【完結】色づく想ひ    作:ワンダーS

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どうも、作者です。


個別:大神 15

 

 「このひと月の間に、ミオと恋仲になるのじゃ!」

 

 

 神狐は堂々とそう宣言して見せた、その翌日。

 その瞳へと宿っていた確固たる決意は、俺の心に浮かぶ不安を煽るには十分で。若干の憂鬱感を抱えたまま起床した。

 

 「おはよ、透君。

  …すごい顔してるけど大丈夫?変な夢でも見た?」

 

 「あー、そうだな。

  夢だったら良いんだけどな…。」

 

 心配そうにこちらを見つめる大神にそう返しつつ、大神にそこまで言わせるとは一体どんな顔をしているのだろうと思い鏡へと目をやる。

 

 すると、視線の先には鏡に映るいつもに比べて幾らか人の悪い自分の顔。

 

 なるほど、これは心配されるのも無理は無い。

 無駄に行動力のある神狐があそこまでやる気を出しているのだ、仕方のないことだろうが、やはり気が気ではない。

 

 「ま、気にしても仕方ないことか。

  それより…。」

 

 自分なりに飲み込んで、いや、簡単に飲み込める程度のものでもないのだが、取り合えず一旦脇に置いておいて、チラリと今度は大神の方へと視線を移す。

 

 「大神、今日は起きるの早いな。大神の方こそ眠れなかったのか?」

 

 視線の先には、既に身支度を完璧に終えている彼女の姿があった。

 

 このイヅモ神社で俺が大神よりも早く起きたのは一度だけ。それが二日前。

 別段、それはおかしなことでもない。

 

 しかし一つ解せないのは昨日はともかく今日俺は若干感じる不安も体を動かしていれば、そのうち飛んでいくだろうと考えていつもより早くに起床している。にも拘わらず大神はそれよりもさらに早くに起床して身支度を終えている。

 

 シラカミ神社にいた時よりも格段の違いがあるのにだ。

 

 何か悩みがあるのか、それとも他に要因があるのか。

 そんな予想とは裏腹に大神は首を横に振った。

 

 「ううん、眠れなかったわけじゃなくて…、その。」

 

 「その?」

 

 すると、大神はしどろもどろにそう言い顔を横へ向けて目を逸らす。

 

 眠れなかったわけじゃないのなら意図的に起きたということになる。

 こんな早朝からやることも無いだろうに、何故また。

 

 疑問に思っていると、大神は今一度、今度は視線だけをこちらに向けて口を開く。

 

 「寝ぼけてるとウチ、変な事しちゃうから。

  だから透君より先に起きておきたくて…。」

 

 そう言う大神の顔はほんのりと朱に色づいている。

 変な事とは言われて思いつい裸野は精々ハグされて頭を撫でられた先日の記憶。

 

 しかし、言ってしまえばその程度の事だ。

 

 「そんなに気にすることか?

  ちょっと寝ぼけるくらい、誰にでもあるって。」

 

 「…。」

 

 ふとその時の事を思い出しながら言えば、大神は無言で顔を俯ける。

 

 「あれ、大神?」

 

 その反応にどうしたのだろう、と疑問に思い声を掛ければ彼女は両手の人差し指を突き合わせながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 

 「ただ寝ぼけてただけなの。

  だから一昨日のは…。」

 

 「あぁ、それは分かってるけど…。

  …ん、一昨日?」

 

 普通に話していたところにふと湧いて出てきた違和感に言葉を止める。

 

 そう、一昨日の朝。俺が大神より早くに起きたあの日の出来事だ。

 だが、俺の記憶が正しければ大神はその時の事を覚えていなかったはず。

 

 「あー、もしかして。」

 

 そこまで考えてピンときた。

 大神もそれを察してか、肯定するようにこくりと頷く。

 

 「昨日の夜、寝る時に急に思いだして。

  本当に他意は無くて、寝ぼけてただけなんです。」

 

 つまるところ彼女のあの行動は本当に恋愛云々とは関係が無く、ただ純粋な意思の上での行動であったと。

 

 「そうだよな、うん、他意はないよな。

  知ってた。」

 

 図らずとも大神本人から言質が取れてしまった。

 何故だろう、泣きそうだ。

 

 「今までこんな事無かったのに…。

  …透君、反省してる?」

 

 「俺の所為か!?」

 

 まさかの責任転嫁である。泣きっ面に蜂とはこの事だ。

 ここまで露骨だといっその事清々しい。

 

