まだまだ白上について知らないことはたくさんある。
その辺りの事もおいおい知って行きたいな。
…それにしても、涙目で顔を赤く染める白上というのも中々レアだ。
さらに上目遣いでともなると、ぐっとくるものが…。
「ふんっ!」
思い切り頬を両手で叩き、逸れかけていた思考を吹き飛ばす。
緊張が解けた分だけ、自制力が弱まっていたようだ。
幸いにも白上は現在自分の中の羞恥との戦闘に手いっぱいなようでこちらの奇行に気づいた様子はない。
「記憶って、頭に強い衝撃を加えれば消えるんでしたっけ…。」
「怖いって、せめて刀に手を伸ばそうとしないでくれ。」
座った眼でこちらの頭部に視線を向ける白上に肝が冷える。
確か白上の刀の形状変化で大木槌もあったはずだ、あれで殴られるのは勘弁願いたい。
しかし流石に行動に移すつもりはないようで、再び白上は頭を抱えてうめき声を発し始める。
「…こうなったら、透さんも何かしてください。
女装とかおすすめですよ。」
何がおすすめなのかは知らないが、こちらに矛先が向きだした。
「ただの狂気の宴にしかならないからな、それ。」
一体誰得なのだろうか。
最近割と筋肉がついてきただけに、悲惨な未来しか思い浮かばない。
ただただ二人共不幸になって終わることは確実だ。
「大丈夫です、白上がちゃんと可愛くしてあげますから。
それで起こしに来るミオにも見て…。」
そこまで言うと不意に白上は言葉を区切り、窓の外へと目を向ける。
外では既に太陽は登り切っており、周りの山々を照らしている。
「そう言えばミオが起こしに来ませんね。
いつもなら楽しそうに白上の安眠を妨げるんですけど…。」
そんな白上の言葉を聞いて、そういえばと先ほどの出来事を思い出す。
「あ、そのことなんだが。」
大神と百鬼の事はまだ話していなかった。
不思議そうに首をかしげる白上に、大神と百鬼がしばらくシラカミ神社を空けることを軽く説明する。
「…ってことらしい。」
「そうだったんですか。あやめちゃんはともかく、ミオが遠出するのは珍しいですね。」
白上も話を聞くうちにすっかり落ち着きを取り戻していた。
今は大神がシラカミ神社を空けると聞いて、驚いているように見える。
「大神って、前まではそんなに出かけたりしてなかったのか?」
そこまで行動的だとは思わないが、同時にずっと引きこもっているというタイプでもないだろう。
「んー、キョウノミヤコには偶に一緒に行ったりしてましたけど、一週間以上どこかへ行くのは初めてですよ。」
「そういえばイズモ神社にも三日しか滞在しなかったな。」
なら尚更に大神が一か月以上もどこに行くのか気になってくる。
何かあれば連絡が来るだろうし、占星術もあるのだから基本的に問題はないと思うが…。
「むしろ心配するべきは白上達の方なんですよね。」
「その心は?」
別に差し迫ってやるべきことは無かったはずだが、他に心配事と言えば…。
「ほとんどミオがやっていた家事をどうするかです。」
…。
そういえばそうだ。
手伝いはしていたが、調理なり何なりと大部分をやっていたのは大神であった。
ちなみに、俺は未だに魚を焦がさなくなった程度の腕前しか備わっていない。その為、作るとなるとかなり簡単なものになるだろう。
「白上は料理はできるのか?」
「一応できますけど…最近作ってなかったので怪しいところですね。」
なるほど、つまり料理が今のところの不安要素か。
掃除などに関してある程度は何とかなるが、こればかりはどうしようもない。
「まぁ、最悪ミゾレさんのとこを頼るか。」
こういった時に近場に食事処があると便利だ。
とはいえ、ミゾレ食堂まではそれなりに距離があるため、常用するというわけにもいかない。
どちらにせよ、料理には挑戦するしかなさそうだ。
「よーし、では早速朝ごはんの用意をしましょうか。」
言いながら白上は元気よく立ち上がると軽く伸びをする。
とても先ほどまで羞恥に潰されかけていた人物には見えなかった。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、この白上、意識の切り替えには定評がありますから。
誰かさんにいじめられてもすぐに立ち直って見せます。」
聞けばジトリとこちらを見てくる白上。そこに羞恥の影は既に無い。
どうやら本当に切り替えられているようだ。
「人聞きが悪いな、さっきのはどちらかというと白上の自爆じゃないか?」
別にこちらから何かしたわけでは無い。
寝ぼけて抱き着いてきたのは白上だ。
むしろそれで無駄にどぎまぎさせられた分、被害者ですらある。
それでいじめたと言われても甚だ遺憾だ。
「聞こえませーん!」
白上は耳を手で塞ぐとそのまま部屋から出て行ってしまう。
随分と都合の良い耳を持っている、モフってみたいな…。
…。
また逸れかけた思考を頭を叩いて追い出す。
こんな状態で白上と二人で生活などできるのだろうか。
…とにかくもう決めたことだ。
白上の前でぼろが出ないよう気を引き締める。
落ち着いたところで、恐らく台所へと向かったであろう白上を追って部屋を出る。
襖を閉めようとしたその時、不意に視線を感じて体の動きを止める。
白上は既にここにはいない。
大神、百鬼も同様だ。
俺の知らない住人か?それなら事前に名前くらい出てくるだろう。
なら、誰の。
視線を感じる方向。
白上の部屋の中をぐるりと見渡す。
