どうも作者です。
以上。
「今日も露店は大盛況ですね。」
キョウノミヤコ、その大きな通りにて隣を歩く白上がテンション高めに辺りを見渡しながら歓声を上げる。
先日の件で特に体調を崩すことも無かったたため、予定通り俺と白上は食料の調達にキョウノミヤコまで来ていた。
いつ来ても人の途絶えない通り。
その横に並ぶ様々な露店や屋台。
今日も今日とて、普通の人にアヤカシにと様々な人が行き交っている。
「なぁ、毎回同じ場所に違う屋台が出てるんだけど、もしかして毎日違う場所に違う店が出てたりするのか?」
同じように辺りを見渡しながらふと気になり、白上へと問いかける。
流石に歩きなれた風景の中で、前回は綿あめを出していた場所が今回はラムネなどの飲み物を売っていたりと、屋台や露店だけは毎回記憶と一致しないものが出ている。
「そうなんですよ、ですから屋台の全制覇はその日のうちにしかできないんです。」
得意げに答える白上だが、その間には少しだけ距離がある。
隣、ではある。
しかし、先日同様にいつもと比べて距離が遠い。
やはり昨日の今日で解決するわけではないらしい。
少しだけ感じる寂寥感を胸に隠して、白上と共に通りを歩く。
食料の調達と言ってもそこまで大量に必要なわけでもない。精々二人で三日分もあれば十分だ。
問題は何を買うかだが、そこも適当でいいだろう。
元々手の込んだ料理は出来ないのだ、魚に肉に、野菜でもあれば焼いて茹でて味付けするだけで済む。
「白上達ははいつも何処で食料を調達してるんだ?」
ここ二か月程一緒に生活してきたが、キョウノミヤコに食料を求めてやってくることはこれが初めてだ。
「んー、白上もかなり久しぶりなんですよね。
前にも話しましたけど、基本的に奉納という形で色々と貰っていまして、周期的にも食べるものが無くなるなんてことは殆ど無くて。」
「そう言えばそうか。
それでセイヤ祭はそのお返しもかねて大忙しだったもんな。」
今回だって別に食料が無くなったわけでは無い。
ただ食べるものがきつねうどんの一種類に限定されてしまっただけで、貯蓄自体はまだ余裕がある。
うどんの種類は素うどんも含めればかなりあるが、基本的にベースがうどんであることに変わりは無いため、やはり無理がある。
「それに足りないものとか、その辺りはミオがやってくれていたので。」
「…大神が帰ってきたら、前以上に手伝いに精を出さないとな。
確かに大神の料理は美味いけど、だからと言って頼ってばっかりなのはな。」
思っていた以上に頼りきりになっていたようだ。
せめて大神が帰ってくるまでには、家事の水準を上げておこう。
「…むぅ。」
そっと心の中で誓いを立てていると、横で白上が頬を膨らませる。
「これからは料理は白上が作ります。」
「え、けど…。」
「作ります。」
流石に任せきりになるのはと反論しようとするが、白上から得体のしれない圧を感じ、首を縦に振るほかなかった。
それを見て当の白上は満足げに頷いている。
満足してるならそれでいいのだが、そうするといよいよ出来る家事が掃除だけになってくる。
いや、これは逆に僥倖かもしれない。
俺が掃除を、白上が料理を。
それぞれが担当を分ければ、上達も早いだろう。
白上がこれを狙っての提案なのかは不明だが、無理に断る理由もないのは確かだった。
「取り合えず急ぎでもありませんし、色々と見て回りましょうか。」
ということで、二人でキョウノミヤコを散策することにする。
そろそろ見慣れてもおかしくない景色だが、実際に歩いてみれば決して退屈することは無く見るもの聞くものに新鮮さが満ち満ちている。
その理由は言うまでもなく、白上と共にいるからなのだろう。
彼女といるだけで何でもない日常が簡単に色づいてしまう。
(…やっぱり、遠いな。)
だからこそ、この状況は少し堪えていた。
今までが近すぎた、そう言ってしまばえばそこで終わりなのだが、俺にとってはその距離が普通になっていた。
それだけに、少しとはいえ距離を取られるだけでどうしようもない寂寥感が胸に満ちる。
もしその手を取ることができたのなら、とは思わずにはいられない。
我ながら女々しくなったものだ。
頭を軽く叩いてそんな考えを奥底へと沈めた。
白い狐の少女は透の隣を少し離れて歩きながらちらりと彼の横顔を覗き込む。
彼の顔は考え事でもしているのか、若干眉間にしわが寄っている。
最近になって偶に見かけるその表情。
正確にはオツトメがあった翌日から、意識するようになったそれに少女はつい見入ってしまう。
何を考えてるんですか?
