どうも、作者です
伸ばした手は空を切った。
「白上っ!!!」
足場が崩れて、体制を崩した白上が崖下へと落ちていく。
その様子をスローモーションの世界で認識した瞬間、足は地面を蹴った。
そこに葛藤や迷いは一ミリたりとも存在しない、ただこのまま白上が落ちていくのを見ているわけにはいかなかった。
宙へと体を投げ出すのと同時に全身にイワレを集中させる。
ただの身体強化では足りない、鬼纏いを全力で後の事など気にせずに使用する。
全身にそれが行きわたるのを確認して、白上の元へとたどり着くため岩肌を軽く蹴って肉薄する。
「透さん!?どうして…!」
何故飛び降りてしまったのか、切羽の詰まった声で白上が問いかけてくるも応えている余裕はなかった。
両手がふさがり後ろから落ちている白上がこのまま地面に叩きつけられれば、まず間違いなく命はない。
それだけは、絶対に回避して見せる。
「…こ、のっ!」
白上を強引に引き寄せて、腰の刀を抜き、崖の側面へと突き立てる。
刀が狙い通りに崖の岩肌へと突き刺されば、凄まじい音を立てて岩が削れていく。
それにより、少しではあるが落下の速度が緩和された。
しかし、同時に手首へと尋常ではない衝撃。
当然だ、人二人に動物一匹。
それが落下により指数関数的に速度を増しているところを強引に刀一本で静止させよとしているのだ。更にただ横への力ではなく岩肌から離れないように調整も必要となる、その負荷は並みの人間であれば既に手首が取れている程のものだ。
一瞬でも気を抜けば刀ごと持っていかれそうだ。
だがそこまでしても緩和したとはいえ、落下の速度は以前保たれている。
岩肌が脆いのか簡単に削れてしまい上手く抵抗として機能していない。
これでは加速分を何とか軽減しているだけだ。
もっと深くまで差し込もうとするが、現状ではこれ以上に進みそうにもない。
その様子を見て察したようで、白上は俺の胸へと抱いていた猫を押し付ける。
「透さん、せめて私だけを落として下さい!
そうすればまだ間に合います!」
白上が一人で何とかできるのならそうするのも手だ。
しかし、この言い方。決意に染まったその瞳。
これはただの自己犠牲だ。
鬼纏いの状態でこれだ、ただの身体強化ではいくらカミといえどもどうにもならない。
丸腰ともなればなおさらに。
「…断るっ!」
食いしばった歯を動かして唸るようにその提案を否定する。
だが、否定はしたものの、精一杯の結果がこれだ。
なら仕方ないと諦めてこのまま諸共地面で赤い花を咲かせるか?
否だ。
ここで諦めるわけにいはいかない。
諦めてなるものか。
全身の力を振り絞る。
血流の流れが感じ取れる、真っ赤な視界の中、ただ全力を引き出す。
その瞬間だった。
自分の中の何かが壊されるような衝撃。
それを感じたその時、全身を炎のような熱が駆け巡る。
痛み。
声にならない叫び声を上げそうになる程の全身を炙られるような。
だが、同時に駆け巡る力。
明らかに上昇した鬼纏いの出力。
一線を越えた?
踏み込むべきではない領域に踏み込んだ?