すると視界のなかでゆらりと動くものを捉えた。
だが、小さい。
少なくとも人ではない、なら何が。
そして、遂にその正体を目にした。
「…シキガミ。」
部屋の中。
丁度窓の枠に座るようにして、小さな狐のシキガミが尻尾を揺らしながらこちらを見つめていた。
いつか見たことのある、白上のシキガミだ。
なんでこんなところに、その疑問が浮かぶより早くシキガミはすっと立ち上がると、虚空へ飛び込むようにその姿を消した。
「シキガミですか?今日は呼んでいない筈ですけど…。」
「だよな。昨日の夜もそれどころじゃなかったし。」
キッチンに辿り着き、棚を見て回っている白上に確認を取ってみるが心当たりはないようだ。
「シキガミって偶に勝手に出てくることがあるんですけど、そういう時は何か目的があるはずなんですよね。」
目的か。
しかし今回の場合何時からなのかは分からないが、ただこちらを見ていただけ。
これだけの情報では考えようもないな。
「まぁ何かあれば白上に知らせがいくか。
それで、白上は何してたんだ?」
白上に何も知らせがないところを見るに目的が何であれ、問題はないだろう。
「それが、朝食を作ろうと思って食材を確認してたんですけど…。」
そう言って白上は今まさに見ていた棚へと指をさす。
何があったのか不思議に思いながらも白上の横に立ち棚を覗き込む。
確かそこには野菜などが入っていた。
そのはずだったのだが。
「…空だな。」
「はい、何も入ってなくて。
一応他の棚も確認してみたんですけど、同じく…。」
まさか、そう思い棚という棚を開けて確認してみるが、白上の言う通りどこにも食材の姿はなかった。
代わりに、見つかったのは昨日下ごしらえをしていた大量のきつねうどんのセットのみ。
「多分ミオが意図的に食材を使い切ったんだと思います。」
「どうして、って理由は何となく分かるけど。」
大神が百鬼から先に話を聞いていたのだとすると、シラカミ神社に残るのは必然俺と白上だけになる。
そして、普段は料理をしない二人ということもあり食材の鮮度なども考えると使い切る方が良いと判断したのだろう。
「何と言いますか、信用の無さが表れてますね。
逆に信用されてるとも取れますけど。」
「まぁ、日頃の行いだろうな。」
実際、ミゾレ食堂を頼る気でいたのだから間違いではないな。
「…一応言っておきますけど、それ透さんも含まれてますよ?」
「知ってる。」
これでも大神の手伝いの最初の頃は逆に迷惑をかけていたくらいだ。
マシになったとはいえ、大神からしてみればまだまだなことは分かる。
とはいえ、きつねうどんのみでひと月を過ごすことは出来ない。
白上なら行けるのだろうがそれは白上が例外なだけで、俺なら確実に三日で飽きる自信がある。
「取り合えず今日はきつねうどんを消費するか。」
「そうですね、料理を作るのはまた明日にしましょう。」
それ以外に食べるものがないのだから仕方がない。
ささっとうどんを茹でて、出汁を温める。
流石にこのくらいでは失敗はしない。
特に何事も起きないまま盛り付けをして、きつねうどんが完成する。
「白上、本当に一杯分で良いのか?」
いつものことを考えると同時に十は作っておいた方が良い気がして白上に聞いてみる。
すると白上は複雑そうな顔をして頬をかく。
「あの、今まできつねうどんを爆食いしてた白上も悪いんですけど。
朝からそこまでがっつり食べるほど白上は大食いではないですからね。」
「それは失礼した。」
出来上がったきつねうどんを居間まで運び、雑談を交えながらうどんをすする。
そこまで時間もかからず完食すれば、食器を洗い、再び居間へと戻る。
流石に冬も本番ということもあり、食器を洗うだけでも指先がかじかんで一苦労だ。
二人で炬燵に入り、冷えた体を温める。
「やっぱり炬燵ですねー。」
「炬燵に入るたびに言ってるな、それ。」
「それだけ炬燵の事が好きなんですよ。」
先ほど起きたばかりだというのに、既に炬燵に溶かされている狐が一匹目の前に。
しかし、そうか炬燵が好きか。
(まさか、炬燵に嫉妬する日がこようとは。)
冬の味方ともいえる炬燵が今は強力なライバルにしか見えない。
「どうしたんですか?気難しい顔して。」
「んー、ちょっとな。」
顔に出ていたらしく、白上が怪訝そうに聞いてくるのを適当にはぐらかす。
だから白上の前では出すなというのに。
それからしばらくみかんを摘まみながら、穏やかな時間が流れる。
本当にやることがない。
今のうちに朝にできなかった鍛錬でもしようか、それとも白上と一緒にごろごろとしておくか。
自らの欲と静かな戦闘を繰り広げていると、何やら外からがらんがらんと大きな鈴の鳴る音が聞こえてくる。
「あ、珍しいですね。」
「珍しいって、何かあるのか?」
タイミング的に神社の鈴の音が関連しているのだろうが、何分鈴が鳴らされたのを聞くのが初めてでその意味を知らない。
「参拝客ですよ。
稀に悩みだったり、問題を解決してほしいって人がきたりするんです。
ちょっと行ってきますね。」
「あ、おう。」
そう言うと、白上は炬燵から出て手早く服装を整えると外へと出て行ってしまった。
白上にもやるべきことはきちんとあるのか。
それに比べ、俺は…。
自分の立ち位置に不安を覚える。
そんな朝であった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。