どうも、作者です。
「これからについて?」
「うむ。」
聞き返せば、神狐は肯定するように縦に首を振る。
一応大神の様子を伺ってみるが、大神も何も知らされていないようで不思議そうに神狐へと視線を向けていた。
「実は最近このイヅモ神社の結界に綻びが生じ始めておるのじゃよ。」
「結界って、この辺に雪を降らせてるあれだよな。」
おもむろに外へと目を向ければ、そこには曇り空の下の銀世界。
外界との接触を断ち、寺宝とやらを守るための結界。
それにほころびが生じるなど、よっぽどの事が…。
(あっ…。)
そこで、一つの要因が脳裏に浮かぶ。
「おい、神狐。もしかしてそれって。」
「あー、そうでは無い。
あの結界は既に発動したものじゃ、妾の力の減少は関係ない。」
即座に神狐へと確認を取ろうとするが、それは本人によって否定される。
神狐の後ろに揺れる二本の尻尾。
それは彼女自身の力の総量で本数が変化する。
前回の訪問の際、俺のイワレを治すために力を使い、尻尾を一本減らしていた。
このことが結界へと影響したのかと考えたがそれは関係無いらしい。
「じゃあどうして今更綻びが出来たの?」
そうなると他に原因があることになる。
同じく疑問に思ったのであろう大神は神狐へと問いかける。
「むぅ、まぁ経年劣化じゃろうな。」
「結界って劣化するものなんだな…。」
同じ結界をワザとして扱っているが、概念的に理解度が高いとはとても言えない。
体感的にはちょっとやそこらでは劣化しないように感じたが、それが年単位でとなるとそうも言っていられないのだろう。
「張ってからも長いからのう。
大体…、ん?何年経ったのじゃ?」
自分でも良く分からないらしく、神狐はぺたりと耳を倒して体ごと頭を斜めに傾かせる。
しかし、それも無理はない。
「ここ時間の感覚分からなくなりそうだもんな。」
「確かにね、ウチも覚えてないかも。」
イヅモ神社は年がら年中この気候、この天気で辛うじて日中かそうでないかの違いが把握できる程度だ。
しかも人の出入りも無く、行事もない。
何年もここで暮らしていれば、時間間隔は狂ったとしてもおかしくはないだろう。
「まぁそんなわけでな、結界の修復をしたいのじゃが如何せん妾だけでは手が足らぬ。そこで主らにはその手伝いを頼みたいのじゃ。」
大きな山を丸ごと覆い隠してしまう程の結界だ。彼女だけでは維持しつつ修復するというのも難しいのだろう。
「手伝いか…、俺は構わないけど、大神はどうだ。」
そういう事情ならこちらに断る理由もない。
むしろ世話になっている分、ここで恩返しとまではいかなくとも、何かしらの形で力になりたいというのが本音に近い。
とはいえ自分一人で決めるわけにもいかない。
「うん、ウチも手伝う。
せっちゃん、修復ってどのくらいかかりそうなの?」
大神にも確認を取れば、彼女も快諾する。
「感謝するのじゃ。
期間は…そうじゃな…ひと月程もあれば十分じゃな。」
ひと月、それ程の期間ともなると一旦白上にも話は通しておいたほうが良いだろう。
そう言った意味でも、一度シラカミ神社に帰る事は変わらない。
神狐は話がまとまったことを把握すると、安心したように小さく息を吐き胸を撫でおろした。
その仕草に少しだけ違和感を覚える。
ただ手伝いを頼んでそれを承諾されただけにしては不相応な安心のしよう。
「荷物の用意もあるであろうからの…。
そうじゃな、明日にまたそちらに麒麟を送ることとする。」
「分かった、ウチもフブキに一か月分のうどんを用意しなきゃだし。」
しかし、それを指摘することも出来ないままに話は終わる。
ふと生じた違和感。
気のし過ぎだと自己完結して、それに蓋をした。
「あー、もう疲れましたー…、しばらく動きたくないです。」
そう言ってぐったりと炬燵に入って溶けてしまっているのはシラカミ神社の神主である白上フブキ。
現在地はシラカミ神社。
あの後すぐに麒麟に乗ってイヅモ神社を出発し、シラカミ神社へと帰ってきた。
例のごとく垂直落下の着陸であったが流石にそれにも慣れてきた。
帰ってきてからは大量のうどんの仕込みをする大神の補助をし、軽く明日からの荷物を纏めていた。
そうしていればオツトメを終えた白上が息も絶え絶えに帰ってきて、現在に至る。
「お疲れのようで。」
「ほんとですよ…、白上の体力はもうゼロです。」
どうやらスタミナどころかHPまで削れているらしい。
今回のオツトメは普段に比べて量が多かったようだ。
「一か所に二人ずついてくれたのは良かったんですけど…、完全に焼け石に水でした。」
最早顔を上げる気力もないのか尻尾だけを揺らして感情表現をしている、しかしその尻尾も心なしか力なく垂れている。
「悪い、手伝えれば良かったんだけどな。」
そうすれば、二人で分担して負担を軽減することくらいは出来たはずだ。
「いえ、透さんの体の方が大事ですから。
…それよりイワレの調子は如何ですか?」
白上は顔を上げて、こちらに心配するような視線を向ける。
大神がどこまで説明したのかは知らないが、彼女なりに心配してくれていたのだろう。
「あぁ、大神のおかげでもうほとんど問題は無い。
まだ念の為にってワザの使用は禁止されてるけどな。」
「そうでしたか、それなら良かったです。」
そう言って笑う白上。
こうしていると、何だか久しぶりにゆっくりと出来ているような気分になる。
「ところで、白上は大神とは長いんだよな。」
「ミオとですか?
