どうも、作者です。
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「…寒いな。」
肌を刺すような空気の冷たさにぽつりと呟く。
朝、外に出てみれば空から白い雪の結晶がひらひらと舞い降りてきていた。
雪を見るとイヅモ神社のあの風景が頭に浮かぶ。
それを眺めながら、ゆっくりと体を伸ばす。
腕、足、腰、首。
確かめるように次々と部位を変えていく。
「…よしっ。」
痛みは無い。
昨日全身を苛んだ筋肉痛は、今朝起きてみれば完全に消え去っていた。
危うく白上にすべて任せきりにしてしまう所だっただけに、心の底から安堵が沸き上がる。
現在、雲の上ではまだ太陽も登っていないであろう早朝。
二日ぶりとなってしまった鍛錬の時間だ。
特に昨日などは丸一日中寝たきりであったため相当体が鈍っていそうだ。
どれほど体力が落ちているのか不安を感じるが、それすら鍛錬の一部と考え、雪で軽く覆われた大地を蹴る。
地面が凍っているのか少し滑りやすい。これは気を付けないとすぐに転ぶな。
足元に注意しながら地面を蹴る。
まだ動き始めで体が温まっていない、前から吹き付ける風に体が震えた。
吐いた息が空気に触れた瞬間凍り付き、白く色づく。
これは、水場が凍っていないか心配になる。
この寒さだ、氷が張っていなくともその冷たさは想像に難くない。
しかし鍛錬の後に汗を流さないという選択肢をとるわけにもいかない。それで白上に距離でも取られたらと思うと、水の冷たさに震える方がまだマシだ。
空は雪の白と雲の灰色。
その下をそんな不安を胸に走り続ける。
「…やっぱり冷たかった。」
鍛錬を終えてシラカミ神社へと戻る。
予想は見事に的中し、水場を流れる水は冷たい空気を軽く下回り、まだ固まっていないだけで動きを止めればすぐさま凍り付くかと思う程に冷たかった。
だが、体の調子自体はそこまで悪いものではなかった。
いつも通りのメニューをいつも通りに問題なくこなして、度の過ぎた疲労感は感じない。
体の芯は温まっていながらも、表面は冷めきっている。
不思議な感覚に陥りながら玄関の扉を開ける。
室内はシンと静まり返っている。
まぁ、今この神社に居るのは白上だけで、この時間帯はまだ寝ているだろうから当然といえば当然か。
「…ん?」
違った、俺と白上の他に動くモノが一つある。
目の前の光景にすぐに考えを改めることとなった。
「…シキガミ。」
玄関で出迎えるように、白上のシキガミの小さな白狐がちょこんと座っている。
最近になって出現するようになったこいつだが、何か目的が有るわけでもなくただ見定めるようにじっと視線をこちらに送ってくる。
今回で遭遇するのは二回目か。
シキガミは目が合うや否やすぐに立ち上がると、前と同じように虚空に飛び込むように消え去ってしまう。
白上の意思に関係なく出てくるようだが、基本使役するものが呼び出さない限りは出てこないシキガミが何故、今になって出てくるようになったのか。
目的が有れば出てくることがあるとは聞いたが、その目的が分からないのでは考えようもない。
今は気にしていても仕方ない。
いつまでも玄関にいるわけにもいかない、と靴を脱ぐ。
いつもならこのまま朝食を作る大神の手伝いに行くところだが、生憎とその大神は今、シラカミ神社ではないカクリヨのどこかだ。
そうなると…、やることは掃除くらいか。
いや、昨日は白上が料理をしてくれたのだ、今日は俺が作ってみよう。
決まるや否やすぐさまキッチンへと向かい、そして気づいた。
食材がうどんと油揚げしかないのだった。
これでは調理スキル以前の問題だ。土俵にすら立っていない。
ということで、消去法で掃除しかやることが無くなった。
素直に掃除用具を取りにキッチンを後にした。
「こんなもんか。」
達成感を胸に自らが行った成果を見て呟く。
掃除を始めて早数時間。
シラカミ神社の全体を回り雑巾がけと埃取りを終わらせる。
正直そこまで汚れが溜まっていないということもあり、凝った手順は必要とならなかった。
予想以上に心地よい。
これは掃除が癖になってしまいそうだ。
すっとするような快感を感じていると、不意に後方から視線を感じる。
「…そこだ!」
