どうも、作者です。
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イワレの鍛錬を終えて、その後も大神と二人ゆっくりと過ごしていればいつの間にか日の沈む時間帯になっていた。
ついぞ神狐は姿を現すことは無かったが、まだ終わっていない調整を行っているのだろう。
「んー、じゃあ今日は焼き魚定食で。」
「ウチはぼんじり定食をお願い。」
テーブルに座ると同時に注文を聞きに来た割烹着を着たシキガミへと伝えれば、一礼してシキガミは去っていく。
「…。」
それを見届けつつ、何となく目の前の少女へと目を向ける。
「ん、どうしたの?」
「あぁ、いや。」
流石に正面から見られれば気になるようで首を傾げて聞いてくる大神。
「大神…誰かに頼むときは基本的にぼんじり定食だよな。
白上もだけど大神も大概だなって。」
いつもは大量のきつねうどんを頼む白上の陰に隠れているが、こうしてそれが無くなって見てみると顕著に表れてくる。
ちなみに、二日前に泊まった時にもぼんじり定食を彼女は頼んでいた。
大神自身が調理するときは日ごとに献立は変わっているのだが、そうでない時は大体ぼんじり定食だ。
「…だって、好きなんだもん。」
恥ずかしいのか、少しだけ頬を赤く染めて大神は言う。
「白上と大神ってそういう所似てるな。
俺は同じものだと三日も持たない。」
別に食べれないということは無い。
けれど、三日目以降はいくら美味しいと言っても飽きが出てくる。
それなら色々なものを万全の状態で美味しく頂く方が良いと考えてしまう。
その点、ずっと美味しそうに食べれる彼女たちが少し羨ましい。
「確かに、透君好き嫌いあんまりないよね。
作る側としては助かるけど…何かこれは大好物!みたいなものはあるの?」
「大好物、か…。」
大神に問われて考えてみる。
ウツシヨではどうだったか知らないが、このカクリヨに来てからは様々な料理を食べた。
しかし、その中で何が一番だったかと問われれば答えに迷う。
「そうだな…あえて言うなら、大神の作る料理とか?」
「え?」
不意に頭に浮かんだ答えを口に出せば、思いのほか自分の中でもしっくりとくる。
このカクリヨで一番多く口にしたのは彼女の料理だ。
その影響か、彼女の料理には妙な安心感を覚える。
「あの、その…、ありがとう、ございます。」
そう言って、大神は俯いてしまう。
「いや、こちらこそ…。」
彼女との間に、気まずい空気が流れる。
確かに、本人を目の前にはっきりと言い過ぎた。
遅れてやってくる羞恥に耐えていれば、タイミングよくシキガミが料理を持ってきてくれる。
「じゃ、じゃあ早速食べよう。」
「う、うん、凄く美味しそうだね。」
二人、そんな空気を払拭するように取り繕いながら箸を取る。
大神の料理もそうだが、ここの料理も十分以上に美味しい。
「透君、一口いる?」
「良いのか?なら貰おうかな。」
魚の身ををほぐしつつ、食べていればふと大神に勧められる。
「はい、あー…あっ…。」
一口程に切り分けたぼんじりを箸でそのまま皿ではなくこちらに差し出してくる大神。
ほとんど無意識でやったことなのだろう、途中でそのことに気が付いた彼女はぴたりとその動きを止めた。
「…透君、早く食べて…。」
「え、続けるのか!?」
止まっていた彼女の続行宣言。
まさかそのまま突っ切るとは思わず、驚愕の声を上げる。
「だ、だって、もう引っ込みつかないし…。」
「だからってな…。」
プルプルと体を震わせる大神を前にもう覚悟を決めるしかないかと腹をくくり、差し出されている箸に半ばやけくそでかぶりつく。
「…うん、美味い。」
「だ、だよね。ぼんじり、美味しいよね。」
ぎこちない会話。
うるさい鼓動から目を背けつつ、ほぐした魚の身に醤油をたらした大根おろしを乗せる。
