どうも、作者です。
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以上。
「…おる…透君。」
ぼんやりとした意識の中、誰かが名を呼ぶ声が聞こえてくる。
更に肩を軽く揺さぶられて、ゆっくりと意識を覚醒させていく。
「あ、起きた?
もうすぐ到着するよ。」
目を開ければにこりと優し気に微笑む大神の姿。
「…あれ、寝てたのか。」
「それはもう、起こすのに気が引けるくらいぐっすり。」
くすりと笑われ照れくささを感じつつ眠気を覚ますように目元をこする。
これというのもゆらりゆらりと心地よく揺れる荷台の所為だ。
備え付けの窓から眼前に広がる白い雲の絨毯を憎々し気に見ながらふと思う。
今朝、神狐は言っていた通りに迎えとして麒麟を送ってきた。
大神と二人で麒麟の引く荷台へと乗り込み、ひと月ぶりの空の旅へと出発したのだ。
しかし妙にこの荷台は乗り心地が良い、それに加えて空を飛ぶことによる絶妙な揺れは眠気を誘うには十分に足るもので、つい意識を落としてしまった。
流石に二回目ともなれば慣れも出てくる、初回は空を飛ぶという体験に対する興奮もあったが今回はそこまでの感情の高ぶりは無かった。
そして何よりも。
「神狐は何を知ってるんだろうな。
急に不穏な雰囲気になってたけど。」
昨日の神狐の様子。
シキガミ越しではあるが、その変化は明確であった。
「この指輪を見てからだよね。
直接話さないといけない程重要なものなのかな。」
そういう大神の手の上には二つの同じ指輪。
クラウンが使用して身体能力を飛躍的に増大させていたわけだから何かしらの能力はあることは分かっている。
だがその全容は未だ知れず、そこに神狐のあの剣呑な雰囲気。
これからその内容を聞きに行くという中で、そこまで高揚感を感じるかというと否であった。
いや、まぁ先ほどまで寝ていたわけだが、それはまた別問題である。
「やっぱりまずは聞いてみてからか…。
…ところでなんだけどさ、大神。」
「なぁに、透君。」
分からないことを話していても仕方ない。
そう話を切り上げて、ひと先ずは目先の問題へと思考をシフトさせる。
先ほど大神はそろそろ到着すると言っていた、しかし一向に高度が下がる気配は無く、未だに雲の上にいる。
そして記憶にある限り、この麒麟の着陸方法といえば。
「下に降りる時は…。」
「うん、直下だね。」
大神が答えを口に出す、それと同時に外の麒麟が一声鳴き声を上げた。
それと同時に感じる内臓の浮くような浮遊感。
窓に映る景色が凄まじい勢いで下から上へと流れていく。相変わらず景色を楽しむような余裕は与えられないらしい。
やがてふわりと落下とはまた異なる浮遊感と共に、移り変わっていた景色がその動きを止める。
麒麟が地上に降り立った、つまりイヅモ神社へと到着したということだ。
荷台の扉を開けて外へと出れば、やはりシラカミ神社周辺とは比べ物にならない程の冷気が流れ込んでくる。
「寒いな…、確実に氷点下には入ってるだろ、これ。」
吐いた息が口の中で既に凍り付く。
結界内ということもあり何かしらイワレによる作用も働いていそうだ。
「理由は分からないけどわざわざ寒くしてるみたい。結界内に人が入ってこないようにするためなのかも。」
「まぁ、普通この中を目印も無しに歩こうとは思わないよな。」
空から絶えることなく降りしきる雪は視界を遮り、地面はその雪に覆われており、足を踏み入れれば悠々と膝部分まで埋まってしまう。
この中を当てもなく歩き回るのは自殺行為と言っても過言ではないだろう。
「待っておったぞ、主ら。」
聞き覚えのある声が下方向から聞こえてくる。
視線を下げれば二つの尻尾を携えた小さな金色の狐の少女がこちらを見上げていた。
「神狐。」
「せっちゃん…。」
「うむ、立ち話もなんじゃ。
ついて参れ。」
それだけ言って、神狐は以前と同じように先導して歩き始める。
神狐が一足踏み出せば雪が勝手に避けていき、雪の中に道が作られる。今回は神狐の他に俺と大神の二人だけな為、それに応じて道の幅も調節されていた。