勢いよく振り返りびしりと指を突き付ける。
その指の先には先ほども見かけた小さな狐のシキガミ。
「…!?」
気づかれていないと考えていたのか、そもそも意思があるのか知らないがシキガミは驚いたように身を震わせると、急いで虚空へと消えていく。
それを見届けてつい頭をかいた。
「何なんだ、一体。」
妙に監視されているというか、シキガミに見られている気がしてならない。
シキガミの目的とやらに、何か関わりでもしているのだろうか。
だが、別に思い当たる節があるわけでもない。
「んー?」
うなりながら首をかしげる。
まぁ、良いか。
実害が有るわけでもないし、しばらくは放っておくことにする。
一応白上に報告だけはしておこう。
そう、白上だ。
そろそろ朝を迎えてから時間が経つが起きてくる気配がない。
昨日は不安定になっていたようだが、夜には精神的にもしっかりと安定したようだし、昨夜は遅くまでゲームでもしていたのではなかろうか。
「偶には起こしに行ってみるか。」
用事も無ければそのまま寝かせておくのだが、今日は少しばかり趣向を変えてみることにする。
それにシキガミの事も報告しないとだし、正当な理由もある。
善は急げ、さっそく白上の部屋へと向かうことにした。
少し歩けばすぐに部屋の前へと到着する。
慣れとは恐ろしいもので想い人の部屋に入るというのに、心は驚くほどに凪である。
この程度で動揺していては心臓が持たないというのも多分にはあるが。
「白上ー、起きてるか。」
ノックしながら呼びかけてみるが特に返事は無い。
取ってに手をかけゆっくりと襖を開ける。
「すー…。」
予想通り、部屋の中には布団にくるまって寝息を立てる白上の姿がある。
よく眠っている。
音を立てて近づくが起きる様子は無い。
白上の寝姿も見慣れたもので、心臓が高鳴って頬が軽く熱くなる程度で済んでいる。
心臓が跳ねるたびに、白上の事が好きなんだと再確認させられるようだ。
何時になれば落ち着いてくれるのだろうか。
そんなもの必要ないというのに。
白上が起きていないこの瞬間だけは取り繕わなくても良い。
「好きだな…。」
ぽつりと、仮に白上が起きていたとしても気づかれない程に小さく呟く。
日に日に膨らんでいく想いはとろまる所を知らない。
もし、白上にこの想いを打ち明けることができれば。
もし、白上の傍にこれから先居ることができるのならば。
どれ程幸せだろう。
けど、それは叶わない。
俺と白上は、友人同士なのだから。
この関係を崩す真似は、とてもできはしない。
ここまで膨らんでしまった気持ちは、簡単には消えてくれないだろう。もしかしたらこれから先の未来、永久に抱えていくことになるのかもしれない。
「…本当、厄介だ。」
今の関係を気に入っている一方で、それを憎らしく思う。
心の中に生まれた矛盾。
でも、そういうものだと割り切るしかない。
心を落ち着けるように、大きく息を吐く。
「…よし」
整理がついたところでここに来た目的を果たすことにする。
「おーい、白上、朝だぞ。」
「すやー…。」
軽くゆすりながら声を掛けてみるが、その安らかな寝息は途切れることは無い。
そういえば前も起こそうとして見たが、結局起こせなかったのだったか。
だが、今の俺は以前とは一味違う。
「ちゅん助。」
手を出して小鳥のシキガミを呼び出す。
愛らしい瞳をこちらに向けるちゅん助をゆっくりと白上の耳元に下ろす。
あれから修業を積んで、ちゅん助も一つ新たなワザを身に着けたのだ。
その成果を今見せるとき。
「いけ、ちゅん助。なきごえだ。」
『チュンっ!!』
大きな声で返事をすると、ちゅん助は間隔を開けて定期的な鳴き声を上げる。
それは正に目覚まし時計のそれと比べても遜色はない。
何ならこちらの方が音が高い分、強く耳を貫いてくる。
「ん…、うぅ…。」
流石にこの騒音の中では意識も覚醒せざるを得ない。
寝苦しそうにうめき声をあげると、白上は寝ぼけ眼のままゆっくりと体を起こす。
「ん、…ミオ、うるさいですよ…。」
目をこすりながら白上は抗議の声を上げる。
まだ寝ぼけているのか、どうやら大神が起こしに来たと勘違いをしているようだ。
「残念だが、俺は大神じゃないぞ。」
「ふぇ…?」
