どうも、作者です。
評価、感想くれた人ありがとうございます。
以上
昼食も食べ終わり二人でこれから何をしようかと考えていた折、不意に一度聞いたことがある鈴の音が聞こえてくる。
「あん?参拝客か、短い間隔で珍しいな。
…少し見てくる。」
驚いたように眉を上げつつ黒上は立ち上がり、玄関へと向かっていく。
サヨちゃんが来た時以来だが、その時は迷子の猫の捜索だった。
今回はどのような要件なのだろう。
様々な予想を立てながら黒上が戻ってくるのを待つ。
「おーい、透。」
すると、あまり時間も経たずに外から黒上の声が聞こえてきた。
既視感を感じつつ急ぎ足で外へと出れば、見覚えのある顔を見つける。
「あれ、サヨちゃん?」
そこには先ほどの思考の中でも上がったサヨちゃんが小包をもって黒上の傍に立っている。
「こんにちは。」
「こんにちは。
サヨちゃん、今日はどうしてここに?」
ぺこりと挨拶をしてくるサヨちゃんに返しながら要件を聞いてみる。
すると、サヨちゃんは小包を解き、中から何やら箱を取り出すとこちらへと渡してくる。
「これ。」
「えっ…と?」
これ、とだけ言われても何がしたいのかまでは分からない。
取り合えず、差し出されている箱を受け取っておけばいいのか。
「お礼。
プーちゃんの事、ありがとう。」
「プーちゃん…、あぁ、そういうことか。
えっと、どういたしまして。」
わざわざお礼の品を持ってきてくれたようだ。
おずおずと受け取ってみるとサヨちゃんの顔に満足げで誇らしそうな笑みが浮かぶ。
しかし、すぐに無表情へと戻ると、今度はきょろきょろと辺りを見渡し始める。
具体的にはまず黒上を視界に収め、首をかしげてこちらへと視線を戻し、また黒上へと視線を向ける。
「白い猫のお姉ちゃんは?」
「ねっ…!?」
「あー、白上を探してたのか。」
面識があるのは、何も俺だけではなく当然前回一緒にいた白上も含まれる。
ただ、現状では会うことが出来ないと言っても差し障り無いだろう。
固まっている黒上を見てみるが、すぐには動きそうにないため放置しておく。
「ごめんな、白上は今…。」
「大丈夫、白い狐の、狐のお姉ちゃんにならすぐに会える。」
会えないことを伝えようと口を開けば、横から黒髪の手が伸びてきて止められる。
しかし、今はそんなことよりも彼女の言葉の方が気にかかった。
すぐに会える、この状況でそれの意味するところが分からない彼女ではないだろう。
どうするつもりなのか。
「透、ちょっとこっち来い。」
そんなことを考えていれば、不意に黒上が名を呼んできて腕を引っ張ってくる。
されるがままについて行けば、丁度サヨちゃんに話し声が聞こえるか聞こえないかの位置まで連れていかれる。
「良いか、お前は今からコーラを買いに行く。」
「おい、脈絡が無いにも程があるだろ。」
しかも確定事項にされている辺り拒否権もなさそうだ。
「良いからキョウノミヤコまで買いに行ってこい。」
「…。」
無言で黒上の顔を伺う。
いつも通りのように見えて、少しだけ焦っている、不安そうな表情。
「…分かったよ。」
それを見てすぐに折れてしまった。
仕方ない、そんな表情をされては断れるものも断れない。
俺がいると不都合なのかもしれない。
なら、ここは従うべきなのだろう。
話もついたところでサヨちゃんの元へと戻り、軽く説明してからシラカミ神社を後にする。
無論サヨちゃんから貰ったあの箱も既に黒上に任せてある。
下へと山道を下っていれば、先ほどと同様に見覚えのある顔を見つける。
サヨちゃんに面影を感じさせる女性、サヨちゃんの母親だ。
あちらも気が付いたのか、彼女は息も絶え絶えの中ぺこりと会釈をしてくる。
「こんにちは…、あの、突然ですがサヨはもう上に?」
「こんにちは、はい、今は…神主が一緒にいます。
