どうも、作者です。
以上。
目が覚めて体を起こす。
まだ窓の外に光は無く、暗闇のみが辺りを覆っている。
あくびを一ついれて意識を覚醒させていれば、不意に横で微かな音が聞こえる。
視線を向けて見れば、そこには隣のベットでまだ目を閉じて小さな寝息を立てる可憐な狼の少女の姿があった。
「…大神の寝顔って、珍しいな。」
大神の朝は基本的に早い、その上昼寝などもしているところは見ないため必然的に寝顔を見る機会など巡ってこないのである。
今朝はいつもより早く目が覚めてしまったのか、それとも大神がいつもより長く眠っているのか。
どちらにせよ中々無いことだ。
「ん、んぅ…。」
すると、その呟きに反応してか大神が身じろぎをしてその体を起こす。
そして起き上がった彼女とぱちりと視線が交差する。
「透君…。」
「あぁ、おはよう、大神。」
名を呼ばれたので軽く手を上げて声を掛けるが、しかし、寝ぼけているのか大神は無言のままぼんやりとこちらを見つめる。
こんなにもぼーっとしている大神は初めてでどこか新鮮な気分を感じていると、不意に大神はこちらに向かい手招きをする。
「どうした?」
不思議に思いながらも、取り合えず彼女の意向通りにそのまま近づいてみる。
変わらずにこちらを捉える瞳。
しばらく大神はそのままの体制でいたが、おもむろにその手が伸ばされた。
「ん?」
その手はしっかりと俺の首の後ろへと当てられ、一応しっかりと床に足をつけていたのだが抵抗する暇もなく、ぐいと彼女の元へと引っ張られる。
「ちょっ、大神!?」
「ぎゅー…。」
驚きのあまり声を上げるが、大神はそれに気にした風もなく両腕を首の後ろへと回して体を密着させる。
一気に顔に熱が集まるのが分かる。
一旦離れようにもしっかりとホールドされており、抜け出すことは出来ない。
何故カミというのは変な所でその真価を発揮するのだろうか。
現実逃避気味にそんなことを考えていれば、首元に腕を回したままで頭へと手が置かれる。
「よしよーし、いつも鍛錬頑張ってて、透君は偉いねー。」
そんな言葉と共に頭を撫でられる。
「待て、褒められるのは嬉しいがその褒められ方は甚だ不本意だ。」
まるで幼子を相手にするかのようなその仕草に少なからず精神的ダメージを受ける。
「でも…あ、じゃあ透君もウチの事撫でる?」
何とか少しだけ距離を開ければ、大神は至極残念そうな表情を浮かべながらもパタパタと耳を動かした。
「そういう意味じゃなくて…あー、完全に寝ぼけてるな。」
「透君といると、なんだか落ち着くー。」
目は閉じているのかと思う程に目の前にあるその瞳は細められており、にへらと柔らかく表情を崩している彼女が未だ強い眠気を感じているのは一目瞭然である。
「大神ー、頼むから起きてくれ。」
「んー。」
呼びかけながらとんとんと軽く頬を叩いてみれば、大神は軽く眉をひそめながらゆっくりとその瞳を開き、視線を交差させる。
やがて、その瞳の焦点が合い力強い光が灯されれば大神は驚いたようにぱちくりと目を瞬かせた。
「…ウチなんで透君に抱き着いてるの?」
「こっちが聞きたいくらいだよ。」
困惑しているのはこちらも同じだ。
少なくとも起き掛けに受けて良い衝撃ではなかった。
「さっきの事、覚えてないのか?」
「さっきの…。」
考え込むように視線を彷徨わせる彼女だが、本当に何も覚えていないらしくすぐにこてんとその首を横にかしげる。
「…まぁ、それならそれで良いんだが。」
何もなかった、そう言うことにしておこう。
「あはは、何だかごめんね?」
頬を指でかきながら、大神は照れくさそうに笑う。
「にしても、大神って意外と寝起きはそこまで良くないんだな。」
見るかぎり、眠りから完全に覚めるまで時間を要していた。
「んー、確かにそうかも。
いつも起きてすぐはボーっとしてることが多いし、その後に占いを…。」
「…占いを?」
普通に話していた大神だが、そこで不自然に言葉を区切る。
疑問に思い聞き返すが、答えは返ってこない。
「ううん、やっぱり何でもない。」
言いながら大神は首を振り、それと同時に首に回されていた腕が解かれた。
ようやく身動きが取り易くなり、膝をついていた状態から立ち上がって大神から離れる。
「よーしっ、今日も寒いしウチは温泉に行こうかな。
透君はどうする?」
誤魔化すような笑みを浮かべる大神は同じく立ち上がると、そう問いかけてくる。
「え?