どうだっていい。
今この瞬間を乗り切れるのなら。
白上を守ることが出来るのならば。
後のことなど知ったことか。
全身のバネを利用してさらに深くへとその刀を突きたてる。
「止まれぇぇぇぇっ!!」
より一層の破砕音を立てて速度がみるみる内に落ちていく。
だが、下からは既に目視できる地面が近づいてきている。
静止が間に合うか同課の瀬戸際。
そして、遂に地面が肉薄する。
現段階でかなり減速してきている。このまま行けば恐らく丁度で停止できる。そう確信したその時だった。
ばきりと岩とは違う破砕音。
同時に内蔵がヒヤリとする浮遊感。
「えっ…。」
見上げれば、刀身のほとんどが無くなった刀の残骸が手の中にある。
どうやら刀の方が耐えきれなかったようだ。
支えを失い、そのまま宙へと揃って投げ出される。
だが問題ない。
この高さからなら、このまま着地できる。
白上を横抱きにしてしっかりと抱える。
猫も白上の腕の中で丸くなっているため危険はないだろう。
どんどんと地面が近づき、そしてついに足が地面に触れる。
衝撃音。
それと同時に、できうる限り足で衝撃を吸収する。
じんじんと足に染み渡るような痛みが走るが、それだけだ。
「白上、怪我は?」
すぐさま白上の様子を確認する。
「は、はい、大丈夫です。
ありがとうございます。」
状況がうまく把握できていないのか、茫然として答える白上。
ぼーっとしてじっとこちらを見てくるが、言葉の通り特に怪我は無さそうだ。
「はぁ…良かった…。」
それを確認して、安堵につい息を吐く。
心臓がまだばくばくと音を立てている。
助けれた、無事に今も息をしている、その事実に心の底から安堵した。
あのまま白上を失っていたらと思うと、ゾッとする。
「あの、透さん。
そろそろ下ろしてもらっても良いですか…。」
「ん?あぁ、悪い。
あまりに軽いから忘れてた。」
いつもと違い弱々しい声で言う白上を丁寧に地面に下ろす。
それはそうか、あと少しでという所だったのだ。今にして実感がわいてきたのかもしれない。
しかし、本当に軽かった。
今朝と比べても、明らかに。
「軽いって…もう、こんな時まで煽てないでくださいよ。」
「いやいや、異常なくらいなんだって。」
完全に素で白上を持ち上げていることを忘れていた。
身体強化を使っているとはいえ、こんなことがあり得るのだろうか。
「ん?身体強化?」
違う、いま使っているのは鬼纏いだ。
変に体がうずくのはこれの性か。
とりあえず危険ももう無いことだし、そろそろ解除してもいいだろう。
「…あれ。」
「透さん?」
つい、声が漏れる。
解除ができない。
いくらイワレの供給を止めようとしても際限なく身体能力の強化が行われる。
その様子を不審に思ったのか白上が声をかけてくる。
これは、何かマズイ。
「白上、俺から離れてくれ。
少し体がおかしい。」
言いながら後ろに下がり、白上から距離をとる。
その間にも体を駆け巡る凄まじい力。
明らかに先ほどよりも出力が上昇している。
とん、と背中にないかが触れる感触。
後ろを確認していなかった。木にでも当たったか。
そう考えた瞬間後ろから轟音が鳴った。
見れば、おそらく今背中に触れた木が音を立てて倒れていく。
その光景に思わず唖然としてしまう。
「何だこれ…いづっ!?」
強化された瞬間にも感じた鋭い痛みが、全身を駆け巡る。
しかも、今回は継続的に、心臓の鼓動に乗せるように体中を苛む。
気が狂いそうになるような激痛に思わずその場にうずくまる。
「透さん!
…ちょっとここで待っていてください。」
そんな声と共にこちらに駆け寄ってくる足音。
白上が近づいてきていることを察する。
「な…、白上、今は、近づかないでくれ!」
痛みに耐えながら何とか声を振り絞るが、白上が去っていく様子はない。
むしろ近くに来ている。
駄目だ、こんな状態で白上に触れでもしたら怪我では済まない。
しかし払いのけるわけにもいかない。
とにかく、距離を。
だが、それよりも早く、白上に正面から抱きしめられる。
「大丈夫です。
もう一度、ゆっくり、解除しようとして見てください。」
何をしようとしているのかは分からない。
今はその言葉に従う他なかった。
言われるがままに解除をしようとイワレの流れに意識を向ける。
すると、先ほどとは違いある程度操作が効く。
白上が補助してくれているのか。
これなら、と扱える範囲内で徐々に身体への強化を外していく。
後はそれをひたすら繰り返す。
やがて体の痛みは引いていき、身体能力も通常の状態へと戻った。
「どうですか?」
白上が心配そうに覗き込んでくる。
「あぁ、何とか収まった。
助かったよ。」
それを聞くと、白上はほっとした顔をして体を離す。
一時はどうなることかと思ったが、白上のおかげで何とかなった。
しかし、こんなこともできるとは初耳だ。
「今のは何をしてくれてたんだ?
