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以上
宿を出発してから幽霊の出現するという場所まで、道中で遭遇する可能性も考え周囲に目を凝らしながら移動する。昼の喧騒は何処へやら、辺りには人一人存在せず、夜の闇に包まれたキョウノミヤコは不気味な程の静けさに満ちていた。
そうして暫く進むが道中特に何事も起こらずに目的地へと到着した。少し開けた街道の交差点に当たる広間、話によるとここに幽霊が出現するとのことだ。
「…まだ、居ないのか」
辺りを見渡すもそれらしき姿は見えない。
道の端の出っ張りに身を潜めて幽霊が出てくるのを待つ。まるで張り込みをする探偵にでもなったかのようだが、ぴりぴりとした緊張感はそんな遊び気分を軽く吹き飛ばしてしまう。
何が起こるか分からない以上常に警戒している必要があり、想像以上に精神的に負担がかかっていた。
(けど、弱音を吐いてる場合でも無い)
不安を押し殺し、ジッと息を潜めてひたすら待ち続ける。
それからおよそ一時間程経過しただろうか、何の前触れもなくソレは突然現れた。
闇の中から宙に浮いたままゆっくりと滑るように移動する人影、雲の合間から覗いた月明かりに照らされたソレには顔が無かった。いや、正確には顔を構成するパーツが無かった。
目も耳も鼻も口も、ましてや皮や肉さえ存在しない。正真正銘、それは骸骨であった。
(…確かに、何が起こってもおかしくないとは思っていたが…)
けれど、流石にこれは予想外だ。
噂で聞くのと実物を見るのとでは訳が違った。目の前の骸骨の幽霊から感じる寒気、怖気は足をすくませるには十分すぎるものだ。
人は未知にこそ真の恐怖を抱くと言うが、それが真実であることを今この身をもって理解した。
(焦るな、まずは様子を見て…)
ゆっくりと広間の中央へ移動するそれを物陰から観察しつつ心を落ち着かせていると、広間の中央に到着した瞬間、ぴたりと何かに反応するように骸骨霊はその動きを止めた。
緊張のボルテージが急激に上がっているのを感じる。
(なんだ…?)
急な出来事に困惑していると、不意にこちらへと骸骨霊は顔を向けた。
目が合う。
無い筈の目と、けれどしっかりと目が合った。眼球などない、真っ暗な空洞の闇に射止められたかのように目が離せない。
すると、一瞬骸骨の顔が笑うように歪む。それと同時に、今まで身を隠していたすぐそばの壁から青白い骨の腕が透過するようにでてきた。
「っ!?このっ…!」
出てきた腕に左半身を掠められつつ、咄嗟に物陰から飛び出る。実体は無いのか触れられたという感覚は無いが、代わりに触れられた部分に寒気を覚えた。
先ほどの物陰に目をやれば、つい先ほどみたものと同じ骸骨霊が壁中からその姿を現していた。
(瞬間移動…、いや、もう一体居たのか!?)
チラリと広間の中央へ視線を向けるも、そこにも骸骨霊が居る。聞いていた情報では一体だった、しかし目の前の現実がその情報が間違いであると告げている。
(とにかく、白上達を呼ばないと…)
完全に異常事態だ。すぐさま知らせを送ろうと目を腕で覆い刀を抜き放つが、何も起こらない。昼間までは発生した筈の閃光が発生しない事に瞠目しつつ、不意にイワレを吸い取られた男性の話と、つい先ほど左半身を掠めた霊の腕を思い出す。
(刀のイワレを吸われたのか、あの一瞬で…!)
