どうも、作者です。
温泉での相談で妙に張り切ってしまった神狐だったが、あれ以降は姿を見せることは無く、大神は部屋にしばらく籠っていたのだが昼食時には戻ってきて、そのまま何事も無く一日は終わって行った。
そして迎えた翌日。
イヅモ神社に滞在し始めて三日目。
午前中は先日と同様に結界修復の手伝いをして、現在は大神とイワレの鍛錬をしていた。
「あ、今のは両方を分断して制御してみて。」
「分かった。」
彼女と手をつなぎ、時折こうして指摘を受けながら自らのイワレを制御する。
まだまだ拙いように感じるが、初日に比べればかなり上達してきたと言っても良いだろう。
大神もそれを理解しているのか、指摘される内容も段々と細かくなってきている。
「透君って、結構呑み込み早いよね。」
そうしていれば、不意に大神がそんなことを口にする。
「ん、そうか?
まだ大神の足元にも及んでない気がするんだけど。」
言いながらイワレを引っ張ろうとするが、全て読まれているかのように完封されてしまう。
実際上達したと言ってもその程度だ。
「自分で言うのもなんだけど、ウチ達が例外なだけで一般的に見たら十分上位に入ると思うよ?
刀の扱いも最初からちゃんとしてたみたいだし…やっぱり吸収力が高いんだね。」
言われてみればそうだったか。
百鬼には最初刀の扱い方を教えて貰おうとしていたのだが、いつの間にか普通に打ち合うようになっていた。
しかし吸収力か。
それが実際にそうであるかは不明瞭だが、周りの影響が大いに関係しているのは間違いない。
「透君のイワレの扱い方がウチに似てるのもそのせいなのかな。」
「ん、大神に?」
思わずイワレに集中させていた意識を浮上させて彼女の方へと視線を上げる。
そんなことを言われたところで違いなどは分からないが、しかし似てると言われれば多少なりとも驚く。
「うん、イワレの制御って個人の感覚だから結構違いって出てくるの。癖、みたいなものだね。
鍛錬を始めてからずっとウチのやり方に触れてきたからそれがうつったのかも。」
「なんかそこだけ聞くと鳥の刷り込みみたいだな。」
しかし、あながち間違いでもないのかもしれない。
元々イワレなど存在しないウツシヨから来て、初めて見るイワレを使用したワザなどの技術。
これまでもイワレに関して、何もしてこなかったかと言えば嘘になるが、それでもここまで本格的に始めたのはこのイヅモ神社に来てからだ。
その過程で大神の扱い方を無意識のうちに感じ取って、参考にしているのかもしれない。
「じゃあウチが透君のママになるんだね。
膝枕する?」
「いや…結構です。」
そう言って揶揄うような笑みを浮かべる大神に若干言葉に詰まりながら返す。
相変わらず微塵も意識されていない事にへこむが、一晩経って少なからず自分の中で整理は付いた。
意識されない、それはもう仕方ない。
しかし、これから先もそうとは限らない。
少しずつでいい。
これから積み重ねていけばいいと。
何せまだ始まったばかりなのだ。今からが本番なのだ。
だから焦る必要はない。
「透君?」
考え込んでいれば大神から声がかかる。
どうやら、思考に夢中になってイワレの制御が止まっていたようだ。
「あっと、悪い。」
謝罪しつつ鍛錬を再開させる。
こんな何でもない時間すら幸せに思えるのだから、やはりというべきか恋というのも悪いものではない。
「それにしても、今日はせっちゃん出てこないね。」
昼食を食べ終えて二人で雑談していれば、不意に大神がここにはいない神狐セツカに対して言及する。
「さっき会った時も口数が少なかったな。
何か問題でも発生したとかか?」
一応神狐とは今朝の結界の修復の際に顔を合わせている。
しかし、いつもなら少しうるさいくらいに明るい彼女は、今日に限って妙に物静かであった。
まるで思考に没頭している様にいつになく真剣な顔を見せていた。
「んー、そうかも。
ウチ達に何も言ってこないってことはせっちゃんが自分で何とかするんだと思うし…。」
「ま、大神はともかくとして、俺に相談されても正直神狐に分からないことは俺も分からないから力にはなれなさそうだけど。」
とはいえ、昨日のテンションを見るに何かしら行動は起こしてきそうなものだが、不思議な程に何も起こらない。
本当に問題が起こっているのか、それとも嵐の前の静けさという奴なのか。
「あ、それより透君。
飲み物入れるけど、透君も何か飲む?」
話もひと段落したところで大神は立ち上がるとそう問いかけてくる。
「良いのか?