俺はこれから野暮用があるので。」
野暮用と言っても内容としてはパシられているだけなのだが。
それを聞くと彼女は大きく息をつく。
そこには安心はもちろんだが、感嘆、呆れたような感情も感じられた。
「あの子ったら、最近どんどん行動力が上がっちゃって。
イワレもない私たちには追いつけそうもないです。」
サヨちゃんの母親の言葉に思わず驚愕する。
ずっと不思議ではあった、あの年頃の子が一人で山奥にあるシラカミ神社に来ることが出来ていることは、普通の観点から見れば異常である。
実際に目の前のイワレの無い女性は道半ばで既に息が上がっているのに。
しかし、イワレがあれば話は別だ。
イワレによる基礎的な身体能力の上昇であれば可能であるとは考えられる。
この辺りの事情もまた、シラカミ神社へ直接参拝客が来ることが少ない理由の一つではあるのだろう。
「あ、お礼が遅れまして。
その節は、本当にありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げてくるその姿は先ほどのサヨちゃんと重なる。
正確にはサヨちゃんがこれを真似ているのだろうが、この辺り親子なのだと感じさせられた。
「いえ、また何かあればお声がけください。
可能な限り力になりますんで。」
こんなことを言いつつも自身の問題は解決できない癖に何を言っている、と考える自分がいる。
他人の問題と、自身の問題。
似ているようで勝手の異なるそれに翻弄されているようだ。
それでは、とシラカミ神社へと続く道を歩いて行くサヨちゃんの母親を見送りながらそんな事を思う。
上まで送っていきたいところだが、今シラカミ神社に戻るわけにもいかない。
雑念を払うように頭を振って振り返り、シラカミ神社とは逆の方向、キョウノミヤコへと向かい再び進み始めた。
黒上の注文通り、キョウノミヤコでコーラを何本か仕入れてからシラカミ神社へと続く道を歩く。
身体強化を使えば早いが、どれほど時間を要するかも分からない為一応時間を稼いでおく。
道中通りすがった、恐らくキョウノミヤコの住人の何人かに声を掛けられて軽く挨拶を返す。
それは良いのだが、その全員が俺の隣に目を向けてから一人でいることに驚いていた。
前に聞いた噂の影響だろうか、そこまで考えて、そう言えば一人でキョウノミヤコに赴いたことはこれでようやく二回目であることに気づく。
それなりに足を運んでいるが、そのどれもがあの三人と一緒にだ。
その中でも最近多かったのは白い狐の少女と。
「…白上。」
ぽつりと自分でも驚くほどに自然に想い人の名前が口から零れる。
この二日、呼ぶことの減ってしまったその名はやはり馴染み深いものであり、彼女と過ごした時間はどれも煌めいていて、全てが宝と言っても過言ではない。
今でも毎日は楽しく感じる、だが本来の彼女とまた一緒にこれからを過ごしていきたいと考えるのは、俺の我儘なのだろう。
そんな思考が止めどなく続く。
気が付けば、シラカミ神社のある山のふもとまで来ていた。
後は山道を歩いて行けばシラカミ神社へとたどり着く、けれど、何処か心は重たく感じた。
この想いが続く限り、現状は続く。
けれど捨てることなんて出来はしない。
こんなもの、どうしろと言うのだ。
「なに辛気臭い顔をしてんだい。」
そんな言葉と共にガツンと脳髄に響くような衝撃が頭頂部に走る。
「いっ!…へ、ミゾレさん!?」
顔を上げればミゾレ食堂二代目店主であるミゾレさんが拳骨をさすっていつもの呆れたような視線をこちらに向けていた。
何故こんなところに、そんな疑問を浮かべて辺りを見回してようやくここがミゾレ食堂の前であることに気が付く。
通りかかった所にミゾレさんの強襲を受けたらしい。
「まったく、そんな顔して店の前を歩かれたら客が逃げちまうよ。
それで、何があったんだい。」