 嘆きの声を上げれば、大神もいつもの調子が戻ってきたのかくすくすと笑い声をあげる。

 

 「冗談冗談。

  ところで、透君は眠れなかったわけじゃないならどうして早く起きたの?」

 

 「あぁ、ちょっと鍛錬でもと…。」

 

 言いかけた所で咄嗟に自らの口を手で塞ぐ。

 が、当然時すでに遅し。

 

 それを聞いた大神の表情が音を立てて凍り付く。

 しまった、会話の流れに乗ってつい口が滑った。

 

 「今、鍛錬って言った?」

 

 「…違うんだ大神。勿論、イワレは使わない。

  ちょっと運動でもと思ってな。ほら、最近ほとんど動かないから体が鈍りそうで。」

 

 ずいと距離を詰めてくる大神に、内心だらだらと冷や汗を滝のように流しながら早口でまくし立てる。

 

 「本当かなー。

  その割には焦ってるように見えるよ?」

 

 その言葉にぎくりとして心臓が跳ねる。

 

 「本当だって、誓って嘘じゃない。」

 

 実際の所、少し使おうかなと頭をよぎったことは否定できない。

 しかし、流石にそれを実行に移す程無鉄砲でもないつもりだ。

 

 「んー、そこまで言うなら信じるけど…。」

 

 そうは言っているが、何処か大神は不服そうに見える。

 

 「…ね、透君。」

 

 何やら考え込んでいた大神であったが、すぐに顔を上げて真っ直ぐこちらへと目を向ける。

 

 「ウチも一緒に良いかな。」

 

 「一緒にって、鍛錬か?」

 

 確認すれば、大神はこくりと首を縦に振る。

 断る理由も無いし、それは別に構わないのだがどうしてまた。

 

 「体を動かしたいのはウチも思ってたし、それに。」

 

 疑問に思っていれば、そう間も無く彼女から答えが与えられる。

 そして続けられた言葉。

 

 「透君の様子はちゃんと見ておかないとだしね。」

 

 「…さては俺の事全然信じてないな。」

 

 そう言って茶目っ気に溢れた仕草で片目を閉じて見せる彼女に、つい苦笑いが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬とは言ってもそこまで本格的なものはしない。

 いつものように山の中を走り込むこともイワレ無しでは流石に厳しいものがあるし、それ以上にこの周辺は雪に覆われていて出て行ったが最後、ここへと帰ってくることが出来なくなるのは明白である。

 

 それもあり今日の所は当初の予定通り軽く体を動かす程度に留めておく。

 取り合えず、広いイヅモ神社の境内を大神と二人で走ることになった。

 

 「こうやって二人で走るのは初めてだから何だか新鮮だね。」 

 

 「そうだな、俺も百鬼以外とこうやって体を動かすのは初めてだ。」

 

 足を動かしながら隣を走る大神と会話を交える。

 

 百鬼との鍛錬が無くなってから一人で鍛錬をすることが多かったが、誰かと一緒の方が同じ事をやるにしても、やはり会話ができるだけでかなり変わる。

 

 「本当、あやめと透君は話が合いそうだよね。

  二人共戦い方とか似てるし。」

 

 そんな大神の言葉で頭に浮かんだのは、壁を蹴り縦横無尽に駆け回る百鬼の姿。

 

 「いや、あれとは比べないでくれ。

  確実に別次元だから。」

 

 少なくとも、あんな芸当ができるのは百鬼以外にいないだろう。

 挑戦する必要もない。

 

 「そうかな?」

 

 「そうだ。」

 

 首をかしげる大神へはっきりと否定しておく。

 大神の中で百鬼の次元までハードルが上がってしまうと、後々痛い目を見るに決まっている。

 

 「んー、でもウチから見るとそうは見えないけど…。」

 

 「ははっ、勘弁してください。」

 

 若干不安げにぼやく彼女の中でどれだけ過大評価を受けているのだろうかと、思わず顔に笑みが浮かびながらそう返す。

 

 「それはそうとして、戦い方と言えば大神は刀使わないよな。

  理由とかあるのか?」

 

 ふとそんなことを思い立つ。

 白上や百鬼は刀を使っているし、成り行きとはいえ俺もそうだ。

 

 しかし大神はそんな中でいつも一人素手であったし、刀を振るってる姿は見たこともない。、

 

 「うん、興味はあるんだけどね。

  でもウチの場合ワザの関係で両手を開けておいた方が都合がいいことが多くって。」

 

