天を刺す巨大な神木を中心広げられた街、キョウノミヤコ。
シラカミ神社から少し離れた場所に位置するその街は住人と様々な土地から集まった旅人で活気づいており、イワレに満ちている反面ケガレもまた多く集まる場所。
「と、キョウノミヤコの概要についてはこんな感じです」
そう話終えるのは隣を歩く白上。
キョウノミヤコへと向かう道中にて、俺はこれから向かう街について彼女から説明を受けていた。
「白上からは以上ですけど、何か気になる事はありましたか?」
「そうだな、じゃあ…」
そう問いかけてくる白上に、ふと先ほどの話を思い返す。聞く限り元々良い意味でも悪い意味でも何かと集まりやすい場所であり、それ故に今回の幽霊の様な噂話も多くあるらしい。
その辺りは理解できたが、一つどうしても気になる点があった。
「さっきの話に出てきたイワレって、一体何なんだ?」
どうも聞き馴染みの無い単語だがカクリヨ特有のモノだろうか。疑問に首を傾げていると、それを見た白上は一瞬きょとんとした後に得心がいったようにぽんと手を打った。
「あ、ウツシヨにはイワレが存在しないんでしたっけ。イワレは…そうですね、説明が難しいというかどう表現するのが正解なのか分からないんですけど…、いわば世界から貰う経験値で、それを利用して様々な現象を起こすことが出来るものなんです」
「現象…、ミゾレ食堂で二人が使ったワザもその内の一つか」
先日のミゾレ食堂で見た不可思議な現象。
刀の形状がひとりでに変化したり、拳に火が灯ったりしたあれはイワレによって起こされたものであったのかと一人でに納得する。
「しかもね、世界からイワレを貰う基準もまだ全部解明されてないんだよ。一応自分を認めてくれる誰かに少しずつ溜まっていく、みたいな法則もあるんだけど、絶対にそれだけじゃないし…」
白上の説明を引き継いで続ける大神も何処か懐疑的で、彼女たち自身、イワレについてそう多くは知らないようだ。
「取り合えず、そのイワレが多ければ多い程強い力が使える…みたいな認識で良いのか?」
「うん、それで大丈夫。それでイワレが一定以上溜まるとね、ヒトでもケモノでもなんでも一緒なんだけど、アヤカシっていう一つ上の存在に昇華して、イワレの上限値が拡大してワザが使えるようになるの」
「こんな風に」と話しながら大神が手をかざすと、その掌の上にぼんと小さな火の玉が生じた。以前もそうだったが、改めて目の前にこうした超常的な現象を起こされると驚きが前面に出てくる。
手の上に火がある訳だが、見る限り熱さを感じている風でも無い。というか、詠唱は特に必要は無いらしい。
そして何より、そのワザを二人共が使えるという事は…。
「という事は白上と大神もそのアヤカシなんだな」
耳や尻尾も存在の昇華とやらの影響かとそう考えるも、しかし二人は否定するように首を横に振った。
「いえ、白上達はアヤカシのもう一つ上のカミに属しています」
「アヤカシの中でも上位の存在が更にイワレをため込むとカミに成るんだよ」
さらりと言ってのけられたその事実に開いた口が塞がらなくなる。思っていた以上にこの二人はカクリヨでは大物であるらしい。それと同時に偶然とはいえそんな二人に巡り合えた事が奇跡に思えた。
「通りで、やけに力が強いと思ったんだ」
今朝のやり取りを思い返しながら呟く。
得体のしれない人間に特に躊躇も無く近づけるのも彼女たちの気質もあるのだろうが、強大な力を持つが故なのかもしれない。
「けどそれなら、白上達とは行かずともキョウノミヤコにはイワレを扱える人がゴロゴロいるんだよな…」
幽霊の正体は知れないが、仮にアヤカシ以上のイワレを持ったものが原因であった場合、俺一人では対処できそうも無い。
あくまで調査として下手に手を出したり声を掛けたりするのはやめておこう。と、内心決意を固めていると、不意に白上が何か思い出したように声を上げた。
「あ、そうでした。透さん、護身用にこちらを差し上げますね」
ごそごそと荷物の中から何か棒状のものを取り出すと、そのまま白上はこちらへ差し出してくる。何かと疑問に思いつつズシリと重いそれを受け取り被されていた布を取ってみると、シンプルながらも見事な装飾の為された一本の刀が姿を見せた。
「これは…貰っても良いのか?」
明らかに貴重そうな刀に確認するように白上に問いかけると、彼女は頷いて軽く了承する。
