どうも、作者です。
評価、感想くれた人ありがとうございます。
「えへへ、透さーん。」
ぴたりと腕にくっついた白上が頬をこれでもかという程に蕩けさせる。
俺と白上が晴れて恋人になってから早くもひと月が経過していた。
これまでは互いに自制心が働いて好意を表に出すようなことは無かったが、付き合い始めてからはその必要もなくなった。
それにより、分かっていたことだがやはり関係は変化した。
例えば今のように白上がくっついてくることも増えたり、逆に俺からくっついたり。
けれどその上で前のように気軽に話して、ゲームをしてと変わらずにいられる部分もある。
つまるところ、全体的に良い方向に変化した。
二人で出来ることの幅が広がった、ただそれだけの事だった。
これには二人揃って大笑いしたものだ。
実際に経験してみると、これしきの事に悩んでいたのか、と拍子抜けすらした。
そんなものなのだ、過剰に反応しすぎていただけだった。
俺と白上、二人だけの関係はこれからも続いて行くし、どんどんと変わっていくだろう。
けどそれでいい、何があっても二人なら笑い合える。
それだけで。
「…透さん、聞いてますか?」
すぐ傍に座る白上の声で思考の渦から帰還する。
いつの間にか考え込みすぎていたようだ。
「ん、あ、悪い。
ちょっと考え事してた。」
「もう…やっぱり。」
すぐに謝るが機嫌は取り切れなかったようで、白上の頬がぷくりと膨らむ。
そんな顔をされると思わず頬を突いてみたくなるが、そんなことをするとしばらく口をきいてもらえなくなるためそこは自制する。
「ごめんって、許してくれ。」
「…今回だけですからね。」
拝み倒せば許してくれる辺り、隣の彼女さまは寛大だ。
「それで、どうしたんだ?」
とはいえそこに甘えてばかりではいけない、そう反省しつつ聞き返す。
「ミオとあやめちゃんの事です。
そろそろ帰って来ますかね。」
「あー、確かにもう一か月経ったしな。」
用事があるとシラカミ神社を離れていた二人。
百鬼については正確な日時は聞いていないが、大神はひと月ほど出かけると言っていた。なら白上の言う通り帰ってくる頃合だろう。
「それで…その、白上達の関係ですけど…。」
そう言う白上の頬には軽く赤みが差していた。
白上の言わんとしていることは理解できる。
二人のいない間の大きな変化と言えば、俺たちの関係性だ。
「…まぁ、隠すような事でもないしな。
変に誤魔化すよりは話しておいた方が後々楽だろ。」
「…はい。」
まだ照れるのか白上はか細い声でそうとだけ答えると、顔を隠すように肩にうずめてくる。
柔らかな獣耳が首筋に当たって少しくすぐったい。
けれど白上のその気持ちも分かる。
親しい人にこの関係について話すというのはまだ気恥ずかしさを感じる。
「…ところでなんだけどさ。」
羞恥を誤魔化すように話題を変えようと話を切り出す。
「何で俺達は同じ場所から炬燵に入ってるんだ?」
べったりとくっついている白上に先ほどから気になっていた疑問をぶつけてみる。
正面を見てみれば炬燵の左右正面、三ケ所ともきちんと空いている。なのにも関わらず気が付けばこのような状態になっていた。
「何でって、くっつきたかったからです。
…駄目、でしたか?」
こちらを見つめるその瞳が不安げに揺れる。
「違う、嫌じゃないからそんな悲しそうな顔しないでくれ。」
「ふふっ、はーい。」
それを見てすぐに否定すれば、浮かんだ白上の満足げな笑みにしてやられたと察する。
しかしこれは仕方ない、あんな顔をされては勝てるものも勝てない、負けるしかない。
多分これからもそうなんだろうな、とぼんやり考える。
それはそれで悪くないと思えるのだから、恋とは不思議なものだ。
「って、それより白上は狭くないか?