しばらくの間、無言でその背を追う。
あれほど饒舌に話していた神狐も今は何も話そうとはしなかった。
やがて森続きであった中、先の方向に明かりが見えた。
煌びやかで、幻想的に佇んでいるそれはイヅモ神社。
「こっちじゃ。」
そのまま通されて、イヅモ神社の本殿へと三人で入る。
白上とシキガミ講座をした際に利用したことのあるそこで、神狐は俺たちの前に出ると座布団の上にこちらと向き合う形で座る。
「何をしておる、早く座るがよい。」
と、ぽかんと突っ立っていた俺と大神に気づき、神狐は座るよう促す。
「え、あ、おう。」
言われてようやく用意されていた座布団へと腰を下ろす。
どうにも調子が狂う。というのも、先ほどから神狐が発している雰囲気だ。
厳かというか、神妙な顔つきで今も座っている。
初めて見る神狐のその姿はこれからする話が重要なものであることへの証左であり、それに感化されてか俺と大神にも妙な緊張感が漂っていた。
「さて…。」
静寂に包まれた広間の中、神狐が口を開く。
どんな新事実が発覚するのか、自然と喉が鳴った。
神狐はすくりとその場に立ち上がると、おもむろに両手を広げる。
そして…。
「ようこそ、イヅモ神社へ!
主らを歓迎するのじゃ、自らの家だと思いゆるりと過ごすがよい!」
そんな声と共に、ぱぁんと乾いた音が鳴り響いて辺りに色とりどりの紙吹雪が舞った。
よくよく見てみれば神狐の両サイドにいつの間にかシキガミが現れており、その手には煙を上げるクラッカーらしきものがある。
「…は?」
「もう、やっぱり…。」
展開に置いて行かれて呆然とそんな声しか出せずにいる俺に比べ、大神は何やら悟っていたのか呆れたように小さく息をついた。
「むぅ、今回は自信あったのじゃが…。
ミオよ、何故驚いておらぬのじゃ。」
「せっちゃん、さっき振り返るとき口角がちょっと上がってたよ?
そういう時は大抵何か仕掛けてくるって、ウチ知ってるから。」
そう大神に指摘されれば、神狐は見た目相応の子供のように露骨に悔しさを表に出してぐぬぬと唸り声をあげる。
「こやつこういう所があるのじゃよ。昔から細かなとこですぐに察しおっての。
透、主も気を付けるのじゃぞ。」
過去にも同じようなことがあったようで、神狐は顔を悔し気にゆがめたまま警告をしてくる。
俺自身、大神には表情一つで先回りされることも少なくない、しかし今は。
「え、まぁ、それは身に覚えはあるが…。
それより重要な話をするのかと思って身構えてたんだけど。」
神狐の知っているあの指輪の謎。
てっきりそれが遂に解明されるかと思ったところに唐突なクラッカーと紙吹雪で完全に思考が停止していた。
「あぁ、あれじゃな。
重要な話であるのは確かじゃがそれはそれ、これはこれという奴じゃ。」
「軽いな…。」
腕を組んでしたり顔で仁王立ちする神狐を前に変に緊張していたのが滑稽に思えてきた。彼女にとってはこのドッキリと指輪の件については同列扱いのようだ。
「透君あんまり気にしないでね。
せっちゃんの思考って割と子供よりなの。」
「これ、聞こえておるぞ。」
こそりと耳打ちしてくる大神へ、じとりとした視線を向ける神狐。その大きな耳はかなり音を拾うことが可能らしい。
だが、おかげで余計な緊張が取れたのも事実だ。
そういうことにしておこう。
「まったく…。
こほん、ではそろそろ本題に入ろうかの。」
神狐は座りなおすと、場を改める様に咳ばらいを一つ入れて話し始める。
「ミオ、件の指輪はあるかの。
今一度改めておきたい。」
「分かった。」
大神は指輪を取り出し神狐に見える様に前に置けば、神狐はそれをしげしげと無言で眺める。手に持ってみればもっと見やすいだろうに、何故か神狐は手に取ろうとはしなかった。
やがて、指輪を見ていた神狐はドン引きしたように顔を歪める。
「主ら、これまた変なものに関わっておるようじゃのう。」
「ウチ達も好きで関わってるわけじゃないんだけどね。」