それを口に出して問いかければ、彼はいつものようにへらりと笑って奥底に隠してしまうのだろう。
その表情を隠してほしくないと思った。
彼の感情がそのまま表れているようで、彼が隠している自分に見せようとしないその表情を、悪いとは思っていても少女は見ていたかった。
(やっぱり、胸がざわついてる。)
胸を締め付けられるような感覚を覚えながら、少女は彼を想う。
その感情が何かを理解できないままに。
白上と二人でぶらりと通りを歩いていれば、一つ気になる屋台を見つけた。
「白上、あそこの屋台に寄っても良いか?」
目的の屋台へと指をさしながら声を掛ければ、白上は指を辿って視線を動かす。
「あそこ…あ、クレープですね。
透さんクレープ好きだったんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと顔見知りを見つけてな。」
「そういうことでしたか。
はい、勿論です、白上もクレープは食べたかったですし。」
了承を得たところでさっそく屋台へと向かう。
屋台の中では見覚えのある二人組がせっせとクレープ作りに勤しんでいた。
「あ、あの時の。
まっくん、まっくん。」
近づけば一人が気が付いたようで、こちらを見て目を丸くすると、もう一人の裾を引っ張る。
「?どうしたんだい、もっくん。
って、シラカミ神社の。」
もう一人、まっくんと呼ばれた青年も同じようにこちらを見るとその目を大きく見開く。
この二人はオツトメの際にケガレに取りつかれていた青年たちだ。
「こんにちは、偶然見かけたので声だけでもかけておこうと思いまして。」
「そうでしたか、先日はありがとうございました。」
そう言って頭を下げる二人だが、別に礼を求めて声を掛けたわけではないのですぐに頭を上げてもらうようにお願いする。
それより気になったのは、二人の関係。
「前に結婚すると聞きましたけど、その後はどうですか?」
とはいえ、答えは目に見えている。
二人の指に光るペアの指輪。それが現在の二人の間柄を如実に表していた。
「はい、無事に死闘の末結ばれました。」
「やっぱり、おめでとうござい…死闘?」
どうにも聞き流せない単語に、思わず聞き返す。
死闘って、結婚とはそんなに殺伐としているものであっただろうか。
カクリヨの文化の一つなのかと、首をかしげる。
「もしかして、北の出身の方なんですか?」
「はい、白上さんのおっしゃる通りで。」
対して白上は何やらピンときたようで もっくんと呼ばれる青年と何やら通じ合っていた。
これは話についていけない奴だ、と早々に察した。
「北の方では結婚の際に力を示す風習があるんですよ。
例えば狩りだったり、色々と種類は有るんですけど。」
首をかしげていれば、すぐに白上が補足を入れてくれる。
なるほど、カクリヨの文化の一つということか。
結婚するだけで死闘とは、北は修羅の国か何かなのか。
「俺たちのところは基本的にどちらかが相手の両親に力を示すんですけど、かなり血気盛んな方だったので直接決闘になりました。
今ではお義父さんとは酒を飲みかわす仲です。」
「まっくん、かっこよかったんですよ。
絶対に諦めないって、勇猛に立ち向かっていって。」
「よしてくれよ、もっくん。」
身振り手振りで熱弁するもっくんと呼ばれる青年に、まっくんと呼ばれる青年は顔を赤らめる。
熱愛ぶりは相変わらずなようで、今にも顔を近づけようとしようとしたところ、咳ばらいを一つ入れて阻止する。
「何はともあれ、ご結婚おめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
過程には驚かされたがめでたいことには変わりない。
白上と共にお祝いの言葉を伝えれば、二人は照れたように小さく笑う。
「ありがとうございます、お二人もよく噂を耳にしますよ。」
「噂?」
噂というとキョウノミヤコでの事か。
何のことだろう、思い当たるような節は無い。
思わず白上と目を合わせて首をかしげる。
「どんな噂なんですか?」
白上が問いかければ、もっくんと呼ばれる青年が笑顔のまま口を開く。
「それはもう、お二人が恋人同士だっていう噂です。」
「…は?」
「ひゃい!?」
唐突な爆弾発言に一瞬思考が停止する。
俺と白上が恋人?