もしそうならもう少し端に寄るけど。」
「つーん。」
「あれ?」
純粋に心配しただけだったのだが何故か白上は唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
いや、何故かではない。
一つだけ思い至った可能性。
「えっと…フブキ。」
苗字ではなく名前を呼べばようやく白上、もといフブキはこちらを向いてくれる。
しかし、その瞳はジトリと細められていた。
「…透さんも名前呼びにそろそろ慣れてください。
最初に約束したじゃないですか。」
「いや、でも呼び方変えるのってなんかむず痒いんだよな…あ、分かった善処する、善処するから。」
気恥ずかしさからつい渋ってしまうが、また先ほどの二の舞になる予感がしてすぐに発言を改める。
想いの通じ合ったあの日からフブキの事を名前で呼ぶことになったのだが、如何せん中々定着しない。
「透さんって意外と照れ屋ですよね。」
「フブキには言われたくないな。」
ぬくぬくと炬燵で温まりながら二人で笑い合う。ただそれだけで心が満たされる。
目の前の少女が愛しい、好きという気持ちがあふれ出しそうになる。
「透さん…。」
不意にフブキと目が合った。
彼女も高揚しているのか頬を赤らめて、瞳を潤ませる。
二人の顔が近づく。
互いに目をつむり、唇が触れ合う。
かと思われたその瞬間であった。
『…こほん。』
「うわっ!?」
「わひゃ!?」
唐突に横から聞こえてきた声に驚きの声を上げながら近づいていた顔を離す。
出所へと目をやれば小さな白い狐のシキガミが炬燵の上に座ってこちらをじっと見ている。
『夜も遅い中お盛んなことで。
あたしは先に寝てた方が良いか?』
面白がるような口調でシキガミ、正確にはそれを介して黒上フブキが揶揄うように言ってくる。
「ク、クロちゃん、何時から?」
『えへへ、透さーん。の辺りから。
そういう空気になるときは声掛けろって言ってるだろ。』
それで耐えきれなくなって出てきたようだ。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
ちなみに黒上に見られているとは思わなかったのか隣ではフブキが顔を両手で覆って悶絶している。
それを見て黒上は呆れたように小さく息を吐いた。
『ほら、やっぱりこうなった。』
「見られるのは恥ずかしいんだな。」
少し手遅れな気もするが、まだ傷が浅いうちにと配慮してくれたのだろう。
後から気付いた場合の狼狽え様はこの比ではなさそうだ。
『透、お前は気にしてないのか。』
「ん?まぁ、そこまで。
恥ずかしいものは恥ずかしいけどな。」
矛先がこちらに向くが、キスくらいなら見られても気にはならない。
無論、露骨に間近で見られるのは流石に避けたいがそれ以外なら許容範囲内ではある。
黒上はそれを聞くと面白くなさそうに鼻を鳴らす。
揶揄う気満々であったらしい、これからはその辺り少し警戒しておいた方がよさそうだ。
『はぁ…ったく。』
密かに決意を固めていると、不意に黒上は立ち上がりとことこと何処かへ歩いて行こうとする。
「黒上、どこ行くんだ?」
疑問に思い声を掛ければ、少しめんどくさそうに黒上は振り返る。
『…今日は満月だからそれを見に行ってくる。あとは二人で…。』
「そうなんですか!?」
そんな黒上の言葉に食いついたのはつい先ほどまで顔を覆って転がっていた筈のフブキだった。
感じていた羞恥はどこへやら、その瞳は爛々と輝いている。
「なら三人でお月見しませんか?」
「お、良いなそれ。」
月を見ることはあっても改めて月見という言葉で一種のイベントとして表すと妙に心くすぐられる。
無論、断ることは無く快諾する。
『…え。』
そんな俺とフブキを見て黒上の動きが止まった。
「では白上はお団子とお茶の用意をしてきます!