 「確かに炎をそのまま使う時に刀を持ってたら金属以外焦げそうだしな。」

 

 シラカミ神社で床暖房をした時のように対象を分ければ問題は無さそうだが、それをする暇があるのならいっその事使わない方が良いのだろう。

 

 火力を求めて刀を捨てて素手で殴る。

 そう考えてみると、もしかするとシラカミ神社で一番脳筋な戦い方をするのは意外にも大神なのかもしれない。

 

 「…透君、今すごく失礼な事考えてない?」

 

 「え?まさか。」

 

 「あ、誤魔化した。」

 

 図星を突かれて目を逸らしつつ何とか誤魔化そうとするも、即座にばれてしまう。

 相変わらずこの辺りは見抜かれてしまうようだ。

 

 「もう、透君酷い。」

 

 「ごめんって、悪気はなかったんだ。」

 

 機嫌を損ねてしまったのか大神はそう言ってぷいと顔をそむけてしまう。

 

 「ウチは脳筋じゃないみょん。」

 

 「みょんって…というか、気にしてたのな。」

 

 恐らく大神自身でも思っていたことを、意図せず掘り起こしてしまったらしい。

 妙な語尾が定着しつつある彼女はそれを聞いてぷくりと頬を膨らませた。

 

 「それはまあ…ウチだって女の子だもん。」

 

 「あぁ、知ってるよ。」

 

 反射的に答えれば、大神は一瞬面食らったように目を丸くして、無言のままこちらからは見えないように顔を俯ける。

 

 そんな彼女の反応にふと自分の言葉を振り返る。

 

 「あ、いや、別に深い意味はなくてだな。

  ただ純粋にそう思ってるってだけで。」

 

 「う、うん、分かってる。」

 

 特にやましいことは無い筈なのだが、変な空気になってしまった。

 少しの間、無言で二人走り続ける。

 

 気まずさに耐えかねて話題を切り替えようと、何かないか周辺へと目を配る。

 

 「…そうだ、ここの景色さ。」

 

 「え?」

 

 そして、まず飛び込んできた光景にぽつりと言葉がこぼれた。

 

 「イヅモ神社のことだ、何度見ても綺麗だなって思って。

  昔からこんな感じなのか?」

 

 ゆっくりと後ろへと流れていく凝縮されたような小さな街並みは、大神が長い間暮らしてきた場所だ。

 

 「うん、そうだよ。

  本当に何一つ変わってない。でも…。」

 

 彼女の前へと進んでいたゆっくりと減速し、やがて立ち止まる。それに付随して俺の足も止まる。

 何となく、彼女の言わんとしていることは理解できた。

 

 「ちょっとだけ、寂しくもあるよな。」

 

 これだけ綺麗な場所なのに、小さいと言えども立派な街並なのに露店を出す人も、駆け回る子供達も、誰もいない。変化が無いとは、それだけ人による活動が無いも同然だ。

 

 「透君には、昔のイヅモ神社も見せてあげたかったな。」

 

 「あぁ、俺も見てみたかった。」

 

 今となっては言っても栓の無い話ではあるのだろう。

 けれどそう思わずにはいられない程に、目の前の光景は惜しいと思えた。

 

 どのような場所だったのか、是非ともこの目で見てみたかった。

 

 「昔の記憶は曖昧だけど。

  ウチね、この神社の事大好きだったの。」

 

 そう言う彼女の顔は少しだけ寂し気に見える。

 

 「…神狐が聞いたら泣いて喜ぶんじゃないか?」

 

 今度はしんみりとした空気になってしまった。

 それを払拭するように、言葉を口に出す。

 

 「どうなのかな、せっちゃんが泣いてる所なんて見たこと無いから想像できないかも。」

 

 首を傾げ、笑みを浮かべる大神。

 確かに俺も神狐が何があれば涙を流すのか見当もつかない。

 

 そもそも泣くのだろうか、あの神主は。

 

 「まぁ、神狐の事も気になるけど、どちらかと言うと大神がどんな子供だったのかも気になるな。」

 

 そう言えば聞こうと思っていて聞いていなかった。

 神狐なら知っているだろうから、次に遭遇した時にでも聞いてみようと密かに決意する。

 

 「恥ずかしいからあんまり聞いて欲しくないけど…、せっちゃんの事だから喜んで話しちゃいそう。」

 

 「だな、それだけは簡単に想像できる。」

 