何故そんな噂がキョウノミヤコに。
「前にお二人がデートをしていたこともかなり有名ですよ。」
「デートって、あれはただ一緒に遊びまわってただけなんだけど…。」
おそらくオツトメの後にいろいろ回った時のことだ。
キョウノミヤコでは白上はかなり顔も売れているし、噂の対象にもなりやすいのだろう。
「それにしてもそれだけで恋人って、キョウノミヤコの人達は結構噂が好きなのかもな。」
「…。」
苦笑いを浮かべながらそう白上に話しかけるが、返事が返ってこない。
そういえばいつもならさらりと否定してのけるのに、今日は俯いて黙ったままだ。
「白上?」
「は、はい、何ですか透さん!」
不思議に思い名を呼べばようやく白上は俯けていた顔を上げる。
その顔は先ほどと同様に赤く染まったままで、テンパっているのかオーバーなリアクションだ。
「あ、いや、ぼーっとしてたみたいだから。大丈夫か?」
やはり昨日水にぬれたせいで体調でも崩していたのだろうか。
「だ、大丈夫です。
白上はいつも通りですよ。」
いや、そう見えないから声を掛けたのだが。
まぁ、本人がこう言うのならそう捉えるしかないか。
「恋人…白上と、透さんが…。」
ぼそぼそと小さな声で白上が呟くが、生憎と内容までは聞き取ることはできなかった。
しかしふとその白上の顔に影が見える。それだけが、気がかりだった。
「あ、あと他にも噂がありまして。」
「ん?」
すると、終わりかと思われた噂の話を彼は続ける。
まさか続くものとは思っておらず、つい目を丸くしてしまう。
「大神さんと恋人同士。あと、百鬼さんと恋人同士なんて噂もあったり。」
「待ってくれ。」
次々と投下される爆弾に、思わず待ったをかける。
白上とだけでもかなり大きな衝撃だったが、それを優々と超えてきた。
大神と百鬼。
どちらとも噂につながるような出来事は、恐らくなかったはず。
百鬼とはヨウコさんの前でそんなことをした覚えはあるが、それだけでキョウノミヤコ中に広まるとは思えない。
「へー、そうなんですか。
それは興味深い噂ですね。」
いつの間に復活していたのか、白上は抑揚のない声で言うとジトリとした視線をこちらに向ける。
違います、根も葉もない事実無根のただの噂です。
「というか、それだと完全に節操無しだろ。
よくキョウノミヤコの人達は普通に接してくれるな。」
詳しいところまでは知らないが、カクリヨでは基本的に一夫多妻や一妻多夫ではなく一夫一妻が主流だ。
少なくとも、今まで接してきた人の中でもそれ以外のケースは見かけていない。
そんな中でこんな噂が流れていては、普通あまり良い顔はしないだろう。
「まぁ、それこそ噂なので。
よく聞きだしたのはセイヤ祭の周辺でしたし、会話の種みたいな感じでしたね。」
「つまりそんなに真に受けてないってことか。
良かった。」
まっくんと呼ばれる青年の言葉に心の底から安堵する。
セイヤ祭の周辺というと準備に追われていた期間だ。
その時に色々と回ってシラカミ神社の居候の男、そんな認識が定着したのだろう。
それで元々有名だった白上達と噂が立った。
そんなところか。
「まぁ、その中の一つはあながち間違いでもなかったり。」
「…。」
どれの事、とは聞かなくてもすぐに理解できた。
そう言って生暖かい視線送ってくる二人に、思わず冷や汗が背を伝う。
「僕たちも同じような頃があったので、一目見てすぐに分かりましたよ。」
確定だ。
完全にバレている。
そこまで俺が分かりやすいのか、それとも周りの人間が異様に鋭いのか。
今回の場合は普通に経験で見抜かれただけだが、本人以外にはほとんど隠せていない気がする。
「何のことですか?」
隣で疑問符を浮かべている白上に、二人は懐かしむように笑いあっている。
馴れ初めを聞いてみたい気もするが、それはそれで長くなりそうなので今回は遠慮しておいた。
「頑張ってくださいね。」
「…あー、ありがとうございます。」
白上には聞こえないようにこっそりとエールを送られる。