「何って、何でも…。」
無い、と続けようとしたところで再び拳骨が頭の頂点へと突き刺さる。
二度目、しかも同じ場所に建て続けに。
流石にこれにはくぐもった悲鳴が上げる。
この人本当にイワレを持っていないのか。そう思えるほどに、その一撃は重く鋭い。
「何でも無いなんて言ったらもう一発行くからね。
ほら、こっちに来な。」
そういうことは先に言ってもらいたいものだ。
少なくとも拳骨を見舞った後に言う言葉ではない。
ミゾレさんに耳を引っ張られて、そのまま店内へと連れていかれる。
時間的にまだ客入りが少ないためか店内に人の姿は見えない。
そんな店内をつかつかと歩いて行き、カウンター席に座らせられるとようやくミゾレさんは耳を離してくれる。
「…強引すぎません?」
「あんたが隠そうとするからさ。
まぁ、どうせ内容は色恋沙汰だろうけどね。」
話しながらミゾレさんはカウンターの中のキッチンへと入り、適当な飲み物を注いだグラスをこちらに寄越す。
色恋沙汰、前に訪れた際に俺の白上への想いはばれているのだからそこまで予想出来てもおかしくはない。
おかしくはないが、やはりいざ指摘されるとぎくりと心臓が跳ねる。
確かに間違ってはいない。
だがこれを他人に話してどうこうなるとはとても思えなかった。
「…話せば楽になることもあるよ。」
話そうか話さまいか葛藤していると、ミゾレさんにそんな言葉を掛けられる。
思わず顔を上げれば、そこには野次馬根性でも面白半分でもない、ただ純粋に親身に思ってくれているミゾレさんの姿がある。
この人になら、話しても良いか。
素直にそう思えて、ゆっくりと事の顛末の説明を始めた。
「…なるほどねぇ。」
説明を聞き終わると、ミゾレさんは合点が言ったように大きく頷いて見せる。
話終えてみて、彼女の言う通り確かに幾分か心が軽くなった自覚がある。それだけでもこの時間に意味があった。
「まぁ、まず言えるのはあんたら二人共恋愛を神聖視しすぎだね。」
「神聖視?」
思わず言葉を復唱する。
神聖視、つまり俺や白上が過大に恋愛を見ているということだ。
「そう、二人共経験が無いから仕方ないとは思うけど、少し度が過ぎてる。」
そう言うと、ミゾレさんは一口コップを傾けてから続ける。
「まずね、恋仲になったからと言って今まで通りに接することが出来ないわけじゃないよ。」
「…けど、やっぱり関係は変わるわけで。完全に今まで通りは…。」
恋人になれば、現在の友人という関係性が崩れてしまう。
白上と築くことのできたそれを崩すだなんてことはしたくないし、しようとも思わない。
それができるのなら、既に行動に移している。
何よりも、それが原因で白上と一緒に居られなくなるのは耐えられそうもない。
「そこからおかしいのさ、そもそもこの世に不変なんて物はないんだよ。
あんたらも昨日より相手の事を多く知っている今日を迎えて、その上で一緒にいる。
それが恋仲になった程度で崩れる程脆いものじゃないのは自分で良く分かってるんじゃないのかい。」
「…。」
開いた口がふさがらなかった。
言われてみれば簡単なことだ、今の関係がそのまま次の関係の下地になる。
相手の事を知れば知る程、この恋は、想いは際限なく大きくなっていった。
それこそが、証明だった。
俺と白上の関係が崩れるなんてことはない、少なくとも白上が俺と同じ想いでいてくれる限り。
そうだ、仮に白上に恋愛感情が無かったとしても、現状を鑑みて、そこまでしてまで俺との関係を維持しようとしてくれた。彼女の意思は最低限以上に示されている。
なら、大丈夫だ。
それを理解した途端、全身から力が抜けてカウンターに崩れ落ちるように頭を付ける。
「もう良いかい?」
「…はい、十分すぎるほどに。」
今まで恐れていたことが滑稽に思えるほど革新的な切っ掛けを貰った。