「大神、口を開けろ。」
「へ?」
言いながらそれを箸で持ち上げて彼女の方へと差し出せば、大神は素っ頓狂な声を上げた。
「へ、じゃなくて。
ぼんじり貰ったからな、そのお返しだ。」
そう、これはただのお返しだ。
決して、先ほどの仕返しなどの意味合いなどは、決して、含まれていない。
「透君、絶対根に持ってる…。」
「さぁ、なんのことだろうな?」
大神は何やら勘づいたようで少しの葛藤を見せるが、しかし先ほど自分がしたことでもある以上逃げることも出来ないのだろう。
「はむっ…!」
意を決したように目をつむると、その頬を朱に染めたままぱくりと食らいつく。
彼女の両耳はぺたりと伏せられて、何とか顔を隠そうとしている様にすら見える。
「お、美味しいです。」
「…それは、良かった。」
ほんの意趣返しのつもりだった。
しかし、何故だろう。これはこれで何やらぐっとくるものがある。
その姿を見て大きく跳ねた心臓を宥める様に胸に手を置く。
互いに頬を赤く染めながら、しばらく食事は続いた。
ゆっくりと湯の中へと身をつければ、自然と息が肺から押し出された。
体の芯から温まる、それと同時にぴりぴりとしたイワレが整えられる感覚。
夕食後温泉へ入ることにして、大神とは入り口の前で分かれた。
「…熱いな。」
妙にふわふわとした感覚が胸に残っている。そして未だに熱い自らの顔。
それもこれも、全て温泉の所為にして空を見上げる。
暗い曇り空。
それは星の光はおろか、月明かりすらも遮ってどんよりと重くそこにある。
ここの気温が低くて助かった。
頭を冷やせていなければ、とっくに茹っているところだ。
「大神、ミオ…。」
ぽつりと、想い人の名を呟く。
まさかここまで心をかき乱されるとは思わなかった。
最初だけかと思っていれば、彼女への想いは今なお天井知らずに膨れ上がっていく。
「ミ…っ。」
苗字でなく名前を口に出しかけて、やはりやめる。
いや、やめるではない。声に出そうとして、襲われた羞恥に口を噤んだだけだ。
多分、白上や百鬼が相手ならこうはならない。
声に出せないのは、相手が…。
「あー…、完全にやられてるな。」
もう後戻りは出来ない。
自覚した時からそんな気はしていたが、自分で思っている以上に俺は大神の事が好きなようだ。
「埋まりたい…。」
けれど、だからと言って感じる羞恥が消えるわけでもない。
むしろこれからどうするつもりなのかと、自らに問いかける
ひと月の間そんな彼女と同室で過ごすことになるのだ。
意識するな、という方が無理な話である。
「…。」
ぼんやりと空を見上げていれば収まるかとも考えたが、そう上手くはいかない様だ。
課題は積み上げられるばかりで一向に解決の目途も立たない。
「どうしたもんかな…。」
零したその呟きは寒空の彼方へと消えていく。
考え事をしていれば、少し長湯をしてしまった。
温泉から上がり、広間へと出れば既に大神は出てきており、ベンチに座っている。
「ミ…大神、もう上がってたのか。」
先ほどの名残か、つい名前を呼びそうになって慌てて切り替える。
声を掛ければこちらに気が付いた大神は顔を上げる。
「あ、透君。うん、透君は結構長かったね。
ここの温泉気に入ってくれたの?」
「あぁ、やっぱりいいな、温泉。
一か月後に水浴びに戻れるか心配になるくらいだ。」
温泉というだけでも十分なのに体どころか魂の疲れが取れて、それに加えてイワレの調整と効能が盛りだくさんなここの温泉に慣れてしまっては、ただの水浴びでは満足できなくなってしまいそうだ。
「近くの村にも銭湯はあるけど、それなりに距離はあるもんね。」
「そうなんだよな…、でもシラカミ神社に帰ったらもっと頻繁に行くかもしれない。」
けど道中で汗をかくのも…いや、気温が低いからそこまで気にならないか?