そんな神狐に大神も苦笑いを浮かべてそう返す。
やはり何か知っているのは間違いないようだ。
「それで、この指輪は何なんだ。」
ここで回り道をしても仕方がないと単刀直入に話の本質に触れる。
「正確には指輪自体ではなく、指輪についておる宝石の方じゃな。」
「宝石…。」
床に置かれた指輪へと視線を向ける。
血のような赤に染まったその宝石。これが問題であると神狐は言う。
「この宝石の、石の名は『命石』という。
カクリヨにおいて最重要機密とされておる物質の一種じゃ。」
最重要機密、その単語を聞いて隣に座る大神の肩がわずかに揺れたように見えた。
「最重要機密って、神狐は何でそんなもの知ってるんだ?」
「それはまぁ…、伊達に昔からカクリヨにおるわけではないからのう。」
そうだ、見た目こそ幼く見えるが神狐は大神よりも早くにカミになっていたと言っていた。それだけ人生経験も積んでいるだろうし、知識を持っていることも頷ける。
「だからウチがいくら調べても見つからなかったんだ。」
何処か落ち込んだ風に大神は言う。
「それは仕方無いのじゃ、性質上カクリヨにおける全てのヒト、アヤカシ、カミにおけるまでを拒絶する結界内に情報を封じておるはずじゃからの。」
そんな大神をフォローするように神狐は情報を開示していく。
カミにまで情報制限を敷いているというと、それ程までに危険なモノであることは容易に推測できる。
「そしてこの命石の性質じゃが、わりとシンプルでの。
使用者の要望を叶えるというものじゃ。」
「要望…、例えば空を飛びたいと思って使ったら飛べるみたいな?」
大神の質問に神狐は頷いて肯定を示す。
「うむ、無論制限はあるがの。
特に注目すべきはこの石じゃが普通に能力のブーストとして使うことが出来ての。そこらの殆どイワレを持たぬヒトですらアヤカシと同程度の身体能力くらいは得ることが出来るのじゃよ。」
ブースト能力。
それを聞いて真っ先に百鬼の刀を軽々と受け止めて見せたクラウンの姿が浮かぶ。
やはり、あれはこの命石を使用して強化していたからこその芸当だったようだ。
「つまり、アヤカシやカミが使うとそれ以上になるってことか。」
「そうじゃ、そんなものが普及すればカクリヨの秩序が崩れかねんからの。
基本的に知る者はいない筈なんじゃが…。」
不思議そうに神狐は顎に手を当てて首を傾げる。
カクリヨにおいての禁忌のようなもの。
それが二つも見つかったのだ、その反応も無理はない。
「幸い一つしか作成できておらぬようじゃし、偶然と考えることもできるがの。」
「一つ?二つじゃないのか?」
神狐の言葉に疑問を抱き聞き返しつつ、置いてある指輪へと目を向けるが、ちゃんと二つ置いてある。
「ん、…あぁ、そうじゃったか。
片方は偽物じゃよ。似せて作っただけのただの指輪じゃな。」
本物はこっちじゃと神狐は片方を指さす。
「大神、こっちの指輪は…。」
その事実に慌てて大神へと確認する。
「透君がセイヤ祭の日に拾った方だよ。
じゃあクラウンが持ってた方が偽物…、本当なの、せっちゃん。」
「うむ、間違いは無い。
そも製造法的にも簡単に複数作れるものでもないのじゃ。」
大神も信じられないと目を向くが、神狐は確かであると断言する。
だが、それでは矛盾が生じる。
クラウンが持っていたものが偽物だとして、ではあの時のクラウンは通常の状態で格上と渡り合ったことになる。
そんなことがあり得るのか。
一気にこれまで積み上げてきた前提が瓦解したような感覚にめまいすらしてきた。
「…ふむ、一旦はこのくらいにしておくかの。
焦って話すことも無し、続きは午後からじゃ。」
神狐もそれを感じ取ってか、一度ここで話を区切ることとなった。
自分なりに情報を纏めておきたいところでもあったため、この提案は素直にありがたい。
それは大神も同じようで、ほっとしたような表情を浮かべて小さく息を吐いている。
「部屋は前の宿の同じ場所を使うと良い。
妾は先に失礼するのじゃ。」
ぴょんと身軽に立ち上がると、神狐は何処へなりとも去って行った。