笑いをこらえながら訂正してやると白上は間の抜けた声を上げてこちらに目を向ける。
「透…さん…?」
「おう、おはよう。」
状況がうまく呑み込めないのか、ぼんやりとこちらを見たまま固まる白上。
どうしたのだろう、いつもなら軽く挨拶を返してくるはずだが何か変な格好でもしていただろうか。
心配に想い自らを見直してみるが、普通にいつも通りの服装だ。特に変わったところは無い。
なら、白上は何故俺の顔を見て固まっているのだろう。
不思議に思い、声を掛けようとしたところでそんな白上に変化が起こる。
「え…あ…。」
ぱくぱくと口を開け閉めする白上の顔がどんどん赤く染まっていく。
あまりに唐突の出来事で今度はこちらも思わず硬直してしまう。
「な…な…」
毛皮に覆われている耳までも赤く染まってしまうのではないかと思う程顔を赤くして白上は、声にならない声を上げる。
そんな白上はふるふると小刻みに震えだし、そして。…
「なんでここにいるんですかー!」
爆発した。
白上はばっと布団を体に巻き付けると、涙目になりながら体当たりするように距離を詰めてくると、ぐいぐいと部屋の入口へと押してくる。
「え…え?」
まさかの展開に困惑でされるがままに押され続ける。
何が起きている?
何故俺は白上に押されているんだ?
「ちょ、白上!?」
「いいから、早く、出て行って下さい!」
せめて事情だけ聞こうと声を上げるがテンパっているのか聞く耳を持たない白上は押す力を緩めず、ついには部屋の外まで押し出されてしまう。
「白上、まって…。」
ようやく背中への力が無くなったところで、振り返るが、無情にもぴしゃりと音を立てて襖が閉じられる。
「くれ…。」
そして、ぽつりと廊下に一人立ちすくむ。
…何が起こった?
呆然とする、とは正にこのことだ。
きっと今の俺は相当間抜けな顔をさらしているだろう。
とりあえず、俺は白上を起こしにこの部屋に来た。
ここまでは良かった。
そこで目的通りに白上を起こして、起こして…。
今に至る、と。
あの拒絶の仕方は尋常ではなかった。
だが、今になって何故あんな拒絶の仕方を。
普通に同じ部屋で寝たことすらあるのに、起こしただけであの反応。
もしや、今まで我慢していただけで、本当は快く思っていなかったのか。
それが今朝になって爆発した。
十分ありうる。
というか、それしか思い浮かばない。
「…え?」
ということは、ということは、だ。
「もしかして、嫌われた?」
浮かんだ一つの予想を口に出せば、ズシリとその言葉が胸にのしかかる。
そうか、嫌われた…。
いや、正確には嫌われていた。
…そうか。
ふらふらとおぼつかない足取りで廊下を通り抜け、玄関へと出る。
未だに空から舞い降りてくる雪の冷たさはまるで、今の心情を表しているのかのようで。
「は、ははっ…。」
乾いた笑い洩れる。
嫌われた。
その言葉が幾度も頭の中を巡る。
あの白い雪の中に飛び込めば、この心の痛みも少しは収まるのだろうか。
物は試しだ。
後のことなど知ったことではない。
どうせもう俺には何も残っていないのだから。
…いざ、行かん。
足を後ろに力を籠める。
思い切り行こう、遠慮はいらない。
溜めた力は解放の時を待っている。
踏み外さないように、しっかりと地面を掴み、一気に解放する。
その瞬間であった。
「あたっ!?」
視界の端から白い何かが凄まじい速度で飛んできて、それをもろに食らう。
固くは無い、顔に残る柔らかな感触はまるで毛皮のようで。
見てみれば、先ほども見かけた白い狐のシキガミ。
なんでこんなところに。
考えを巡らせようとするが、状況はそれを許しはしなかった。
今俺は何をしようとしていた。
前方の雪の塊へ飛び込もうと足に力を込めていた。
それも思い切り。
その解放の瞬間に顔へ衝撃を受け、驚き、体勢を崩した。
しっかりと地面を掴んでいたはずの足の指も前へ進むためにタイミングよく地面を放していた。
後ろにのけぞるような体制で足に力を入れた結果、体の中心を軸に回転するようなエネルギーが加わることとなった。
そして地面は雪により摩擦がほとんどないに等しい。
そうなると、結果は目に見えている。
端的に言えば、滑った。
地面を蹴り上げるように、華麗なサマーソルトを披露する。
受け身を取る…地面はどこだ?
