どうも作者です。
評価くれた人、ありがとうございます。
以上。
おかしい。
頭に浮かんだその一言は、目の前の現実に起因していた。
目の前に座る黒上の少女。
基本的に無表情でいることが多いそんな彼女なのだが。
「…ふふっ。」
先ほどからこちらを見て何やら含みのある笑みを浮かべていた。
確かに先ほどお茶を入れた際にも笑ってはいたが、今のそれは何処か毛色が違う。
上機嫌からくる、というよりかは悪戯を思いついた子供のような、そんな笑み。
彼女が茶菓子を探すだけの時間で何が起こったのだろう。
不思議に思いながら茶を啜る。
自分で入れたとは思えない程に問題なく入れられている。
これも黒上の教えのおかげか。
「おい、透。」
「ん?」
話しかけてくる彼女の声に湯のみを傾けながら耳を傾ける。
「お前、さっきあたしの尻尾を見てただろ。」
「ぶっ…ごほっ!?」
思わぬ発言に気管へと茶が入り込み咳き込む。
バレている。
その事実の衝撃たるや白上の姿が黒上の姿に変わったときのそれと等しい。
和やかなひとときが一瞬のうちに崩れ去り、血みどろな修羅場となる、そんな瀬戸際である。
冷や汗をだらだらと流しながら何とか誤魔化しきれないか思考を巡らせる。
第一に、あの状況で黒上が尻尾を見られていると確信を持てるはずがない。
つまり、これは揺さぶり、動揺を誘っているのだ。
それならこの場の最善策は余裕をもって堂々としているだけで良い。
「…な、なんの証拠があってそう思うのかね。」
「演技が下手だな、それは犯人の定型文だぞ。」
今ほど自分の土壇場での演技力のなさを嘆いたことは無い。
ニヤニヤと笑みを浮かべる黒上の視線を受けながら打開策を考えるが、完全に詰んでいる。
「…はい、見てました。」
「くくっ、そうかそうか、やっぱり見てたんだな。」
早々に諦めて両手を上げて降参すれば黒上は心底愉快そうに笑う。
見たところ、予想とは違い今すぐ刀は出てこなさそうで少しだけ安心する。
「それで、どうして尻尾を見てたんだ?
ん?正直に話してみろ。」
助かったかと思えば、これからが本番だと言わんばかりに心底楽しそうに更に踏み込んだ質問が投げかけられる。
これには流石に本音ではそのまま答えられない。
しかし、黒上には生半可な嘘では先ほどのように見破られて終わりだ。
いや、あれは俺自身の演技力の問題なのだが、とにかく今度は嘘にならない程度で本音を…。
とはいえ中々都合よく思いつくものでもない。
何かないかと視線と記憶を巡らせる。
「あー…、そうだ!
大神の尻尾とよく似てるなって、ほら色合いと、か…。」
「…。」
思いついた言葉をそのまま口に出していけば、明らかに黒上の機嫌が急降下していく。
その様子に自分が過ちを起こしたことに気が付く。
無言になってしまった黒上を前に脳が警鐘を鳴らす。
「あたしを目の前にして他の女の事を考えてたのか…そうか。」
前髪に隠れてその表情は見えない。
だが、一つ分かるのは少なくとも笑顔ではないということだ。
すくりと黒上は音もたてずに立ち上がるとゆっくりと居間を出ていく。
やがてそれ程時間も経たずに戻ってきた黒上のその手に握られるのは見慣れた彼女の刀。
「それで、何か言い残したことはあるか?」
座った眼で言い放つ彼女に恐怖を覚えた。
「待ってくれ、俺達には話し合いが必要だ。」
今にも斬りかかってきそうな程に剣呑な雰囲気を醸し出す黒上を宥める様に両手を前に出す。
現在刀も無く完全な丸腰であるため、抵抗の手段は交渉の他にない。
「…。」