 脳裏には心底楽しそうに尻尾を振って話をする神狐の姿がありありと浮かぶ。

 付き合いの短い彼女だが、確実にそうだと確信できる。

 

 「せっちゃん、お節介焼きなところがあるから…。」

 

 そう呟く大神は困っているようで、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 「お節介焼きか…。」

 

 ここに来てからの短期間の間だけでも身に覚えがありすぎる。

 特に俺と大神が恋仲になることを強く望んでいるようだが、そのためにどこか空回りしている辺りが特に。

 

 協力してくれようとしているのは分かる。

 しかし、にしては妙にやる気を出している、出しすぎている。

 

 (ひと月以内に恋仲になれって言われてもな…。)

 

 改めて隣に立つ黒い狼の少女へと視線を向ける。

 運動したためか微かに上気した頬、艶やかなその綺麗な黒髪。

 

 一挙手一投足においても、意識してしまう。

 そんな彼女と恋仲になれたなら、想いを告げられたのならと思わないことは無い。

 

 それが俺の想いの源となっている。

 しかし、それなら神狐はどうだ。

 

 神狐は俺と大神を恋仲にする事に妙に固執しているような節がある。 

 その理由が何であれ、神狐が何をするのか予想出来ない点がただ不安だ。

 

 「…あの、そんなに見られると恥ずかしい…。」

 

 「あっと、悪い!」

 

 思考に集中するあまり露骨に見過ぎていたようだ。

 見れば大神の顔が先ほどよりも赤く染まっている。

 

 慌てて視線を逸らして、そこで一つ違和感に気が付く。

 

 何故赤くなる。

 それではまるで。

 

 そこから先に進もうとする思考に、思わず待ったをかける。

 やはり、これは俺の都合の良い妄想に過ぎないのか、それとも本当にそうなのか。

 

 分からない。

 しかし少しでも意識してくれているのなら、まだ希望があるということなのだからこれほど嬉しいことも無いが。

 

 「いつの間にか話し込んじゃったね。

  体が冷えちゃうよ。」

 

 「そうだな、再開するか。」

 

 大神のその言葉を区切りにして、二人止めていた足の動きを再開させる。

 

 雪こそ降っていないが、気温が低いことに変わりはない。

 けれど顔に集まった熱はそれすらも感じさせることは無かった。

 

 体感的には熱すぎるほどに温まった状態で足を動かしていれば、不意に横から視線を感じる。

 とはいえ、二人しかいないのだからその視線の主も当然一人に限られる。

 

 「…。」

 

 仕返しのつもりなのだろうか。

 無言でチラリと視線を返してみれば、それに気づいた大神はふいと視線を前に戻す。

 

 なるほど、視線を合わせるつもりは無いらしい。

 もしくはただの偶然か。

 

 再び前を向いて走るが、再び感じる視線。

 これを二度三度と繰り返せば流石に偶然ではないと確信できる。

 

 「あの、大神さんや?」

 

 「どうしたんだい、透君。」

 

 芝居がかった口調で声を掛ければ、彼女も同様に返してくる。

 

 「俺の顔に何かついてるかい?」

 

 「何もついてない、けど…。」

 

 「けど?」 

 

 言葉の続きを待つが、しかし待てど暮らせども大神からの返答が返ってこない。

 代わりにこちらをじっと見つめる一対の瞳。

 

 何となく、目を合わせてみる。

 

 「…。」

 

 「…。」

 

 傍から見れば互いに無言で見つめ合いながら走っているという奇妙な光景に映るだろうが、幸いにもその傍からみる人物はいないため気にしない。

 

 不思議な時間が流れる。

 ふと、見つめていた大神の瞳が迷うように揺れ動いた。

 

 「…大神?」

 

 「っ…やっぱり何でもなーい!」

 

 堪らず声を掛けるも、それと同時に大神はそう言い残すと脱兎のごとく駆けて行ってしまった。

 

 「あ、おいっ!」

 

 直ぐに追いかけようとするも、完全に虚を突かれたこともあり凄まじい速度で離れて行く背中を見ることしかできなかった。

 

 結果的において行かれてしまう形となったが、今はそんなことはどうでも良い。

 脳裏に焼き付いた今の光景に、思考を持っていかれていた。

 

 「…なんで泣きそうな顔をするんだよ。」

 

 大神は一瞬だけ泣く寸前のようにくしゃりと顏を歪めかけて、それを抑える様に声を上げて走って行った。

 

 その疑問は誰にも届くことは無く、ただ無人の街へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 






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