こんな時のための秘蔵のがあるんですよ。」
「マジか、流石フブキだ。
お茶入れるくらいなら手伝えるぞ。」
「じゃあお茶はお任せします、どれだけ腕を上げたか見せてくださいね。」
「任せろ。」
だがしかし、やる気に満ちた状態でそれに気が付くはずもなく。着々と段取りを決めて炬燵から出てキッチンへと急ぎ足で向かった。
『…。』
浮き浮きとした様子の二人の背中を呆然と見送って、黒上フブキは一人取り残される。
その背は先の二人に比べて哀愁に満ちていた。
『…決めた。』
しばらく無言で固まっていた少女だったが、ぽつりと独り言をつぶやく。
『もう配慮なんか絶対にしてやらねぇ。』
決意に満ちた声は誰もいない部屋の中を木霊した。
「クロちゃん、機嫌直してくださいよ。
ほら、お団子ですよ。」
「お茶もあるぞー。」
シラカミ神社の屋根の上。
そこでは一匹のシキガミにものを差し出す人間二人の姿があった。
戻ってきてみると明らかに不機嫌になった黒上が待っていた。理由を聞いてみても何でもないの一点張りで、現在に至る。
『この、シキガミの状態で飲み食いできるわけないだろ。』
フブキに抱えられた黒上は差し出されるそれらを一瞥するとそうとだけ返してくる。
シキガミが飲み食いできないとは初耳であった。
普通の動物と同じような扱いかと思ったらそこは違うらしい。そもそもイワレで構成されているのだからそうだとしても不思議は無いのだが。
「なら入れ替わりますか?」
『…この状態でか?』
そう言って黒上は顔を上げる。
するとフブキの肩越しに彼女と目が合った。
現在の状態としては、まずシキガミ状態の黒上をフブキが抱えており、そのフブキが胡坐をかいた俺の足の上に座っている形となっている。
何故このような体制を取っているかというと、シンプルに暖を取るためである。
冬の夜は冷え込む、よってこの体制は合理的とも言えるであろう。
『断る。』
しかし黒上は断固として拒否することを声に出す。
気持ちは分かるがそこまではっきり言わなくても。
「あら、振られちゃいましたね透さん。」
「あぁ、振られたな。
慰めてくれ。」
「はい、どうぞ。」
傷心への癒やしを求めてフブキへと泣きついてみるが、口の中へと団子を一つ放り込まれて終わった。
いや、美味しいんだけど。こう、期待していたものとは違い過ぎて複雑な気分になる。
少しだけ落ち込んだように肩を落とせば、不意に前にいるフブキが体を動かした。
「…また後でです。」
「あ、あぁ。」
悪戯な笑みを浮かべたフブキが、黒上には聞こえないように顔だけ後ろへ向けてこそりと耳元で囁いてくる。
下げられたところを急に上げられて心臓が跳ねた。
多分、フブキには気づかれているな。
『…?』
不思議そうに後ろを向く黒上だが、取り繕って静かに月を見上げるだけの俺とフブキを見てただ首を傾げていた。
それにしても、今日の月はいつもに比べて大きく見える。強く脈打つ心臓を意識しないように上空へと意識を向けた。
空には雲一つなく、絶好の月見日和であった。
「…ん?」
そんな大きな丸い月の中に、不意に黒い点が浮かび上がる。
見間違いかとも思ったがその黒い点はどんどんと大きくなっていき、やがて月明かりはそのシルエットを映し出した。
「あれって…。」
フブキも気が付いたようで声を上げる。
シルエットは大きな荷台を引く一頭の動物。
見覚えのあるそのシルエットはこちらへと向かって空を駆けてくる。それは凄まじい速度で真上のはるか上空までたどり着くと、そこから自由落下に切り替わり地面へと落ちてきた。
独特なその着陸方法は記憶にある限り一つしかない。
予想通りシラカミ神社の境内、開けた場所に降りたったのは麒麟。イヅモ神社の神主である神狐セツカが使役する生物。
それが今この場にいるということはつまり。
麒麟が引いてきた荷台から降りてきた獣耳と尻尾を携えた人影が月明かりに照らされ、その姿を現す。
「ミオ!」
「ただいま、フブキ、透君。
ところで何でそんな所にいる…あ!」
フブキが声を上げれば、黒い狼の少女、大神ミオは一瞬キョロキョロと辺りを見渡すがすぐにこちらの姿に気づいたようで笑顔で手を振ってくる。しかしそれも束の間、大神は驚いたように目を丸くして言葉を途切って大きな声を上げた。
「どうしたんですかね。」
そんな大神の様子を見てフブキが不思議そうに首を傾げた。
同じく何をそんな驚いているのかと疑問に思うが、ふと自身を振り返ってみてピンとくる。
「あー…、多分バレたな。俺たちが付き合いだしたこと。」
間違いのないであろう真実を教えてやれば、腕の中でフブキの体が固まったのが分かった。
「えっ、なんで、まだ心の準備が…。」
「なになに?