回る景色に完璧に上下の感覚を失った。
なら、後は流れに身を任せる他ない。
回転した体は別に上に飛んだわけでもない。
その場で、そのまま回転したのだ。
足のあった場所に来るのは頭。
重力にひかれて、高度は下がっている。
次の瞬間、後頭部に凄まじい衝撃が走った。
瞼の裏に火花を散らして、意識は闇の底へと沈んでいった。
「…透さんって、かなり抜けてるとこありますよね。」
そんな声が上の方から聞こえてくる。
これは白上の声だ。
ゆっくりと意識が覚醒する。
「…白上…。」
瞼を開ければ、彼女の顔が視界に映る。
「うわっ、透、さん。その、痛いところはありませんか?」
「頭が痛いな。それより、俺はどうして…。」
名を呼べば驚いたように声を上げながらも具合を聞いてくる彼女に素直に答える。
はて、一体何があったのだったか。
確か朝は鍛錬をして、掃除をして。
そして…。
「あ…。」
思い出した。
思わずがばりと飛び起きる。
が、後ろから頭を掴まれて再び元の位置に戻された。
「もう、頭を打ったんだから安静にしてください。」
「へ?」
再び上から聞こえてくる彼女の声。
横になっているのに彼女の顔がすぐ上に見える。
それに後頭部に感じる痛みとは違う柔らかな感触。
これは、まさか。
「膝、枕…?」
「言わないでください、恥ずかしいんですから…。」
そう言う彼女の顔は、確かに赤く染まっていた。
色々と分からないことが多すぎて脳がパンクしそうだ。
「けど、俺は白上に嫌われてたんじゃ…。」
「誰がそんなこと言ったんですか。」
強い口調で否定してくる彼女。
ということは、ただの早とちりだったということか。
「その、先ほどはすみませんでした。」
しゅんとした顔で申し訳なさそうに言ってくる。
そうか、嫌われているわけではなかったか。
「俺の方こそ、悪かった。
許してほしい。」
揃って謝罪をすれば、しっかりと頷いて受け入れてくれる。
それを見て胸のつっかえが取れたように、安堵に大きな息が漏れる。
「…そんなに安心したんですか?」
「そりゃもう、白上に嫌われてたらどうしようかと。」
本当に、全身の筋肉が弛緩してしまう程の安心感が身体を伝う。
くるりと周りを見回せば、ここが居間であることが分かる。
しかし、俺は玄関の先で倒れたはずで。ここまで歩いた記憶は無い。
そうなると、つまりそういうことだろう。
「ここまで運んでくれたのか。ありがとうな。」
「別に、このくらい何ともないです。」
運んでもらった上に、膝枕までしてもらって。
頭が上がらないとはこのことだ。
実際に抑えられていて上がらないのだが。
「それにしても、恥ずかしがるくらいなら無理にしなくてもいいのに。」
今なお軽く頬を染めている彼女にからかうよう言ってみれば、さらに頬が赤くなる。
「黙って、下さい。それと、あんまり見ないでくださいよ。」
彼女がそう言えば、不意に視界が暗くなり何も見えなくなる。
そして微かに感じる柔らかな毛皮の感触。
どうやら尻尾で目隠しをされているらしい。
「あの、何も見えないんですけど。」
「余計な事言うからです。」
顔は見えないが、彼女がジト目でこちらを見ていることは何となく察することができた。
一体いつまで続くのか、それは俺にも彼女にも分からないが、時間はゆっくりと流れていった。
気に入ってくれて人は、シーユーネクストタイム。