なんとなく補助してくれてたのは分かったけど。」
「その認識で問題ないですよ。
ちょっと透さんのイワレの流れを白上が抑制しただけです。」
軽く言っているが、誰にでもできることではないだろう。
「ただあんまり得意分野ではないので抑制しかできませんでした。
こういうのはミオが得意なんですけど…。」
「いや、十分だ。
実際おかげで解除できたし。」
それにしても、今のは何だったのだろうか。
鬼纏いの暴走か、また別のものなのか。
何にしても、安易に使おうとしない方が良いことは確かだ。
「…それより、悪い、白上。
刀を駄目にした。」
そう言って右手に持っていた柄と申し訳程度に残った刀身のみとなった刀を見せる。
初めてキョウノミヤコに行ったときに白上にもらった刀。
それ以来愛用していたが、遂に折れてしまった。
かなり愛着が湧いていただけに、少し気落ちしてしまう。
おかげで無事で済んだのだが、やはり折角貰った刀を駄目にしたなると気にしないわけにはいかない。
「いえ、元々使われていないものでしたので。
それに今回の件は白上の責任ですし…。」
そう言って白上は顔を曇らせる。
「違う、白上だけの責任じゃない。」
あれは仕方がなかった。
あそこで突風が吹いたのはただの偶然だ。
それを言うなら俺だって準備不足だった。
せめて縄の一つでも持ってきていれば、落ちていくこともなかった。
まさか猫があんなところにいるなんて思いもしなかったのだ。
こればかりはどちらかが悪いでもなく、両者の責任だ。
「それに結果的に二人とも無事だったんだ、責任どうこうは無しにしよう。」
「…分かりました。
ありがとうございます、透さん。」
何に対しての礼かは知らないが、ともかく白上も納得できたようだ。
「にゃあぁ…。」
ふとそんな鳴き声が鳴り響く。
出所へと目を向ければ、白い猫がこちらをじっと見つめていた。
そうだ、危うく本来の目的を忘れるところだった。
「ともかくまずはこの子をサヨちゃんのところに連れて帰らないとな。」
「そうですね、きっと今も心配してますでしょうし。」
白上は猫を抱き上げると、先導して歩き始める。
一応ここは崖の下だが、ここから村への道は分かるらしい。
白上の後を追って同じく歩き出す。
「プーちゃんっ!!」
村に到着しサヨちゃんの家まで猫を連れて帰れば、サヨちゃんは名を呼びながらその猫のプーちゃんを抱きしめる。
よほど嬉しいのか頬ずりまでしている始末だ。
そんな様子をほほえましく見守る。
「何とお礼を言えばいいか。
本当にありがとうございます。」
サヨちゃんの母親も心なしか表情が柔らかい。
これだけで十分すぎるほどの報酬だ。
「いえ、捜索自体はそこまで苦労はなかったので。」
白上の言う通り、その後に比べたら捜索だけ見れば何とも平和に終わったものだ。
とにかくこれで依頼は完遂だ。
これ以上長居する必要もないということで、お暇させてもらうことにする。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
手を大きく振るサヨちゃんと母親に見送られて村を出る。
そのままシラカミ神社への道を白上と二人歩く。
刀はさやに入れてはいるが、刀身が短くなっているせいで安定しない。
しばらくは刀無しでいるしかないな。
幸い今のところ刀を必要とするような事はない。
「あの、透さん。」
「ん?」
物思いにふけりながら歩いていると、不意に白上に声を掛けられる。
「体の調子、本当に大丈夫なんですか?」
真剣な目で射抜かれて、ついぎくりとする。
「あー、調子か…。」
先ほどのこともあって、正直万全とは言い難いのは確かだ。
「まあ、少しだるいくらだ。
あんまり影響はない。」
若干ぼかすが、それでも正直に答える。