じゃあ大神と同じもので。」
「了解、少し待っててね。」
お言葉に甘えることにして希望を伝えれば、大神はそう言い残してキッチンへと向かう。
いつもならシキガミにお願いして用意してもらうのだが、今日は自分で入れる気分らしい。
とはいえ、その気持ちも分かる。
このイヅモ神社は家事のほとんどがシキガミだけで完結している。
それは逆に俺達自身は何もすることが無いのと同様だ。
最初こそ楽でいいとは思うものだが、時間が経てば何もしていないということが逆に落ち着かない気持ちにさせる。
(俺も後で掃除とかしてようかな。)
そんなことを考えていれば無性に体を動かしたくなってくる。
「ふむ、掃除ならする必要も無い故、ゆっくりすれば良いのじゃ。」
「けどな、このまま何もしないってのも…。」
ふと後ろから聞こえてきたそんな声にくるりと振り返れば、そこには先ほどまで話題に上がっていた神狐の姿があった。
「もしかして読心術とかも使えたりするのか?」
「む、どうじゃろうな。」
冗談交じりに聞いてみれば、神狐はそう言って小さく笑みを浮かべる。
否定しない辺り本当に使えるのかもしれない。
「して、透よ。」
戦慄を覚えていると、神狐は改まった様子で向き直る。
「主から見て今日のミオはどうじゃ?」
「どうって?」
そんな彼女の突然の問いかけに何のことかと困惑して聞き返す。
「ミオの様子じゃ。
昨日から特に変わったことは無かったかのう。」
質問の意図が読めないが、取り合えず今日の大神について思い返してみる。
しかし、別段気になるようなところは思い浮かばない。
「いや、特には無いな。
何かあったのか?」
そんなことを聞いてくるということは相応の理由があるのだろう。
「何もない…か。
やはりのう…。」
すると、質問に対する答えは無く。代わりにぼそりと微かに聞こえるか聞こえないかの声量で神狐は顔を俯かせてそう零す。
「おい、神狐?」
「うむ、何もないのならそれで良いのじゃ。
主は気にせずとも良い。」
その様子に困惑気味に呼びかけるが、神狐はぱっと顔を上げて、その顔には誤魔化すような笑みを浮かべる。
「…む、では妾はそろそろ戻るとするのじゃ。」
「え、あぁ…。」
何かに気づいて一瞬だけ声を上げる神狐。
それを聞く前に、彼女は風のようにそそくさと去って行ってしまう。
一体なんだったのだろう。
「透君、お待たせ。」
首を傾げていると、いつの間にやら戻ってきていた大神が飲み物を乗せたお盆をテーブルに置く。
「っと、大神か。
ありがとう。」
礼を言いながら持ってきてくれた飲み物を受け取る。
「?何かあったの?」
乾いた喉を潤していると、不意に大神がそう問い掛けてくる。
「ん、あぁ、さっき神狐が急に出てきてな。
大神の様子はどうだって、それだけ聞いてまたどっかに行ったんだよ。」
「っ…。」
目の前に座る大神へと先ほどの出来事を手短に説明する。
そう言う神狐の方が変だよな、と頭に浮かべていると、それを聞いた大神は一瞬だけ表情を強張らせて小さく息を呑む。
「…大神、どうした?」
「あ…んーん、何でもない。」
まさかそんな反応が返ってくるとは思わずつい声を掛けるが、神狐と同じ誤魔化すように笑みを浮かべると大神は手に持った湯呑に口をつける。
神狐にはああは答えたが、どうにも大神、神狐揃って何やら隠し事でもしているのかと思う程に言動に違和感を覚えた。
話そうとしないところを無理やり聞き出そうとは思わないが、少し気になるのも確かだ。
「と、それより透君。
ウチね考えてみたんだけど、透君、占星術を本格的に習得してみない?」
「占星術…俺がか?」
唐突なその提案に思わず面食らって聞き返せば、大神は肯定するように首を縦に振る。
「けど、前やった試した時は結構ひどい結果にならなかったか?」
セイヤ祭より前、その準備期間中に一度、興味本位で大神から教わって挑戦してみたことがある。