「はい、その刀は一応シンキ…武器にイワレが宿ったアヤカシなんですけど、白上とは相性が良く無くて…。なのでぜひ透さんに役立てて戴ければと」
「そういう事なら、ありがたく使わせてもらうよ」
刀など扱った記憶は無いが、見せかけだけでも持っているだけで変わるものだ。帯や刀差しも持っていない為紐を使って肩に掛けている中、白上は刀を見つめて何やら唸り声をあげていた。
「うーん…確か何か能力があった筈なんですけど…」
「…もしかしなくとも、忘れたんだな」
「ウチもその刀は初めて見るかも」
どうやら大神も知らないようだ。しかしそうなると実際に試す他確かめる手段も無いだろう。
白上も同じ結論に至ったのか、こちらへ視線を戻し口を開く。
「透さん、多分鞘から抜くのが発動条件だったと思うので、一度刀を抜いて見て下さい」
「分かった」
言われるがままに刀を持ち上げて、白上の見せてくれる見本の通り鯉口を切り、刀身を僅かに覗かせる。
瞬間、刀が発光し凄まじい閃光が辺り一面を覆いつくした。
あまりに突然の事で目を塞ぐことも叶わず、真正面から光を直視し途轍もない痛みが目を貫いた。真っ白な視界の中、意味をなさないうめき声が漏れる。
近くから同じような声が聞こえてくるのは白上や大神も同様に光を浴びたが故だろう。暫くの間三人揃って仲良く目の痛みに悶え苦しんだ。
「…取り合えず、何かあっても安全に切り抜けられそうだな」
刀の効果を身をもって体感した後、率直な感想が口を突いて出た。実際、未だに目がチカチカとしている。これなら信号にも目くらましにも使えるだろう。
問題点としては自滅になるくらいだが、そもそも戦闘など以ての外な為特に問題にはならない。
「フーブーキー!」
「あいたたた、ごめんなさいごめんなさい!?」
尚、白上は現在進行形で大神に耳を引っ張られている。当然の如く痛いようで、その瞳には若干の涙が浮かんでいた。
それからも道を歩いていると進むにつれて前方に大きな街並みが見えて来て、だんだんと人通りも増えてきた。
時折そのすれ違う人の中に白上や大神と同様に尻尾や獣耳を持つ者もちらほらと見えて、改めて自分が見知らぬ世界に迷い込んだのだと再確認させられた。
都の入り口に辿り着き、ようやくキョウノミヤコへと足を踏み入れる。
中央の道は多くの人が行き交って居り、道の端には様々なアクセサリーや軽食を並べた露店らしきものが立ち並んでいる。
「透君、初めてキョウノミヤコに訪れた感想はどうかな」
「いや、もう言葉が出ないな、これは…」
大神に問いかけられるがまともな感想が思い浮かばない。噂に違わぬ街の盛況ぶりに、俺は完全に圧倒されていた。
「そうですよね、いつ見ても人に溢れていて白上もこの街は好きですよ」
ふと見てみれば、そう話す白上は何処かそわそわとしていて先ほどから忙しなく尻尾を揺らしていた。
がやがやと活気にあふれた街は最早常時祭りでもしているかのような雰囲気に満ちていて、確かにこれはテンションが上がる。
そんな俺と白上を見て、大神はくすりと小さく笑みを浮かべた。
「ふふっ、それじゃあ早く宿を取って自由行動にしようね。あ、でも二人共ちゃんと調査もするように」
「「はいっ!」」
保護者の様になった大神の注意に白上と共に機敏に返事を返す。そうだ、ここには元々調査に来たのだ。それは忘れてはならない。
それから俺達は手ごろな宿を取って荷物を降ろし、早速街へ出る事となった。
人が多すぎて進みにくいかと思ったキョウノミヤコだったが、存外道が広いのと道の脇の露店に人が流れている事もあり快適に移動は出来た。
「…ん?あれは…」
足を止めている住人に聞き込みをしながら街を回って暫くして、見覚えのある白い獣耳を視界の端に捉えた。
見てみると白上は両手に大量の袋を下げつつ、楽しそうに次から次へと露店を巡っていた。
更にそこから数刻後、何やら道端に出来た人だかりが目についた。
気になって覗いてみれば、今度は見覚えのある黒い獣耳が視界に映った。よくよく見てみればいつの間に出店したのか、露店の中で大神がタロットカードを用いて占いを行っているようだった。
二人共、方法は違えども結果的には多くの人に話を聞けている事が分かり、これは負けていられないと妙な対抗心に火が付く。
「ちょいとそこの、こっちに来てみなさい」
「はい?」
気合を入れ直し聞き込みを続けようとした所、急に横合いから声を掛けられて振り返る。すると、年配の女性がこちらを見て手招きをしていた。
