どうも、作者です。
「…やっぱり、そういう事だよな。」
「突然言われてものう、妾には何のことかさっぱり分からぬのじゃ。」
ゆらゆらと立ち上る湯気と共に尻尾を揺らす金色の獣耳少女を背にぼんやりと空を見上げる。
相変わらずの曇り空だが、まるで今の心境の写し鏡のように思えて妙な親近感を覚えた。
「この数刻で何があったのじゃ?」
まさか程度には考えていたが、先ほどのやり取りで確信に変わってしまった。
やはり大神は…。
「むぅ、無視するでない!」
後ろから聞こえてくるその声に視線を向けて見れば、そこには神狐の姿。
例の如く場所は温泉だ、しかし、彼女がいることには既に驚きも感じない。
「…ところで今更なんだけど。
神狐、なんでここに?」
しかし、それでもここにいる理由は気になる。
一人でゆっくりと考えようと温泉に来たのだが、そう言えば堂々と入ってくる彼女の存在を失念していた。
「なに、主が深刻そうな顔で脱衣所に入っていくのが見えたからの。気になって後をつけたのじゃよ。」
問いかければ、神狐は腰に手を当て無い胸を張る。
それで人が入っている温泉へと堂々と乗り込んでくるのだから豪胆というべきか何というべきか。
「して、仔細を話してみせよ。
これでも伊達に長年経験を積んでおるわけでは無いからの、助言の一つくらい朝飯前なのじゃ。」
「助言か…。」
いわゆる年の功というやつだろう。
最近はここに1人で暮らしているようだからそこは懸念点ではあるが、それでも俺よりは経験豊富なのは間違い無い。
それにこのまま1人で考えるよりは、誰かに話してしまった方が楽なのかもしれない。
「実はなんだが…」
「ほう?ミオが主のことを恋愛対象としてではなく、ただの歳下として見ておると?」
事情を説明してみれば、神狐は驚いたようにその目を瞬かせる。
「あぁ、少なくとも恋愛方面では見られて無いんじゃないかなって。」
無論大神が好意を寄せてくれているなど傲慢な考えは持っていない。
しかし、少しくらいは意識してくれていると思っていたのが今朝までの話。
今朝からの大神の様子を見るに、何やら彼女の中で透という存在が庇護対象とでもいうべきか、そういった認識が固まってしまったのではないかとすら思える。
「むぅ…、そうかのう?
妾から見れば十分意識はしておると思うのじゃが…。」
何か引っかかるようで、神狐はそう言いながら首を傾げる。
仮に意識してくれているのであればそれ以上に嬉しいことは無いが、しかし、なら今朝の行動と言い幼子を相手にするかのような言動は何だったのかという話になる。
「…ほほう、なるほどのう。」
「何だよ、急にニヤニヤしだして。」
すると何かに気が付いたように彼女は一瞬だけ目を丸くすると、こちらに生暖かい視線を送ってくる。神狐のその見透かしたような視線を受けて妙な居心地の悪さを感じた。
「さてはお主、怖気づいておるのじゃな?」
「…。」
問いに対して答えることは無い。
だがそれだけで神狐が察するには十分だったようで、その顔に浮かぶ笑みがさらに深まる。
「そうかそうか、それもそうじゃろうて。
恋心を自覚するのにすら時間を要する主がさらに足を踏み出すのを恐れるのも道理じゃ。」
「…やっぱり話さない方が良かったか。」
さも愉快そうに笑う神狐を前にしてすぐに彼女に相談したことを後悔する。