しかし、目的とは見当違いなことを占ったりと結果は散々であった。
「うん、けど今からやるのは前より単純だし、透君自身の影響はそこまでないと思う。
それに簡単な占いだったら負担も無くて、今の透君にはぴったりだと思うんだ。」
負担が無い、とは現状イワレの使用を禁止されている俺に対する配慮だろう。
昨日は咄嗟に使用してしまったが、イワレが不安定な状態というのがかなりイレギュラーな状況にあることは間違いなく、安定してきたとは言え何が起こってもおかしくは無い。
だからこそ、簡単なものから様子見で試してみるのは必要なことでもあるのだろう。
「分かった、じゃあよろしく頼む。」
「了解、なら早速やってみよ。」
言うが早いか、俺の返答を聞いた大神は机の上へとよく彼女が使用しているタロットカードを取り出した。
「まずはやり方を見せるね。
最初に占いたいことを決めて、次にイワレを籠めながら混ぜるの。」
説明しながら大神は手慣れた様子でカードをきっていく。
占星術として使用する際にはイワレを籠めて、それ以外なら籠めずにと使い分けは出来るようだ。
「それで、今回は占うことは一つだけだから好きなカードを一枚取り出す。
こんな感じ…といっても普通のタロット占いとあんまり変わらないけどね。」
そう言って大神が取り出したのは運命の輪の逆位置。
「これは何を占ったんだ?」
「ちょっとせっちゃんの事が気になって。
何か期待外れの事が起きたみたい。」
さらりと結果をまとめると、大神はそれをまたタロットの束に戻してそれをそのままこちらへと手渡す。
「はい、次は透君ね。
結果はウチが読み取るから、取り合えずやってみて。」
「おう…けど何を占おうか。」
意気揚々と受け取ったは良いものの、何を占うか決めていなかった。
「そうだね…、今日の透君の運勢とかは?」
「お、良いな。
じゃあ、それで。」
お題も決まったところで、先ほどの大神と同じように幾らかイワレを籠めながらタロットを混ぜる。
そして直感で引くカードを決めて、そのカードを表にひっくり返す。
「あー…。」
姿を現したその絵柄を見て、思わず肺から空気が抜ける。
恋人の正位置。
言わずもがな、その意味は何となく察することはできる。
自分の顔、その頬が引きつるのが分かった。
「うん、今日は透君にとって楽しいことが起こる…のかも。」
大神も気を使ってか何とか解釈してくれようとしている。
そうだ、別に恋人の絵柄だからと言ってそっち方面の意味しかないわけでもないのだ。
「次!
透君、他の事も占ってみない?」
「あ、あぁ、そうだな!」
今日の運勢は分かった、なら次は明日の運勢だ。
タロットを戻して、再びイワレを籠めながらよく混ぜる。
正位置、逆位置合わせて計44種類もあるのだ。まさか、何度も同じ絵柄が出るわけがない。
そう考えたのがいけなかったのか。
直感で選んだカードを一枚、表にする。
「…。」
再び姿を現した恋人の正位置。
それを見て、思わず表情が固まった。
「…透君、これは何を占ったの?」
「…明日の運勢です。」
気まずそうに聞いてくる大神に答えながらも、背中には冷たい汗が伝う。
「えっと…、明日は…そうだね、努力の成果が出る…のかも。」
「そ、そうか。」
大神もどう対処していいのか分からないようで、必死に何とか意味を付けようとしている。
この空気の打開策を考えるも、正直見て見ぬふり以外の対処法が思い浮かばない。
「と、透君、次、次の占いに行こっ!」
耐えきれない、そんな意図がありありと伝わってくるが、それはこちらも同じこと。
言われるがまま、カードを束に戻す。
それから何度か他の事柄で占いを行った。
しかし何を占っても、何度占っても出てくるのは恋人の正位置のみである。
「…透君、もしかしてわざとやってる?」
それが計10回を超えた頃、遂に限界を迎えたようで頬を真っ赤に染めた大神が疑わし気な視線をこちらへと向けて言ってくる。