二人とも何時からそんな関係になったの?」
遅れて慌て始めるフブキだったが、そんな暇は与えないとばかりに大神はいつの間にやら屋根の上へと昇ってきて目を輝かせながら問い詰めてくる。
「一か月くらい前からだな。」
「…はい、あの、透さんとお付き合いさせて貰うことに…なりました。」
やはり照れくさいようで顔を真っ赤に染めながらフブキは大神へと俺たちの関係を改めて伝える。
予想通りであったようで、それを聞いた大神の顔がにんまりとした笑顔へ変わった。
「へー、フブキってそんな顔もするんだ。」
「なっ…、うぅ…。」
揶揄うような大神の言葉に反論しようとフブキは何か言おうとするが、しかし羞恥が勝ったようでおもむろに振り返ると俺の肩へと顏を押し付けて隠してしまう。
「まぁ、そんな訳で改めてよろしく。」
「うん、勿論!
おめでとう。二人が恋人同士って、なんだかウチまで嬉しくなったよ。」
受け入れられるか不安な面もあったが大神は笑顔で祝福してくれて、それも杞憂に終わった。
『くそっ、つぶされるかと思った。』
不意にそんな悪態をつきながら黒上が俺とフブキの間から顔を出す。どうやらフブキが抱えたままこちらを向いたものだから間に挟まってしまっていたらしい。
「あ、ごめんクロちゃん。」
『…はぁ、別に良い。
後で覚えてろよ。』
「良くないじゃないですか、ごめんなさいー!」
底冷えするような声で復讐を誓う黒上を前にフブキは涙目で黒上に縋りつくが、黒上はつんとそっぽを向いてしまう。
その様子が先ほどのフブキと重なって見えた。
意外と仕草が似ている部分もあるんだな。
そんな二人の様子を見て大神が口を開いた。
「あ、クロちゃんだ。
外に出てるのは珍しいね。」
『狼っ子か。
まぁ、成り行きでな。』
言いながらチラリと黒上の視線がこちらに向けられる。
確かにここ最近はよく姿を見かけるが、前まではそうでも無かったのか。
「それで、大神は何処に行ってたんだ?」
雑談も程々に大神にこれまでの事を問いかけてみる。
一か月というとかなりの長さだが、今まで何をしていたのだろう。
「んー、それがウチも分からないんだよね。」
「…はい?」
困ったように頬を指でかきながら言う大神にフブキが素っ頓狂な声を上げた。
声にこそ出さなかったが俺もかなり間抜けな顔をしていたと思う。
『狼っ子、分からないってどういうことだ。』
一瞬思考が止まった俺やフブキに代わって黒上が大神に問うた。
しかし、大神も変わらず困ったように眉を顰めるだけ。
「そのままの意味だよ。
気が付いたら知らない山の中にいて、あの子がここまで運んでくれたの。」
そう言って指さされたのは大神の乗った荷台を引いてきた麒麟。
「え、でもならイヅモ神社に行ってたんじゃないのか?
あの麒麟は神狐が使役してるんだろ?」
「…?」
これでも大神は首を傾げる。
何かがおかしい。
心の中に冷たい氷を流し込まれているよな感覚。
「だからせっちゃんだよ、イヅモ神社の神主の。
大神はそう呼んでたよな。」
浮かんだ疑念を振り払おうと必死に説明する。
多分大神も少しふざけているだけだ、これはただの悪戯、その筈だ。
「…ねぇ、透君。」
だが、そんな期待を裏切るように大神は真剣な表情で、まるで俺が何を言っているのか分からないというように純粋に疑問の声を上げる。
「せっちゃんって、誰のこと?」
次回から大神ルート入ります。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。