つい動きが止まり、その隙を逃さず二体の骸骨霊は双方向から宙を泳ぐように迫って来る。
とにかく逃げなければ。その一心で慌てて地を蹴るも、その足元から更にもう一体の骸骨霊が出てきた。三体目の骸骨霊。咄嗟に方向を切り返そうと足に力を籠めるも、そんな複雑な重心移動が安易に成功するはずもなく、あえなく体制を崩した。
これでは逃げることも出来ない。動きを止めた獲物に群がるように、霊達はそのまま近づいてくる。
(万事休すか…)
諦観を胸に目を閉じる、その時だった。
「あつっ!?」
突然、急速に右手の甲へと熱が宿る。まるで手が燃えているではないかと錯覚するほどの熱に目を開け右手を見れば、埋め込まれた宝石が小さな光を灯していた。
今の自分の状況も忘れて呆然と宝石を見ていれば、不意に無風だったにも関わらず、宝石を中心として辺りに風が吹き荒れ始めた。
その風はやがて渦となり、その風に煽られるように三体の骸骨霊が凄まじい勢いで引き寄せられてくる。だがそんな中でも霊達は逃れようともせず、むしろ流れに身を任せている様にも見えた。
目の前にまで迫った三体の骸骨霊は、やがて渦の中心にある右手の宝石へと触れ、その中へと吸い込まれていった。
次第に吹いていた風も止み、右手の熱もほとぼりを残し消えていく。
「何だったんだ、今の」
右手へと視線を落としたまま、上手く状況を飲み込めずにぽつりと一人呟く。どうやらとことんまでにこのカクリヨにおいて自分の常識は通用しないらしい。
今までは見逃してきたが、やはりこの宝石には何かがある。異変に関係してるかは知れないが、少なくとも俺がカクリヨに迷い込んだ原因に関与しているのは間違いない、そんな確信あった。
とはいえ、今考えた所で答えも出ないだろう。
(ひとまず、白上達と合流しよう)
骸骨霊は姿を消した。つまり今回の問題の原因は取り除かれたことになる。けれど、今起こった事象は俺だけでは到底理解しきれないし、二人の見解も聞いておきたい。
そう考え来た道を戻ろうと駆け出す、その時だった。
(…なんだ?)
不意に感じた悪寒、脳の発する警告におもむろに足を止める。それと同時に足先の地面へ上空から凄まじい勢いで飛来した刀が音を立てて突き刺さった。
「…ようやく、見つけた」
あまりに突然の事に体を硬直させている中そんな声が背後から聞こえてきて思わず振り返ると、そこには赤を基調とした着物を身に纏った一人の少女がこちらへ鋭い視線を向けて立っていた。
その白の長髪は毛先にいくにつれて赤みが増していき、額には綺麗な角が二本生えている。腰に差された刀は二本、内の一本は鞘のみで先ほどの刀が彼女のモノである事が分かる。
「は…」
声を発した瞬間、少女の姿がかき消えた。その認識が脳へ到達すると同時に背後へぞわりとした気配を感じた。
(あり得ないだろ…)
振り返った先に先ほどの少女が居ると分かる。けれど、あり得ない。霊のように複数人居る訳でも無いのだ、一個人がそんな速度で移動出来て堪るものか。
振り返りたくない、けど振り返らないと、確実に命は無い。
そんな脅迫観念に応じるがままに萎え掛けた心に喝を入れて振り返れば、既に少女はいつでも振りぬける体制で地面に突き刺さったままの刀へと手を掛けていた。
それを目にしてただがむしゃらに持っていた鞘に入った刀で防御の構えを取り、少女はそのまま刀を振るう。
とても刀と刀がぶつかりあったとは思えない轟音が鳴り響き、腕に途轍もない衝撃が走ったかと思うと、次の瞬間には俺の身体は後方へと吹き飛ばされていた。
何度か地面をバウンドして木製の壁へと激突し、突き破った。がらがらとした木の転がる破砕音の中、身体中を蝕む激痛に呻く。
(誰なんだ、どうして…)
脳内にはそんな疑念が渦巻く。幸い、木材がクッションになったおかげか致命傷になるような大きな怪我はない、けれど切り傷に打ち身と自らの身体がボロボロであることは明白であった。
「馬鹿力にも、程があるだろ…」
人間をたったの一振りでここまで吹き飛ばすなど、到底人間業とは思えない。確実にあの少女は白上達と同様にイワレを扱える存在だ。
そして先ほど。刀が交差した瞬間に自らの体内を熱い炎が駆け巡り、明らかに体が強化された。だからこそ、地面に叩きつけられてもこの程度で済んでいる。
恐らくこの体内を駆け巡る炎に似たものがイワレだ。何となく、扱い方は理解できた。
何故分かるのか、何故使えるようになったのか、考えている暇はない。ただ使えるうちに現状を切り抜けられればそれで良い。
何とか立ち上がり一つ深呼吸を入れてから、意を決して外へ出る。