ありがたいことだが、正直複雑な心境ではあった。
お祝いもできたことだしと、そろそろお暇させてもらうことにする。
何よりこれ以上話していると一から十までバレてしまいそうだ。
「あ、それじゃあこれ、どうぞ。」
そう言って二人は二つのクレープを差し出してくる。
「良いんですか?」
「はい、前に助けてもらったお礼がまだだったので。」
先ほど礼を言ってもらえただけで十分に満足だったのだが。
何はともあれせっかくの好意だ、礼を言って受け取る。
「幸せそうでしたね、あのお二人。」
「同感。
あそこまで幸せそうなカップルも珍しいよな。」
やはりセイヤ祭のジンクスも絡んでいるのか…いや、一重にあの二人の積み重ねだろう。
それに本当にジンクスがあるのなら…。
チラリと白上へ視線を向けてみれば丁度貰ったクレープにかじりついているところだった。
考えても仕方ない。
そう区切りをつけて、同じくクレープへとかぶりついた。
「あ、美味い。」
柔らかな甘さが口に広がる。
けれどしつこくなく、あまり甘味が得意でない人でも食べれそうだ。
「透さん中身は何でした?」
「チョコバナナ、白上は?」
「白上は苺でした。」
食べたそうな気配を感じたのでひょいと差し出してみれば、白上はぱっと顔を明るくすると、小さな口を開けて一口クレープをかじる。
するとお返しにと白上のクレープがこちらに向けられるので、遠慮なく一口貰う。
チョコとはまた違った味。
二つの味を楽しめるようにと味を分けてくれたのだろう。
「あ…」
「?どうした?」
再び自分のクレープを食べようとしたところで、何かに気が付いたように白上が声を上げる。
「いえ、何でもないです…。」
そう言う白上の頬はほんのりと赤く色づいていた。
…あぁ、間接キスか。
状況から、すぐにその原因を察する。
しかし、この程度で動揺はしない。
「このクレープ美味いな。」
「透さん、そっちは壁ですよ。」
話題を変えるように白上に話しかければ、その逆方向から白上の声が聞こえてくる。
今一度前を見てみれば、確かに目の前に壁がある。
…まだまだ精進は足りないらしい。
それからしばらく、食料を調達しながらキョウノミヤコを回っていれば、空が赤らんできていた。
やはり冬ということもあり、日が落ちるのも早い。
「透さん、最後に例のあそこに行きませんか?」
「例のあそこ…あぁ、あれか。」
元通りとはいかないが、昼間より幾分か距離の近づいた白上がそう提案する。
例のあそことは、以前白上に教えて貰った穴場の絶景スポットだ。
「良いな、俺もまた見たかったんだ。」
二つ返事で了承し、さっそく二人で高台へと足を向ける。
道順はまだ覚えている、以前案内してもらった時よりも体感早くに、高台へと到着した。
まだ夕日は空に浮いており、ピークに達していないことが分かる。
「少し早かったですね。」
「言っても、すぐに沈み始めるだろ。
取り合えずそれまで待つか。」
白上と並んで高台からキョウノミヤコを見下ろす。
東西南北に分かれるこの街を一望できるのは広いキョウノミヤコの中でもここだけだろう。
「あ、あそこ、ヨウコさんの所の花屋さんじゃないですか?」
「え、どこだ…。」
眺めていれば、白上がそう言って指を指し示す。
その指を辿って目を皿のようにして店を探せば、色とりどりの花を飾った見覚えのあるシルエットを見つける。
「本当だ。
そっか、花屋は再開してたもんな。」
セイヤ祭でも花を飾っていたし、当然店も再開しているか。
無事に元の生活に戻っているようで何よりだ。
思えばあの事件からひと月以上が経ったのか。
「そういえば、宿の屋根の上で話したこともあったよな。」
俺を助けたのは善意だけでなく、打算ありきであったと知ったのはあの時だった。
「あぅ、その話はやめてください、あの時はミオの占いの件で白上なりにどうにかしようと必死だったんです。」
白上的にはあまり良い記憶ではないようで、腕の中に顔を突っ伏してしまう。