どうしたのだろうと招かれるままに近づいて行けば、女性はじっと俺の足先から頭の天辺までを眺めまわす。
「あんた、そんな珍妙な格好だと悪目立ちするよ。それに刀を後ろに下げてちゃ動きにくいだろうに…こっちに座ってちょっと待ってなさい」
それだけ言い残して、女性は建物の奥の方へ行ってしまった。状況を掴めないままに事が進んで行く。困惑のままに、座って待っているとやがて女性は何着かの着物を持って戻って来た。
「ほら、これに着替えて。あと替えようにこれらも持って行きなさい」
「え…あの、良いんですか?」
確かに周りを見てみれば基本的に皆着物などを身に纏っていて、恐らくウツシヨの服装のままでは浮いて見えるかもしれない。けれど、見ず知らずの人にここまでして貰うのはどうしても気が引けてしまう。
しかし、女性はそんな事お構いなしにぐいぐいとそれらを押し付けてくる。
「遠慮なんかしてないで持っていきなさい。どうせ使わないんだから、使える人が持っていくべきなんだ」
そんな女性の強引さに流されるままそれらを受け取り、奥で着替える。サイズも丁度良く、刀を腰に差せるようになり断然動きやすくなった。
「すみません、ありがとうございます。…あの御礼とか何も出来ないんですけど、本当に良かったんですか?」
「良いのよ御礼なんて、人生は助け合いだからね、代わりにこれから先困っている人と出会ったら、あんたがその人を助けてあげなさい」
「…分かりました、ありがとうございます」
女性に見送られる中、最後に頭を下げてその場を後にする。
それからも聞き込みを続けるが、出会う人が誰もかれも気さくで親切で、この街がどんな街なのかを如実に表していた。
この街、いや、このカクリヨに住む人々は皆こんな感じなのだろうか。
やがて日が暮れて一度宿へ戻る。二人は既に戻っていたらしく、共有の広間でだらりとくつろいでいた。
「悪い、遅れた」
「いえいえ…、あ、カクリヨの服に着替えたんですね。お似合いですよ」
「あぁ、ありがとう」
にこやかに笑う白上に答えつつテーブルを囲う空いた椅子へ座る。歩き詰めだったためかそれなりに疲労は溜まっていたようで、じんわりと心地よさが足に広がった。
「それじゃあ揃ったことだし、情報のすり合わせをしよっか」
大神の一声を皮切りに、俺達は互いに今日の聞き込みで得た情報を共有する。
纏めると、件の幽霊の話は殆どの人が耳にしているようだった。幽霊は誰も目に留めず、目の前に立っていても素通りしていくようで、何らかの目的が有って存在している、というよりはただそこに在るだけという感じらしい。
幽霊というだけあって当然の如く触れる事は出来ないらしいが、一人だけその幽霊の身体を通り抜けたアヤカシの男が居た。男はその瞬間意識を失い、次に目を覚ました時にはワザも使えず、身体能力も落ちていたとのことだ。
この事から、その男はイワレを失ったのではないかと言われている。
「…話は以上らしいが、イワレってそもそも無くなるものなのか?」
その辺りの知識は無いため、率直な疑問を専門家の二人に投げかける。しかしこれに関しては彼女らにとっても異例の事らしく、悩まし気に首を傾げている。
「ウチはそんな話聞いたことないかも…、ワザを使い過ぎたりするとイワレは消費するけど、イワレを奪われるなんて前例は無いと思う」
「白上も同意見です。これはますます放っておけなくなりましたね…」
今の所お手上げの様だ。前例のない以上、もしかするとカクリヨの異変が関わっている可能性もある。
とにかく実際に幽霊を見て見ない事には始まらない、幸い目撃されることの多い場所も分かっている。窓の外を見てみれば、辺りには既に夜の帳が降りていた。
「予定通り、ここからは俺一人で行ってくるよ。聞く限りだとイワレが無いなら問題も無さそうだ。」
言いつつ椅子から立ち上がる。まさかイワレの無いことがここで役立つとは思わなかった。逆にこの二人はイワレの量が多い分、影響が大きいかもしれない。
「ウチ達も待機はしてるから、何かあったらすぐに合図を送ってね」
「分かった、その時は頼む」
対処できない事態が起これば、すぐに刀を抜く。これだけ徹底すれば何とかなるだろう。
持ち物を確認してから俺は宿を出る。鬼が出るか蛇が出るか、月明かりに照らされた夜道へ足を踏み入れた。
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