空いた穴から姿を出せば、少女は鋭い視線を向けたまま両手にそれぞれ刀を構え立っている。何らかのワザだろうか、少女の瞳は淡く紅に輝いていた。
こちらの姿を見つけると、少女はすぐに前傾姿勢を取った。
(話し合う気は無いみたいだな…)
覚悟を決め、身体中の痛みを無視してこちらも刀を構える。右手を中心としてかっと熱が体内に浸透しているようだ。
一瞬の硬直の後、再び少女の姿がぶれる。先と同じ超高速での移動。けれど、今回は何とか視界にとらえている。
肉薄する少女は左の刀を振りかぶる。その軌道上へ合わせる様に、抜いた刀を合わせる。
より一層増した轟音と共に衝撃が腕を走るが、吹き飛ぶようなことは無くそのまま鍔迫り合いへと移行した。
しかし彼女のもう片方の手にはもう一本の刀が握られたままだ。幾らでもやりようはあるのだろう、少女が次の行動に移ろうとしたその時、不意に彼女と視線が交差した。
「…なんで、そのワザ…」
そう呟いた少女は驚愕に目を見開き、その動きを止めた。何に驚いているのかは関係ない、ただこの一瞬の隙を逃す訳にはいかない、これを逃せば後は無い。
痛みに霞む思考の中、最後の力を振り絞り自らの持つ刀へとイワレを流し込み、記憶を頼りに刀に指を這わせて叫ぶ。
「エンチャントッ!!」
その詠唱と共に、凄まじい閃光がキョウノミヤコの一角を包み込んだ。まるで目の前に太陽が出現したかのような光量は辺りを白く染め上げた。
昼間に見た以上の閃光。この暗闇の中こんなものを食らえば一たまりも無い。
(…俺も含めて)
目の前にある両手で持った刀が光源なのだから当然直撃する。視界は真っ白に染まり、あまりのショックに薄れていた意識は更に遠のいていく。
これで白上や大神にも合図は送れたはずだ、後の事は二人に任せよう。そんな思考を最後に、プツリと電源が切れたように俺は意識を失った。
次に目が覚めた時、俺は借りた宿の一室に居た。
先日に続いて再び白上達が運んでくれたようだ。申し訳ないとは思うが、しかし今回ばかりは仕方がない。
謎の骸骨霊とそして謎の少女との邂逅。まだ体の節々は痛むが、この程度で済んだのはむしろ僥倖だ。
部屋の中を見渡すも白上と大神の姿は無い。取り合えず事情は聴いておきたい。二人を探して部屋をでようと襖を開けると、誰かが襖の外に立っていた。
「あ、あの…」
そう声を発したのは額に二本の角を生やした見覚えのある少女だった。白上と大神はどうしたのか、緊張に身を固める。
「さっきは攻撃して、ごめんなさい!」
「へ…?」
しかし、続いた唐突の謝罪に緊張は霧散しぽかんと口が開く。
よくよく話を聞いてみれば、彼女もカクリヨの異変について調査をしているとのことで、霊の噂を聞いてキョウノミヤコへ訪れていたらしい。
そして霊の出る場所へと向かってみると丁度俺の持つ宝石が骸骨の霊を吸収した場面を見たらしく、俺が今回の件の犯人だと勘違いしたようだ。
「あー…、ならこっちにも非があるな。紛らわしい真似して、悪かった」
あんな場面を見れば、誰であれ誤解するのも無理はない。
「ううん、余が早とちりしちゃったから…」
両者が互いに頭を下げ、今回の事は水に流すことにする。第二ラウンドの開幕かと思っていただけに、ほっと心の中には安堵が広がっていった。
「お二人共、仲直りは出来ましたか?」
「透君、怪我は大丈夫?」
話が纏まった所で、そう言いながら白上と大神がやって来る。見た所先に話はしていたのか、面識はあるようだ。
「悪い、また迷惑をかけたな」
「いえいえ、元々白上達が同行していればすれ違いも起こらなかったんですし…」
「ごめんね透君、一人に任せちゃって」
そう言う二人は何処か気まずそうで、割と大事になってしまった事に責任を感じている風であった。とはいえ、あの場面を見た以上二人も共犯に見えるだろうし、むしろ被害が少なかった分これで良かった気もする。
それから俺は二人からあの後の事を聞いた。
到着した時には俺と少女が倒れていたらしく、先に意識を取り戻した彼女に事情を聴き事の経緯を説明して話を付けたらしい。
「それで聞いてみると目的も同じなので、これからは一緒に調査をすることになったんです」
「余は百鬼あやめです。よろしくお願いします」
「透です。よろしく、百鬼」
何処か緊張気味に自己紹介をする角の少女、百鬼にそう返しつつ握手をして改めて和解する。一時はどうなる事かと思ったが、良い形に纏まった。
こうして、俺がこのカクリヨに来て初めて遭遇した事件幕を閉じたのであった。
気に入ってくれた人はシーユーネクストタイム