だが、頬が赤いのは恐らくこちらも同じだ。
「いやいや、そんな器用な事出来るわけないだろ。」
「でも、これだけ占って同じ絵柄しか出ないなんて…。
そう言うワザだって言われた方が納得できるくらい。」
言わんとしていることは分かる。
もはやこれは必然と呼んでも過言ではない。
無論、自分以外の事も占った上でこの結果だ。
「俺が何を占ってもこれしか出ないっぽいな。」
「ウチも初めて見るよ。
んー、やっぱりウツシヨ出身なのが悪い方向に働いてるのかな…。」
「多分、そうなんだろう。」
むしろそれ以外考えられない。
最初、まさか大神への恋心がそのまま表れてしまっているのではないかとも考えたが、自分のこと以外を占っても同じなのだから関連性は無いはず。
そうであって欲しいという願望も多分に含まれていることもまた事実ではあるのだが。
「これだと占星術はやっぱり諦めるしかなさそうだね。」
「だな、これじゃ恋人のタロットを見つけるくらいにしか役立ちそうにない。」
正直、少し残念ではある。
占星術は見てるだけでも分かるほどに有用性のあるワザであるし、自分で使えたらと思ったことは一度や二度ではない。
ただ、多種多様なワザのあるこのカクリヨでそんなことを言い出したらキリがない。
こういうのはきっぱり諦めるに限る。
「ごめんね、変に希望もたせちゃって。」
「まぁ、元々駄目だったしな。
むしろそれっぽいことが出来て楽しかった。」
そう、仕方がない。
いくら力があっても、出来ないことは出来ない。過度の期待は身を亡ぼすのみだ。
「それより、だ。
大神、代わりと言っては何だけどイワレの制御についてもっと教えてくれよ。基礎的な所を鍛えとかないとだし。」
笑顔で彼女へと頼み込めば、大神は少し驚いたように目を丸くする。
しかし、すぐにその顔には同様に笑顔が浮かんだ。
「うん、勿論。
じゃあ…。」
そうして始まったイワレの鍛錬はシキガミが夕食の希望を聞きに来るまで続くこととなった。
(確かに昨日、ミオへと録音したお札を渡した。)
つまるところ、その上で彼女は普段通りに透へと接していることになる。
自分の気持ちも彼への気持ちも、すべてを押し殺して。
そんな状況で良いのか。このままで良いのか。
否だ。
良いはずがない、このままで良いはずがない。
なら、道は一つだ。
温泉から上がれば、広間には誰もいない。
大神はまだ温泉に浸かっているのだろう。
ベンチに座り、風呂上りには必ずと言ってよい程シキガミが持ってきてくれる牛乳を片手にくつろいでいると、不意に宿の入り口が開いて神狐が姿を現した。
「うむ、ミオはまだ上がっていないようじゃな。」
きょろきょろと辺りを見回してから、神狐はこちらへと近づいてくる。
「神狐、俺に何か用なのか?」
「その通りじゃ、話が早くて助かるのじゃ。」
大神がいないことを確認するということは、つまり彼女には聞かせられない内容。
それなら内容にも察しは付く。
「透よ、主はミオに懸想しておるのじゃな?」
「懸想って…、まぁ、そうだよ。
って、俺は何回確認されれば良いんだ。」
確認するような神狐に答えつつ、このイヅモ神社に来て以来何度も掘り起こされる恋心に顔に熱が灯る。
しかし、神狐はそれに構う様子もなく話を続ける。
「うむ、主の想いは本物じゃ。それが分かれば良い。」
「良いって、何がだ?」
こちとら慣れない羞恥に毎度ながら翻弄されているのだが。
問いかけるも、それに対する答えは返ってこない。
その代わりに神狐は仁王立ちで胸を張るとはっきりと宣言した。
「イヅモ神社に滞在するこのひと月。
透、主はこの期間中にミオと恋仲になるのじゃ!」
もはやそれは宣言というより、命令に近いものであった。
そして、その宣言が何を意味するのか。
これから何が起こるのか、この時の俺には知る由も無かった。
気に入ってくれた人は、シーユーネクストタイム。