一応は話を聞いてくれるらしく、刀を握りしめたまま黒上は無言で続きを促す。
だが、時間を稼いだところでここから先の事は何も考えていない。
「…さっきのは、その…言葉の綾で。
別に大神と比べようだなんて…。」
「けど、ミオの事を思い浮かべたんだろ。」
必死な言い訳も虚しく黒上が刀を手ににじり寄ってくる。
本当のことを言うのは体裁的にも出来るだけ避けたい、しかしこのままだと刀で唐竹割りにされるのは目に見えていて。
体裁と命、どちらが大切かと言われるとそれは当然。
「…すみません、本当は触りたいなと思って見てました。」
言ってしまった。
命惜しさに、白状してしまった。
これで黒上はどのような反応をするのだろうか。
最有力候補としてはドン引きか、それは心の損傷が激しそうだ。
覚悟を決めて、恐る恐る黒上の様子を伺う。
「…ったく、そうなら最初から正直に言え。」
刀を下ろして悪態をつく彼女だったが、しかし先ほどのような剣呑な雰囲気は鳴りを潜めていた。
むしろ上機嫌とでも言わんばかりに尻尾が左右に揺れている。
正直者な尻尾である。
刀を仕舞うと黒神は落ち着くように一つ深呼吸を入れる。
「あーあ、残念だったな透。
最初からそう言っていれば触らせてやっても良いと思ってたんだけどな。」
「なんだと…。」
そして告げられた衝撃の事実に思わず絶句する。
正直に話していれば尻尾を、あの柔らかそうで触り心地の良さそうな尻尾を触らせてもらえていた…。
選択を間違えた、変な見栄など張らなければこんなことには。
「そんな…俺は、なんてことを…。」
「…そんなに悲壮感丸出しにすんなよ、ほら。」
そう言って目の前に差し出されるのは見事な毛並みの尻尾。
一瞬目の前の現実が理解できずに黒上の顔を見てみるが、彼女は視線を逸らして目を合わそうとしない。
こんなことが起こっても良いのか、こんな幸福が。
恐る恐るゆっくりと手を伸ばす。
あと少しで、その至宝へと手が届く、そうここが俺の…。
「あっ。」
しかし、あとほんの数ミリで手に触れる、そう思った次の瞬間にさっと音を立てて尻尾が眼前から消えた。
何が起こったのか分からず無言のまま黒上へと目を向ける。
「ざ、残念だったな、時間切れだ。
まぁ、さっさと触らなかった自分を呪え。」
彼女は悪戯な笑みを携えて自らの尻尾を引き寄せていた。
その光景は瞳を通り、視神経を通って脳へと到達する。
「え…あ…。」
天国から地獄に突き落とされるのはこんな感覚なのか。
徐々に現実を理解して行く脳でぼんやりとそんなことを考える。
「黒上、冗談だよな。やっぱり触らせてくれたり…。」
「無い、諦めろ。」
縋った希望は、無情にも断ち切られた。
「よしよーし、お前の毛並みは最高だなぁ、ちゅん助ー。」
『ちゅんっ…!?』
手のひらにすっぽりと収まるサイズの小鳥を手に乗せて撫で繰り回す。
さしものちゅん助もこれには困惑の声を上げているが、我慢してくれ、俺の心の傷を癒すことが出来るのはお前しかいないんだ。
どれ程の時間が経ったのかは定かではないが、長いこと撫でていても飽きない毛並み。
やはり毛皮は正義なのである。
そんな俺の様子を見る瞳が一対。
目の前に座る黒上は今度こそドン引きした様子で冷ややかな視線をこちらに向けていた。
「おい、何時まで続けるつもりだ。」
「俺の心の傷が癒えるまで。」
投げかけられる問いに簡潔に答えつつ、ちゅん助を撫でる手は止めない。
凍ってしまった心を溶かすためには膨大な時間が必要だなのだ。
「~ッ、そろそろ目障りなんだよ!」
「純情を弄ばれた傷は大きいんだ!