あぁ、俺はいいかな…。」
唐突な話題転換に些か虚をつかれるが、すぐに持ち直して答える。
それを聞いた大神は「そっか、じゃあウチだけで行ってくるね。」とだけ言い残してそのまま部屋を後にしてしまう。
その背を見送りつつも、先ほどの出来事が頭の中を巡っていた。
「…まさか、な。」
しばらくして、温泉から上がった大神と合流し、朝食を食べ終えたところで神狐がやってきた。
今日から始まるという結界の修復作業。
流石に宿では出来ないようで、場所を変えると神狐に案内されるままに三人でイヅモ神社を歩く。
「それで、これは何処に向かってるんだ?」
まだ行き先を聞いていなかったと、前を歩く神狐へと問いかける。
「寺宝の置いてある地下…そうじゃな、いわゆるイヅモ神社の中心地みたいなところかの。」
すると神狐はちらりとこちらを見て、答えながら再び前を向いた。
「寺宝か。
シラカミ神社の寺宝は一回見たことはあるけど、この神社にもあったんだな。」
セイヤ祭で白上に渡されたお守り、結局あれが何だったのかは定かではないが確か寺宝のようなものと言っていた。
このカクリヨにおける神社には基本的に何かしら寺宝と呼ばれるものがあるのだろう。
「せっちゃん、地下って立ち入り禁止にしてなかったっけ。
危ないからって。」
「うむ、しかしあそこでなければ効率が落ちるのじゃ。
今は危険ではない故安心するがよい。」
何やら事情がありそうだが、気にしなくてもよさそうだ。
なるほど、それは何となく分かった。
けれど一つ、分からないことが目の前にある。
「んー…。」
そんなことを考えながらおもむろに目の前を歩くイヅモ神社の神主へと視線を向ける。
ゆらゆらと揺れる二本の尻尾、頭上の耳。
そこはいつも通りだ、記憶にある通りの彼女の姿だ。
「…なぁ、神狐。」
「なんじゃ?」
声を掛ければこちらへと振り返る神狐。
しかし。
「何でまたメイド服を着てるんだ?」
「あ、それウチも思ってた。」
神狐の服装。
それだけがいつもと違う。
いや、正確にはつい昨日に見た格好だ。
昨日と同じようにメイド服に身を包んだ神狐はその問いかけに自らへと目を向ける。
「む?
おかしなところでもあったかの。」
「いや、似合ってはいるんだけど。」
昨日も思ったことだが、妙に着こなしている。
ただ疑問なのは何故突然それを着だしたのかということだ。
不意に先日の神狐の行動を思い出す。
危うく大きな誤解を招きかねなかったがために、また何か企んでいるのではないかと考えてしまう。
「まぁ、ただの気まぐれじゃ。
…っと、ここなのじゃ。」
神狐は背を向けたまま答えると、おもむろに足を止める。
「え、ここって。」
その場所を前に、思わずそんな声が口を突いて出る。
しかし大神に驚いた様子も無いため、ここで間違いないのであろう。
「うむ、イヅモ神社の本殿、そこに地下へと続く道があるのじゃ。」
そして、神狐は本殿の中へと歩いて行く。
まさかそんなところに地下があるとは思わなかった。
「透君、びっくりした?」
「そりゃ、まさかここだとは思わなくてな。
でも階段とかは見当たらなかったけど、どうやって地下に?」
問題はそこだ。
何度か本殿には足を運んだ、しかし階段はおろか梯子すら見た記憶は無い。
「それなら多分行けば分かると思うよ。
って、言ってもウチも地下に行ったことは無いんだけどね。」
「これ、主ら。
早くこちらに来るがよい。」
つい大神と話し込んでしまった。
神狐に呼ばれて、本殿へと足を踏み入れる。
そのまま本殿の中を歩けば、いつかシキガミを呼び出した広間へとたどり着く。
「ほっ。」
そこの壁際に置いてある大きなオブジェクト、神狐が手を振れば自動的に横へとスライドし、隠れていた下へと続く階段が姿を現した。
「隠し階段か。」
「そうなの、せっちゃんしか動かせないからウチじゃ入れなくて。」
大神が入ったことが無いというのはそういうことらしい。
「こっちじゃ。」
先が見えない程の暗闇に満ちた地下への階段。
神狐はそこへと狐火で明かりを点けながら進んでいく。
階段はそこまで急ではないものの、螺旋状に続く。
(…ん?)