えぇ、それなりには。」
急な質問に、白上は不思議そうにこちらを見る。
自分から聞こうとしているのにもかかわらず、妙に気恥ずかしく感じた。
「…そのさ、昔の大神ってどんな感じだったんだ?」
そう問いかければ、白上は過去を振り返るように一瞬宙を見上げ、そして話始める。
「昔のミオですか…、そうですね、出会った最初の頃は少し思い詰めているというか追い詰められてるような印象でしたけど、何年かすれば今みたいになりましたね。」
「へぇ、そんな時期もあったのか。」
聞く機会の無かった二人の過去。
それだけでも新鮮だが、自分の知らない大神もいるのだと当たり前のことだが再認識する。
「それにしてもどうしたんですか?いきなり昔のミオの話なんて。
何か気になるようなことでも…。」
流石に唐突にこんなことを聞かれれば白上も察しが付くだろう。
不思議そうに首を傾げたかと思えば、直ぐにニヤニヤとした笑みを顔に張り付ける。
「透さん、もしかしてミオの事…。」
「あー、まぁ、そういうことになる。」
自分で気づいて既に受け入れていることもあり、本人ならともかくそれ以外に勘づかれたのならわざわざ隠そうとは思わない。
それでも微かに感じる気恥ずかしさにそっぽを向きながら肯定すれば、白上の笑みはより一層深まった。
「そうでしたか、なるほどなるほど。」
「…なんだよ。」
腕を組んでしきりに頷く白上に胡乱な視線を向ける。
「いえ、ずっと二人はお似合いだと思っていたので嬉しくて。
ようやく止まっていた物語が前に進んだ気分です。」
それにしては妙に含みがある、具体的に言えば生暖かく見守られるような感覚であった。
「それで、透さんはミオのどんな所がきっかけで好きになったんですか?」
聞きながら目をキラキラと輝かせる彼女を前にしてつい言葉に詰まる。
改めて問われ、それを考えて、かっと顔に熱が集まる。
「どんな所って…。
まぁ色々とだ。」
「その色々を聞いてるんじゃないですか。」
ぐいぐいと詰めてくる白上。
今日は妙に押しが強い。
知りたいと思うその気持ちも分からないでもないが、当事者になってみると厄介なことこの上無い。
神狐も興味津々であったが、狐族は他人の恋バナが好物だという習性でもあるのだろうか。
「あー、そうだな…。
きっかけは…。」
これは恐らく話してしまった方が早い、そう判断し話し始めたその時であった。
「二人とも、なんの話をしてるの?」
うどんの仕込みなどを終えた大神が炬燵のある居間へとやってくる。
「何でもない。
ちょっと世界の真理についてな。」
「ぶふっ…!」
驚きと緊張で心臓が飛び出るかのような心地になるが、何とか抑え込んで咄嗟に誤魔化す。
その切り替え方から俺の心情を察したようで、白い狐は噴き出し、声を殺して笑っている。
後で覚えてろよ。
「そうなんだ。
相変わらず二人は仲が良いよね。」
「…大神?」
どうやら誤魔化すことには成功したようだ。
しかし、何故だろう。どこか大神が不機嫌そうに見えるのは。
「ううん、ウチは別に気にしてないよ。
フブキと透君が二人で秘密のお話をしてても、ウチには関係ないもん。」
そう言ってぷくりと頬を膨らませてそっぽを向く大神。
前言撤回だ、全然誤魔化せていない。むしろ状況は悪化しているまである。
「あーあ、透さん。どうするんですか?