こうしてちゃん助に癒してもらってることの何が悪い。」
苛立ちを発散させるように噛み付いてくる黒上に負けじと言い返す。
念願が叶うと思った寸前で取り上げられるこれ以上無いと感じる程の絶望を味わって、それでも立ち上がる為に必要な過程なのだ。
すると黒上はいら立ちが頂点に達したのか、俺の手の中のちゅん助を無理やり奪い去ってしまう。
「な、何をする!」
唯一の癒し、最後の砦を奪われて動揺する。
心なしかちゅん助がほっとした顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
「はっ、警告してやったのに辞めないからだ。」
黒上の手へと移ったちゅん助は黒上に礼でも言うかのように一声鳴くと消えていってしまう。
そこまで嫌だったのか、ちゅん助。
駄目だ、何もやる気が起きない。
癒しが無くなり心に負った傷だけが残る。
悲しみの中ただ沈んだ心に従い机に突っ伏す。
「あー…、毛並み、尻尾…。」
「…ッ、あぁ、もう!」
うわ言のように言葉を繰り返していれば黒上は舌打ちを一つ入れるといきなり椅子をもって隣まで歩いてくると、勢いよく持ってきた椅子にこちらに背を向けて座り込んだ。
そうすると当然綺麗な毛並みの尻尾が手を伸ばせば届く距離に来る。
「…別に尻尾を触らせてやろうと思ったわけじゃないからな。
ただ何となくここに来ただけで…まぁ、もしかすると触られても気づかないかもしれない。」
背を向けている所為で顔を見ることは叶わない。
ただ、これは黒上なりに触っていいと許しをくれたのだと何となく理解できた。
そして魅力的な尻尾を目の前に、俺は。
「いや、俺が言うのも何だけど嫌がることを無理させてまで触らせてもらおうとは思ってないぞ。」
「おまっ、変なところで冷静になりやがって…!」
こちらに向けられた黒上の顔は少しだけ赤くなっていた。
それは羞恥からか、それとも怒りからなのか。
けれどそれ以上の言葉は出てこず、黒上は顔を憎々し気に軽くゆがめると再び前を向いて顔を隠す。
「…かった…」
そしてぽつりと零されたその声は聞き取れないほどにか細く、黒上にしては覇気が無い。
「今、なんて?」
「だから…その…。」
聞き返せば黒上の肩が震える。。
言い淀むようにぽつりぽつりと言葉が出ては消える。
やがて決心するように黒上は息を吸った。
「さっきは…恥ずかしかっただけ、だから。」
言葉の通り、羞恥からか黒上の声は震えていた。
今ほど正面から向き合いたいと思ったことは無い。
「つまり、触られるのは嫌じゃない、ってことか?」
「ッ、そう言ってるだろ、一々確認してくるな。」
ちらりと髪の隙間から見えた黒上の頬は今まで見たことが無いほどに赤く染まっている。
触るなら早く触れと催促するように目の前で揺らされる尻尾。
良いというのなら遠慮なく。
今度こそ、とゆっくり手を伸ばす。
「…また寸前でお預けとか無いよな。」
「するか、良いから早くしろ。」
不安に駆られて確認すれば、黒上からは叱責が返ってくる。
どうにも先ほどの件がトラウマになっている。
勇気を振り絞り、高鳴る鼓動を感じながら尻尾に触れる。
「おぉ…。」
瞬間、思わず感嘆の声が出る。
予想していた以上にさらさらとした毛並み、その極上とも言える触り心地は天にも昇るようで。
「人の尻尾を触って変な声出すな。」
「悪い、予想を軽く超えられたもんだから、つい。」
かみ殺したような声で抗議の声を上げる黒上に謝りつつ、それでも触る手は止めない。
先ほどのちゅん助の毛並みも相当のものだが、黒上の尻尾はそれを遥かに凌駕していた。
引き込まれるような魅力を前に、既に虜になっていた。
「そう言えば気になってたんだけどさ。」
「ん?」
ふと話しかければ黒上は耳をこちらに傾ける。
ちなみに、これは比喩表現ではなく物理的にこちらに頭の上の獣耳がこちらに向けられている。
器用だな。
今ので気になることが増えたが、今はそちらは置いておこう。
「尻尾ってどのくらい神経が通ってるもんなんだ?