階段を下りていれば、不意に右手に妙な感覚が走る。
痛みではない。痺れとも違う。
最初は微かに感じる程度だったそれは、下に降りていくにつれて確かなものへと変化していく。
最深部へとたどり着くころには鼓動に合わせて熱が右手の甲から手全体へと広がるようになっていた。
「どうしたの?」
そんな右手へと目を向けていれば、俺の様子を見た大神が心配そうに声を掛けてくる。
「あぁ、ちょっと右手がな。」
「ほう。」
軽く手を振って見せれば、前にいたはずの神狐がいつの間にやら近くにいて、その右手をじっと見ていた。
「なるほどのう、やはりそうじゃったか…。」
「おい、神狐?」
「せっちゃん、何か知ってるの?」
何やら意味深に頷く神狐を前に、大神と揃って首を傾げる。
「ほほっ、何でもないのじゃ。
それより、この辺りで良いの。」
そう言って、わざとらしく誤魔化しながら神狐は少し先に進んで開けた場所で立ち止まる。
そのさらに先には閉じた扉がある。
俺と大神が追いついたのを確認すると、神狐は手を前にかざして、大神が占星術を使う時のように大きな水晶玉をその場に作りだした。
「では、始めるとするかの。
主らはその水晶玉に手をかざすだけで良いのじゃ。」
「分かった。」
「了解。」
言われるがまま水晶玉へと手をかざす。
すると、イワレの流れが拡張されて水晶玉を含めて循環する。
これなら今の状態でも問題は無さそうだ。
「では妾は扉の奥で修復を行う故、しばらくそのままでお願いするのじゃ。」
そう言って、神狐はこちらからは中が見えないように小さく扉を開けて中へと入っていった。
「…絶対に、中を見てはならぬぞ?」
かと思えば、顔だけ出してそんな警告をしてきた。
「そんな昔話みたいな…。」
そもそも水晶玉に手をかざした状態では動けないのだ、そこまで気にするような事でもない。
答えれば、神狐はにやりと笑うと再び扉の奥へと消えていった。
「せっちゃん…、なんだかはしゃいでる。」
その様子を見た大神がぽつりと零す。
「確かに、テンション高いな。」
元々を知るほど付き合いが長いわけでもないが、しかしそれでもはっきりと分かるほどに、現在の神狐は浮かれているように見える。
薄々感じていたが、大神が言うのならやはりそうなのだろう。
もしかすると、それが服装にも影響しているのかもしれない。
「にしても、イヅモ神社にこんなところがあったんだな。」
言いながら辺りを見回す。
石造りの地下の広間。
この光景にはどこか既視感を覚える。
「ここ、キョウノミヤコの地下に似てるよね。」
「あ、それだ。」
そんな大神の言葉に、ようやく合点がいく。
そうだ、昔使用されていたというキョウノミヤコの地下の修練場。広さこそ劣るものの、壁の材質など似通った部分が多々見受けられる。
「昔修練場として使ってたのか?
いや、それだと立ち入り禁止にする意味も無いか。」
「んー、元々頑丈な造りだからね。
この先にある寺宝の保管のためじゃないかな。」
どちらにせよ、推測することしかできない。
とはいえ神狐も答えないだろうし、と二人意見が一致したため、この話はここまでとなった。
作業に入ると言っていたが、水晶玉に変化は見られない。
特に疲労も無いため、大神と雑談を交えながらイワレの循環を続ける。
「透君、イワレは大丈夫?」
「あぁ、平気だ。循環させてるだけだしな。
それにイワレの鍛錬も結構効いてる。」
鍛錬を始めてからは、まだ二日三日程度だが。既にイワレは安定はしている。
念の為にまだワザの使用は控えるが、仮に使ったとしても暴走まではいかないだろう。
「本当?