ミオが拗ねちゃいましたよ。」
「ちょっ、いきなり梯子を外すな!?」
完全に観戦に徹するつもり満々の白上はくすくすと笑いながら楽しそうにこちらを見ていて、助け船など出すつもりは当然ないようだ。
「違うんだ、大神。
別に大神の事を除け者にしてたわけじゃなくて。」
これはマズイと、大神の機嫌を戻そうと必死に言葉を紡ぐ。
「じゃあ何を話してたの?」
「それは…。」
俺が大神の事を好きになったきっかけだ。などと言えるはずもない。
結果、何も言えず、大神はさらにつんとそっぽを向いてしまった。
「つーん。」
「だから誤解なんだって。」
何とか誤解を、とはいっても実際は誤解でも何でもないのだが。
とにかく機嫌を直そうと奮闘していれば、不意に襖が開き鬼の少女、百鬼あやめが姿を現した。
「ただいまー…何かあったの?」
「おかえりなさい、あやめちゃん。
今面白くなってきたところなのでこっちで一緒に見ませんか?」
「え、そうなんだ、余も見る!」
そっぽを向く大神と必死に声を掛ける俺の姿に百鬼は最初こそ困惑していたようだが、白上に手招きされてすぐに嬉々として観戦者の一員へと変わり果ててしまう。
もしかしてとは思ったがなるほど、この場に俺の味方は存在しないらしい。
「みょーん。」
顔を背けたまま謎の鳴き声を上げる大神。
なんだその拗ね方、可愛いな。
つい声に出そうになった言葉を飲み込んで宙を仰ぐ。
どうしてこうなった、と。
結局、大神の機嫌が直るころには既に大きな満月が空の頂点へと至っていた。
時間帯も時間帯ということで、四人できつねうどんを啜りながらそれぞれの予定について話し合うこととなった。
「そんな訳で、ウチと透君は一か月くらいイヅモ神社に滞在することになったの。」
「そうだったんですか。
イヅモ神社が…。」
経緯を説明すれば、白上も驚いたように目を丸くしている。
それほどに、イヅモ神社の結界の件は衝撃的だということだ。
「でも、それならしばらくはあやめちゃんと二人ですね。
実は二人用の積みゲー沢山あるので一緒にやりましょうか。」
にこやかに百鬼の方を向いて言う白上。
しかし、当の百鬼は気まずそうに視線をさまよわせる。
「ごめんねフブキちゃん。
余もちょっとキョウノミヤコに滞在するからしばらくここを離れるの。」
「えっ…。」
そんな百鬼の言葉に白上は愕然として声を上げる。
タイミングが悪いというか何というか、百鬼も同様に用事があるという。
俺と大神はイヅモ神社へ、百鬼はキョウノミヤコへ。
これはつまり…。
「白上はしばらく一人きりなんですね…。」
「そういうことになるな。」
すると白上は見るからにシュンとして、ぺたりと耳を寝かせてしまう。
確かに、ひと月もの間このシラカミ神社に一人ではその反応になるのも無理は無い。
「…なら白上もイヅモ神社に行くのはどうだ?