これはしばらくミゾレさんには頭が上がりそうにない。
けれども、こんなにも心が軽く感じるのは何時ぶりだろう。
「ミゾレさん、ありがとうございました。」
「礼を言われるようなことじゃないさね。
あたしはただ外から見た感想を伝えただけだよ。」
ミゾレさんは謙遜からか照れ隠しかそんなことを言うが、それでもと立ち上がり、彼女に対して頭を下げる。
改めて感謝を伝えたいが、それは全てが終わってだ。
ミゾレさんに断りを入れてミゾレ食堂を後にする。
今は一刻でも早く、彼女に会いたかった。
「はぁ、人の恋路に口を出すほど無粋な人間じゃなかった筈なんだけどね…。」
ばたばたと慌ただしく出ていく透の背を見送りながらミゾレはぽつりと呟いた。
焼きが回った。
そう考えるミゾレの脳裏に浮かぶのはとある人物の顔。
だからつい余計な口を出してしまった。
多分あの二人なら上手くいく。
むしろ上手くいかないのなら、この世でまともな恋愛を出来ている者は何人いるのかという話になってくる。
想い合ってるが故のすれ違い、それを修正したのだから近いうちに朗報を聞けることだろう。
それは良い、分かっていたことだ。
ただ、自身のお節介さには我ながら呆れてしまう。
「…歳は取りたくないものだね。」
「…透か?」
ミゾレ食堂を出て、すぐ。
山道を駆けあがろうと身体強化を施していると、不意にそんな声が聞こえてくる。
声の出所へと目を向ければ、いつか相談に乗ってもらった同じウツシヨ出身である友人、茨明人がそこに立っている。
「明人、何でこんなところに。」
驚いたように目を見開いている明人に対して浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
この辺りには近辺に村があるとはいえ、それほど多く訪れる場所があるわけでもない。
訪れる理由のある場所と言えば、それこそミゾレ食堂と、後はこの先にあるシラカミ神社だ。
「あー、少しお前に用があってな。
それより…。」
「ん?どうかしたか?」
今回は後者であったらしい。
シラカミ神社に向かう途中で目的の人物と出くわした、しかしそれだけにしては過剰に驚いているようにも見える。
じろじろとこちらを見る明人の視線に違和感を覚えて、つい自分の体へと目をやる。
刀は無いが、それ以外は別段変わった所は無い。
一応右手にはコーラの入った包みを持っているが、これでもないようだ。
「いや、お前のイワレが前と比べて違って…。」
「違う…。」
確か明人はイワレの流れを見るワザを持っていた。
つまり、以前に比べて俺のイワレが異なるモノになっているということになる。
「あぁ、完全に別物みてぇになってる。
何があったらそうなるんだ。」
心当たりはある。
無理をして鬼纏いを使用したあの時、尋常でない痛みに襲われた。
その上制御まで聞かなくなって、感覚的には普段通りだが変質したと言われても驚きはない。
「…こりゃ、諦めるしかないか。」
ぼそりと呟かれたその言葉を上手く聞き取ることが出来なかった。
しかし、明人の疲労感の残る顔つきを見るにあまり前向きな話でもないのだろう。
「それで用事って何だったんだ。」
イワレに話を持ていかれていたが、まだ本来の目的を聞いていなかった。
「あー、それか。
やっぱり何でもねぇ、忘れてくれ。」
「え、おい、明人!」
そう思い聞いてみるが、明人はまともに取り合おうともせずに、それだけ言い残すと背を向けて来た道を帰って行ってしまう。
ただ一つだけ印象的だったのは最後に目が合った時、明人の瞳が怖気の走る程無機質なものであった。まるで感情の一切が消えてしまったかのようで。
それだけが、妙に気がかりだった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。