良かったー、これで効果が無かったらウチ透君と顔を合わせられなくなる所だったよ。」
「いや、そんなに気にすることでもないだろ。」
何やら使命感すら感じていそうな大神につい苦笑いが浮かぶ。
むしろ、こちらの方が世話になりっぱなしで恩を返すどころか詰みあがっているような気すらしているのだ。
「気にするよ、一歩間違えたら透君とこうやってまた話せなかったかもしれないんだから。」
今度は少しだけ真剣な声色。
「イワレの暴走か。
具体的にはどんなものか、大神も知らないんだよな。」
「うん、そもそも少しずつしかイワレは貯まらないからね。
よっぽど特殊なワザでも使わない限り暴走なんてしないんだけど…。」
そこはウツシヨから来てしまった俺という存在。
イワレを得たのもつい2ヶ月前、しかも平均的なアヤカシよりも多い量の。
特殊に特殊を重ねているようなものだ、暴走の一つでも起こっておかしくは無い。
「対処法があるだけありがたい。
大神には世話になりっぱなしだな。」
「そこはウチも同じだもん。
お互い様だよ。」
そう言って大神は小さく笑う。
一体俺が彼女に対して何が出来ているというのだろう。
何も思い付かないが、知らず知らずだとしても何かお返しを出来ていれば良いのだが。
それからしばらく水晶玉に手をかざしていれば、作業が終わったようで扉が開き神狐が顔を出す。
「二人ともご苦労様なのじゃ。
今日の所はこのくらいで、続きはまた明日にやることとする。」
「え、早かったな。
まだそんなに時間も経ってないだろ?」
時間が経ったと言っても、体感的にはまだ一時間はおろか三十分と経っていない筈だ。
確認するように大神へと視線を向けるが、彼女も同意見のようで肯定するように首を縦に振る。
「うむ、しかしそんなに一気にやるような作業でもない故な。
ゆっくりとやることも大切なのじゃ。」
「そういうもんか。」
まぁ作業に関しては何も知識が無いため、変に口を出すものでもないな。
「じゃあ、もう上に戻る?」
「そうじゃな、主らも立っておるだけで退屈…。
では無かったようじゃな。楽しそうに話して居ったことじゃし。」
「聞こえてたのかよ…。」
とはいえ扉を一枚隔てているだけなのだ、音も伝わるだろう。
「別に童のようにはしゃいではおらぬのじゃ。」
「ん?」
「せっちゃん?」
すると突然不服そうな声を上げる神狐。
その両頬は風船のようにぷくりと膨れ上がっており、むっすーと効果音が聞こえてくるほどに現在の彼女の心境を物語っていた。
「妾は、テンションが高いわけでは無いのじゃー!」
そう言い残して、神狐は駆けて行ってしまう。
どうやら最初の方の会話から聞こえていたらしい。
というか本人は無自覚だったのか。
思わず大神と目を見合わせる。
かと思えばどちらからともなく笑いがこぼれた。
よほど恥ずかしかったのだろう、でなければあそこまで必死に逃げていく事も無い。
現在の状況を神狐が見たとしたらさらにあの頬が膨らんでしまいそうだ。
「それじゃあ、ウチらも上に戻ろっか。」
「あぁ。」
ひとしきり笑い終えてから、階段の方へと足を向ける。
「透君、疲れてない?」
「全然、結局立ってるだけだったしな。」
説明を聞いた時にも思ったことだが、本当に水晶玉に手を置くだけで終わってしまった。
主な行動としては大神と話をしたくらいだ。
「そっか…。」
しかし、何故かそう答える大神はその両耳をぺたりと伏せてしまう。
「何でちょっと残念そうなんだよ。」
「だって、疲れてたらまた膝枕が出来るかなって。」
しょんぼりとしながら放たれたその大神の言葉に、思わず頬が引きつる。
「…はっ、疲れてなくても膝枕する?」
「いや、そうだな。遠慮しとく…。」
きらりと目を輝かせる大神。
首を横に振りながら返しつつ、自分の中で微かに感じていた疑念が確信に変わる気配がある。
(これは…。)
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。