人手は多い方が良いだろうし。」
ふと思い立って提案してみる。
無論神狐に了承は取る必要はあるだろうが、俺よりも断然イワレの扱いは上手いし、知識もある。
けれど白上は横に首を振る。
「そうしたいのは山々なんですけど、参拝に来る方もいますし…。
中には依頼のある方も来ることがありますので神社を長期間空けるわけにはいかないんですよ。」
ずーんっといった効果音が背後に見えるかのような落ち込みよう。
流石にその様子に、白上が可哀そうに思えてくる。
「イヅモ神社に行っても連絡するし、解決したらすぐに帰ってくるから。
だからフブキ、元気出して。」
「ミオー。」
そう言って慰める大神へと甘える様にすり寄る白上。
あの様子なら白上の事は大神に任せておいた方が良いだろう。
「ところで百鬼は何をしにキョウノミヤコに行くんだ?」
「えっとね、ちょっと困ってる人がいてね。
その人の手助けをしに行くの。」
もう一つ、気になっていたことを百鬼へと問いかければ、彼女は顎に指をあててそう答える。
前々からキョウノミヤコへと朝から行っていたのはそれに関係しているのだろう。
「…ねぇ、透くん。」
「ん?」
不意に百鬼が声を掛けてくる。
どうしたのか、そう思いながら顔を向ける。
「透くんは、もし…。」
そこで、百鬼は一度口を閉じた。
まるで聞こうか聞かまいか逡巡している様に見える百鬼の様子。
「んーん、やっぱり何でもない。」
「そうか?」
聞きたいことがあるのなら遠慮などしなくても良いのだが。
けれど百鬼がそう言うのなら、深堀はしないでおこう。
「…透さん、少し良いですか?」
夕食も食べ終えて、自室へと戻ろうとしていたところを不意に白上に呼び止められた。
大神と百鬼は各々部屋へと戻っており既に居間にはいない。
「どうした?」
「話したいことがありまして、ここでは話しにくいので外に出ませんか?」
話したい事。
ここで話せないということは、何か重要な話なのだろう。
白上の表情からもそれは読み取れる。
「分かった。」
了承して、白上と室外へと向かう。
外に出れば、おもむろに白上は跳躍して屋根の上へと昇った。
それに続いて同様に屋根の上に昇る。
シラカミ神社の屋根の一番上まで上がって行けば、白上はようやくそこへと腰掛けた。
空には輝く満月。
標高が高いためか、この辺りから見る月はより綺麗に見える。
「前にも同じような事があったよな。」
「はい。」
以前はキョウノミヤコだったが、同じように白上と話をしたことがあった。
「それで、話って?」
横の白上へと問いかける。
わざわざ外に出てまで話したい事とは何だろう。
「…少し、ミオについて話しておきたいことがありまして。」
「大神について?」
予想外の所から出てきた大神の名に思わず聞き返せば、白上は肯定するように頷いて見せる。
「透さん、以前に話した内容は覚えてますか?」
「あぁ、予言の内容を覆したって奴だろ。」
内容自体は聞いていない。
けれどあの状況だ、ある程度の推測は出来る。
「あの時透さんのおかげで予言が覆って、その後ももう一度。
ミオのあんなに嬉しそうな顔は初めて見ました。」
思い出してか、白上の頬が緩む。
けれど、すぐにそれは引き締められた。
「あれでミオの悩みは全部解消したんだと、白上は思ってたんです。少なくとも聞いていたのはあれだけでした。
けど、最近なんだかそれだけじゃない気がして。」
口ぶりからして、俺を見つけた時点で一つ予言があって。それが白上の言う大神の悩みの種であったのだろう。
白上はそれを過程はどうあれそれを知っていて、何とか出来ないか試行錯誤していたところに俺が現れて、結果予言は回避された。
「つまり、大神には白上も知らない隠し事があると。」
「はい。
ただの気の所為かもしれないですけど、もしかしてあの予言とは別にもっと根本的な問題があるんじゃないかって。」
予言とは別に。
多分、ここでいくら考えても答えは出ないのだろう。
信じがたいことではある。根拠も何もない。
けれど、信じよう。
白上と大神の仲の良さは知っている。
その白上が何かある気がすると言っているのだ。それに俺自身、大神に関して気になる事はある。
「だから、透さん。
もしもの時は、ミオの事をお願いします。」
そう言って、白上は頭を下げてくる。
それだけで、今の話を信じるに足る。
俺は万能でも何でもない、ただイワレを使えるだけの人間だ。
だからすべてを救えるとは言わない、けれど最善は尽くせる。
「分かった、その時は出来る限りの事をすると約束する。
それに…。」
白上はまるで俺に依頼でもするかのように言っているが、それは間違いだ。
「白上にとって大神は親友だろうけど、俺にとっては想い人でもあるんだ。
その人のためなら何でもするさ。」
そう言えば、白上はぽかんとして目を瞬かせる。
しかし次の瞬間にはその顔に笑みが浮かぶ。
「お熱いですね、ひゅーひゅー。」
「茶化すなよ。」
言いながら笑みを返す。
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか。」
「だな。」
夜はまだかなり冷え込む。
話も終わったところで早々に室内へと戻ることにした。
玄関から二人中へ入る。
それにしても、この場面をまた大神にでも見られたらまた拗ねてしまいそうだ。
「あ、透君…に、フブキも…。」
そうそう、こんな風に。
「ん?」
「あ、白上はここで失礼しますね。」
そそくさとその場を後にする白上。
しかし今はそれを気にしている余裕は無かった。
脳裏に思い浮かんだ光景が目の前にある。
一応と目をこすってから見直してみるが、やはり現実で。
「…誤解だ!」
「つーー-ん!」
結局、この日のうちに大神の機嫌を直すことは出来なかった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。