それほどに、現在の心境は羞恥に満ちていた。
「あぁそうだよ、怖気づいてる。
大神を振り向かせることが出来ないんじゃないかって、不安になってるんだ。」
ここまで来たらもはや自棄である。
恥も外聞も投げ捨てて、隠し立てすることなく自らの本心をさらけ出す。
「そういじけずともよい。
恋というのはそういうものじゃ、どのように屈強な人間であれ赤子のように弱くなる。」
「赤子…。」
確かに神狐の言う通りなのかもしれない。
まだ生き方を知らない赤子のように、手に余る恋心を前にして何をどうすれば良いのか分からないでいる。
「だが、案ずるでない。そんな主には妾が力を、知恵を貸してやろう。
見事主を先達者として導いて見せるのじゃ。」
自信に満ちた表情で宣言する神狐。
その姿は見かけに似合わず、頼りがいを感じさせた。
「神狐…、けどな。」
しかし何故だろうか。本能というか直感で神狐にこれ以上頼るのはやめておけと警告を出す自分がいる。
未だにメイド服を着ている彼女の昨日の暴走を鑑みるに、簡単に否定できないのも事実だ。
「大丈夫じゃ、妾を信じよ。」
キラキラと目を輝かせる神狐。
それを前に、抵抗を感じながらも首を縦に振る。
「うむ、それでは早速じゃがな。
透よ、主の気持ちを声に出して明言するのじゃ。」
「明言って、今更じゃないか?」
既に神狐は俺の大神への想いを知っている。
だからこそ協力しようとしてくれているのだ。
「良いからやってみるのじゃ」
「…まぁ、そこまで言うなら。」
だが、思慮深い神狐の事だ。
改めて声に出してみることで何かしら気づきがあるのかもしれない。
せっかく力を貸してくれるというのだ、最初から疑っているのも良くない。
ここはひとつ、彼女の事を信じてみよう。
「ふぅ…。」
深呼吸を入れつつ、気恥ずかしさから神狐へと向けていた視線を前へと戻す。
そして、再び大きく息を吸った。
「俺は、大神の事が好きだ。」
本人の前でもないのにも関わらず緊張に声が震えそうになるのを抑えながらはっきりと口に出す。
その瞬間、後ろから飛んできた淡い光が湯に反射した。
「ん?」
何が光ったのか、不思議に思い再び神狐のいる後ろへと振り返る。
すると、そこには一枚のお札をこちらに向けている神狐の姿。
「…神狐?」
「…。」
声を掛けるが神狐から返事は返ってこない。
代わりに、彼女は無言のまま手に持ったお札へと手を添える。
『俺は、大神の事が好きだ。』
そのお札から聞こえてきたのは紛れも無い、俺自身の声。
それも一言一句違わず先ほど口にした言葉で。
「良く録れておる。
上出来じゃ透よ、後はこれをミオに聞かせれば万事解決なのじゃ。」
笑顔でそう言い残して出入口の方向へと駆けていく神狐。
湯舟に浸かったまま、俺は呆然とその背を見送り…。
「って、行かせる訳ないだろうが!」
「ぎゃん!?」
恐らく史上最速でワザを発動させて結界を張れば、それに勢いよく衝突した神狐が悲鳴を上げて後ろに倒れる。
「な、何をするのじゃ!」
しかし、流石はカミ。
神狐はすぐに起き上がるとこちらに向けて抗議の声を上げる。
「何をするはこっちのセリフだ!
急に展開をクライマックスに突入させないでくれ。」
あのまま行かせていたら確実に俺の恋は終わりを告げていた。
温まっているはずなのに、冷や汗が背中を伝う。
「ミオにこれを聞かせるだけじゃぞ?