こう、触られたらちょっと感覚があるだけなのか、それとも皮膚と同じような感じなのかと思って。」
自分には無い部位ということもあり、やはりこれは聞いておきたかった。
前に第三の腕みたいなことを言っていたが、実際にどのような感覚かまでは聞いていない。
「あー、そうだな…。」
そう言って黒上は考え込むように顎に手を当てる。
それは言いたくない、というよりかはどう表現するのか迷っているように見えた。
「言葉にし難い感覚ではあるが…まぁ、くすぐったいな。」
証拠とでも言わんばかりに、手の中の尻尾を動く。
「へー、ちゃんと感覚はあるんだな。」
手入れなどの事を考えると簡単には言えないが、一度試しに自分で体験してみたいものだ。
ただこれを言うとシラカミ神社に眠るまだ見ぬシンキやレイグなどが出てきて本当に尻尾を生やされかねないので心のうちに仕舞っておく。
それにしても、そうか、それなりに感覚はあるのか…。
付け根辺りは神経が集中するというがそこも同じだったりするのだろうか。
「付け根を触ったら噛み殺すからな。」
「え、あ、はい!」
じっと見ていれば心を見透かしたかのような黒上の言葉に心臓が跳ねる。
何故こういう時だけ鋭いのか、心臓に悪い。
「…。」
「…。」
しばらく無言で尻尾を堪能する。
こんな時間がいつまでも続いて欲しい、そう思えるほどに至極の時間であった。
「…おい、まだ満足しないのか。」
流石に痺れが切れたようで黒上は振り返らずに問いかけてくる。
満足かどうかで聞かれれば、既に満足はしている。
ただ…。
「いや、ちょっと辞め時が分からなくて。」
「終わりだ終わり!」
正直に現状を伝えれば、黒上は若干叫びながらそう言って尻尾を引き寄せる。
当然尻尾にはもう手が届かない、胸に微かな虚脱感を感じた。
「ったく、やけに長いこと触ってると思ったら…。」
そう言って黒上はガードするように尻尾を抱え込んでしまう。
おそらくこの先触らせて貰えることは無いかもしれないと思うと、寂寥感が胸に募る。
「悪い、でもありがとな、かなり幸せだった。」
「…それは、良かったな。」
ぷいと顏を逸らすと、黒上はおもむろに居間から出て行こうとする。
「どこ行くんだ?」
「昼飯を作るだけだ、どこかの誰かさんは尻尾に夢中で気づいてないみたいだけどそろそろ昼だぞ。」
そんな馬鹿な、夢中になっていたからといってそんなに時間が経っているはずはない。
そう思い窓から外を覗いてみると、確かに太陽の位置が上の方向へと移動していた。
思わぬ事態につい唖然とする。
「分かったか、ならあたしは行くから…。」
「待ってくれ、昼は俺が。
朝作ってくれたんだから黒上はゆっくりしててくれ。」
再び居間から出て行こうとする黒上を呼び止める。
黒上ばかりに任せているわけにもいかない。
「いい、料理はあたしがする。
お前は…掃除でもしてろ。」
それだけ言い残して黒上はさっさと恐らくキッチンへと向かって行ってしまった。
あの様子だと手伝いに行ったとしても断られそうだ。
「…仕方ないか。」
元々分担すると言っていたし、ここは素直に掃除をしていよう。
そう考え、掃除道具を取りに、居間を後にした。
昨日にある程度掃除はしたため、今日は全体的に軽めにする。
とはいえそれなりにシラカミ神社は広いため、時間はかかる。
すべてを終えるころにはすっかり太陽も空の頂点へと昇っていた。
「透ー、できたぞ!」
掃除道具を片づけていれば、タイミングよくそんな黒上の声が聞こえてくる。
とりあえず手だけ洗って急いで居間へと向かうことにする。
「あ。」
その途中でふと、目の前に例の狐のシキガミが現れる。
「また来たのか、何か気になることでもあるのか?」
そう言いながら撫でてみようと手を伸ばす。
『…。』
しかし、その手をかいくぐる様にするりとシキガミは手を避けた。
心なしかその瞳は冷え冷えとしている。
偶々かと思いもう一度手を伸ばすがやはり避けられた。
「…もしかして、触られたくなかったり…。」
『…。』
シキガミは肯定するように頷くと、助走をつけてこちらに走ってくる。
勢いを緩めることなく飛び込んでくれば、額を壁ジャンプの要領で蹴られた。
痛みは無い、しかし衝撃は伝わってくる。
シキガミはそのまま虚空へと消えて行ってしまった。
「…。」
何となく、言いたいことは伝わった。
これからは欲望をもう少し抑制しよう。
そんな決心を胸に足を進めた。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。