それを見届けて、緊張が解けた後の脱力感から思わず後ろへと倒れ込む。
「大丈夫?透君。」
「多分、クラウンのくだり以外は大体把握できてるとは思う。」
問題は指輪の一つが偽物であった件だ。
これに関してはいくら考えても分かる気がしない。
「…思ってたより大事だったんだな。」
「そうだね、最重要機密だなんて。
ウチもそんなものがあったことすら知らなかったよ。」
神狐が妙に軽く話し始めるものだから完全に油断した。
いや、内容自体はそこまで重くはないが、前提が崩れてしまい情報が錯綜しているだけだ。
「取り合えず、部屋の方に…。」
部屋に行って休ませてもらおうと言いかけたところでふと前回イヅモ神社に来た際の事を思い出す。
そういえば部屋は俺と大神で同室になっていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
一瞬意識するが、前回が前回だけに今更気にするのもおかしな話だ。
宿の方へ向かい、本堂を後にして小さな街を歩く。
相変わらず必要最小限の建物だけを詰め込んだような街並みだ。
「あ、透君。
ちょっと待って。」
「ん?」
不意に大神に呼び止められて足を止める。
振り返ってみれば大神は視線をこちらに向けてゆっくりと近づいてくる。
何事かと見守っていればおもむろに大神はこちらへと手を伸ばす。
肩のあたりを大神の手が触れたかと思えば、すぐにその手は戻された。
「これ、ついてたよ。」
そう言う大神の掌の上には四角い紙片。
どうやら先ほどの紙吹雪がくっついていたようだ。
「ありがとう。
…そういう大神にもついてるぞ。」
「え、どこ?」
大神の横髪に引っかかっている紙片を見つけて、指摘してやれば大神は自らの体を見下ろして紙片を探す。だが、それでは見つからない。
「あー、髪に引っかかってる。
ここに…。」
横側についていると取りにくいだろうと思い、言いながら大神へと手を伸ばし紙片を取る。
「ん…本当だ、ありがとう透君。」
「どういたしまして。」
そして、再び二人そろって宿に向かい歩き出す。
ひと月前の三日間程度しか滞在していなかったが、思っていたより馴染んでいたのか妙にこのイヅモ神社の居心地が良いというか、街並みを見て落ち着いている自分がいる。
自分で思っていた以上にこの場所が気に入っていたらしい。
「…そうだ、大神に聞きたいことがあるんだけどさ。」
「聞きたいこと?」
歩きながら話しかければ、大神はこちらを見て首を傾げる。
「神狐って瞬間移動とか出来るのか?」
以前より聞こうと思っていたが、機会がなくて聞けずじまいになっていた。
「瞬間移動…。
出来ない…とは言えないかも、ウチは見たことないけどせっちゃんの事だから出来てもおかしくはないと思う。」
大神も見たことは無いか。
けれど、確かに以前ランニング中に一瞬で消える神狐の姿を見た。
「でも、どうして?」
大神は要領を得ない様子で不思議そうに問いかけてくる。
「あぁ、それが…。」
「そうじゃ、忘れておった。」
経緯を説明しようと口を開くが、言葉は途中で途切れることとなる。
後ろから聞こえてきた声に振り返れば、そこにはいつの間にそこにいたのか先ほどどこかへと去って行った筈の神狐がこちらを見上げている。
「ミオ、先の指輪…。
命石の方じゃが、あれは妾が預かっておくのじゃ。構わぬか?」
「え?うん、それは良いけど。」
大神が指輪を差し出せば、神狐はそれを浮かせて自らの下へと持っていく。
もはやこのくらいでは驚かない。
「うむ、突然悪かったの。
今度こそ存分に乳繰り合うがよい。」
「え、おい、神狐?」
何か勘違いしてないかと問い詰めようとするが、神狐は指輪を受け取ったかと思えばささっと走って行ってしまう。
「…嵐みたいだな。」
「えっと、なんかせっちゃんがごめんね。」
若干気まずい空気の中、神狐の笑い声だけがやけに響き渡った。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。