それ以外には何もせぬ。」
何が問題なのじゃとキョトンと首を傾げる神狐。
「それを聞かせたら色々とマズイだろ。」
全然大丈夫じゃなかった。
一瞬冗談かとも思ったが、あの勢いを見るに神狐は本気で大神に聞かせに行こうとしていた。
危うく全てが終わってしまう所だった。
鍛えられた自らの反射神経に感謝しつつ、目の前の少女から目は離さない。
神狐の様子を見て一つの懸念が脳裏に浮かんだ。
「なぁ、神狐。
一応聞くんだけど、お前恋愛方面の経験はあるのか?」
「無論じゃ。」
そう言ってよっぽどの大恋愛の経験でもあるのか誇らしげな笑みを浮かべる神狐。
「妾自身ではないがの、大昔、よく住民の相談に乗ったものじゃ。
妾が関わる相談は全て上手くいってのう。仕舞には『普通の恋をしたければセツカ様が動く前に想いを伝えろ。』と言われるほどの敏腕ぶりが常識となっておったのじゃ。」
「へ、へー…。」
自慢げに話す神狐に自らの頬が引きつるのが分かる。
そこだけ聞けばまともに聞こえるが、先ほどの行動を鑑みるに神狐に知られると同じ調子で強制的に想いを伝えられるからその前に自分で伝えろということだろう。
その住民たちはさぞ苦労したのだろうと想像するのは容易であった。
「しかし、後になるにつれて相談されることも減ってしまってのう…。」
「…まぁ、そうだろうな。」
最初の辺りの成功者、もとい運のよかった犠牲者には同情の念が尽きない。
心の準備も無く想いを伝えられては堪ったものではない。
「そういう訳なのじゃ、そんな妾が全力で主に協力する故安堵せよ。」
全然安堵できない。
とんだ災難だった。
神狐の手に握られた一枚のお札はひらひらと揺れる。
何とか止めたいところだが、取り合えず今はあの録音されたお札を取り返すことが先決か。
「神狐、今はまだ想いを伝えるには早いと思うんだ。
俺も心の準備が出来てない。だからそのお札を渡してくれ。」
何よりも怖いのはあのお札だ。
まずはあれを回収してから神狐と話をしよう。
「…むぅ、そこまで言うのなら仕方ないのう。」
話せば分かってくれたようで、神狐は渋々ながらこちらへとお札をこちらへとゆっくりと飛ばした。
どちらかというとその事実に安堵しながらこちらに近づいてきたそれへと手を伸ばす。
「…かかったのじゃ。」
「え?」
にやりと、神狐の顔に笑みが浮かぶ。
それを視界にとらえて疑問の声を上げた瞬間、突如としてお札が弾けて視界を眩い光が覆った。
「ちょ、おい神狐!?」
「主もまだ甘いのう。
ミオの事は任せておくのじゃ!」
そう言い残して遠ざかっていく神狐の声に慌てて呼びかけるが、どうやら既に大神の元へと向かって行ってしまったようで返事は返ってこない。
間近で食らった閃光にくらむ視界の中、神狐を追ってすぐに脱衣所へと向かい、可能な限りの速度で浴衣を着る。髪は濡れたままだが今は一刻を争う。
録音したお札は既に弾けて神狐の手元には無い、と思いたい。いかに神狐と言えどもこの短時間で取り返しのつかないような事態にはならない筈だ。
期待混じりにそう考えながら広間へと出た。
「あ、透君…。」
すると、横合いからそんな大神の声が聞こえてくる。
流石にこんなに近くでは神狐も話をする暇は無かっただろう。
「良かった、おおか…み?」
ほっと一息つくのも束の間、大神へと視線を向ければ彼女の頬に赤みが差していることに気が付く。
もじもじとする大神の姿に頬を一筋の汗が伝う。
「あのね、せっちゃんから聞いたんだけど…。」
「…おう。」
これはあれだろうか、いわゆる手遅れという奴だろうか。
そんな馬鹿な、タイムラグなどあってない程度だったはずなのに。
一体全体神狐は何を…。
ばくばくと心臓が鳴る中、じっと固唾をのんで彼女の言葉を待つ。
「透君が…。」
大神が言葉を紡ぐ。
緊張は頂点へと達していた。
もう、覚悟を決めるしかないのか。
「…ウチの耳を触りたがってるって!」
「………。」
いつもよりも長いこと言葉を失う。
おかしいな、緊張で耳もやられたのか。
「…悪い大神、もう一度頼む。」
「えっと、だから透君がウチの耳を触りたいって…。」
耳を触りたい。
確かにそれは度々考えていることだが、神狐はどうしてわざわざそんなことを大神に伝えたのだろう。
カクリヨにおける言葉そのものとは別に意味のある行為である可能性もあるが、しかし耳を触ったことが無いと言えば嘘になるし、そもそもそんな話は聞いたことも無い。
「その、透君が触りたいなら何時でも、ウチ…恥ずかしいけど、触っても良いよ?」
そう言っておずおずとこちらに頭を向けて耳を向ける大神。
何がどうしてこうなったのだろう。
疑問は尽きない、けれど状況的にはそこまで悪くはなっていない。と思う。
「あー…、大神。
無理はしなくても…。」
「ううん、無理はしてない。
透君だから…、嫌じゃないよ。」
耳をこちらに向けたまま上目遣いでそんなことを言ってくる大神を前にして、大きく心臓が跳ねる。
痛みすら訴えてくる胸に手を当てる。
「…いや、違う。ごめん、大神。
さっきのは神狐の勘違いなんだ。」
「…勘違い?」
謝罪を口にすれば大神はこてりと首を横に傾げる。
「あぁ、神狐が先走って解釈してな。
俺が本当にそれを言ったとかじゃないから、気にしないでくれ。」
経緯を、無論事実をそのまま伝える訳にもいかないため、虚偽を交えつつ説明する。
神狐には悪いが、自業自得だと諦めてもらうしかない。
「そう言うことだったんだ。
もー、いきなりだったからびっくりしたよ。」
説明を聞いた大神は納得したように声を上げる。
どうやら誤解は解けたららしく、いつもの大神だ。
「でも、触りたかったら触らせてあげるよ?