それを聞いた白上の顔が再び曇ってしまう。
ここは嘘でも問題ないというべきだったか…。
いや、俺の噓は分かりやすいらしいしどちらにせよこうなるか。
「すみません、無茶をさせてしまって。」
「気にしないでくれよ、俺がやりたくてやったことだ。
白上だって助けてくれたろ、お互い様だ。」
正直、白上の助けなしであのままいたら体が爆発でもしていてもおかしくなかった。
そう思えるほどに力の奔流が暴れ狂っていた。
「…透さんは、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
白上は瞳を伏せて不安げに問いかけてくる。
どうしてか、そんなもの決まっている。
「そりゃ白上のことがす…。」
なんとなく頭に浮かんだ言葉を口に出そうとして、ぱっと口を手で押さえる。
馬鹿正直に感情を伝えてどうする。
「…白上の事が大切だからだ。」
言葉はぼかしたが、嘘偽りのない気持ちだ。
「大切だから傷ついてほしくないし、守りたかった。」
言えば、白上はぽかんとこちらを見つめる。
少し言葉を間違えた気がしなくもないが、言ってしまったものは取り消せない。
「大切…。」
言葉を反芻するように口に出す白上の顔が徐々に朱に染まっていく。
「って、おい、そこで照れないでくれ…。」
何度か見かけたその反応に思わず突っ込みを入れる。
そこで照れられるとこちらまでいたたまれなくなる。
「だ、だって仕方ないじゃないですか!
そんなに直球で来るとは思わなかったんです!」
白上は真っ赤な顔で抗議してくるが、こちとらそんなこと言うつもりはなかったのだ。
ただ本音を誤魔化そうとしたら誤魔化しきれなかっただけで。
二人の間を気まずい時間が流れる。
白上は空気を入れ替えるように咳ばらいを一つ入れる。
「とにかく、白上が言えたことじゃないんですけどあんな無茶はもうしないで下さい。」
懇願するようなその瞳に、なんとなく白上の意図が見える。
自分の所為で他人を傷つけたくない。
なるほど、その考えは理解できる。
「ん、それは無理だ。」
そんな白上の言葉に即答する。
無茶をするなというとそれは白上を見殺しにしろということだ。
「もし白上がまた同じ状況になったら俺は同じことをする。
絶対に見殺しになんてしないからな。」
例え千回だろうと一万回だろうと、崖から飛び降りてやる。
それで絶対に助ける。何が何でも。
そこだけはいくら白上が相手でも譲れない。
「もーっ、もーっ!そういう所ですよ!」
先ほどよりも顔を赤くした白上に肩をぺしぺしと叩かれる。
痛くはないが、その白上の動揺ぶりに少し驚いた。
「今は照れる要素ないだろ。」
「照れてません!」
そんなに顔を赤くしておいて何を言っているのか。
しばらく、そのまま叩かれ続ける。
やがて、疲れたのか白上はため息をつくとジトリとした目をこちらへ向ける。
「透さん、やっぱり最近変わりました。
前ならこんなこと言わなかったですよ。」
その言葉に図星をつかれて、軽く冷や汗をかく。
白上の言う通り変化した点は一つある、それも大きな変化が。
しかし未だにこの気持ちを伝える気はさらさらない。
「そうでもないって。」
「いえ、絶対そうです。
狐の第六感がそう告げてます。」
狐の第六感とは何だろう。
そんなものがあるのなら、是非とも封印しておいていただきたい。
じーっとこちらを見てくる白上。
「あー…、そういえばそろそろ昼時だな。
今日はミゾレ食堂にでも行くか。」
「あからさまに話題を変えようとしないでください。」
どうやら逃げ場は無いようだ。
その詰問会はミゾレ食堂に到着するまで続けられた。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。