「だからそんなに気に病むことでもないだろ。
俺はあれのおかげで白上たちと付き合いやすくなったんだから。」
「透さんがそう言ってくれるのは嬉しいですけど…。
やっぱり気にはなりますよ。」
かなり前の事だと言うのに未だに引きずっているようだ。
こういう所は律儀というか何というか。
「そんなに気にしないでくれよ。
あれが無かったら今は無かったんだから。」
正直、大きな変化自体は生まれないだろうが、こうして白上と二人で景色を見ていられるのもあの過程があったからこそだ。
「…透さんが言うなら…。
そうですね、気にするのはやめにします。」
そう言うと白上は顔を上げ、一つ頷く。
どうやらうまく呑み込めたらしい。
「…おっと、そろそろ頃合だな。」
話していれば、いつの間にか空は真っ赤に燃えて街は黄金色に染まり始める。
「…」
「…」
自然と黙り込み、静寂が二人の間を漂う。
こうしてこの光景を見るのは二度目だ。
キラキラと輝く景色に、初めてここに来た時の記憶がよみがえる。
正確にはいつかは定かではない以前よりその兆候はあったのかもしれない。
しかし、決定的だったのはここで。確かに俺は白上に心を奪われたのだ。
あの横顔に俺は…。
記憶をたどり、チラリと横に視線を動かす。
その先に、記憶にある白上の横顔が。
「…あっ。」
静寂の中、息をのむような声があがる。
それと同時に交差する視線。
目が合った。
横を向いた瞬間に、その綺麗な二つの瞳と。
予想とは異なり、視線の先にはこちらを見る白上の姿。
その顔が赤く見えるのは夕焼けの所為か、それとも。
「す、すみません!」
「い、いや、こっちこそ。」
途端にばっと逸らされる顏。
だが、既に先ほどの光景は脳裏に刻まれていた。
(やめろ。)
こちらを見て、目が合った瞬間顔を赤く染めるその姿。
その姿はまるで、まるで…。
(考えるな。)
その先に思考を進めまいとするも、つい考えてしまう。
別に鈍感なわけではない。
ただ目をそらしてきた。
期待してしまうから。
もしかしてと、考えてしまうから。
それに関する要素、すべてに蓋をしてきた。
(万が一でも、関係を壊したくないんだろ。)
ただの都合の良い妄想だ。
だから、それ以上先に進まないでくれ。
最近になって、白上の様子がおかしかったのは。
あんなにも素直に感情を出されては。
どうしてもそこに至ってしまう。
期待したくなってしまう。
「白上。」
気が付けば、その名を呼んでいた。
ゆっくりとこちらへと振り向く彼女の顔は未だに赤い。
「実は、俺は。」
正面から彼女と向き合う。
勝手に口が動く、もう止めることはできなかった。
「白上のことが…。」
ここまで来て、彼女も察したのか表情に緊張が走る。
羞恥、困惑、様々な感情がその瞳に浮かぶ。
そして、微かな怯え。
それを見て、頭が冷えた。
悪い、やっぱり何でもない。
そう誤魔化そうとした、その時だった。
「うおっ…。」
強い風が吹き、思わず一瞬だけ白上から目が離れる。
なんでこんなタイミングで。
いや、違う、そんなことより訂正を。
そう考えて口を開くが、そこから言葉が発せられることは無かった。
「…あ…?」
目の前の光景に言葉が出ず、ただ口を開け閉めする。
確かにそこにいたのは白上だ。
しかし、その綺麗な白い髪は光を飲み込むような漆黒に染まり、柔らかなその瞳は鋭くこちらに視線を送っている。
まるでリバーシのように反転して、人が変わってしまったかのような変化。
「白…上…?」
まずは目を疑った、色覚が狂ったのかと。
だが、変化したのは目の前の白上だけで、周りの光景が正常だと訴えかけてくる。
「白上だ?…違う。」
絞り出すような問いかけを、彼女は易々と否定する。
その声はいつもの温和な声でない。
低く、静かな嵐のような声で彼女は続けて宣言した。
「あたしの名前は、黒上フブキだ。」
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。