耳と尻尾。」
「本当か!?
…じゃなくて、遠慮しときます。」
言いながらそれらを小さく揺らして見せる大神を前に、一瞬欲に吞まれかける。
しかし、これでは折角解いた誤解が現実になってしまうと必死に自制心を働かせて否定しておいた。
そんな俺の様子を見て大神は可笑しそうに笑う。
「透君は素直だね。
…あれ?」
唐突に何かに気が付いたように大神は動きを止めてこちらをじっと見る。
「ん、どうした?」
「なんだか透君…。
ちょっと手を貸してくれる?」
怪訝そうに体を見ると、大神はそう言ってこちらに手を伸ばす。
そんな彼女の様子を不思議に思いながらも、言われるがまま手を重ねる。
それを確認するとイワレ相撲の時のように大神は手を絡めてくる。
少しドキリとするが、大神の打って変わった真剣な表情に気を引き締める。
やがて、大神は眉を上げると真っ直ぐと視線を交差させてくる。
「やっぱり、透君ワザ使ったでしょ。」
「ワザ?…あ。」
突然言われて何のことかと考えるが、そう言えば先ほど温泉で咄嗟に使用したことを思い出す。
大神もそれを察したようで、ぷくりとその両頬を膨らませる。
「透君、使ったらダメって言ったのに。」
「わ、悪い、緊急だったんだ。
でもほら、特に不調は無いから…。」
「…。」
「ごめんなさい、許してください。」
両手を広げて無事だとアピールするもむっとしてこちらをじっと見てくる大神にすぐに謝罪をする。
「もし何かあってからだと遅いんだからね。」
「はい、存じております。」
いくら緊急時だとは言え、早計だった。
素直に反省しつつ大神に許しを請えば、彼女もそこまで引きずることは無かった。
「本当に気を付けてね?」
「あぁ、ありがとうな、大神。」
だが、ここまで心配されるというのはそれだけ真剣に考えてくれている証左でもある。
「…じゃあ、ウチはちょっと部屋に戻ってるね。
透君はどうするの?」
「俺は…、そうだなその辺りでゆっくりするかな。」
四六時中一緒にいるわけでもない、取り合えず先ほどから怒涛の展開だったため骨休めをしたいところだ。
そう答えれば大神は「分かった。それじゃあまた後でね。」と言って上へと上がって行った。
その背を見送って、まずは風呂上がりの牛乳でも貰おうとシキガミの姿を探すこととした。
部屋の中へと入ってすぐに、黒髪の少女はその場へとしゃがみ込んだ。
うるさい程に鳴る心臓。
彼へとバレてなかったか、ちゃんと取り繕えていたのか今更ながらに不安に思いつつ、少女は真っ赤に染まった顔を両腕の中に埋める。
その手に握られるのは一枚のお札。
「ミオっ、これを受け取るのじゃ!」
彼が出てくる少し前、そう言って投げてよこされたこれは神狐セツカの持つ技術の一つ、音声を録音するお札。
その中心へと手を当てる。
『俺は、大神の事が好きだ。』
すると、音声が再生されて彼の声が聞こえてくる。
やっぱり、聞き間違いでは無かった。
「…せっちゃんの馬鹿…。」
ぽつりと零されたその恨み言は誰の耳にも届くことは無かった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。