などと一人百面相をしていると、大神はくすくすと小さく笑い声をあげる。
何事かと不思議に思っていれば、彼女もそれに気が付いたようでこちらに視線を上げた。
「ごめんごめん。
なんだかあの場所が透君の帰る場所になれてるんだって思ったら嬉しくて。」
あの場所というと、シラカミ神社の事だ。
「なんだ、そう言うことか。
確かに最近自然に考えるようになった。」
言われてみると、シラカミ神社は帰るべき場所だと感じるようになっている。
現状唯一の居場所であるともいえるが、それを差し引いてもやはりあの場所は居場所だと思える。
「ウチね、透君と会えて良かったって思ってる。」
「あぁ、俺もだ。」
本当に、このカクリヨに来ることが出来て良かった。
心の底からそう思う、仮に出会いが必然であったとしてもそれは変わらない。
二人笑い合うと、大神はおもむろにゆっくりと立ち上がる。
「…透君。
少し、歩かない?」
その誘いを断るはずもなし。
二つ返事で了承して、二人、宿の外へと足を向けた。
先ほど温泉でも見たばかりだが、やはり空は雲に覆われていて明かりは辺りにある神狐の扱う狐火くらいだろうか。
暗くはあるが、それでも歩けない程ではない。
そんなイヅモ神社の小さな街並みを大神と共に歩く。
「まだ覚えてる?
案内が必要な場所があったら言ってね。」
「ありがとう、ちゃんと覚えてるよ。
例えば…あそこの池で魚を飼ってたんだろ?」
丁度良く目についた氷の張ってしまっている池を指さして記憶をたどる。
前に案内して貰った時に、神狐とその魚を見ていたと言っていた。
「正解、よく出来ました。」
「お褒めに預かり光栄です。」
芝居がかった口調で返せば、大神は小さく笑う。
そのままゆっくりとその池へと目を向ける。
「ね、透君。」
「ん?」
不意に名を呼ばれる。
池へと目を向けたまま小さく返事を返せば、ゆっくりと彼女は口を開く。
「実はウチね、昔の記憶が曖昧なの。」
何となく、そんな気はしていた。
だからそこまで驚きは無い。けれど、本人の口から改めて聞くと少なからず衝撃はある。
「昔って、どのくらい?」
「イヅモ神社の結界が張られた頃から前の記憶。」
つまり、今の状態のイヅモ神社の記憶はあるがそれ以前の記憶が曖昧と。
やはり何かあったのだ。イヅモ神社に結界が張られて、人がいなくなる原因となった。
「ある程度はせっちゃんから聞いてるんだけど、ウチ自身の記憶だと大分ぼんやりしてる。」
「…何があったんだ?」
少し、踏み込んだ質問をした。
そんな自覚はある、けれどここは踏み込むべきだとそう思った。
幸い、大神はその問いに答えてくれる。
「イヅモノオオヤシロが近くにあることは覚えてるでしょ?
元々ここがイヅモノオオヤシロで、都市が今の場所に移ることになったらしくてね。その時にちょっとした暴動が起こって、ウチは何かの拍子で強く頭を打ったんだって。」
それを聞いて思わず彼女の頭部へと目がいく。
目立った外傷の傷跡などは見えない、けれどその衝撃で記憶が飛んだと考えるのが普通か。
「せっちゃんはその時に沢山力を使ったみたいでね。
その上、結界を張った影響でかなり力を失ったみたい。」
神狐は元々九つの尻尾を携えていたという。
いわゆる九尾の狐だったのだろう。
それが出会った時には三本、今では二本にまで減っている。
「…それで、今の状況に繋がるのか。」
確認するように言えば、こくりと大神は頷いて見せる。
「多分、そうなんだと思う…?」
しかし、そんな大神は何処か自信が無さげだ。
その気持ちは少しは理解できる。
こんな事があったと言われてもその記憶が無ければ確証が持てないのも仕方がない。
「何となく透君には話しておきたくなったの。
ごめんね、付き合わせちゃって。」
「いや、俺も気になってたし。
話してくれてありがとな。」
申し訳なさそうに言う大神だが、途中聞いたのは俺の方でもある。
「じゃあ、真面目なお話はもうおしまい。
それよりね…。」
話題を切り替えて今度は笑顔を浮かべて口を開く彼女の話に耳を傾けながら、先ほどの話について自分なりに整理する。
昔に暴動が起きて、その時に大神は頭を打ってそれより前の記憶が曖昧になった。
そう言うことなら大神に所々記憶が無いと言われても納得できる。
けれど、恐らくこの話は大神の抱えている問題のほんの一部に過ぎない。
繋がりこそあれど本質とはかけ離れている。でなければこんな風に話はしないだろう、仮にそうなのだとしたら白上が知らないとは思えない。
つまり、他にもある。
大神の隠している、彼女自身の何らかの事情が。
「でね、せっちゃんってば…。」
目の前で花のような笑みを咲かせる狼の少女。
解決できるのなら、解決したい。彼女のためにも。
新たな決心が胸に灯る。
「…透君、聞いてるの?」
そう言ってこちらの顔を覗き込んでくる大神。
「ん?あぁ、神狐が盛大にやらかしたんだろ?」
「こらっ、概要だけで乗り切ろうとしないの。」
大雑把に把握していた内容で伝えれば、そんな言葉と共にぴしっと額にデコピンをお見舞いされてしまう。
やはり話をしながら考え事は出来ない。
「悪い、もう一回頼む。」
考え事はここまでにして、大神に許しを請う。
「もう、仕方ないなぁ。」
彼女がどんな事情を抱えていようと、目の前の少女の優しさは変わらない。この胸に灯る恋心も変わらない。
今は、それで良しとしよう。
しばらく辺りを歩いて話をしてから、宿へ戻りあてがわれた部屋へと入る。
「…あ、透君。
尻尾の手入れ、お願いしても良い?」
「良いんですか!?」
後は寝るだけ、そう考えていた際の大神の言葉に思わず食い気味に反応してしまう。
「えっと、やっぱり…。」
その反応を受けて大神はこちらに手渡そうとしていたブラシを仕舞おうとする。
「ごめん、驚いただけなんだ。
お願いします手伝わせてください。」
「そんなに必死にならなくても…、じゃあ、お願い。」
懇願した甲斐もあり、尻尾のブラッシングという栄誉を賜ることに成功する。
「本当、透君尻尾と耳が好きだよね。」
笑い半分、呆れ半分な大神にそう言われるが、彼女は分かっていない。
「そりゃ、大神みたいに尻尾が自前であると分からないだろうが、尻尾ってのは至高なんだ。
出来れば四六時中触っていたいくらいにな。」
何となく、ブラッシングしている大神の尻尾がこわばった様な気がした。
「へ、へー、そうなんだ…。
フブキなら透君が頼み込んだら触らせちゃいそう…。」
「それブーメランだからな。」
現在進行形で触らせているのに何を言っているのだか。
だが、しかしそうか。白上も頼めば触らせてくれるかもしれないのか…。
「…透君、今帰ったらフブキに触らせてもらおうって考えてるでしょ。」
「え、なんでわかっ…。
あーっと…。」
そこまで口にして、ようやく鎌を駆けられたことに気が付く。
しかし、気づいたところで既に後の祭りである。
後ろから見ても分かるほどにぷっくりと膨らんだ大神の頬。
「透君、ウチ以外の尻尾と耳触るの禁止。」
「え…、なんで。」
「なんでも!」
そう言って拗ねてしまう大神。
しかし、こちらとしては大神の尻尾は触っても良いと許しが出たことに喜べばいいのか、それ以外を禁止されたことを嘆けばいいのか、両側から挟まれてしまう。
いくら考えども答えは出ず、その葛藤は一晩中続くことになった。
結局、答えが出たのはしばらく考え込んだ末。
大神の尻尾が触れるのならやむなしということで纏まった。
こうして俺と大神、そして神狐のひと月の生活は幕を上げたのであった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。